42.謎な宝石の鑑定(1)
その頃アッチェルは、父からの誕生日プレゼントである、あの怪しげな青い骨貝を手に、宝石店へ向かっていた。
父の行きつけの宝石店は、都の北西地区にあるので、少し距離を歩く。
歩いていると、通行人の肌の色が平均して白く、髪の色は薄くなっていく。
家も、東地区は木造建築が多いが、こちらは古くからの市街で、レンガや古い石造りの家が多い。
道にも石畳が敷いてあるので、砂ぼこりがほとんどたっていない。
この都の中では、人種によっておおまかに住み分けられている。
アッチェルのような砂漠出身の東方系商人は新しく東地区に居を構え、古くからのコーダ王国民は北地区や北西地区に住んでいる。南の地区は南方ヴァルナ系の住民や貧しい住民が多い。
アッチェルは道を歩いていて、違う人種の通行人が増えると、いつも少し緊張する。
ポケットに手を突っ込んで、骨貝の入った毛皮の袋を手で握って確かめた。スリに遭うのを警戒しているのではなく、なんとなく自分がその場を歩いている正当性を確かめたかったのだ。
子供のころはそんな意識をしたことは無かった。北地区にある教会が学校だったため毎日通い、神父やシスターから字や算数を習っていた。その学校には、昔からのコーダ人や、アッチェルのような砂漠の民や、ヴァルナ地方の子もいて、机を並べて勉強をしていた。
アッチェルはいつ学校を卒業したのか、よく覚えていない。10歳頃だろう。明確な卒業式があるわけではない。
10歳から12歳頃になると、たいていの子供は親の手伝いをするか、どこかへ奉公に出るか、職人の弟子になったりする。
アッチェルはその頃から父の店の手伝いをし始めた覚えがある。
母が流行り病で亡くなったのもその頃なので、それがきっかけだったかもしれない。
そんなわけで、子供時代は何も考えずに北地区の学校へ通っていたのが、大人になるにつれてコーダ人が砂漠の民をどう思っているかなど、以前は気づかなかったことに気づくようになった。
以前は気づかなかったのは、子供の頃は人種よりも、”子供”、というくくりでくくられていたから、周りからの目もさほど人種による違いが無かったのかもしれない。
だが、父の店の手伝いをし始め、自分の背も伸び、見た目も大人に近づいていくにつれ、コーダ人の自分を見る目に違和感を覚え始めた。警戒しているような目だ。
砂漠は30年前の大戦時にコーダ王国に武力併合されたが、それによって始まった税金の厳しい取り立てによって、財産を手放したり商売道具のらくだを売って、王都に流民として多くの砂漠の民が流れ込んだ。
当然彼らは職も無く、犯罪に手を染める者も少なくなく、砂漠の民は怖い、と王都の住民は警戒するようになったのだ。
先王の時代と違い、今の王は税金の取り立てに猶予を設けたり、貧困者の救済を行うなどし、東地区を新しく開発して住居を砂漠の民に安く提供したりなど、様々な政策を行って来たので、30年前の大戦の影響による王都内での混乱はおさまっている。
伴って砂漠の民に対する警戒心も減った。値切って物の売り買いをするのが習慣な砂漠の民は、いつも金額をふっかけてくる、ずる賢い、といった評判もあり、それは今も変わらないのだが、犯罪や貧困のイメージは昔に比べると薄らいでいる。
先王に比べると国民に対して善政を敷いている現在の王だが、10年前のヴァルナ公の反乱や、7年前の流行り病、その他にも海賊の横行や冷害による飢饉など、王国内の悩みは尽きない。隣国との関係が良好なことが救いだろう。
そういった環境の中で、アッチェルも一人の自由な王国民として、元からのコーダ人と同じ権利を持ち合わせているのだが、こうして北地区、北西地区を歩いていると、何の用事があって来たのだ? と問いたげに横目で見る視線が気になることは確かだ。
アッチェルは北地区の噴水のある広場へ来た。噴水の真ん中にはコーダ王都を守護する水の女神の像が建っている。この水の女神と、精霊と、天を統べる神との関係性がアッチェルにはよく分からない。いろいろ混ざったり、歴史があるんだろう。
この噴水のある広場がコーダ王都の中心地で、ここから市街が広がっていった。
振り返り見ると、城が向こうの丘の上に立派にそびえており、塔の上の風見鶏が南を向いているのも青空の中でくっきりと見えた。
城は防衛上、丘の上に建てられているが、街は利便性のある平地から発展したのだ。
アッチェルは明るい四月の陽光を浴びてキラキラと光る水面に少しほっと心を癒されながら、噴水を回り、放射状に伸びる道の一つを選んで北西地区へ向かった。
細い道では両側に迫る石壁が逆光で青暗く見え、その上を洗濯物のロープが何本も行き交っている。
窓辺に赤い花の鉢を飾っている家や、酒場の入り口の銅看板。落ちているりんごの皮。
久しぶりにここを通ると、いろんな物が物珍しい。
細い道を抜けて、そこから、明るい陽射しのもとへ出る。ぱあっと光線が眩しい。
細い道は川沿いの太い道に直角に付きあたって、眼前にはゆうゆうと流れる水がある。
川の左手の方に、船着き場があり、荷揚げしているのが分かる。正面の対岸は、こちらと平行に道が通っているが、対岸の家や倉庫はおもちゃのように小さく見える。
そして右手に、目指す橋があった。




