41.大魔法使いダルセニオンの部屋にて(8)
フェルがぼんやりと考えていると、ダルセニオンが思い出したように言った。
「そうそう、アッチェラードは私の見た目も少年ではなく大人に見えるらしいな」
「えっ!?」
それを聞いたフェルは少し焦ったようだった。
「つまり、それって、あんたが大人の男に見えるってことか?」
「そうだが? 見た目を変えるのも幻惑魔法だからな。アッチェラードには幻惑魔法が効かないから、私の見た目も大人に見えるらしい」
フェルはソファーから立ちあがっていた。
「それはないよ、ちょっと、それは困るよ」
「何が困るんだ?」
「え? いや、何が困るって……、困る、困らない、いや、そういうわけじゃないけど、でも、いや~、参ったな、それは反則だろ~」
「ああ、お前の言いたいことは分かった。安心しろ。アッチェラードは別に私のことを何とも思ってないぞ」
それがフェルにとって困ることの図星であったようだ。
言い当てられたことは置いておいて、フェルは反論する。
「そ、そんなこと分かるか! 初めて会った魔法使いに、”あなた素敵ですね”、なんて誰が言うか! ああ、アッチェルにはお前が大人に見えてるなんて……。そのアッチェルがお前と一緒に旅なんてしたら……」
「いや、それはないから心配するな」
「なんでないなんて言えるんだよ。お前の見た目が子供になって、城中の女たちが実はものすごい残念がってるの知らないのかよ」
「まあ、確かに私の見た目に何らかの威力があることは自分でも知っている」
「何らかの威力って、あんたは見た目がずるいくらい美形過ぎるんだよ!」
まあ、そういうことなのである。
メイドたちが大人の見た目のダルセニオンに対して、面と向かうと黙ってしまうのは、その、ばさばさとした前髪の奥の、端正な眉つき、鼻つきに気づき、黒目がちな黒曜石のような目に見つめられると、もう胸が変にどきどきしてしまって何も話せなくなってしまうからなのだ。
ちなみに余談だが、ダルセニオンの髪はほとんど立っているが、前髪は下に降りている。
メイドたちは陰ではいろいろ話題にして、その奇妙な言動を笑ったりもしていて、誰も表だってダルセニオンのことを素敵だと言う者もいないが、心の中ではひそかに、『でもあの人、よく見るとすごい美形!』『他の人は気づきませんように!』と思っていたのだ。
「アッチェルが大人の姿のお前と一緒に旅をするなんて……!」
フェルはものすごく嫌がっている。
ダルセニオンは自分と話しているときのアッチェルの様子を念のため改めて思い出すが、
「いや、それはない。大丈夫だ」
そう言いながら、逆に、なぜフェルはこんなにもアッチェルに固執するのか、と不思議にも思う。アッチェルはダルセニオンにとってタイプではないということだろう。
アッチェルにとっても、黒目黒髪で端正な顔立ちの綺麗系の美形と言えば自分の父を見慣れているため、あまりダルセニオンの見た目に特別反応しない、ということがある。
まあ父は白目の目立つ三白眼気味の目だったし、違いはあるのだが。
どちらかと言えば、フェルのように爽やかで明るく青年らしいタイプに対して免疫がない。
だがそれを知らないフェルは焦りを感じる。
なんとかしたい、そう思ったときに、フェルに名案が浮かんだ。
「そうだ! 俺も一緒に旅に行く!」
それは非常に名案だと感じられた。それで全てが解決すると思った。アッチェルを魔物から守れるし、ダルセニオンとの間に想像したくない何かが生まれることも阻止できる。
だが、ダルセニオンは眉間にしわを寄せてフェルを見ると、
「お前は来週、御前試合がある。お前の十人隊長への昇進がかかった大事な試合だ。それを投げ出して行くことはできない」
「別に昇進なんてどうでもいいよ。確かに試合のために稽古してはきたけど。御前試合って言ったって、陛下があの具合じゃあそもそも試合が開かれるか分からないし」
「だからだ。お前が御前試合を投げうってまでこちらの旅について来るとなれば、まるで陛下を侮辱したも同然だ。こちらは単にドルチア姫の誕生祝いに行くだけだということになっている。
旅の本当の理由を知っている近臣に対しても、それほど陛下の容体が良くないのかと思わせてしまう。
実際には来週、御前試合は行われないだろう。だが、陛下はただの風邪で、来週の御前試合は行われると周囲に思わせなくてはならない」
「なんだよそれ! 俺は開かれもしない御前試合のために城に足止めくらうのかよ!」
「こちらの旅が注目を浴びるわけにはいかないのだ」
「ああ、俺はいったいどうすればいいんだ……! 旅について行きたいのに、ついて行けないなんて……!」
再び頭を抱えてソファーに座りこむフェル。




