第8話 第二層へ
第二層への実習が始まる朝、俺はいつもより早く学校へ着いた。
校門をくぐったところで、スマートフォンが震える。
『本日の実習では第二層への進入を許可します。参加者は集合してください』
ついに第二層だ。
これまで俺が潜っていたのは、初心者向けダンジョンの第一層だけ。
第二層には、第一層とは比べものにならないほど強いモンスターが出現する。
もちろん危険も増える。
だから学校でも、一定以上の実力がなければ進入を認めていない。
俺は集合場所へ向かった。
すでに多くの生徒が集まっている。
その中には神崎もいた。
相変わらず周囲には人が集まっている。
「今日の実習、神崎と同じ班になりたいな」
「無理だろ。成績上位から決めるらしいぞ」
「じゃあ俺たちは普通に組むしかないか」
そんな会話が聞こえてくる。
俺は少し離れた場所で待っていた。
「黒瀬君」
天音が近づいてくる。
「おはよう」
「おはよう」
「今日、第二層だね」
「ああ」
「緊張してる?」
「少しだけ」
「意外」
「俺だって緊張くらいする」
天音が笑う。
「じゃあ、一緒の班になれるといいね」
その言葉から少しして、教師が班分けを発表した。
俺は天音と同じ班だった。
それだけで少し安心した。
残り二人は、以前の実習でも一緒だった男子生徒だ。
「またよろしくな」
「ああ」
俺たちは簡単に挨拶を交わした。
やがて教師が前に立つ。
「今回の目的は第二層の探索です。無理に討伐数を稼ぐ必要はありません。危険を感じた場合は、すぐに撤退してください」
生徒たちは真剣な表情で話を聞いている。
「第二層からは、第一層には存在しないモンスターも出てきます。特に単独行動は絶対にしないこと」
俺は頷いた。
説明が終わる。
俺たちはダンジョンへ入った。
第一層までは、いつもと変わらない。
見慣れた岩壁。
魔導灯。
時々現れるゴブリン。
だが、第二層へ続く階段を下りた瞬間。
空気が変わった。
「……寒い」
天音が腕を抱く。
「魔力濃度が上がってるんだろうな」
男子生徒の一人が答える。
俺は周囲を見回した。
第一層より暗い。
そして静かだ。
モンスターの気配も少ない。
なのに。
妙に落ち着かない。
「黒瀬君?」
「……いや」
俺は首を振った。
「何でもない」
探索を開始してしばらくすると、最初のモンスターが現れた。
灰色の毛皮を持つ狼。
「ウルフ!」
男子生徒が声を上げる。
狼が三匹。
俺は剣を作った。
「俺が一匹引きつける」
「分かった」
天音が魔法を準備する。
狼が走ってきた。
速い。
ゴブリンとは比較にならない。
俺は一匹の攻撃を剣で受ける。
重い。
爪が剣に食い込む。
「こいつ……!」
力で押し切られそうになる。
俺は剣を捨てた。
「え?」
天音が驚く。
俺はすぐに新しい剣を作った。
そのまま狼の足を斬る。
狼が倒れた。
続けて二撃。
魔物が光になって消える。
「……倒した」
俺は息を吐いた。
男子生徒が俺を見る。
「お前、今……剣を捨てたよな?」
「壊れそうだったから」
「いや、普通は大事に使うだろ」
「でも、また作れるし」
「……そういう能力だったな」
彼は呆れたように笑った。
天音も苦笑している。
「黒瀬君らしいね」
「そうか?」
「うん」
俺は残った二匹を見る。
もう戦い方は分かっている。
必要なときに作る。
壊れたら捨てる。
その繰り返しだ。
俺たちは順調に第二層を進んだ。
第一層より強いモンスターが出てくる。
それでも、なんとか倒せる。
そして。
探索開始から一時間ほど経った頃だった。
「……待って」
俺が足を止めた。
「どうした?」
「音がする」
全員が黙る。
遠くから何かが聞こえる。
金属音。
カン。
カン。
まるで、誰かが剣を打ち鳴らしているような音だった。
「他の班じゃない?」
「この先は立ち入り禁止区域だぞ」
男子生徒が地図を確認する。
「……本当だ」
地図には、この先に道がない。
壁になっているはずだ。
俺は嫌な感覚を覚えた。
昨日までなら、気のせいだと思っていた。
でも。
あの第零階層を経験してから、俺はダンジョンに対する見方が変わっている。
「先生に報告した方がいい」
天音が言った。
「ああ」
俺も頷く。
そのときだった。
ドンッ!
突然、地面が揺れた。
「きゃっ!」
天音がよろめく。
俺は咄嗟に腕を掴んだ。
「大丈夫か?」
「う、うん……」
地面の揺れが収まる。
だが。
目の前の壁に、細い亀裂が入っていた。
「……さっきまで、こんなのなかったよな」
男子生徒が呟く。
亀裂が広がる。
岩が崩れた。
その奥に、道が現れる。
全員が黙った。
教師へ報告する。
それが正しい。
分かっている。
なのに。
俺の目は、その先にあるものから離れなかった。
暗闇の中に。
青白い光が見える。
炎。
そして。
俺の右手が熱くなった。
「……またか」
能力が反応している。
頭の中に文字が浮かぶ。
『特殊武装を検知』
『登録済み武装との共鳴を確認』
俺は息を呑んだ。
「登録済み……?」
フレアブレイド。
シャドウダガー。
その二つと同じような感覚だ。
しかし、今までとは違う。
何かが呼んでいる。
「黒瀬君?」
天音が俺を見る。
「どうしたの?」
「……何でもない」
俺は右手を握った。
ここで進むべきじゃない。
そう思った。
だけど。
俺たちが引き返そうとした、その瞬間。
暗闇から声が聞こえた。
「――適合者」
「……え?」
誰も動かなかった。
今、確かに聞こえた。
人の声。
低く、機械的な声だった。
「誰?」
天音が尋ねる。
返事はない。
代わりに。
暗闇から一匹の魔物が現れた。
人型。
黒い鎧を身につけている。
その手には一本の剣。
見た瞬間、俺は理解した。
あれは普通の魔物じゃない。
剣の刀身に、青白い文字が浮かんでいる。
『特殊武装』
俺の能力が勝手に反応した。
『武装解析を開始』
「……またかよ」
魔物が剣を構える。
教師の警告が頭に浮かんだ。
単独行動をするな。
危険なら撤退しろ。
なのに。
俺は一歩前へ出た。
「黒瀬君、待って!」
「大丈夫」
「でも……!」
「俺がやる」
魔物が動いた。
速い。
俺は剣を作った。
衝突。
ガキィン!
腕に衝撃が走る。
強い。
でも。
昨日の魔物ほどじゃない。
俺は一度距離を取った。
『解析率――18%』
「18%……」
戦いながら解析できる。
なら、時間を稼げばいい。
魔物が斬りかかってくる。
避ける。
受ける。
剣が壊れる。
「武装精製!」
新しい剣。
また受ける。
亀裂。
捨てる。
「武装精製!」
また作る。
周囲から驚いた声が聞こえる。
「何本作ってるんだよ!」
俺自身も数えていない。
ただ、必要だから作っている。
魔物の剣を受ける。
剣が壊れる。
また作る。
少しずつ、敵の動きが見えてきた。
『解析率――47%』
まだ半分。
俺は攻撃を避けながら観察する。
刀身。
柄。
魔力の流れ。
魔物が剣を振るたびに、青白い光が刀身を走る。
『解析率――69%』
「もう少し……!」
魔物が踏み込む。
俺は剣を投げた。
魔物が一瞬、動きを止める。
その隙に距離を取った。
『解析率――82%』
あと少し。
魔物が突っ込んでくる。
俺は真正面から迎え撃った。
剣と剣がぶつかる。
火花が散る。
『解析率――100%』
音が響いた。
『武装解析完了』
『特殊武装を登録しました』
『武装名――???』
「……名前が分からない?」
俺が戸惑った瞬間。
魔物が後ろへ飛び退いた。
そして。
剣を地面へ突き刺した。
巨大な魔法陣が広がる。
「まずい!」
俺は叫んだ。
「全員、下がれ!」
直後。
魔法陣から黒い炎が噴き出した。
俺たちは必死に逃げる。
炎が通路を埋め尽くす。
その向こうで。
黒い鎧の魔物が立っていた。
そして、こちらを見る。
その目が赤く光った。
「――ようやく見つけた」
俺は息を止めた。
今度は、確かに聞こえた。
人間の声だった。
魔物は剣を引き抜く。
「我が主の器よ」
その言葉と同時に、俺の右手に紋章が浮かび上がった。
熱い。
焼けるように熱い。
「ぐっ……!」
俺は右手を押さえた。
視界が歪む。
頭の中に、見たことのない映像が流れ込んできた。
巨大な塔。
空を覆う無数の魔法陣。
そして。
一人の男が、一本の剣を握っている。
顔は見えない。
ただ、その男の声だけが聞こえた。
『次の器が見つかった』
そこで映像が途切れた。
「……今の、何だ?」
俺は膝をついた。
魔物はもういなかった。
黒い炎も消えている。
残ったのは、床に刻まれた巨大な紋章だけだった。
教師たちが駆けつけてきた。
「全員無事か!」
「はい!」
「何があった?」
誰も答えられない。
俺も。
何を話せばいいのか分からなかった。
ただ一つだけ。
俺の能力画面に、新しい武装が登録されていた。
『???』
『複製条件――達成』
『使用可能』
俺はその文字を見つめた。
名前すら分からない武器。
それでも。
確かに俺の能力の中に存在している。
そして俺はまだ知らなかった。
この武装が、後に世界中のシーカーから恐れられることになるとは。
そして。
俺の「武装精製・複製」が、ただ武器を複製するだけの能力ではないことを。




