第7話 壊れるまで使え
学校が終わると、俺はいつものようにダンジョンへ向かった。
最近は、放課後にここへ来るのが当たり前になっている。美咲には「部活みたいなもの」と説明しているが、実際には部活よりずっと危険だ。
それでも、やめるつもりはなかった。
俺にはシーカーとして強くならなければならない理由がある。
美咲との生活。
これから必要になる学費。
そして、自分自身が弱いままでいたくないという気持ち。
全部ひっくるめて、俺は今日もダンジョンへ潜った。
「武装精製」
右手に剣が現れる。
第一層を歩き始めてすぐ、ゴブリンが二体現れた。
「二体か」
以前なら少し警戒していた。
今なら、それほど怖くない。
一体目の棍棒を剣で受け流し、そのまま横を通り抜ける。後ろから迫ってきた二体目の攻撃をしゃがんで避け、足を斬った。
倒れたところへ、一体目の攻撃。
俺は剣で受ける。
ガキンッ。
刀身に亀裂が入った。
「……もう限界か」
次の瞬間、剣が消えた。
手元から武器がなくなる。
以前なら焦っていた。
だが、今は違う。
「武装精製」
新しい剣を作る。
そのまま一体目を倒し、振り返る。
残ったゴブリンが逃げようとしていた。
「逃がすか!」
俺は追いかけ、背中から斬りつけた。
魔物が光になって消える。
魔石が二つ、床に転がった。
拾い上げながら、俺は少しだけ笑った。
「……悪くない」
剣が壊れる。
新しい剣を作る。
また壊れる。
また作る。
昨日までは、この繰り返しを「能力の欠点」だと思っていた。
けれど、考え方を変えてみればどうだろう。
俺の武器は消える。
だったら、壊れることを前提に使えばいい。
強い武器を大事に使う必要なんてない。
必要な瞬間に、必要な武器を作ればいい。
「……これ、結構いけるんじゃないか?」
独り言を呟きながら、俺はダンジョンを進んだ。
その日は、今までよりも多くの魔物を倒すことができた。
学校へ戻る頃には、少しだけ自信がついていた。
翌朝。
掲示板の前に人だかりができていた。
「何かあったのか?」
人の隙間から覗く。
ランキングが更新されていた。
『一年生シーカーランキング』
一位。
神崎蓮。
総合評価――94。
相変わらず一位。
その下には、実力者たちが並んでいる。
俺は自分の名前を探した。
256位。
黒瀬悠真。
順位は変わっていない。
「……まあ、そう簡単には上がらないか」
少し残念ではある。
でも、討伐数は増えていた。
『討伐数:17』
以前の俺からすれば、十分な成果だ。
「黒瀬君」
横から声がした。
白石天音だった。
「おはよう」
「おはよう」
「昨日もダンジョン?」
「ああ」
「最近ずっと行ってない?」
「そうか?」
「うん。顔を見るたびに少し疲れてる」
天音が心配そうに俺を見る。
「大丈夫だよ」
「本当に?」
「本当に」
「……ならいいけど」
天音は掲示板を見る。
「討伐数、かなり増えたね」
「ああ。少しずつだけどな」
「でも、順位は変わらないね」
「それなんだよな」
二人で掲示板を眺める。
俺の隣にある数字は、ずっと256。
討伐数が増えても、評価はほとんど上がらない。
理由は分かっている。
他の生徒たちも強くなっているからだ。
それどころか、俺よりずっと速い。
魔力適性が高い生徒は、ダンジョンで得た経験をそのまま力に変えられる。
俺は違う。
少し強くなった程度では、差は縮まらない。
「……まだまだだな」
俺は掲示板から目を離した。
その日の昼休み。
教室では、昨日のダンジョン実習について話している生徒が多かった。
「次の実習、第二層まで行くらしいぞ」
「マジ?」
「一年生でも成績上位は許可されるって」
「神崎は当然だろうな」
そんな会話が聞こえる。
第二層。
俺はまだ入ったことがない。
学校が管理するダンジョンは、第一層より下に行くほどモンスターが強くなる。
今の俺では危険だ。
それでも。
いつか行かなければならない。
もっと強くなるために。
「黒瀬」
突然、教師から呼ばれた。
「放課後、職員室へ来てくれ」
「俺がですか?」
「ああ」
嫌な予感がした。
放課後。
職員室へ行くと、担当教師が待っていた。
「座れ」
「はい」
俺が椅子に座ると、教師は一枚の資料を机に置いた。
「最近、ダンジョンへ一人で行っているそうだな」
「……はい」
「討伐数も増えている」
「そうですね」
「だが、一人で潜るのは感心しない」
予想通りの話だった。
「分かっています」
「なら、どうして続けている?」
俺は少し黙った。
「強くなりたいからです」
「それだけか?」
「……妹を養う必要があります」
教師の表情が変わった。
「妹?」
「中学三年です。俺と二人で暮らしています」
余計なことを話した気もした。
教師はしばらく黙っていたが、やがて資料を閉じた。
「事情は分かった。しかし、死んだら何も守れない」
「はい」
「君の能力は珍しい。だからこそ、無理をしてほしくない」
「……珍しい?」
「武装精製系の能力自体が少ない」
教師は少し考えてから続ける。
「だが、君の能力はまだ評価できる段階ではない。今のところ、一般的な武器を作れるだけだ」
「分かっています」
「なら、焦るな」
俺は頷いた。
職員室を出る。
焦るな。
その言葉が頭に残った。
俺だって、できれば焦りたくない。
でも。
時間は待ってくれない。
美咲が高校へ進学するまで、あと一年もない。
学費。
生活費。
できれば進学先も選ばせてやりたい。
俺には時間が必要だった。
だからこそ、強くならなければならない。
その日の夜。
俺は帰宅してから、自分の能力について調べていた。
インターネットで「武装精製」「武装複製」と検索する。
だが、これといった情報は出てこない。
武器を作る能力。
武器を強化する能力。
そういったものはいくつかある。
しかし。
「特殊武装を複製する能力なんて……聞いたことないな」
俺は昨日手に入れたシャドウダガーを思い浮かべた。
あれ以来、まだ試していない。
机の上に手を置く。
「武装精製・複製」
黒い光が集まり、短剣が現れた。
シャドウダガー。
以前と同じだ。
だが、今回は少し違った。
『複製率――55%』
「……上がってる?」
昨日は52%だった。
わずか三%。
でも、確かに上昇している。
使えば使うほど、複製の精度が上がるのか?
俺は短剣を眺めた。
すると、刀身に小さな文字が浮かんだ。
『登録武装』
『熟練度:1』
「熟練度?」
昨日はなかった。
俺は試しに短剣を握った。
身体から気配が薄くなる。
どうやら能力を使うことで、武器そのものが成長しているらしい。
そのとき。
玄関から物音がした。
「お兄ちゃん?」
「美咲?」
「まだ起きてるの?」
「ああ」
俺は慌てて短剣を消した。
「何してたの?」
「勉強」
「絶対違うでしょ」
「……」
「まあいいけど」
美咲は眠そうに欠伸をした。
「明日も学校だから、早く寝なよ」
「美咲もな」
「うん。おやすみ」
「おやすみ」
美咲が部屋へ戻っていく。
俺は一人になった。
そして、もう一度能力を確認する。
武装精製・複製。
能力レベル2。
特殊武装複製。
登録武装。
熟練度。
まだ分からないことが多すぎる。
だけど。
俺の能力は、少しずつ変わっている。
翌週。
学校では、次のダンジョン実習について発表された。
「次回の実習では、希望者のみ第二層への進入を許可します」
教室がざわつく。
「ただし、条件があります」
教師がモニターを操作する。
「第一層での討伐実績が一定以上であること。そして、担当教員から許可を得ること」
俺はモニターを見る。
必要討伐数は五十。
「五十……」
俺にはまだ届かない。
だが。
ここ最近のペースなら、そう遠くない。
実習まで一週間。
俺は決めた。
「行く」
第二層へ。
今までより強い魔物。
今までより危険な環境。
それでも、行く。
その日の放課後。
俺はいつものダンジョンへ向かった。
そして、いつもとは違うことを一つ試した。
剣を作る。
ゴブリンを倒す。
剣が壊れる。
すぐに次の剣を作る。
また壊れる。
また作る。
武器が消えることを、もう欠点だとは思わない。
むしろ。
「壊れるまで使えばいい」
剣が壊れた瞬間、俺は次の武器を作った。
その動作に、無駄がなくなっていく。
敵が右から来れば、剣。
距離が開けば、槍。
懐へ入られたら、短剣。
必要なら、もう一度剣。
作って。
使って。
壊す。
そしてまた作る。
少しずつ、自分の戦い方が見えてきた。
その日。
俺の討伐数は、五十を超えた。
帰り道。
スマートフォンに学校から通知が届いた。
『黒瀬悠真』
『第二層実習参加条件を達成しました』
俺は足を止めた。
「……やった」
小さく拳を握る。
最下位は変わらない。
魔力適性Eも変わらない。
それでも。
俺は確実に前へ進んでいる。
だが、その夜。
学校の管理システムに、奇妙な記録が残された。
『黒瀬悠真の討伐記録を確認』
『一部データに不整合があります』
『討伐対象――未登録』
『該当個体の存在記録――なし』
そして。
管理者だけが閲覧できる画面に、一つの警告が表示された。
『第零階層との関連性を検出』
誰も知らない。
黒瀬悠真がただの落ちこぼれではないことを。
そして本人すら知らない。
彼が一匹の魔物を倒すたび、眠っていた何かが少しずつ目を覚ましていることを。




