第6話 初めての成果
翌朝、いつもより早く学校へ着いた。
昨日のことが頭から離れない。
存在しないはずの階層。
見たことのない魔物。
そして、俺の能力で複製できた特殊武装。
あれが何だったのか、まだ分からない。
ただ一つ確かなのは、俺の能力がレベル2になったことだ。
スマートフォンを取り出し、能力の詳細を確認する。
『固有能力:武装精製・複製』
『能力レベル:2』
『通常武装精製』
『特殊武装複製』
昨日までは存在しなかった項目。
何度見ても消えない。
「……やっぱり夢じゃないんだな」
俺は小さく呟いた。
そのまま掲示板へ向かう。
朝の掲示板には、すでに多くの生徒が集まっていた。
「おい、ランキング更新されてるぞ」
「神崎また一位じゃん」
「当然だろ」
そんな声が聞こえる。
俺は人の隙間から掲示板を覗き込んだ。
一位。
神崎蓮。
総合評価――92。
やっぱり変わっていない。
その下には、昨日の実習で活躍した生徒たちが並んでいる。
そして。
256位。
黒瀬悠真。
「……あれ?」
俺は目を疑った。
名前の横に、小さな数字が表示されている。
『討伐数:1』
「……一匹だけか」
昨日の魔物。
あれだけ苦労して倒したのに、学校の記録では一匹。
しかも、あの魔物が何だったのかは記録されていない。
俺が少し落胆していると、後ろから声をかけられた。
「黒瀬君?」
「白石」
振り返ると、白石天音が立っていた。
「朝から掲示板見てたの?」
「ああ」
「ランキング、気にしてる?」
「まあな」
俺は苦笑する。
「昨日まで最下位だったし」
「今日も最下位だけどね」
「……それ言う?」
「ごめん」
天音が笑う。
「でも、討伐数は一匹増えてるよ」
「そうだな」
「少しずつでいいんじゃない?」
「そうする」
俺は掲示板をもう一度見る。
たった一匹。
ランキングは変わらない。
それでも。
昨日までの俺には、討伐数すらなかった。
だから、これは初めての成果だ。
「次は二匹だな」
俺が言うと、天音が笑った。
「頑張って」
その日の授業は、基礎戦闘訓練だった。
教師が生徒たちを見回す。
「今日は武器の扱いについて学びます。シーカーにとって武器は命綱です。どれだけ強力な能力を持っていても、武器の扱いを間違えれば命を落とします」
俺は真剣に話を聞いた。
「特に魔道武器は高価です。壊さないように扱うこと。無理な使い方はしないこと」
その言葉に、周囲の生徒たちが頷く。
俺も頷いた。
……本来なら。
でも。
昨日のフレアブレイドを思い出す。
あの剣は強かった。
普通の剣とは比べものにならない。
ただし、俺が複製したものは三十秒程度しか維持できなかった。
そして。
強力な武器ほど魔力を大量に消費する。
今の俺には、長時間使うことはできない。
「黒瀬」
「はい」
「君は武装精製の能力を持っているな」
「はい」
「なら、武器の扱いには人一倍気をつけろ。君の場合、武器を作り出せるからこそ、一つ一つを粗末に扱う癖がつく可能性がある」
俺は少し考えた。
「……分かりました」
だが。
この言葉は、後になって意味が変わることになる。
放課後。
俺はいつものダンジョンへ向かった。
昨日とは違い、今日は慎重に進む。
ゴブリンが一体。
剣を作る。
倒す。
魔石を拾う。
次の部屋へ。
また一体。
倒す。
魔石を拾う。
これなら順調だ。
そう思っていた。
そのとき。
「……ん?」
俺は足を止めた。
前方から音がする。
複数。
ゴブリンだ。
数は三。
俺は剣を構えた。
三体なら、今の俺でも何とかなる。
最初の一体が突っ込んでくる。
避ける。
斬る。
倒す。
そのまま二体目へ向かう。
だが。
横から棍棒が飛んできた。
「っ!」
剣で受ける。
腕が痺れる。
その隙に三体目が背後へ回った。
「しまっ――」
振り返る。
間に合わない。
棍棒が迫る。
俺は咄嗟に身体を捻った。
肩を殴られた。
「ぐっ!」
痛みに顔を歪める。
だが、倒れてはいられない。
俺はそのまま地面を転がり、距離を取った。
剣を見る。
刀身に亀裂が入っていた。
「……もう限界か」
剣が消える。
残り二体。
俺は右手を前へ出した。
「武装精製」
新しい剣が現れる。
ゴブリンが迫ってくる。
俺は迎え撃った。
斬る。
避ける。
突く。
最後の一体を倒した。
「……ふう」
息を吐く。
肩が痛い。
でも、勝った。
俺は魔石を拾った。
そのままダンジョンを進んでいく。
今日は調子がいい。
このまま第一層を周回すれば、それなりの数を倒せそうだ。
そう思っていた。
そのとき。
俺の目の前に、一匹のゴブリンが現れた。
普通のゴブリン。
そう思った。
だが。
違和感がある。
手にしている武器。
ただの棍棒ではない。
鉄製の短剣。
「……なんでゴブリンが短剣なんて持ってるんだ?」
ゴブリンが短剣を構えた。
その動きも、今までのゴブリンとは違う。
明らかに戦い慣れている。
「……こいつ」
俺は剣を構えた。
ゴブリンが消えた。
「なっ!」
目の前から一瞬で消えたように見えた。
次の瞬間。
背後。
俺は振り返りざまに剣を振った。
ギィン!
短剣と剣がぶつかる。
ゴブリンが笑った。
「……笑った?」
普通のモンスターは笑わない。
少なくとも、俺が知っているゴブリンは。
嫌な予感がした。
ゴブリンが短剣を振る。
速い。
俺は必死に防ぐ。
右。
左。
下。
上。
攻撃が止まらない。
俺は少しずつ後ろへ追い込まれていく。
「くそっ!」
剣で受ける。
短剣が弾かれる。
その瞬間、俺は踏み込んだ。
斬る。
ゴブリンが避ける。
また距離を取る。
こいつは強い。
明らかに普通のゴブリンじゃない。
俺は剣を握り直した。
そして。
短剣に目を向ける。
頭の奥が微かに熱くなった。
昨日と同じ感覚。
『武装を確認』
文字が浮かぶ。
『解析可能』
「……解析?」
俺は目を疑った。
今まで、こんな表示はなかった。
『武装解析を開始します』
『解析率――12%』
「12%?」
意味は分からない。
だが、能力が短剣を調べている。
俺はゴブリンの攻撃を避けながら、短剣を観察した。
柄。
刀身。
魔力の流れ。
特殊な紋様。
その全てを見る。
『解析率――31%』
少しずつ数字が上がっていく。
なるほど。
ただ触れるだけでは駄目なのかもしれない。
武器の構造を理解する必要がある。
なら。
もっと見る。
もっと戦う。
ゴブリンが迫る。
俺は避ける。
短剣が頬を掠めた。
血が流れる。
「痛っ……!」
だが、目を逸らさない。
短剣を見る。
『解析率――58%』
もう少し。
あと少しだ。
俺は攻撃を受け流す。
短剣が剣に当たる。
その瞬間。
『解析率――100%』
頭の中で音が鳴った。
『武装解析完了』
『特殊武装として登録します』
「……登録?」
俺は驚いた。
短剣の情報が、頭の中に流れ込んでくる。
『武装名:シャドウダガー』
『属性:闇』
『特殊効果:短時間の気配遮断』
『複製可能』
俺は思わず笑った。
「なるほど……」
能力レベル2。
ただ武器を作れるだけじゃない。
特殊な武器を解析し、複製できる。
なら。
こいつの短剣も。
「俺のものだ」
ゴブリンが飛び込んでくる。
俺は剣を投げ捨てた。
「……え?」
ゴブリンが一瞬だけ動きを止める。
俺は右手を前へ伸ばした。
「武装精製・複製」
黒い光が集まる。
一本の短剣が現れた。
シャドウダガー。
本物と同じ形。
ただし、少しだけ薄い。
『複製率――52%』
「半分くらいか」
俺は短剣を握った。
その瞬間。
身体から気配が消えた。
目の前にいたゴブリンが、俺を見失う。
「……これか」
俺は笑った。
次の瞬間。
ゴブリンの背後へ回り込んだ。
短剣を突き出す。
魔物が倒れた。
静寂。
俺は短剣を見つめる。
数秒後。
黒い光が消え、短剣も消滅した。
「……短いな」
維持時間は一分にも満たなかった。
でも。
俺には十分だった。
強い武器を長時間使う必要はない。
一瞬だけ必要な武器を作ればいい。
剣で戦って。
敵の攻撃を受けて。
剣が壊れたら。
次の武器を作る。
その発想が、頭の中に浮かんだ。
「……武器って、壊れてもいいんじゃないか?」
今まで俺は、剣が消えることを欠点だと思っていた。
違う。
消えるなら、また作ればいい。
俺の能力なら。
その考えに気づいた瞬間。
少しだけ、世界が違って見えた。
俺は魔石を拾い、ダンジョンの出口へ向かった。
帰宅すると、美咲が夕食を作って待っていた。
「おかえり。今日は早いね」
「ああ」
「どうしたの?」
「いや」
俺は少し考えてから笑った。
「ちょっと、面白いことが分かった」
「何?」
「秘密」
「怪しい」
「本当に大したことじゃない」
俺は席についた。
今日も疲れた。
でも。
昨日までとは違う。
俺には、少しだけ可能性が見えてきた。
そして翌日。
学校の掲示板に、またランキングが表示される。
俺の名前は相変わらず256位。
だが。
討伐数の欄だけが、昨日とは違っていた。
『討伐数:5』
「……五匹」
ほんの少し。
本当に少しだけ。
俺は前に進んでいる。
そう思った。
そのとき。
「黒瀬君」
天音が掲示板を見ながら言った。
「最近、なんだか楽しそうだね」
「そうか?」
「うん。前より目が変わった」
「……そうかな」
俺は自分の右手を見る。
そこには何もない。
けれど。
俺の中には、昨日までなかったものがある。
新しい武器。
新しい戦い方。
そして。
まだ誰にも知られていない能力。
最下位から始まった俺のシーカー生活は、ようやく最初の一歩を踏み出した。
ただ。
俺はまだ知らなかった。
昨日倒したゴブリンが、本来このダンジョンには存在しない魔物だったことを。
そして、その手にしていたシャドウダガーが。
第零階層へ繋がる「鍵」の一つだったことを。




