第5話 使い捨ての剣
俺は地面を蹴った。
目の前にいる魔物との距離が、一気に縮まる。
普通なら、こんな相手に真正面から突っ込むなんて馬鹿げている。
でも、逃げ道はない。
背後の扉は消えてしまった。
ここがどこなのかも分からない。
なら、やるしかない。
「武装精製!」
右手に剣が現れる。
魔物の青白い剣と俺の剣がぶつかった。
ガキィン!
衝撃で腕が痺れる。
やっぱり重い。
力では完全に負けている。
俺は押し合わず、そのまま後ろへ飛んだ。
魔物が追ってくる。
速い。
さっきよりも速く感じる。
「くそっ!」
振り下ろされた剣を横へ避ける。
床が砕けた。
俺はその隙に魔物の横へ回り込む。
狙うのは、さっき傷をつけた場所。
剣を突き出す。
しかし。
ギィン!
「なっ……!」
今度は弾かれた。
魔物の甲殻が硬くなっている。
傷口まで塞がり始めていた。
「再生するのかよ……!」
考えている暇はない。
魔物が振り返る。
俺は咄嗟に剣を構えた。
次の一撃を受ける。
そう思った。
だが、その瞬間。
手にしていた剣が消えた。
「……え?」
時間切れだ。
五分。
俺の剣が存在できる限界だった。
魔物の剣が迫る。
「武装精製!」
反射的に叫んだ。
右手に再び剣が現れる。
間一髪。
魔物の攻撃を受け止める。
だが、俺の腕は限界に近づいていた。
「ぐっ……!」
押し切られる。
足が床を滑った。
このままじゃ無理だ。
俺の剣では、こいつにまともなダメージを与えられない。
それでも戦うしかない。
魔物が剣を振り上げた。
俺は横へ飛ぶ。
その瞬間、魔物の剣が床に突き刺さった。
「今だ!」
俺は一気に距離を詰める。
狙うのは腕。
甲殻の隙間に剣を突き刺した。
だが。
浅い。
魔物が腕を振る。
「うわっ!」
吹き飛ばされる。
背中から壁に叩きつけられた。
肺から空気が抜ける。
「……痛ぇ」
立ち上がろうとする。
足に力が入らない。
視界が揺れる。
それでも、魔物は待ってくれない。
ゆっくりと近づいてくる。
俺は右手を見る。
魔力はほとんど残っていない。
次に剣を作れば、これで最後になるかもしれない。
そのとき。
頭の中に、あの文字が浮かんだ。
『特殊武装複製』
俺は魔物の持つ剣を見る。
青白い炎。
普通の剣とは明らかに違う。
俺の能力は、あれを複製できる。
だったら。
最後の一回を、普通の剣に使う必要はない。
「……やってみるか」
俺は立ち上がった。
魔物が剣を構える。
俺も右手を前へ伸ばした。
「武装精製・複製」
魔力が一気に抜けた。
「ぐっ……!」
身体から何かを持っていかれるような感覚。
それでも、手の中に光が集まっていく。
炎が生まれる。
青白い炎が渦を巻き、一本の剣へと形を変えた。
さっき魔物が持っていた剣。
それとほとんど同じものが、俺の手の中にある。
『特殊武装を複製しました』
『フレアブレイド』
『複製率――47%』
『維持可能時間――32秒』
「三十二秒……」
短い。
短すぎる。
だけど。
十分だ。
俺は剣を握った。
炎が刀身を覆う。
不思議なことに、熱さは感じない。
むしろ、身体の中にある魔力が剣へ吸い込まれていく感覚がある。
魔物が襲いかかってきた。
青白い炎を纏った剣が迫る。
俺は同じ剣で受け止めた。
ガァン!
今までとは違う。
押し負けない。
互角。
「……これなら!」
俺は魔物の剣を弾いた。
初めてだった。
こいつの攻撃を、正面から弾き返せた。
魔物が一瞬よろめく。
俺は踏み込む。
斬る。
黒い甲殻が焼ける。
さらに一撃。
炎が傷口へ入り込む。
魔物が咆哮した。
「効いてる!」
俺はそのまま攻撃を続ける。
右。
左。
下から斬り上げる。
さっきまでの剣とは違う。
斬れる。
そして何より、魔物の動きが遅く感じる。
いや。
俺が速くなっている。
炎の剣を握っているだけで、身体に流れ込んでくる魔力が力へ変わっている。
「これが……特殊武装」
残り時間。
頭の中に数字が浮かんでいる。
『残り時間――18秒』
「短いな!」
文句を言っている暇はない。
魔物が剣を振る。
俺は避ける。
炎の剣を振る。
甲殻を斬る。
魔物が後ろへ下がる。
あと一撃。
そう思った。
しかし、魔物が両手を広げた。
周囲の空気が震える。
「……何だ?」
魔力が集まっている。
嫌な予感がした。
魔物の身体から黒い炎が噴き出した。
「またか!」
俺は走った。
逃げる。
だが、炎が広がっていく。
逃げ場がない。
だったら。
「これで!」
俺は魔物へ向かって走った。
炎の中へ飛び込む。
熱い。
皮膚が焼ける。
それでも止まらない。
あと少し。
魔物の懐へ入る。
「終わりだ!」
炎の剣を振り抜く。
魔物の胸を深く斬り裂いた。
黒い甲殻が砕ける。
魔物が動きを止めた。
そして。
身体が光へ変わっていく。
『討伐を確認』
『経験値を取得』
『レベルアップ条件を満たしています』
「……また?」
俺はその場に膝をついた。
息が苦しい。
身体中が痛い。
それでも、目の前に表示された文字から目を離せなかった。
『黒瀬悠真』
『レベル2』
『経験値不足』
俺は首を傾げた。
「……レベルアップしないのか?」
どうやら、さっきのレベルアップとは違うらしい。
しばらくすると表示が消えた。
代わりに。
魔物が消えた場所に、一つの魔石が落ちていた。
いや。
魔石だけではない。
あの剣も落ちている。
青白い炎を纏った、本物のフレアブレイド。
俺はゆっくりと近づいた。
そして柄を握る。
『固有武装を確認』
頭の中に文字が浮かぶ。
『名称:フレアブレイド』
『分類:特殊武装』
『属性:炎』
『特殊効果:魔力を炎へ変換』
『所有権限――未登録』
最後の一文を見て、俺は眉をひそめた。
「所有権限?」
その瞬間。
剣の刀身に浮かんでいた紋章が光った。
俺の右手にも同じ紋章が浮かび上がる。
「……またこれか」
水晶の検査で一瞬だけ見えた紋章。
そして、このダンジョンで見つけたもの。
偶然とは思えなかった。
何かが繋がっている。
そう感じる。
だが。
今はそれを考えている余裕がなかった。
「帰らないと……」
美咲が待っている。
俺は立ち上がった。
その瞬間。
目の前の景色が歪んだ。
「……?」
視界が白くなる。
次に目を開けたとき。
俺はダンジョンの入口に立っていた。
「……戻ってきた?」
周囲を見回す。
いつものダンジョンだ。
受付もある。
他のシーカーもいる。
まるで、さっきまでの出来事が夢だったかのようだった。
ただ一つ。
俺の手には、見たことのない剣が握られている。
俺は慌てて剣を鞘へ収めた。
こんなものを持って歩いていたら、すぐに騒ぎになる。
受付へ向かう。
「お疲れ様でした」
「……あの」
「はい?」
「このダンジョンって、地下何階までありますか?」
受付の女性が不思議そうな顔をした。
「第一層までですよ」
「……そうですよね」
「どうかしました?」
「いえ、何でもないです」
俺はその場を離れた。
外へ出る。
夜風が頬を撫でた。
俺は空を見上げた。
いつもの街。
いつもの明かり。
いつもの世界。
なのに。
俺だけが、知らない場所を知ってしまった。
そして。
今までずっと最弱だと思っていた自分の能力にも、まだ知らない力がある。
「……武装精製・複製」
俺は小さく呟いた。
スマートフォンを見る。
時刻は午後九時を過ぎていた。
「やばい」
美咲に連絡しないと。
急いでメッセージを送る。
『今から帰る』
すぐに返信が来た。
『遅いよ。心配した』
『ごめん』
『怪我してない?』
俺は少し迷ってから、
『大丈夫』
と送った。
嘘だった。
肩は痛い。
身体中がボロボロだ。
でも。
今日は、それ以上のものを手に入れた。
家へ向かいながら、俺は何度も右手を見た。
そこにはもう、紋章は残っていない。
だが、確かに覚えている。
そして俺は、まだ知らなかった。
翌朝。
学校の掲示板に、とんでもない数字が表示されることになる。
俺の名前の横に。
初めて「討伐実績」が記録されることを。
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