Chapter 0.8 — Beyond the Limit
五年が経った。
蓮司と玲奈は、今でも同じ家で暮らしていた。
ただ、昔とは少しだけ違う。
朝になれば自然と同じ布団から起き、眠る前には今日あったことを話す。
二人の間に、以前のような遠慮はもうなかった。
冒険者としての相棒。
それだけではない。
いつからか二人は、互いを特別な存在として見るようになっていた。
わざわざ言葉にする必要もない。
「……おはよう」
「おはよう」
「今日は早いわね」
「玲奈より早く起きたの、久しぶりじゃないか?」
「昨日、あなたが遅くまで起きてたからでしょ」
「……それは悪かった」
玲奈は小さく笑った。
「別にいいわ」
五年前にはなかった距離感だった。
二人はもう、互いの存在を当たり前のように受け入れていた。
*
五年間。
二人は数え切れないほどのダンジョンを攻略した。
十階層。
二十階層。
三十階層。
そして現在。
二人は、四十階層を超えるダンジョンへ挑めるほどの冒険者になっていた。
蓮司は剣を振り続けた。
何度も負けた。
何度も傷ついた。
それでも剣を手放さなかった。
玲奈も魔術を磨き続けた。
詠唱を短くし、魔力の無駄を減らし、一つ一つの魔術を自分のものにしていった。
そして今日。
二人は、一つの巨大なダンジョンの前に立っていた。
「ここが、最後の試験になるかもしれないな」
蓮司が呟く。
玲奈が頷いた。
「Sランク認定試験」
現在の二人は、すでにAランク上位。
しかし、Sランクになるには、ただ強いだけでは足りない。
未知のダンジョンを攻略し、一定以上の実力を証明する必要がある。
今回の目標は――
五十階層。
現在、誰も攻略できていない領域だった。
「怖い?」
蓮司が聞く。
「怖いわ」
玲奈は即答した。
「あなたは?」
「俺も」
蓮司は笑う。
「でも、行きたい」
玲奈も笑った。
「知ってる」
二人はダンジョンへ入った。
*
十階層。
二十階層。
三十階層。
四十階層。
進むほど、魔物は強くなっていった。
それでも二人は止まらなかった。
蓮司が前へ出る。
巨大な魔物の爪を剣で受け流す。
一撃。
二撃。
三撃。
剣が魔物の身体を斬り裂く。
「蓮司、下がって!」
「任せる!」
蓮司が飛び退く。
玲奈が杖を構える。
「――集え」
魔力が集まる。
「――穿て」
詠唱は、それだけ。
「《光槍》」
巨大な光が一直線に走り、魔物を貫いた。
魔物が崩れ落ちる。
蓮司が玲奈を見る。
「もう二言だけか」
「長い詠唱は必要なくなったから」
「すごいな」
「あなたもね」
蓮司は自分の剣を見る。
五年前とは違う。
何千、何万と振り続けた剣。
傷だらけになった刀身。
それでも、まだ折れていない。
「俺も、まだまだだよ」
「そう言いながら笑ってるじゃない」
「楽しいからな」
玲奈は呆れながらも笑った。
*
四十九階層。
二人はそこで、巨大な扉を見つけた。
「……これが最後か」
蓮司が扉を見上げる。
玲奈が魔力を探る。
「中に何かいる」
「強い?」
「今までとは比べものにならない」
蓮司は剣を握る。
「じゃあ、行こう」
扉が開く。
その瞬間。
巨大な魔力が二人を押し潰した。
「……っ!」
玲奈が膝をつく。
蓮司も歯を食いしばる。
部屋の中央。
そこには、今まで見たことのない巨大な魔物がいた。
「これが……」
玲奈が呟く。
「五十階層の守護者……!」
魔物が咆哮する。
空気が震えた。
蓮司が走る。
「玲奈!」
「分かってる!」
魔物の拳が迫る。
蓮司は真正面から受けず、紙一重でかわした。
しかし、続く尾が襲いかかる。
「くっ!」
剣で受ける。
身体が吹き飛ばされる。
「蓮司!」
「まだだ!」
蓮司は立ち上がった。
口元から血が流れている。
それでも笑っていた。
「まだ終わってない!」
玲奈は魔力を集中させる。
けれど、魔物の魔力が強すぎる。
「……このままじゃ届かない」
「玲奈!」
蓮司が叫ぶ。
「俺が隙を作る!」
「危険よ!」
「分かってる!」
蓮司が走った。
正面から魔物へ向かう。
何度も攻撃を受ける。
何度も吹き飛ばされる。
それでも立ち上がる。
剣を振る。
一撃。
また一撃。
五年間。
毎日振り続けた剣。
才能だけでは届かなかった場所。
負けるたびに、振り方を考えた。
傷つくたびに、弱さを知った。
そして――
「これが……俺の全部だ!」
蓮司の剣が、魔物の腕を斬り裂いた。
「今!」
玲奈が魔力を解放する。
「――我が魔力よ」
周囲の魔力が一点へ集まっていく。
「――彼方を穿て」
空気そのものが震える。
「《極光槍》!」
巨大な光が放たれた。
蓮司の剣が作った一瞬の隙。
その一点へ、すべての魔力が叩き込まれる。
魔物の身体が光に包まれる。
轟音。
そして――
静寂。
魔物は消滅した。
*
二人はその場に座り込んだ。
「……勝った」
蓮司が呟く。
玲奈は息を整えながら笑った。
「ええ」
その直後。
二人の端末が同時に鳴った。
【Sランク昇格条件を達成しました】
【正式認定を確認】
【冒険者ランク――S】
蓮司は画面を見つめる。
「……Sランク」
玲奈も自分の画面を見る。
「私たち、本当に……」
蓮司が笑う。
「なったな」
「ええ」
二人は顔を見合わせた。
五年前。
ただ未知の景色を見たくて、ダンジョンへ入った。
答えを知りたくて、玲奈もその隣を歩いた。
何度も怖い思いをした。
何度も負けた。
それでも二人は進み続けた。
そして今。
二人は世界でも数えるほどしか存在しない、Sランク冒険者になった。
「これで、もっと深く行けるな」
蓮司が言う。
玲奈は少し笑った。
「そうね」
「まだ、誰も見たことのない場所がある」
「ええ」
二人は立ち上がる。
その先に何があるのかは、まだ分からない。
けれど。
二人には、それで十分だった。
*
帰還する直前。
玲奈がふと足を止めた。
「蓮司」
「ん?」
「これ」
彼女が指差した先。
崩れた壁の奥に、小さな石板が埋まっていた。
蓮司が取り出す。
そこには、古い文字が刻まれている。
玲奈が読み取る。
「……第零階層」
「また、それか」
二人は顔を見合わせた。
五年前。
一度だけ見つけた、謎の名前。
そして今。
Sランクになった二人の前に、再びその言葉が現れた。
石板には、短い文章が残されていた。
――第一階層より前に、始まりは存在する。
玲奈は石板を握りしめる。
「……やっぱり、何かある」
蓮司は笑った。
「だったら、見に行こう」
玲奈も頷いた。
「ええ」
Sランクになった二人の冒険は、まだ終わらない。
むしろ――
ここからが、本当の始まりだった。




