Chapter 0.1 — The Day It All Began
「……また増えたって」
朝のニュースを見ながら、蓮司は呟いた。
テレビの画面には、街の中心にそびえ立つ巨大な黒い門が映っている。
『昨日、北海道に続き、九州でも新たなダンジョンの出現が確認されました。政府は周辺地域への立ち入りを――』
「これで何個目だ?」
「正確な数は分からないって」
向かいに座っていた玲奈が、朝食を食べながら答える。
「分からないって……そんなのでいいのかよ」
「仕方ないでしょ。二十年前まで、こんなもの存在しなかったんだから」
「二十年前、か」
蓮司はテレビに映る黒い門を見つめた。
二十年前。
日本各地に突然現れた、正体不明の門。
最初は政府も、その中へ入ることを許さなかった。
銃も爆弾も通じない。
そもそも門そのものが何でできているのかすら分からない。
それでも、人間は中へ入った。
そして――帰ってきた者たちがいた。
「最初に入った人たち、よくやったよな」
「私は馬鹿だと思うけど」
「なんでだよ」
「何があるかも分からない場所に入ったのよ? 怪物だっているかもしれないのに」
「だからいいんじゃん」
玲奈の箸が止まった。
「……何が?」
「何があるか分からないからだよ」
「それ、私が今言ったんだけど」
「そうじゃなくてさ」
蓮司はテレビを指さした。
ちょうど画面には、ダンジョン内部を撮影した映像が流れていた。
天井から伸びる巨大な結晶。
青白く光る植物。
地下とは思えないほど広大な空間。
その奥は暗闇に包まれ、カメラにも映っていない。
蓮司は子どものように画面へ身を乗り出した。
「この先、何があるんだろうな」
「……怪物じゃない?」
「夢がないなあ」
「現実的って言って」
「俺、小さい頃からずっと気になってたんだよ」
玲奈が蓮司を見る。
「ダンジョンが?」
「ああ」
物心ついた頃には、ダンジョンはすでに存在していた。
ニュースで新しい階層が発見されたと聞けば、翌日には学校でその話をした。
見たことのない怪物が発見されれば、新聞の記事を切り抜いた。
図書館に行けば、ダンジョンについて書かれた本を片っ端から借りた。
一度だけ、立入禁止区域の外から本物の入口を見たこともある。
巨大な黒い門を前に、幼い蓮司は何時間もその場から動かなかった。
「そのとき思ったんだ」
「何を?」
「いつか俺も、向こう側に行ってみたいって」
玲奈は呆れたように蓮司を見る。
「子どもの頃から変わってないのね」
「悪いかよ」
「別に」
「世界のほとんどはもう地図に載ってるだろ。でも、ダンジョンは違う」
蓮司は楽しそうに続ける。
「まだ誰も行ったことがない場所がある。誰も見たことがないものがある。何が待ってるか分からない」
「だから危険なんでしょ」
「分かってるよ」
蓮司の表情から、少しだけ笑みが消えた。
「怖いと思う」
「……でしょうね」
「死ぬかもしれないし」
玲奈は何も言わない。
「それでも、自分の目で見てみたいんだ」
もう一度テレビを見る。
画面には、青白く光る魔力石が映っていた。
『こちらが現在、主要なエネルギー資源として利用されている魔力石です。ダンジョン内部でのみ採取され――』
「最初にこれを見つけた人だって、何があるか分からないところを進んだから見つけたんだろ?」
「そうね」
「だったら俺も、誰も知らないものを見つけてみたい」
玲奈はしばらく黙っていた。
やがて小さく息を吐く。
「……やっぱり馬鹿ね」
「なんでだよ!」
「でも」
玲奈はほんの少しだけ笑った。
「そういう理由なら、さっきよりは理解できる」
「だろ?」
「理解できるだけ。共感はしてない」
「一言多いな」
蓮司も笑った。
そのとき、テレビの下に表示された時刻が目に入る。
「……あ」
「何?」
「今日の適性検査って何時だっけ?」
玲奈が時計を見る。
「八時半」
「あと三十分か」
「……蓮司」
「なんだよ」
「緊張して話を逸らしてた?」
蓮司が固まった。
「…………」
「図星ね」
「いや、別に」
「顔に出てる」
「うるさい」
玲奈は少し笑った。
けれど、その手に握られた箸も、わずかに震えていた。
今日、二人は初めて魔力適性を測定する。
S、A、B、C、D、E。
たった一文字。
それだけで、冒険者としての将来が大きく変わる。
蓮司がずっと憧れてきたダンジョンへ挑めるのか。
その入口にすら立てないのか。
今日、その答えが出る。
「……もしさ」
蓮司が呟いた。
「俺、Eだったらどうしよう」
「さっきまであんなに格好つけてた人が言う?」
「仕方ないだろ。怖いものは怖い」
「意外と普通なのね」
「俺を何だと思ってるんだ」
「何も考えずにダンジョンへ突っ込む人」
「それはお前の中の俺だろ」
二人は笑った。
けれど、その笑いはいつもより少しだけ固かった。
食事を終え、二人は訓練施設へ向かった。
施設が近づくにつれて、蓮司の足取りが少しずつ重くなっていく。
入口には、同じように適性検査を受ける若者たちが集まっていた。
「A以上なら推薦が来るらしいぞ」
「俺、せめてCは欲しい……」
「Sなんて出たらどうする?」
周囲から聞こえてくる声。
蓮司は無意識に拳を握った。
隣を見ると、玲奈もいつもの落ち着いた顔をしている。
ただし――
「玲奈」
「何?」
「手」
玲奈が自分の手を見る。
わずかに震えていた。
すぐに背中へ隠す。
「……寒いだけ」
「今日、暑いぞ」
「うるさい」
蓮司は笑った。
「お前も緊張してるんじゃん」
「悪い?」
「いや」
少しだけ安心した。
怖いのは、自分だけではない。
「蓮司」
「ん?」
「もし結果が悪かったら?」
蓮司は施設の入口を見る。
少し前なら、迷わず「それでも冒険者になる」と答えていただろう。
けれど今は、その言葉が簡単には出なかった。
憧れてきたからこそ、怖かった。
もし今日。
その道を諦めろと言われたら――。
「……そのとき考える」
「何それ」
「まだ出てもない結果で悩んでも仕方ないだろ」
「さっきまで悩んでたくせに」
「それは言うな」
そのとき、施設の扉が開いた。
「適性検査を受ける方は、中へ入ってください」
ざわついていた若者たちが静かになる。
蓮司は一度だけ深く息を吸った。
「行くか」
「ええ」
二人は並んで施設へ入っていく。
まだ知らない。
今日示される一文字が、二人の長い冒険の最初の一歩になることを。
そして――
蓮司が憧れ続けた未知の先に、決して知ってはいけなかったものが待っていることを。
急に英語タイトルで過去編入るのが憧れ




