第30話 50位からの始まり
朝。
目を覚ましてすぐ、俺はスマホを手に取った。
昨日のランキング戦。
榊原との戦い。
まだ身体のあちこちに疲れが残っている。
それでも、最初に確認したかった。
ランキングを開く。
表示された名前を見て、思わず息を吐いた。
――五十位。
黒瀬悠真。
「……本当に、五十位になったんだな」
何度見ても順位は変わらない。
五十位。
最初は、そこまで上がれるなんて考えていなかった。
高橋先輩と戦って、負けて。
そこからランキング戦に挑戦して、少しずつ順位を上げてきた。
五十位まで。
長かったような、短かったような。
そんなことを考えていると、スマホが震えた。
『お兄ちゃん、五十位おめでとう!』
美咲からのメッセージだった。
思わず笑ってしまう。
『ありがとう』
そう返してから、少し考える。
『今日、何か食べたいものある?』
数秒もしないうちに返信が来た。
『お寿司!』
「早っ」
昨日の試合より、こっちの方が即答だった。
『分かった。帰りに行こう』
『やった!』
これで今日の予定は決まった。
俺はスマホをポケットに入れ、ベッドから立ち上がった。
五十位になったお祝い。
そう思うと、少しだけ気分が軽くなった。
◆
学校に着くと、いつもより視線を感じた。
教室へ向かって歩いていると、何人かが声をかけてくる。
「黒瀬、昨日勝ったんだってな!」
「五十位おめでとう!」
「榊原相手に勝つとは思わなかったわ」
「ありがとう」
返事をしながら教室へ入る。
すると、今度は天音がこちらを見ていた。
「おはよう、黒瀬」
「おはよう、天音」
「五十位、おめでとう」
「ありがとう」
天音は俺の顔をじっと見る。
「……疲れてる?」
「ちょっとだけ」
「昨日、かなり動いてたからね」
「見てたのか?」
「うん」
天音は少し笑った。
「最後のところ、すごかった」
「……あれな」
昨日の最後の攻防を思い出す。
身体が勝手に動いたような、あの感覚。
「実は、自分でもよく分かってない」
「やっぱり?」
「ああ。何だったのか、まだ分からない」
「そっか」
天音はそれ以上追及しなかった。
代わりに、少しだけ笑って言う。
「でも、黒瀬らしいと思う」
「俺らしい?」
「分からないことがあっても、とりあえず前に進むところ」
「……それ、褒めてる?」
「もちろん」
そんな話をしていると、教室の後ろから声が飛んできた。
「おーい、五十位」
振り向く。
榊原がいた。
「その呼び方やめろって」
「だって俺、今日から五十一位だから」
「……そうだったな」
昨日の試合を思い出す。
榊原は負けた。
だから今は俺が五十位で、榊原が五十一位。
「悔しくないのか?」
「めちゃくちゃ悔しい」
「そうは見えないけど」
「顔に出すと格好悪いだろ」
榊原は笑った。
「でも、昨日の試合は楽しかったよ」
「俺も」
「ならよかった」
榊原は自分の席へ向かいながら、振り返る。
「次は絶対勝つからな」
「俺も負けるつもりはない」
「その調子」
榊原は笑って席に座った。
昨日までなら、ランキング戦で負けた相手とは、もう少し気まずくなるものだと思っていた。
でも、榊原とは違った。
戦い方は全然違う。
それでも、互いに相手の強さは認めている。
また戦う。
そんな約束ができる相手がいる。
悪くない。
◆
昼休み。
俺は一人で校舎裏の訓練場に来ていた。
手には木刀。
昨日の試合でかなり傷が増えている。
それでも、まだ使える。
木刀を構える。
一度振る。
二度。
三度。
昨日、最後に出た動きを思い出す。
あの感覚。
自分でも知らない動き。
「……もう一回」
踏み込む。
振る。
違う。
もう一度。
やっぱり違う。
「できないな……」
俺は木刀を下ろした。
偶然だったのかもしれない。
そう考えたところで、後ろから声がした。
「何ができないんだ?」
「うわっ!」
振り返る。
「鳴海先輩……」
「驚きすぎだろ」
「気配がなかったので」
「お前が集中しすぎてただけだ」
鳴海先輩は俺の木刀を見る。
「五十位になったそうだな」
「はい」
「そうか」
鳴海先輩はそれだけ言った。
「……ありがとうございます」
「礼を言われるようなことじゃない」
そう言って、木刀を指差す。
「まだ、それを使ってるのか?」
「はい」
「なら、いい」
鳴海先輩は少しだけ笑った。
「一本を選んだからには、簡単に手放すな」
「……はい」
「強い武器を使えば強くなれるとは限らない」
鳴海先輩は自分の拳を握る。
「使い続けて、自分のものにしていく。それも強さだ」
その言葉が胸に残った。
「じゃあ、俺はもっとこいつを使えるようになります」
「そうしろ」
鳴海先輩はそれだけ言って、訓練場を出ていった。
俺は木刀を見る。
昨日の最後の動きは、まだ分からない。
でも、今はそれでいい。
分からないなら、分かるまでやればいい。
木刀を握り直す。
そして、もう一度振った。
◆
放課後。
校門を出ると、見慣れた顔が立っていた。
「お兄ちゃん!」
「美咲?」
美咲がこちらへ駆けてくる。
「早く行こう!」
「そんなに急がなくても寿司は逃げないぞ」
「でも予約の時間あるから!」
「いつの間に予約したんだよ」
「さっき!」
美咲がスマホを見せてくる。
どうやら本当に予約していたらしい。
「……準備がいいな」
「今日はお祝いだから」
「そうだな」
俺が歩き出そうとすると、美咲が突然後ろを向いた。
「天音さん!」
「え?」
振り返る。
天音が校門から出てきたところだった。
「美咲ちゃん」
二人が自然に近づいていく。
「昨日ぶり!」
「昨日ぶり」
「お兄ちゃん、五十位になったから今日はお寿司なんだよ」
「そうなんだ」
「天音さんも来る?」
「え?」
「一緒に食べようよ」
「いいの?」
「もちろん!」
「ちょっと待て」
俺が口を挟む。
「なんで俺に相談する前に話が進んでるんだ?」
「だってお兄ちゃんのお祝いでしょ?」
「そうだけど……」
天音が少し困ったように笑う。
「じゃあ、お邪魔してもいい?」
「もちろん!」
「……まあ、いいか」
三人で歩き始める。
少し前まで、こんな光景は想像もしていなかった。
学校に行く。
ランキング戦で戦う。
帰れば美咲がいる。
そして今は、天音も一緒に歩いている。
少しずつだけど、俺の周りは変わっている。
◆
店へ向かう途中。
美咲がコンビニに寄りたいと言い出した。
「飲み物買ってくる!」
そう言って走っていく。
残された俺と天音は、少し後ろを歩いていた。
「黒瀬」
「ん?」
「五十位になって、どう?」
「どうって?」
「嬉しい?」
「……うん」
少し考えてから答えた。
「嬉しい」
それは素直な気持ちだった。
「でも、まだ上に行きたい」
「やっぱり」
「だって、五十位になったら、次は四十九位だろ」
天音が笑う。
「そうだね」
「その先もある」
「じゃあ、忙しくなりそう」
「そうだな」
「私も負けないから」
「天音も?」
「うん」
天音は前を向いた。
「私も、自分の戦い方をもっと見つけたいから」
「……そっか」
それを聞いて、少し嬉しくなった。
競い合える相手がいる。
それも、悪くない。
◆
夜。
「五十位、おめでとう!」
「おめでとう、黒瀬」
「ありがとう」
テーブルの上には寿司が並んでいる。
美咲はいつもより機嫌がいい。
「お兄ちゃん、これ食べていい?」
「自分のお祝いじゃないだろ」
「でも、お兄ちゃんのお金でしょ?」
「……好きにしろ」
「やった!」
美咲が嬉しそうに寿司を取る。
天音も笑っている。
学校での戦いの話。
昨日の試合の話。
どうでもいいような話。
そんな時間が、妙に心地よかった。
五十位になったことよりも。
こうして笑っていられることの方が、今は大切なのかもしれない。
◆
食事を終え、部屋に戻る。
俺はベッドに腰掛け、スマホを開いた。
ランキングをもう一度見る。
五十位。
その上には、四十九位。
四十八位。
もっと上には、さらに強い奴らがいる。
そして、一位。
神崎蓮。
「……まだ遠いな」
そう呟いた。
「そうでもない」
「……!」
振り返る。
部屋の中にいるはずのない声。
――ではなかった。
スマホに届いたメッセージだった。
送り主は榊原。
『次は負けない』
「……律儀だな」
俺は笑って返信する。
『俺も』
スマホを置く。
窓の外を見る。
夜の街が広がっている。
この街のどこかには、俺より強い奴がまだたくさんいる。
父さんと母さんのことも、まだ何も分かっていない。
自分の能力についても、昨日の最後に起きたことも分からない。
だけど――
今は、一つずつでいい。
五十位になった。
次は、その上を目指す。
木刀を手に取る。
昨日より、ほんの少しだけ傷が増えている。
俺はその傷を指でなぞった。
「……まだ使える」
そのまま木刀を壁に立てかける。
明日も練習しよう。
そう思ってスマホを置いた、その瞬間だった。
画面が一度だけ点滅した。
「……?」
消したはずの能力画面が開いている。
そこに表示されていたのは、いつもの文字。
――『武装精製・複製』
しかし、その下に。
見たことのない文字が一瞬だけ浮かんだ。
【武装情報――取得】
「……何だ?」
画面を触る。
文字が消えた。
「……気のせいか?」
もう一度確認する。
何も表示されていない。
俺は首を傾げながらスマホを置いた。
まだ知らない。
この日を境に、俺の能力が少しずつ変わり始めていたことを。
まだ知らない。
これまでの戦いが、ただのランキング戦ではなかったことを。
そして――
五十位という順位が、俺にとって新しい始まりに過ぎなかったことを。
俺はまだ、何も知らなかった。
ただ一つだけ。
明日も、もっと強くなろう。
そう思って、目を閉じた。
――第一章・完。




