第3話 最下位のシーカー
入学してから、一週間が経った。
俺は朝から訓練場にいた。
まだ授業が始まるまで時間はある。にもかかわらず、訓練場にはすでに何人かの生徒が集まっていた。
そのほとんどが、俺より強い。
まあ、当然だ。
この学校にいる一年生は、全国から集められたシーカー候補たちなのだから。
俺は木製の訓練用人形の前に立ち、右手を伸ばした。
「武装精製」
手の中に一本の剣が現れる。
見た目は普通の鉄剣。
重さも、切れ味も、それほど大したものではない。
能力レベル1の俺が作れるのは、この程度だ。
「……よし」
剣を構える。
まずは正面から一撃。
次に横薙ぎ。
そのまま一歩下がって、突き。
何度も繰り返す。
俺には魔力がない。
正確には、魔力そのものは存在する。ただ、他の生徒と比べて極端に少ない。
魔法を使おうとすれば、すぐに息が切れる。
だからこそ、俺は剣を使うしかなかった。
才能がないなら、せめて技術で埋める。
単純な話だ。
ただ、その差は簡単には埋まらない。
「遅いな」
背後から声がした。
振り返ると、神崎蓮が立っていた。
学年ランキング一位。
魔力適性S。
固有能力『雷帝』。
俺とは何もかもが違う男だ。
「朝から熱心だな」
「神崎こそ早いな」
「俺は日課だ」
神崎は訓練用の剣を一本手に取った。
「一度やってみるか?」
「俺と?」
「ああ」
俺は少し迷った。
正直、やりたくない。
勝てる気がしないからだ。
でも、ここで断ったら何も変わらない。
「……お願いします」
訓練用の防具を身につけ、向かい合う。
開始の合図と同時に、神崎が踏み込んできた。
速い。
俺は反射的に剣を上げた。
ガキンッ!
衝撃で腕が痺れる。
受け止めただけなのに、手から剣が落ちそうになった。
「くっ……!」
神崎が剣を引く。
次の瞬間には、もう一度迫っていた。
今度は横から来る。
俺は身体を捻って避けた。
だが、完全には避けきれない。
防具に剣が当たった。
「そこまで!」
教師の声が響く。
俺は肩で息をしていた。
一方、神崎はほとんど息を乱していない。
「……強いな」
俺が言うと、神崎は少し考えるような顔をした。
「お前も悪くない」
「それ、本気で言ってる?」
「ああ」
神崎は俺の剣を見る。
「ただ、武器が弱すぎる」
痛いところを突かれた。
「それは俺も思ってる」
「なら、強い武器を使えばいい」
「簡単に言うなよ」
強い武器を買う金なんてない。
そもそも、学生が持てるような魔道武器は安くない。
俺がダンジョンへ潜っている理由の一つだって、少しでも金を稼ぐためなのだから。
「黒瀬」
「ん?」
「お前の能力、本当に武器を作るだけなのか?」
神崎が聞いた。
「今のところはな」
「そうか」
それ以上、神崎は何も言わなかった。
その日の放課後。
俺はいつものようにダンジョンへ向かった。
学校から少し離れた場所にある、初心者向けダンジョン。
入場料を払い、第一層へ入る。
魔導灯の淡い光が、薄暗い通路を照らしていた。
昨日と変わらない。
ゴブリンを倒し、魔石を拾う。
またゴブリン。
また魔石。
地味な作業だ。
でも、こうするしかない。
俺は剣を振った。
ゴブリンの棍棒を弾き、そのまま肩口へ斬り込む。
一体。
次。
今度は二体。
「……二体同時は、まだきついな」
一体目を倒したところで、二体目の棍棒が迫ってくる。
身体を逸らす。
頬を掠めた。
「危なっ……!」
距離を取る。
剣を握り直した。
相手の動きを見る。
ゴブリンが突っ込んでくる。
今度は逃げない。
俺も踏み込む。
棍棒を剣で受け流し、その勢いを利用して身体を回転させる。
剣がゴブリンの首元を捉えた。
魔物が消滅する。
「……よし」
小さく拳を握った。
学校では最下位。
神崎には一瞬で負けた。
それでも。
昨日よりは少しだけ上手くなっている。
そのことが嬉しかった。
ダンジョンを出る頃には、外はすっかり暗くなっていた。
受付で魔石を換金する。
「今日は二十三個ですね」
「お願いします」
受け取った金額を確認する。
大した額ではない。
それでも、昨日より少し多い。
帰りにスーパーへ寄り、安売りの食材を買った。
家に着くと、美咲がリビングで勉強していた。
「おかえり」
「ただいま」
「今日もダンジョン?」
「ああ」
「怪我は?」
「ない」
「本当?」
「本当だって」
美咲が俺の顔をじっと見る。
「……頬」
「え?」
触ってみる。
少し血がついた。
「ああ、これくらいなら平気」
「平気じゃないでしょ」
美咲が救急箱を持ってくる。
「座って」
「大丈夫だって」
「いいから」
「……はい」
言われるまま椅子に座る。
消毒液が傷に触れた。
「痛っ」
「我慢して」
「はい」
こういうときだけ、美咲は妙に強い。
「学校、どう?」
「普通だよ」
「友達できた?」
「まあ、一人」
「女の子?」
「なんでそこを聞くんだよ」
「なんとなく」
「白石っていう子。隣の席」
「へえ」
美咲がニヤッと笑った。
「可愛い?」
「知らない」
「絶対可愛いんだ」
「そういう話じゃない」
「ふーん」
俺は話を逸らした。
「それより、美咲は進路どうするんだ?」
「私は普通の高校でいいよ」
「駄目だ」
「またそれ?」
「お前、勉強できるんだから、ちゃんと選べ」
「お兄ちゃんだって勉強できるじゃん」
「俺はシーカーになる」
「……本気なんだね」
「ああ」
美咲は少しだけ寂しそうに笑った。
「じゃあ、応援する」
「ありがとう」
その夜。
俺は自分の部屋で、学校のランキングをスマートフォンから確認していた。
256位。
黒瀬悠真。
数字は変わっていない。
俺は画面を閉じた。
「……いつか上がってやる」
誰に言うでもなく呟いた。
翌週。
最初のダンジョン実習が行われた。
場所は学校が管理する実習用ダンジョン。
一般のダンジョンとは違い、安全管理が徹底されている。
とはいえ、モンスターが出る以上、危険がないわけではない。
「今回の実習では、四人一組で第一層を探索してもらいます」
教師が説明する。
「討伐したモンスターの数、採取した素材、探索時間などを評価します」
生徒たちは次々にパーティーを組んでいく。
俺は当然のように最後まで残った。
そして。
「黒瀬君、一緒にやろう」
声をかけてきたのは白石天音だった。
「いいのか?」
「もちろん」
「でも俺、弱いぞ」
「知ってる」
「……知ってるのか」
「ランキング見たから」
天音は悪びれもせず言った。
「でも、一人よりはいいでしょ?」
「まあ、それはそうだな」
結局、俺たちは四人組になった。
天音。
俺。
そして男子二人。
全員、俺よりランキングが上だった。
実習開始。
ダンジョンへ入ると、すぐにゴブリンが三体現れた。
「俺が前に出る」
男子生徒の一人が剣を構える。
身体強化の能力を使い、一気に距離を詰めた。
ゴブリンが吹き飛ぶ。
「すご……」
天音が呟く。
俺は少しだけ苦笑した。
やっぱり、違う。
俺なら一体倒すだけでも苦労する。
それからも順調に進んでいった。
俺は後ろから周囲を警戒する。
戦闘では大きな活躍ができない。
それでも、魔石を拾ったり、道を確認したりすることはできる。
そして第一層の奥へ進んだところで。
「待って」
俺は足を止めた。
「どうしたの?」
天音が振り返る。
「……何か聞こえないか?」
耳を澄ます。
遠くから、低い音が聞こえていた。
ゴォン。
ゴォン。
まるで、巨大な機械が動いているような音。
「俺には聞こえないけど」
「気のせいじゃない?」
他の二人も先へ進もうとする。
俺も一度はそう思った。
だが。
妙な胸騒ぎが消えない。
結局、その日は何も起きなかった。
実習を終えて学校へ戻る。
そして翌日。
掲示板にランキングが更新されていた。
生徒たちが集まっている。
「今回、一位は神崎だってよ」
「さすがだな」
俺も掲示板を見る。
神崎蓮。
一位。
その下に、天音たちの名前が並んでいる。
そして俺は。
256位。
変わっていない。
「黒瀬君」
天音が隣に来た。
「気にしない方がいいよ」
「分かってる」
「昨日、ちゃんと役に立ってたよ」
「……ありがとう」
そう言われても、悔しいものは悔しい。
俺はランキング表から目を逸らした。
その日の放課後。
俺はいつものダンジョンへ向かった。
だが。
入口に入った瞬間、違和感があった。
「……ん?」
いつもより静かだ。
第一層を進んでも、モンスターが一匹も出てこない。
おかしい。
初心者向けダンジョンとはいえ、ここまで何もいないことはない。
俺は剣を作った。
「武装精製」
手に剣が現れる。
そのまま慎重に進む。
しばらく歩くと、見慣れない扉があった。
「こんなの……昨日までなかったよな」
古びた石の扉。
表面には文字のようなものが刻まれている。
俺は手を伸ばした。
その瞬間。
――ズン。
地面が揺れた。
「っ!」
扉の向こうから、何かの気配がする。
俺は反射的に後ろへ下がった。
逃げた方がいい。
頭ではそう思っている。
なのに。
なぜか、扉から目を離せなかった。
刻まれた文字が淡く光る。
見たことのない文字。
それなのに。
なぜか読めた。
『適合者』
その二文字だけが、はっきりと頭に入ってくる。
「……適合者?」
直後。
扉が開いた。
中は真っ暗だった。
その奥から、低い唸り声が聞こえる。
俺は剣を構えた。
逃げるべきだった。
教師に報告すべきだった。
それが正しい。
それでも。
俺は一歩、前へ進んだ。
「……何がいる」
暗闇の中で、二つの赤い目が光った。
次の瞬間。
巨大な腕が、俺の目の前を横切った。
「うわっ!」
咄嗟に飛び退く。
床が砕けた。
俺は息を呑んだ。
ゴブリンなんかとは比べものにならない。
目の前にいるのは、三メートルを超える巨大な魔物だった。
全身を黒い甲殻に覆われ、頭には一本の角が生えている。
そして、その手には。
一本の剣が握られていた。
妙な剣だった。
刀身から、青白い炎が揺らめいている。
俺の視線が、その剣に吸い寄せられた。
すると。
頭の中で、聞いたことのない声が響いた。
『解析対象を確認』
「……え?」
『特殊武装を確認』
目の前の魔物が剣を構える。
『複製可能条件を満たしていません』
俺は意味が分からなかった。
だが、一つだけ理解した。
あの剣。
俺の能力が反応している。
この剣を手に入れろと。
そんな気がした。
「……上等だ」
俺は剣を握り直した。
魔力適性E。
能力レベル1。
学校ランキング256位。
それでも。
「俺は、妹のために強くなるって決めたんだ」
巨大な魔物が咆哮する。
俺は地面を蹴った。
この戦いが、俺の一年間を変えることになるとは、このときの俺はまだ知らなかった。




