第2話 探究者育成学園
昨日、入学候補者に選ばれたと知ってから、俺は何度もその名前を検索した。
全国から将来有望なシーカーを集め、ダンジョン攻略に必要な知識や技術を学ぶ専門高校。卒業生には国内ランキング上位のシーカーも多く、シーカーを目指す学生にとっては憧れの学校だ。
もちろん、俺には縁のない場所だと思っていた。
魔力適性E。
それが俺の評価だからだ。
「本当にここに入るの?」
巨大な校門を見上げながら、美咲が尋ねた。
「ああ」
「……大きいね」
「俺も初めて来た」
目の前には、普通の高校とは明らかに違う光景が広がっていた。
広大な敷地に建つ校舎。その隣には体育館ほどの大きさがある訓練施設があり、さらに奥には巨大な建物がいくつも並んでいる。
中には、実際のダンジョンを再現した実習施設まであるらしい。
校門の脇には、過去の卒業生たちの名前が刻まれた記念碑があった。
国内ランキング一位。
世界大会優勝者。
ダンジョン攻略の英雄。
テレビで見たことのある名前がいくつも並んでいる。
「すごい人ばっかりだね」
「そうだな」
美咲が俺の顔を覗き込む。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「何が?」
「ここ」
「大丈夫だよ」
「でも、お兄ちゃんEランクでしょ?」
「……まあな」
改めて言われると、少し胸が痛む。
だが、俺は笑った。
「だからって、学校に入れないわけじゃない」
「それもそうだね」
美咲も笑う。
「じゃあ、頑張って」
「ああ」
「絶対に無茶しないでね」
「分かってる」
「昨日も同じこと言ってたよ」
「……善処する」
「それ、絶対無茶する人の言い方だよ」
美咲に笑われながら、俺は校門をくぐった。
今日からここが俺の学校になる。
そう思うと、少しだけ胸が高鳴った。
入学式は午前中で終わった。
校長の話、教師の紹介、シーカーとしての心構え。そして最後に、この学校で最も重要な制度について説明された。
「本校では、生徒のシーカーとしての実力を数値化し、ランキングを作成しています」
壇上の大型モニターにランキング表が表示される。
「ランキングは、ダンジョン実習、模擬戦、討伐実績、採取実績、学科試験などを総合して算出されます。ランキング上位者には、より高難度のダンジョンへの挑戦権が与えられます。また、企業やギルドからのスカウトにも影響します」
生徒たちがざわついた。
つまり、強い奴ほど良い環境でさらに強くなれる。
俺はモニターを見上げた。
今は全員が同じスタートライン。
俺にもチャンスはある。
そう思っていた。
だが、教室へ向かう途中。
「なあ」
後ろから声をかけられた。
振り返ると、数人の男子生徒が立っている。
「お前、黒瀬だろ?」
「そうだけど」
「魔力適性Eなんだって?」
「……そうだよ」
男子生徒たちが笑った。
「マジかよ」
「よくこの学校に入れたな」
「俺だったら恥ずかしくて来れないわ」
昨日から何度も聞いた言葉だった。
だから、特に驚きはしない。
「で、能力は?」
「武装精製・複製」
「武器を作るの?」
「ああ」
「どんな武器?」
「今は簡単な剣とかナイフくらい」
男子生徒が吹き出した。
「それだけ?」
「レベル1だからな」
「じゃあ、実戦じゃ役に立たないじゃん」
その通りだった。
俺自身も分かっている。
だから、何も言い返せなかった。
「悪いことは言わない。シーカーなんてやめた方がいいぞ」
男子生徒たちは笑いながら去っていった。
俺はしばらく、その場に立っていた。
悔しい。
当然だ。
だが、それ以上に腹が立った。
自分自身に。
本当に、今の俺には何もできない。
それが悔しかった。
教室に入ると、すでに何人かの生徒が席についていた。
俺の席は窓際だった。
荷物を置いて座ると、隣の席から声をかけられた。
「黒瀬君?」
「ん?」
振り向くと、一人の女子生徒がこちらを見ていた。
長い黒髪に、穏やかな表情。
制服をきっちり着こなした、どこか真面目そうな女の子だった。
「私、白石天音。よろしくね」
「ああ。黒瀬悠真。よろしく」
「黒瀬君もシーカー志望なんだよね?」
「そうだけど」
「よかった」
「何が?」
「私もだから」
天音は笑った。
「一緒に頑張ろうね」
「ああ」
その笑顔に、少しだけ緊張が解けた。
入学初日。
俺は、ここでやっていけるかもしれない。
そう思った。
翌日。
俺たちは初めての実技授業を受けるため、訓練場へ集められた。
体育館ほどの広さがある訓練場には、魔力測定装置や模擬モンスター、武器の訓練設備まで揃っている。
「本日の授業は、固有能力の確認と基礎戦闘訓練です」
教師が説明する。
「まずは一人ずつ、自分の能力を発動してください」
生徒たちが次々と能力を披露していく。
「炎よ!」
手のひらから炎が噴き出す。
「身体強化!」
男子生徒の身体が一回り大きくなり、訓練用の鉄柱を軽々と持ち上げた。
「雷撃!」
青白い雷が標的へ飛んでいく。
俺はその光景を見ながら思った。
――次元が違う。
魔力適性AやBの生徒たちは、まるで当たり前のように魔法を使っている。
俺にはできない。
「黒瀬」
教師が俺の前で止まった。
「君の能力を見せてくれ」
「分かりました」
俺は右手を前へ伸ばした。
「武装精製」
体の中にある僅かな魔力が集まっていく。
光が形を変え、一本の剣へと変わった。
普通の鉄の剣。
特別な力は何もない。
ただの剣だ。
周囲から小さな笑い声が聞こえた。
「本当に剣だけなんだ」
「俺の方が強そう」
「Eランクだから仕方ないだろ」
教師は剣を確認すると、少し困ったような顔をした。
「黒瀬。これはどれくらい維持できる?」
「五分くらいです」
「それ以上は?」
「……無理だと思います」
「実戦ではどうだ?」
「強い攻撃を受けたら、もっと早く消えると思います」
「そうか」
教師は記録をつけた。
「では次」
俺は剣を消した。
手の中から光が消えていく。
それだけだった。
授業が終わった後。
俺は一人で訓練場に残った。
誰もいなくなった場所で、木製のダミーを前にする。
「……もう一回」
右手を前へ出す。
「武装精製」
剣を作る。
構える。
振る。
ダミーに当たる。
剣が消える。
もう一度。
武装精製。
振る。
消える。
何度も繰り返した。
魔力が減っていく。
腕が重くなる。
それでも続けた。
俺には魔力がない。
なら、技術を磨くしかない。
剣を作る。
振る。
剣が消える。
また作る。
振る。
その繰り返し。
気づけば、窓の外は夕焼けに染まっていた。
「……帰るか」
スマートフォンを見る。
美咲からメッセージが届いていた。
『お兄ちゃん、今日も遅い?』
『もう帰る』
『晩ご飯作っておくね』
『ありがとう』
『無理しないでね』
短いやり取り。
それだけで疲れが少し軽くなった。
家に帰ると、美咲が夕食を作って待っていた。
「おかえり」
「ただいま」
「学校どうだった?」
「普通」
「嘘」
「なんで分かるんだよ」
「お兄ちゃん、分かりやすいから」
美咲が笑う。
「大変だった?」
「……まあな」
「辞めてもいいんだよ?」
「辞めない」
俺は即答した。
「ここで強くなる」
「どうして?」
「シーカーになるため」
「どうしてシーカーになりたいの?」
「……」
一瞬、答えに詰まる。
だが、誤魔化す必要もなかった。
「美咲が高校に行くためのお金が必要だから」
美咲は黙った。
「私なら、働くよ」
「駄目だ」
「でも……」
「お前は勉強しろ」
「お兄ちゃんだって高校生じゃん」
「俺はいいんだよ」
「よくないよ」
美咲は少し怒った顔をした。
「私、お兄ちゃんだけに頑張ってほしいわけじゃない」
「……」
「一緒に頑張ろうよ」
俺は何も言えなかった。
その言葉が、妙に胸に残った。
翌日。
俺は学校へ向かい、校内のランキング掲示板を見て足を止めた。
『一年生シーカーランキング』
一位。
神崎蓮。
魔力適性S。
固有能力――『雷帝』。
入学初日から圧倒的な一位。
その下にも、AランクやBランクの生徒が並んでいる。
そして。
最下位。
256位。
黒瀬悠真。
「……まあ、そうなるよな」
予想していた。
それでも、実際に数字を見ると胸に刺さる。
俺の名前の横には、ほとんど何もない。
討伐実績なし。
実習評価最低。
魔力適性E。
完全な最下位。
俺は拳を握った。
そして、ランキング一位を見る。
そのときだった。
「お前が黒瀬か」
振り返る。
そこには一人の男子生徒が立っていた。
黒髪。
鋭い目。
周囲にいる生徒たちとは明らかに違う雰囲気を持っている。
神崎蓮。
ランキング一位の男だった。
「そうだけど」
「昨日、訓練場に残っていただろ」
「見てたのか?」
「ああ」
神崎はランキング表へ視線を向ける。
「最下位か」
「そうだな」
「悔しくないのか?」
「悔しいよ」
神崎は少し驚いたような顔をした。
「なら、強くなれ」
「言われなくても、そのつもりだ」
「Eランクでも?」
「Eランクでも」
神崎は少しだけ笑った。
「面白いな、お前」
「何が?」
「俺は、そういう奴は嫌いじゃない」
それだけ言って、神崎は去っていった。
俺はランキング表を見上げた。
一位と最下位。
今は、それだけの差がある。
だが。
俺はいつか、あの場所まで行く。
そのために。
今日もダンジョンへ潜る。
学校が終わると、俺は一人で近くの初心者向けダンジョンへ向かった。
受付で学生証を提示する。
「黒瀬君ですね」
受付の女性が確認する。
「はい」
「一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「無理はしないでくださいね。Eランクの方なら、第一層までを推奨します」
「分かっています」
俺はダンジョンへ入った。
薄暗い洞窟。
壁には魔導灯が設置されている。
遠くから、モンスターの声が聞こえる。
俺は右手を前へ伸ばした。
「武装精製」
手の中に一本の剣が現れる。
維持できる時間は五分。
だから、五分以内に倒す。
ゴブリンが現れた。
棍棒を握り、こちらへ走ってくる。
「……来い」
ゴブリンが棍棒を振り上げる。
俺は一歩踏み込んだ。
攻撃を横へ避け、そのまま懐へ潜り込む。
剣を振り抜く。
ゴブリンが倒れた。
地面に魔石が転がる。
俺はそれを拾った。
「一匹」
たった一匹。
それでも、俺にとっては大きな一歩だった。
その日、俺は三時間かけて十七匹のモンスターを倒した。
家に帰る頃には、足が棒のようになっていた。
それでも。
手元には十七個の魔石がある。
売れば、今日の食費くらいにはなる。
「……これなら」
俺は小さく笑った。
少しずつでいい。
強くなればいい。
美咲との生活を守るために。
俺は明日もダンジョンへ潜る。
そう思っていた。
その夜。
誰もいないはずのダンジョン、そのさらに奥。
一般には公開されていない地下空間で、古びた石碑が淡く光った。
『適合者を確認』
『魂波形――一致』
『第零階層、再起動』
誰にも届かない機械音声が、暗闇の中へ響く。
そして。
長い間眠り続けていた何かが、ゆっくりと目を開いた。




