第1話 俺の魔力適性は、Eだった
朝六時半。
目覚まし時計が鳴るより少し早く、俺は目を覚ました。
薄暗い部屋の天井を見上げ、数秒だけぼんやりする。
今日が何の日なのか思い出した瞬間、一気に目が覚めた。
「……魔力適性検査、か」
ベッドから起き上がり、カーテンを開ける。
窓の向こうには、いつもと変わらない街並みが広がっていた。
高層ビルの間を魔導車が走り、道路脇の魔導灯が朝日を受けて消えていく。
百年前なら、どこにでもある普通の朝だったらしい。
今では違う。
世界中にダンジョンが出現し、魔力という未知のエネルギーが発見されてから、人類の生活は大きく変わった。
電気の代わりに魔力を使う家も珍しくない。
病院では回復魔法が使われ、街では魔導車が走り、ダンジョンから発見された魔石は生活を支える重要な資源になっている。
そして、この世界では十五歳前後になると必ず一度、魔力適性検査を受ける。
S、A、B、C、D、E。
六段階に分類された適性は、その後の人生を大きく左右する。
SランクやAランクともなれば、国から奨学金が出たり、大企業からスカウトされたり、シーカーとして活動するなら最初から有利な条件で契約できる。
逆に適性が低ければ、魔力を扱う職業への道はほとんど閉ざされる。
そして俺は、昔から自分の魔力が少ないことを知っていた。
魔法を使おうとしても、火花一つ出ない。
学校の簡易検査でも、何度測っても最低値に近い数字だった。
「お兄ちゃん、起きてる?」
部屋の外から声がした。
「起きてる」
「なら早くして。朝ご飯冷めるよ」
「分かった」
俺は制服に着替え、リビングへ向かった。
テーブルには簡単な朝食が並んでいる。
トースト、卵、インスタントのスープ。
豪華とは言えないが、これで十分だ。
「おはよう、お兄ちゃん」
「おはよう、美咲」
妹の黒瀬美咲は、今年で中学三年生になる。
肩まで伸びた黒髪に、少し眠そうな目。
どこにでもいる普通の中学生だ。
「今日、検査なんでしょ?」
「そう」
「緊張してる?」
「別に」
「嘘。昨日からそわそわしてたじゃん」
「……見てたのかよ」
「兄妹だからね」
美咲が笑った。
俺も笑う。
だが、胸の奥ではずっと落ち着かなかった。
魔力適性検査。
それは俺にとって、ただの健康診断ではない。
この世界では魔力適性が高ければ、それだけ将来の選択肢が増える。
そして俺には、やりたいことがあった。
シーカーになりたかった。
ダンジョンに潜り、魔石や素材を持ち帰る探索者。
危険な仕事だが、その分収入も高い。
成功すれば、一攫千金だって夢じゃない。
理由は一つ。
美咲のためだ。
両親が事故で亡くなってから、俺たちは二人で暮らしている。
親戚から最低限の仕送りはあるものの、二人で生活するには十分とは言えない。
俺が高校へ進学し、美咲も来年には高校へ進学する。
これから金はもっと必要になる。
だから俺は、少しでも稼げる仕事を探していた。
そして、シーカーという仕事に目をつけた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「もし低くても、気にしないでね」
「別に気にしてない」
「また嘘」
「……うるさいな」
俺は笑って誤魔化した。
「今日、学校終わったら一緒に帰れる?」
「悪い。検査の後、少し用事がある」
「またダンジョン?」
「……まあな」
「無理しないでよ」
「分かってる」
美咲は心配そうな顔をした。
「お兄ちゃんって、昔から無茶するから」
「誰のためだと思ってるんだよ」
「私のために無茶するの、禁止」
「善処する」
「絶対しないやつじゃん」
そんなくだらない会話をしながら、俺たちは家を出た。
そして午後。
学校の体育館に、三年生全員が集められた。
壇上には巨大な魔力測定装置が置かれている。
透明な水晶のような球体。
触れた人間の魔力量と適性を測定する、最新型の検査装置だ。
「次、黒瀬悠真」
名前を呼ばれた。
俺は立ち上がる。
体育館中の視線が集まる。
別に注目されるような人間じゃない。
それでも、この瞬間だけは妙に緊張した。
水晶の前に立つ。
「手を置いてください」
教師に言われ、右手を置いた。
水晶が淡く光る。
数秒。
機械が計測を続ける。
そして。
ピーッ。
結果が表示された。
「……Eランク」
教師が少し困ったように呟いた。
体育館のあちこちから声が聞こえる。
「やっぱりEか」
「魔力量もほとんどないじゃん」
「シーカーなんて無理だろ」
聞こえている。
全部聞こえている。
俺は拳を握った。
分かっていた。
自分が強くないことくらい、最初から分かっている。
それでも。
「黒瀬」
教師が俺を見る。
「君は固有能力の適性があります」
「……え?」
教師が測定結果を確認する。
「非常に珍しいですね。魔力適性はEですが、固有能力の発現条件を満たしています」
体育館が少しざわついた。
「固有能力?」
「Eランクでも持ってる人いるんだ」
「何の能力だろう」
教師が画面を確認する。
「固有能力には個人差があります。戦闘に向かない能力も多いですが、君の場合は……」
教師が一瞬だけ言葉を止めた。
「『武装精製・複製』と表示されています」
俺は目を見開いた。
「武装……精製?」
「簡単な武器を一時的に作り出す能力のようです。ただし、能力レベルは……」
教師が画面を見つめる。
「レベル1です」
体育館の空気が変わった。
「レベル1……」
「微妙じゃね?」
「剣作るだけ?」
俺は黙って水晶を見た。
武装精製・複製。
それが俺の力だった。
教師によれば、レベル1では簡単な武器しか作れない。
しかも作った武器は長時間維持できず、使用者の魔力を消費する。
俺の場合、魔力適性E。
使えばすぐに疲れるだろう。
どう考えても、強力な能力とは言えない。
それでも。
俺は少しだけ笑った。
「……使えるなら、十分だ」
教師が驚いた顔をする。
「黒瀬君?」
「これ、シーカーに使えますか?」
「使えないことはありませんが……」
教師は言葉を濁した。
「君の魔力では、かなり厳しいと思います」
「それでもです」
俺は答えた。
「使えるんですよね?」
「……はい」
「じゃあ、俺はシーカーを目指します」
その瞬間、後ろから笑い声が聞こえた。
「Eランクがシーカー?」
「死ぬぞ」
「夢見すぎだろ」
俺は振り返らなかった。
笑いたければ笑えばいい。
俺にはやらなければならないことがある。
その日の帰り道。
俺はスマートフォンを眺めながら歩いていた。
画面に表示されているのは、一通の通知だった。
『探究者育成学園・入学候補者に選定されました』
「……は?」
思わず足を止める。
探究者育成学園。
全国から魔力適性者を集め、シーカーを育成する専門校。
普通ならSランクやAランクの生徒が進む場所だ。
Eランクの俺には縁のない学校だと思っていた。
だが通知には、こう書かれていた。
『固有能力保持者は、魔力適性にかかわらず選考対象となります』
「……俺が?」
画面を何度も確認する。
間違いではない。
俺はそのまま家へ走った。
「美咲!」
「おかえり、お兄ちゃん。どうしたの?」
「俺、シーカー育成学園に行くことになった」
「……え?」
美咲が固まる。
「本当に?」
「ああ」
「でも、あそこって……」
「知ってる」
「全国の天才が集まるところだよ?」
「知ってる」
「お兄ちゃん、Eランクだよね?」
「知ってるって」
美咲はしばらく俺を見つめた。
そして。
「……すごいじゃん」
笑った。
「応援する」
「いいのか?」
「うん。でも」
美咲は指を一本立てた。
「無茶は禁止」
「善処する」
「またそれ」
二人で笑った。
その日の夜。
俺は机の上に一枚の紙を置いた。
そこには、新しい学校の名前が書かれている。
探究者育成学園。
俺の人生は、ここから変わる。
――このときの俺は、まだ知らなかった。
その学校で一年間、俺がランキング最下位に居続けることも。
自分の能力が一年経ってもレベル1から上がらないことも。
そして。
誰も存在を確認したことがないダンジョンで、一体のレアモンスターと遭遇することになることも。
その戦いの中で、俺が初めて「レベルアップ」というものを経験することも。
そして。
そこで手に入れる一本の剣が。
俺の人生だけではなく、世界そのものを変えることになることも。
このときの俺は、まだ何も知らなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
1年ほど書き溜めていた作品を、投稿することにしました。
現代×ダンジョンの成り上がり物語、楽しんでいただければ嬉しいです。




