幕間「記録」
学園地下。
生徒が立ち入ることのできない区画に、一つの資料室がある。
窓はない。
壁一面に並んでいるのは、古い紙の資料と記録端末。
そのほとんどが、ダンジョンに関するものだった。
薄暗い部屋の中。
一台の端末だけが光っていた。
画面に表示されているのは、一人の生徒の情報。
黒瀬悠真。
魔力適性――E。
現在ランキング――82位。
そして、その下には最近の戦闘記録が並んでいる。
使用武装。
フレアブレイド。
ブーストソード。
グロウソード。
記録が一つずつ画面を流れていく。
「……やはりか」
誰もいないはずの資料室に、低い声が響いた。
画面が切り替わる。
今度は、古い記録。
日付は二十年前。
ダンジョンが世界に現れ始めた頃のものだった。
文字の一部は消えている。
破損しているのか。
それとも、意図的に消されたのか。
そこに、一枚の画像が表示される。
薄暗いダンジョン。
その中に立つ、数人の人間。
そして――一本の剣。
炎を纏ったその剣は、現在のフレアブレイドによく似ていた。
画像の横に名前が表示される。
黒瀬蓮司。
元Sランクシーカー。
現在――行方不明。
さらに、その隣。
黒瀬玲奈。
同じく、元Sランクシーカー。
現在――行方不明。
端末を操作する音が響く。
次に表示されたのは、さらに古い調査記録だった。
『ダンジョン内部にて、既存の魔法体系に該当しない反応を確認』
『解析不能』
『対象物の持ち出しを禁止』
『調査を継続――』
そこで文章は途切れている。
次のページ。
ほとんどが黒く塗り潰されていた。
読めるのは、わずかな文字だけ。
――武装。
――情報。
――適合。
そして。
――E。
「…………」
画面の前に立つ人物は、しばらく何も言わなかった。
◇
同じ頃。
黒瀬家。
俺は風呂から上がり、自分の部屋でベッドに転がっていた。
「疲れた……」
天音との模擬戦を思い出す。
完敗とまでは言いたくない。
でも、負けは負けだ。
魔力操作。
あれだけ細かく魔力を扱えるとは思わなかった。
「ランキング詐欺だろ、ほんと……」
思わず呟く。
明日も剣を振ろう。
そんなことを考えていると、机の上に置いていたスマホが震えた。
美咲からだった。
『天音さんと話してる』
「同じ家にいるだろ……」
わざわざメッセージで報告する意味が分からない。
しばらくして、もう一件。
『今度うちに呼んでいい?』
「早くないか?」
今日会ったばかりだぞ。
俺は少し考えてから、
『別にいいけど』
と返した。
すぐに既読がつく。
『やった』
俺はスマホを置いた。
どうやら、思っていた以上に仲良くなったらしい。
「まあ、いいか」
目を閉じる。
今日はもう眠い。
明日のことは、明日考えればいい。
俺はそのまま眠りについた。
自分の知らないところで。
自分の名前が、二十年前の記録と一緒に表示されていることなど――
知るはずもなかった。
◇
再び、学園地下。
端末の画面には、黒瀬悠真の情報が表示されている。
魔力適性E。
その文字の上に、一つの古い記録が重ねて表示された。
照合中。
数秒。
やがて、画面に文字が浮かぶ。
『一致率――』
数字が表示される直前。
画面が消えた。
「まだ早い」
暗闇の中。
声だけが響く。
「少なくとも、今はまだ」
机の上には、一枚の古い写真が置かれていた。
二十三年前。
まだ若い蓮司と玲奈。
その二人の後ろに広がっているのは――
ダンジョン。
写真の裏側。
そこには、短い文字が残されていた。
誰が書いたものなのかは分からない。
ただ、一文だけ。
『この子には、まだ何も伝えないで』
資料室の扉が閉じる。
再び、地下は静寂に包まれた。
そして誰もいなくなった端末に、一瞬だけ光が戻る。
黒瀬悠真。
魔力適性――E。
その下。
見慣れない文字列が、一瞬だけ表示された。
だが。
それを読む者は、誰もいなかった。




