第22話「模擬戦」
土曜日。
朝から学校に来るのは、少し変な感じがした。
休日の校舎は人が少なく、いつもより静かだ。
俺は鞄を肩に掛け、特別訓練場へ向かっていた。
昨日、ランキングを見て決めた。
50位を目指す。
そのためには、今のままじゃ足りない。
鳴海先輩との戦いで負けた。
神崎にも届かなかった。
だからこそ、もっと戦う必要がある。
そんなことを考えながら歩いていると、前方に天音の姿が見えた。
「黒瀬」
「おはよう」
「おはよう」
天音は小さく手を振った。
「ちゃんと来たね」
「約束しただろ」
「そうだけど」
天音は少し笑う。
「黒瀬って、こういうところは真面目だよね」
「どういう意味だよ」
「そのままの意味」
俺たちは並んで歩き始めた。
「今日は、どうする?」
「どうするって?」
「模擬戦」
天音が言う。
「ちゃんと能力を使って戦ってみようと思って」
「俺もそのつもりだった」
「よかった」
天音は少し安心したように息を吐いた。
「昨日から、ちょっと考えてたんだ」
「何を?」
「黒瀬となら、戦ってみてもいいかなって」
「そんなに悩んでたのか?」
「うん」
天音は少しだけ目を伏せる。
「私、知らない人と戦うの苦手だから」
「前に言ってたな」
「相手が何をしてくるか分からないと、怖くなるんだ」
「でも俺とは戦える」
「黒瀬は知ってるから」
天音は俺を見る。
「どんな人なのかも、どういう戦い方をするのかも、少し分かってる」
「なるほどな」
「だから、今日はちゃんとやってみたい」
その言葉には、いつもの天音とは少し違うものがあった。
不安はある。
それでも、自分から戦おうとしている。
「じゃあ、俺も本気でやる」
「うん」
特別訓練場の入口に着く。
扉を開ける。
中には誰もいなかった。
中央には円形の戦闘フィールド。
その周囲には、魔法や能力による攻撃を防ぐための結界装置が並んでいる。
「休日だから誰もいないね」
「貸し切りってことか」
「そうみたい」
俺たちはフィールドへ入った。
中央まで歩いてから、少し距離を取る。
天音が髪を整え、深呼吸した。
「……緊張してる?」
「ちょっとだけ」
「模擬戦だぞ」
「分かってるよ」
天音が苦笑する。
「でも、戦うのは久しぶりだから」
「じゃあ、無理そうなら言ってくれ」
「うん。でも――」
天音が顔を上げる。
「今日は大丈夫」
その言葉を聞いて、俺も剣を構えた。
「分かった」
魔力を集中する。
右手に力が集まる。
武装精製。
光が集まり、一本の剣へと変わっていく。
天音も構えた。
その周囲で、淡い魔力が揺れる。
「黒瀬」
「ん?」
「手加減しなくていいからね」
「……それ、こっちの台詞だろ」
天音が笑った。
俺も少し笑う。
訓練場の結界が起動する。
低い音が響き、フィールド全体を薄い光の膜が覆っていく。
『模擬戦システムを起動します』
電子音が響く。
『両者、準備してください』
俺は剣を握り直す。
天音も一歩前へ出る。
静かな訓練場に、二人の呼吸だけが響く。
『模擬戦――開始』
その瞬間、俺は地面を蹴った。
距離が一気に縮まる。
剣を振る。
「――っ!」
天音が身体を横へずらした。
刃が空を切る。
避けられた。
すぐに切り返す。
二撃目。
三撃目。
天音はそのすべてを紙一重で避けていく。
「……」
速い。
だけど、天音の動きはそれだけじゃない。
必要以上に動いていない。
俺の剣が届く場所だけを正確に避けている。
俺は一度距離を取った。
「今の、どうやった?」
「何が?」
「全部、ギリギリで避けただろ」
「黒瀬の剣がどこに来るか見てただけだよ」
「そんな簡単に言うなよ……」
俺は再び踏み込む。
今度は斜めから斬り込む。
天音が後ろへ下がる。
俺は追う。
その瞬間、天音の足元に魔力が集まった。
「――!」
天音の身体が一瞬で加速する。
俺の横を抜けた。
振り返る。
もう天音は俺の背後にいる。
「黒瀬」
「……そこにいるのかよ」
天音の手が光る。
「――っ!」
俺はとっさに剣を横に構えた。
衝撃。
身体が後ろへ吹き飛ばされる。
「ぐっ!」
床を転がる。
すぐに立ち上がる。
「今の……魔力操作か」
「うん」
「足だけに魔力を?」
「そう」
天音は頷く。
「必要なところにだけ使ってる」
「なるほどな……」
俺は剣を見る。
だったら、こっちも変える。
「武装精製」
剣が変化する。
ブーストソード。
俺は一気に加速した。
「速い……!」
天音が目を見開く。
今度は俺が距離を詰める。
剣を振る。
天音が避ける。
追撃。
さらに一歩。
今度は逃がさない。
そう思った瞬間――
天音が身体を低くした。
俺の剣の下を潜り抜ける。
「なっ!」
そのまま背後へ。
まただ。
俺が振り返ったときには、天音はすでに距離を取っていた。
「……お前、本当にすごいな」
「そう?」
「ああ」
俺は息を整える。
「だったら、これならどうだ」
武装精製。
今度はグロウソード。
刀身が伸びる。
攻撃範囲が一気に広がった。
横薙ぎ。
天音が後ろへ下がる。
さらに振る。
今度は避ける方向を読んで、剣の軌道を変える。
天音がギリギリで身体を捻った。
髪の先が剣に触れる。
「……危なかった」
天音が呟く。
「今のは当たったと思った」
「私も」
初めて、天音の顔から余裕が消えた。
俺は剣を構える。
「まだいけるか?」
「うん」
天音も構える。
「まだ大丈夫」
その瞬間だった。
天音の周囲に、これまでとは比べ物にならない量の魔力が集まり始めた。
「……」
空気が変わる。
俺は本能的に警戒した。
「天音……それ、何だ?」
「魔力を集めてるだけ」
「だけって……」
魔力が一点に集中していく。
天音の手の周囲だけ、空気が歪んで見える。
俺は剣を握り直す。
危険だ。
そう感じた。
「黒瀬」
「ん?」
「行くよ」
天音が踏み込んだ。
俺も走る。
互いの距離が一気に縮まる。
剣を振る。
天音が手を突き出す。
――激しい衝撃が走った。
「ぐっ!」
身体が吹き飛ばされる。
背中から床に叩きつけられた。
「……っ」
視界が揺れる。
それでも立ち上がる。
天音も息を切らしていた。
「黒瀬……大丈夫?」
「ああ……」
俺は剣を握る。
「まだやれる」
天音が構える。
俺も構える。
最後の一撃。
互いに踏み込んだ。
その瞬間――
『模擬戦終了』
結界が二人の間に展開された。
「……え?」
俺の剣が止まる。
天音の攻撃も止まった。
『勝者、白石天音』
「……負けたか」
俺はその場に座り込んだ。
天音が近づいてくる。
「黒瀬、大丈夫?」
「ああ。なんとか」
天音が手を差し出す。
俺はその手を取って立ち上がった。
「……強いな」
「黒瀬も強かったよ」
「いや、俺は負けたし」
「でも、前よりずっと良かった」
「そうか?」
「うん」
天音が笑う。
そのときだった。
「お兄ちゃん!」
「……え?」
訓練場の入口から声が聞こえた。
振り返る。
「美咲?」
私服姿の美咲が立っていた。
手には弁当箱を持っている。
「何でここに?」
「だって、今日学校で練習するって言ってたから」
「わざわざ来たのか?」
「お昼ご飯ないでしょ」
美咲が弁当箱を持ち上げる。
「作ってきた」
「……ありがとう」
俺が近づくと、美咲は俺の後ろを見る。
「この人は?」
「天音。クラスメイト」
「白石天音です」
天音が少し緊張した様子で頭を下げる。
「黒瀬美咲です。お兄ちゃんがお世話になってます」
「いや、そんな……」
天音が困ったように笑う。
美咲は天音を見る。
「さっき、お兄ちゃんと戦ってた人?」
「うん」
「お姉さん、強かった?」
「えっと……」
天音が俺を見る。
「黒瀬も強かったよ」
「でも、天音さんが勝ったんでしょ?」
「……うん」
「じゃあ、天音さんの方が強いんだ」
「そういうことになるかな……」
天音が少し照れる。
美咲が笑った。
「すごいね」
「ありがとう」
さっきまで戦っていたとは思えないくらい、穏やかな空気になった。
「お兄ちゃん、家ではこんなに強そうに見えないのに」
「美咲」
「すぐ寝るし」
「余計なこと言うな」
「朝も弱いし」
「それは関係ないだろ」
天音が吹き出す。
「黒瀬って、家ではそんな感じなんだ」
「天音まで笑うなよ……」
「ごめん」
そう言いながら、天音はまだ笑っている。
「天音さんも食べる?」
美咲が弁当を開く。
「え?」
「せっかくだし、一緒に食べようよ」
「いいの?」
「もちろん」
「じゃあ……いただきます」
三人で訓練場の端に座る。
美咲の作った弁当を食べる。
「おいしい」
天音が言った。
「本当?」
「うん。すごくおいしい」
「よかった」
美咲が嬉しそうに笑う。
「天音さんって、普段お兄ちゃんと何話してるの?」
「学校のこととか」
「お兄ちゃん、学校ではちゃんとしてる?」
「うん。真面目だよ」
「家では全然だよ」
「美咲」
「ふふっ」
また天音が笑う。
なんだか、二人の方が俺より仲良くなっている気がする。
「……なんで俺より仲良くなってるんだよ」
「いいじゃん」
「まあ、いいけど」
弁当を食べ終える。
美咲が弁当箱を片付けていると、天音が声をかけた。
「美咲ちゃん」
「ん?」
「また、来てもいい?」
「もちろん」
美咲は嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、連絡先交換しようよ」
「いいの?」
「うん。今度またお弁当作るから」
「じゃあ……」
二人がスマホを取り出す。
「これで大丈夫」
「私も」
「ありがとう」
「こっちこそ」
二人が顔を見合わせて笑う。
俺はその様子を眺めながら、少しだけ呆れた。
「……今日初対面だよな?」
「そうだよ?」
「なのに、もう連絡先交換してるのか」
「いいじゃん」
美咲が笑う。
天音も笑っている。
「黒瀬」
「ん?」
「また模擬戦しよう」
「ああ」
「次は負けないから」
「それ、こっちの台詞だろ」
天音が笑った。
「じゃあ、お互い頑張ろう」
「ああ」
帰り道。
美咲と二人で歩く。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「天音さん、いい人だね」
「ああ」
「また遊びに来てもらおうね」
「……そうだな」
スマホを見る。
今日交換したばかりの連絡先。
そこには、天音の名前が追加されていた。
50位。
まだ遠い。
でも、今日の戦いで分かった。
俺には、まだ伸ばせるところがある。
なら――
「次は勝つ」
そう呟いて、俺は歩き出した。




