第19話「次の一歩」
神崎蓮との模擬戦から一夜。
朝から、俺の名前が妙に聞こえてくる。
「黒瀬、昨日すごかったな」
「神崎を一歩下がらせたって本当か?」
「八十九位が一位に食らいついたんだろ?」
教室に入った瞬間から、そんな声が飛んできた。
「いや、一歩だけだから」
そう答えると、みんな少し驚いた顔をする。
俺自身、昨日の戦いを思い出せば分かる。
神崎には、ほとんど何もさせてもらえなかった。
攻撃を仕掛けても避けられる。
武器を変えても追いつけない。
最後に何とか一度だけ、神崎を後ろへ下がらせた。
それだけだ。
「でも、その一歩がすごいんじゃない?」
隣から声がした。
「白石」
「昨日の黒瀬、前よりずっと強くなってたよ」
「……そうかな」
「うん」
天音は迷いなく頷いた。
「鳴海先輩と戦う前とは、全然違う」
その言葉を聞いて、少しだけ嬉しくなる。
そんな話をしていると、教室の前が急に騒がしくなった。
「ランキング更新されたぞ!」
その声に、みんなが一斉に掲示板へ向かう。
俺も後ろから覗き込んだ。
毎朝更新される学内ランキング。
単純に模擬戦の勝敗だけで決まるわけではない。
公式戦の結果、ダンジョンでの討伐記録、対戦相手の順位、戦闘内容などをポイント化して集計する。
特に上位者との戦闘は、勝敗に関係なく評価対象になる。
だから、昨日の神崎との模擬戦もランキングに反映されていた。
「……あった」
自分の名前を見つける。
その横に表示された数字は――。
82位。
「七つ上がった……」
「すごいじゃん」
天音が覗き込む。
「でも、俺は負けたぞ?」
「神崎くんにでしょ?」
「うん」
「それなら当然だと思う」
天音はランキング表を指差した。
「一位と八十九位が戦って、八十九位が一方的に負けたわけじゃない。最後には神崎くんを下がらせたんだから」
「……」
確かに、そう言われると納得できる。
俺が神崎に勝ったわけじゃない。
でも、今までの俺にはできなかったことをした。
それが評価されたんだ。
「それに、最近の勝ち上がりもあるからね」
天音が続ける。
198位。
156位。
そして89位。
鳴海との戦いでは負けたものの、ランキング42位の相手と最後まで戦った。
そこからさらに一勝している。
その積み重ねに、昨日の神崎戦が加わった。
「なるほど……」
ランキングは、ただの勝ち負けだけじゃない。
今まで自分が積み重ねてきたものが、数字になって返ってきた。
「黒瀬、最近すごいな」
「次は七十位台じゃないか?」
「このままいけば結構上まで行けそうだな」
そんな声が聞こえてくる。
以前なら、こんなふうに言われることなんてなかった。
少しだけ、嬉しい。
でも――。
俺はランキングから目を離した。
昨日の神崎を思い出す。
あの差は、まだ大きい。
ランキングが八十二位になったからといって、俺が学園上位と肩を並べたわけじゃない。
「……まだまだだな」
「そう言うと思った」
天音が笑った。
放課後。
俺は訓練場に来ていた。
「武装精製」
手の中に一本の剣が現れる。
握る。
振る。
もう一度。
昨日、神崎と戦ってからずっと考えていたことがある。
俺は武器を作る。
壊れたら、また作る。
状況に合わせて武器を変える。
それが俺の戦い方だ。
でも――。
「作れるだけじゃ、足りないよな」
剣を振る。
今度は少し速度を落として、細かく動かす。
昨日の神崎の動きを思い出す。
速かった。
ただ速いだけじゃない。
無駄がなかった。
俺が武器を変えるより先に、次の行動を読まれていた。
「……もっと上手く使わないと」
剣が消える。
俺はすぐに次の一本を作った。
同じ剣。
もう一度振る。
さっきより少しだけ、感覚が軽い。
「……あれ?」
ほんの少しだけだ。
昨日までより、剣が手に馴染んでいる。
武器を作る。
振る。
消える。
また作る。
何度も繰り返す。
そのたびに、ほんの少しだけ感覚が変わっていく。
「これか……」
武器を変えるだけじゃない。
作った武器を、自分の力で使いこなす。
昨日の戦いで足りなかったものが、少しだけ分かった気がした。
「黒瀬」
突然、後ろから声がした。
振り返る。
「鳴海先輩?」
そこには大剣を背負った鳴海恒一が立っていた。
「精が出るな」
「先輩こそ」
「俺はいつも通りだ」
鳴海は訓練場を見回した。
「神崎との戦い、見た」
「……どうでした?」
「まだまだだな」
「ですよね」
即答だった。
少し傷つく。
けれど、鳴海は続けた。
「だが、一つだけ良かった」
「一つ?」
「ああ」
鳴海が俺を見る。
「最後の一撃だ」
「……神崎先輩を一歩下がらせたやつ?」
「そうだ」
鳴海は頷いた。
「お前はあの瞬間だけ、武器じゃなく自分で戦っていた」
その言葉に、俺は黙った。
「武器を変える。それがお前の強さだ」
鳴海が背中の轟鉄に手を添える。
「だが、武器を持つのはお前自身だ」
「……」
「そこを鍛えれば、まだ伸びる」
胸の奥が少し熱くなった。
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
鳴海は少し考えるように黙った。
そして――。
「一本だけ使え」
「一本?」
「そうだ」
鳴海は訓練場の床に置かれていた木剣を拾った。
「武器を作るなとは言わない。お前にはお前の戦い方がある」
木剣を俺に投げてくる。
俺はそれを受け取った。
「だが、一度くらい一本の剣と向き合ってみろ」
「……鳴海先輩みたいに?」
「俺みたいになる必要はない」
鳴海は少しだけ笑った。
「お前は、お前のやり方で強くなればいい」
その言葉が妙に心に残った。
俺は木剣を握り直す。
重い。
魔力で作った剣とは違う。
壊れない。
消えない。
簡単には作り直せない。
だからこそ――。
「やってみます」
「そうか」
鳴海は背を向ける。
「明日から、付き合ってやる」
「え?」
「勘違いするな。俺も暇じゃない」
そう言いながら、鳴海は訓練場を出ていった。
俺は木剣を見つめる。
そして、ゆっくり構えた。
まだ弱い。
神崎には届かない。
ランキングも、まだ八十二位。
それでも。
昨日より一歩。
今日も一歩。
少しずつでいい。
俺は剣を振った。
――今度は、壊れない一本で。




