第11話 校内ダンジョンの異常
『――適合者を確認』
その言葉が、校内放送から消えた。
誰も動かなかった。
いや、動けなかった。
職員室にいた教師たちでさえ、互いの顔を見合わせている。
「今の放送……誰が流した?」
「分かりません」
「校内放送の操作室は?」
「確認しています!」
慌ただしく教師たちが動き始める。
俺はそんな光景を見ながら、右手を握りしめた。
熱い。
第二層で黒鎧と遭遇したときと同じだった。
「黒瀬」
担任が俺の肩を掴む。
「ここから動くな」
「でも、校内ダンジョンで異常が――」
「だからだ」
先生の声はいつになく強かった。
「今の校内ダンジョンは、通常の授業で使える状態じゃない」
「何が起きてるんですか?」
「まだ分からない」
その答えを聞いた瞬間。
俺のスマートフォンが震えた。
画面を見る。
学校からの緊急通知だった。
『全生徒は教室内で待機してください』
その文章の下に、もう一行。
『校内ダンジョンへの立ち入りを禁止します』
「……」
嫌な感じがする。
何かがいる。
そんな気がした。
しかも。
俺を待っている。
根拠なんて何もない。
それでも、なぜかそう思った。
◇
数分後。
校内放送が再び流れた。
『緊急警報を解除します』
教室内から安堵の声が漏れる。
だが、俺は安心できなかった。
右手の熱が消えていない。
「黒瀬くん」
教室へ戻る途中、天音に呼び止められた。
「大丈夫?」
「ああ」
「顔、怖いよ」
「そんなに?」
「うん」
天音は少し考えてから、声を落とした。
「さっきの放送……『適合者』って言ってたよね」
「聞いた」
「何だったんだろう」
「分からない」
俺は嘘をついた。
いや。
本当に分からない。
ただ、自分に関係している気がする。
それだけだった。
「……黒瀬くん」
「ん?」
「もし、何かあったら言ってね」
「何かって?」
「何でも」
天音はそう言って笑った。
「一人で抱え込むの、あんまりよくないと思うから」
「……ありがとう」
その言葉が妙に胸に残った。
◇
放課後。
校内ダンジョンは完全封鎖されていた。
入口には教師が何人も立っている。
普段なら生徒が自由に出入りできる場所だ。
それが今は、まるで別の施設のようだった。
「本当に入れないんだな」
鳴海が少し離れた場所から入口を見る。
「当たり前でしょ」
天音が答える。
「さっき緊急警報まで出たんだから」
「でも、原因くらい知りたいだろ」
「それはそうだけど……」
俺は二人の会話を聞きながら、入口を見つめていた。
胸の奥が妙に落ち着かない。
そして。
また右手が熱くなった。
「……っ」
「黒瀬くん?」
天音が気づいた。
「どうしたの?」
「いや……」
俺は袖をまくった。
青白い印が浮かび上がっている。
今までよりもはっきりと。
「それ……」
鳴海も気づいた。
「いつからある?」
「第二層から」
「なんで黙ってた?」
「話しても信じてもらえないと思って」
鳴海はしばらく俺の手を見ていた。
「……確かに、信じにくいな」
そのとき。
校内ダンジョンの入口から、小さな音がした。
カチッ。
金属が擦れるような音。
俺たちは同時に振り返った。
「今の何?」
天音が呟く。
入口には誰もいない。
鍵も閉まっている。
それなのに。
俺の右手がさらに熱くなった。
「……中に何かいる」
俺が言うと、鳴海が眉をひそめた。
「分かるのか?」
「ああ」
その瞬間。
入口の扉が――
ほんの少しだけ開いた。
「なっ……!」
天音が息を呑む。
教師たちはまだ気づいていない。
俺は反射的に一歩前へ出た。
「黒瀬!」
鳴海が腕を掴む。
「待て。勝手に入るな」
「でも――」
そのとき。
扉の隙間から、何かが転がってきた。
カラン。
床に落ちたのは、小さな金属片だった。
俺が拾い上げる。
見覚えのある模様。
円。
三本の線。
「……また、この印か」
天音が顔を近づける。
「それ、あの写真にあったやつ?」
「そう」
鳴海が驚いた顔をした。
「写真?」
「あとで説明する」
俺は金属片を握った。
その瞬間。
視界に文字が浮かんだ。
『未知の武装情報を検出』
続いて。
『解析を開始します』
「……武装?」
金属片が淡く光る。
『解析率――12%』
まだ何もしていない。
ただ触れただけなのに。
数字が少しずつ上がっていく。
『21%』
『34%』
『48%』
そして。
『50%』
そこで止まった。
「半分……?」
俺が呟くと。
突然、金属片が砕け散った。
「えっ?」
手の中から消えていく。
同時に、視界に最後の文字が浮かんだ。
『解析を中断』
『対象は「鍵」として登録されました』
「鍵……?」
意味が分からない。
だが。
校内ダンジョンの扉が、再び開いた。
今度は、さっきより大きく。
ギィィィ……。
奥には、いつもの第一層が見えている。
ただ一つだけ違った。
普段なら明るいはずのダンジョン内部が、真っ暗だった。
「……おかしい」
鳴海が呟く。
「校内ダンジョンの照明は魔力灯だ。停電することなんてない」
俺は入口を見る。
その奥から。
何かの気配がする。
魔物ではない。
もっと別のもの。
「黒瀬くん」
天音が俺の隣に立った。
「行くの?」
「……分からない」
本当なら行くべきじゃない。
教師にも禁止されている。
危険なのも分かっている。
それでも。
俺の右手は、入口の奥を指すように震えていた。
そして。
暗闇の中から声がした。
「――ようやく」
俺たちは固まった。
低い声。
聞き覚えがある。
「見つけた」
黒鎧の魔物と同じ声だった。
「……お前」
俺が一歩踏み出した瞬間。
暗闇の奥に、二つの青い光が浮かんだ。
人の目。
だが。
その姿は見えない。
「我が主の器――」
声が響く。
「なぜ、まだ目覚めていない?」
俺の右手が激しく光った。
「っ!」
次の瞬間。
ダンジョンの壁に、巨大な魔法陣が浮かび上がった。
円。
三本の線。
その中心には――
一振りの剣が描かれていた。
俺の視界に、見たことのない表示が現れる。
『原型武装――照合開始』
その下に。
『照合対象――黒瀬蓮司』
「……え?」
父さんの名前。
なぜ。
どうして。
この場所で。
俺が問いかけるより早く、魔法陣が眩い光を放った。
そして。
暗闇の奥にいた何かが、静かに笑った。
「――次は、父ではなく」
一瞬だけ。
その姿が見えた。
黒い鎧。
その手には、炎をまとった剣。
「お前の番だ」
光が弾けた。
俺たちは、とっさに目を閉じる。
数秒後。
目を開けると。
そこには、何もいなかった。
ただ床に。
一枚の古いプレートが落ちている。
俺はそれを拾った。
刻まれていた文字は、たった一つ。
『第二適合者』
その意味を。
俺はまだ知らなかった。




