第10話 写真の中の剣
父さんと母さんの写真。
そこに写っていた場所は、俺の知っているどのダンジョンとも一致しなかった。
それだけなら、まだ考えようはある。
昔のダンジョン。
まだ誰にも発見されていない場所。
あるいは、写真そのものが間違っている。
だけど――日付だけは、どうしても説明がつかなかった。
ダンジョンが世界に現れたのは、今から二十年前。
写真の日付は、その三年前。
つまり、父さんと母さんは。
ダンジョンが存在するはずのない時代に、ダンジョンの中にいた。
「……兄さん」
隣に座っていた美咲が、小さな声で呼んだ。
「どうした?」
「その写真、さっきからずっと見てるけど……何か分かった?」
「いや」
俺は写真から目を離した。
「まだ何も」
本当は、何も分からないどころか、分からないことが増えすぎていた。
父さんが持っている炎をまとった剣。
写真の隅に描かれた、円の中に三本の線が入った奇妙な印。
そして、母さんが残した言葉。
『この子には、まだ何も伝えないで』
この子。
それが誰を指しているのか。
考えるまでもなかった。
俺だ。
「……父さんたちって、昔からダンジョンのことを知ってたのかな」
美咲が呟く。
「分からない」
「でも、写真が本物なら……」
「うん」
俺は答えた。
「ダンジョンができる前から知ってたことになる」
その瞬間だった。
机の上に置いていたスマートフォンが震えた。
学校からの通知だった。
『本日の第二層実習について、一部内容を変更します』
第二層。
あの黒い鎧の魔物と遭遇した場所。
俺は通知を開いた。
『先日の第二層で発生した異常事象について、現在も調査を継続しています。生徒の安全確保のため、第二層の一部区域への立ち入りを禁止します』
「……やっぱり、何か隠してる」
俺が呟くと、美咲が首を傾げた。
「学校が?」
「たぶん」
あのとき、先生たちは明らかに何かを知っていた。
それでも俺たちには詳しい説明をしなかった。
そして今。
第二層の一部が封鎖された。
俺は写真をもう一度見た。
父さんが持っている剣。
炎をまとった、あの剣。
俺が最初に作った武器――フレアブレイドと、よく似ていた。
「……偶然なのか?」
そう呟いた瞬間。
写真の中の剣が、ほんの一瞬だけ光った。
「え?」
俺は思わず写真を落としかけた。
だが、次の瞬間には何事もなかったかのように戻っている。
「兄さん?」
「今……光ったような」
「写真が?」
「ああ」
美咲は写真を覗き込んだ。
「何もないよ?」
「……そうか」
気のせい。
そう思おうとした。
しかし。
俺の右手には、まだあの青白い痕が残っていた。
第二層で現れた、あの印。
普段は薄くて見えにくい。
けれど写真に触れたときだけ、わずかに熱を持つ。
まるで。
何かを探しているように。
◇
翌朝。
教室に入ると、いつもより騒がしかった。
「黒瀬!」
席につく前に、誰かに呼ばれた。
振り返ると、鳴海が立っていた。
「……何?」
「第二層の件だ」
鳴海は周囲を確認してから、声を落とした。
「お前、あの黒鎧と戦ったんだろ?」
「まあ」
「何を見た?」
妙に真剣な顔だった。
「普通の魔物じゃなかった」
「それは聞いた」
「……じゃあ、何が聞きたい?」
鳴海は少し黙った。
「俺たちが知らない情報を持ってるんじゃないかと思ってな」
「俺も知らないよ」
「本当に?」
「ああ」
鳴海は俺の目を見る。
数秒後、ため息をついた。
「……そうか」
そのとき。
「おはよう、黒瀬くん」
天音がやってきた。
「あ、おはよう」
天音は俺と鳴海を交互に見た。
「何か話してた?」
「第二層のことだ」
鳴海が答える。
すると天音の表情が少し曇った。
「……あの件、まだ終わってないんだよね」
「終わってないどころか、学校がかなり警戒してる」
鳴海が腕を組む。
「昨日、教師同士が話してるのを聞いたんだ。第二層だけじゃなく、他のダンジョンでも似たような報告が出てるらしい」
「他のダンジョンでも?」
俺は思わず聞き返した。
「ああ」
「どんな?」
「魔物が、特定の探索者を見て逃げた」
「……」
俺の背中に、嫌な汗が流れた。
「誰が?」
「そこまでは分からない」
鳴海はそう言って、教室の前方を見る。
「ただ、教師は『共通点があるかもしれない』って言ってた」
共通点。
頭の中に、あの言葉が浮かぶ。
『適合者』
黒鎧の魔物は、俺を見てそう言った。
まるで。
俺を知っているかのように。
「黒瀬くん?」
天音の声で我に返った。
「大丈夫?」
「ああ。ちょっと考え事してた」
「最近、ずっとそんな感じだよ」
天音が心配そうに俺を見る。
「ちゃんと寝てる?」
「寝てるよ」
「本当に?」
「……たぶん」
「たぶんって何?」
天音が苦笑する。
その様子を見ていた鳴海が、少しだけ笑った。
「お前ら、相変わらずだな」
「何が?」
「いや、なんでもない」
そう言って鳴海は自分の席へ戻っていった。
その直後。
校内放送が入った。
『一年生、黒瀬悠真さん。至急、職員室まで来てください』
「……俺?」
教室中の視線が集まる。
嫌な予感しかしなかった。
◇
職員室に入ると、担任が待っていた。
「来たか、黒瀬」
「何かありましたか?」
「少し確認したいことがある」
先生は一枚の紙を机の上に置いた。
そこには、昨日の写真とは違う画像が印刷されていた。
「これは?」
「先日の第二層で記録された映像の一部だ」
映っていたのは、あの黒い鎧。
そして、その背後にある壁。
壁には――
円の中に三本の線。
あの写真と同じ印が描かれていた。
「……これ」
「気づいたか」
先生の表情が変わった。
「この印について何か知っているのか?」
「知ってるというか……昨日、父の古い写真に同じものが写ってました」
「……父親?」
「はい」
先生はしばらく黙った。
そして、ゆっくりと椅子に座った。
「黒瀬。これは誰にも話していないことだが……」
「はい」
「その印は、現在のダンジョン研究では確認されていない」
「でも、第二層に」
「ああ」
先生は頷いた。
「だから問題になっている」
先生はもう一枚の紙を取り出した。
「実は、この印が見つかったのは今回が初めてじゃない」
「……え?」
「過去の記録に、数件だけ存在している」
胸がざわつく。
「いつの記録ですか?」
「最初のダンジョンが発生した直後だ」
俺は息を呑んだ。
「それなら……ダンジョンができてからの話ですよね」
「そうだ」
先生はそこで一度言葉を止めた。
「ただし、一件だけ例外がある」
「例外?」
先生は資料の端を指で押さえた。
「ダンジョン発生より前の記録だ」
部屋が静かになる。
「……何年前ですか」
「二十三年前」
写真の日付と一致した。
偶然とは思えなかった。
「その記録には、何が書いてあるんですか?」
先生は答えなかった。
代わりに、一枚の古いコピーを差し出した。
そこには短い文章だけが残されていた。
『適合者の発現を確認』
その下には、別の一文。
『武装精製因子――反応あり』
俺の心臓が大きく跳ねた。
「……これ」
「黒瀬?」
俺は無意識に右手を押さえていた。
青白い痕が、制服の袖の下で熱を持っている。
そして。
視界の端に、見慣れた文字が浮かんだ。
『――未知の情報を検出』
思わず目を見開く。
『原型武装に関する情報を更新します』
続いて表示された。
『登録武装:一件』
そして、その名前。
『――――』
文字が一瞬だけ揺らいだ。
まだ、名前までは読めない。
しかし、その直後。
『複製条件――一部達成』
表示が消えた。
「……何なんだよ」
思わず声が漏れる。
「どうした?」
「いえ……何でもありません」
俺は視線を落とした。
先生は不思議そうに俺を見る。
「黒瀬。ひとつだけ聞かせてくれ」
「はい」
「君の父親は――」
先生が言いかけた。
その瞬間。
校舎全体に、低い警報音が響き渡った。
職員室にいた教師たちが一斉に立ち上がる。
『緊急連絡。校内ダンジョンにて異常反応を確認』
「……校内ダンジョン?」
俺は立ち上がった。
先生が青ざめた顔で窓の外を見る。
『対象不明。魔力反応――測定不能』
放送が続く。
『繰り返します。校内ダンジョンにて――』
そこで、放送が途切れた。
数秒の沈黙。
そして。
別の声が校内に響いた。
『――適合者を確認』
俺の右手が、強く熱を持った。
まるで。
誰かが、俺を呼んでいるように。




