嫌いな理由②
「じゃあ、次は神の番だね」
「ようやく私の願いを叶えてくれるのか」
「で、美しいものって一概に言われてもな」
「お前が美しいと思う物で良い。それか、楽しい場所とか。好きなものとか。人間の感性を私に教えてくれたらそれでいい」
「簡単に言うけど・・わざわざ神に紹介するものもないんだよね」
迷う少年に対し、答えをじっと待つ神。
「でも神に感情はないんじゃないの?」
「そうだ。神に感情もなければ、意思もない」
「でも美しいものって概念はあるんだ」
返答がない。
「目的もないって言っていたけど、美しいものを見るってのは、目的ではない?」
「うるさい。神を論破しようとするな。大人しく私を連れていけば良い」
「はい」
相変わらず表情は変わらず口調は強いものだから、恐ろしさが倍増し、恐れ慄く少年。
ちょっとしたパワハラじゃん。と心で呟く。
「パワハラではない。思いつかないのなら、少年の記憶を探り見つけ出しても良いぞ」
「勝手に人の頭の中覗くのやめてね。言葉があるから言葉でやり取りをするよ。待ってて、今考えるから」
もはや、この考えている内容すら筒抜けな気がするので、早く返答をすることにした。
「そうだな。この樹とかは、どう?」
その場で見上げ問いかける少年に応え、神も樹を見上げた。しかし、感動する素振りはない。
「え、あんまり?」
「お前にとってこれの何が美しいのだ」
「この辺りじゃ大きな樹なんだけど。こうして大きな影で涼むことができるし」
「この世界の樹か」
と呟き神は樹をじっと見つめながらそっと近づき、手に触れる。
「樹はどこにでもある偉大なものだ」
「確かにそうだけど」
神の言う『どこにでも』がきっと人間のそれとは違うことにピンと来ていない少年。
「それに、この樹はまだ子どもに思えるくらいに小さいぞ。そうだな、私が見た中ではお前らが何百年も作り続けている聖堂の何倍も大きな樹も見てきた」
「そっか・・」と、その場にあるもので済ませようと提案した事について謝罪しようとした時、続けて神が口を開く。
「ただ、樹はその場所特有の形を表す。こうして鳴く樹は初めて見る。さぞかし賑やかな場所になるのだろう」
鳴いているのはセミだと先ほど伝えたのに未だ樹が鳴いていると勘違いをする神。それをあえて咎めることも、その鳴き声は良いものと思っている人は少ないことも、あえて伝えなかった。
それは、表情は変わらなくも、神があまりにも興味深そうにその樹を見つめ
「それもまた美しい」
そう呟くから、少年はその姿を興味深そうに見つるだけで良かった。
次の日にも神はその樹の下にいた。昨日はいつの間にか消えていて、明日の予定も話し合っていないのだから今日ここに来る必要もないのだけれど。朝起きた時、徐に足が向いたのは、神がそうさせたのか、はたまた僕自身が楽しみになっていたのか。
確信もない中でやってきては、当たり前のように佇む昨日と同じ姿の神。僕を見ては、口を開く。
「その調子だ。次はなんだ」
「開口一番それなの」
まるで昨日のまま時間が動いていないかのような口ぶりに、神ではなく自分を疑う。ただ、確かに布団に潜った記憶もあれば、さっき起きた感覚も残っている。
「約束もせず今日も来てみたけど、僕が来なかったらどうするつもりだったの」
「少年の家に行くつもりだったが」
怖すぎる。
「でもこうして来ているのだから問題はない」
変らない表情で平然と言うものだから、これ以上言い返してもしょうがないと諦める。
もし公園にいる神を横目に素通りでもしたら、慌てて追いかけてきたりしたのかなと、神の表情の変容を少し想像する少年。
「じゃあ、せめて一日の初めに会ったなら挨拶をすること」
「なぜだ」
「これが人間の文化なの」
「なぜ人間はあの恒星を基準に生きているのか」左上を直角に曲げ、人差し指で空を指す。
「なぜって言われても」
「つい先ほど樹を紹介されてから、少しの時間しか空いていないのになぜ改める必要がある」
「・・・一回陽が沈んだから?」
「例えば、人間の言う朝に会った後別れ、夜に会った時と何が違う」
「その時も挨拶はするんじゃないかな?」
「なら、排泄時に別れてから再度会った時の何が違う」
「・・・別れていた時間かな」
「そうだ。もう一度聞こう、なぜ人間はあの恒星を基準に・・」
「もういいよ、分かった分かった」
神は嘘つきだと言うことがよく分かった。すごい意思あるじゃんこいつ。
「恒星かなんだか知らないけど、とりあえず人間は一日の始まりには必ず挨拶をするの。『おはよう』『こんにちは』『こんばんは』できる?神だからできるでしょ」
静かに頷く神。
「それができたら、別れ方を教えるから。まずは、挨拶を知って。それが人間の美しさです」
少年の見間違えか、神が首を傾げた気がした。
「おはよう、少年」
「うん、おはよう神様」
「それで次はなんだ」
すぐそれか。
「次はなんだって、そんな用意しているみたいに言われても」
昨日、少年としては目についた好きなものを伝えたつもりが、変に期待値を上げたことに納得も行っておらず、次の目的地に困り果てる。
「とりあえず、栄えたところにでも移動しよか」
静かに頷く神。
「あ、でも待って。多分その格好だとこの時間帯は止められるかも」
「この世界は格好で咎められるのか」
「ややこしい世の中なんだよ」
神は自分の姿をまじまじと見つめた後、光に包まれ、セーラー服から白いワンピースへと変身した。
「良いじゃん。良いけど、神のそのセンスはどこから参考にしているの」
「平均的な服装かつ、あまり目立たない服装と思ったのだが、違うのか?」
「ほえー」
この世界の平均がワンピースなのだと、神の調べを鵜呑みにする。
ビルが並ぶ栄えた街で白いワンピースに麦わら帽子が目立たないかと言われると素直に頷けない少年。
けれど、今日も嫌気がさすほどに清々しく晴れた青空と、純白のワンピースがよく似合っていたので、そのまま連れて行く事にした。
「ねぇ」
顔は正面を向いたまま、横並びに歩く神へ囁くように話しかける。
「ねぇってば」
「なんだ」
神と出会った公園から十分ほど歩いた頃。人通りの多い街に出てきた。こうして人が行き交う所では歩き方にコツがいるもので、皆一様に忙しなく歩いているのに、避けるのが上手い。
そんな中、神はというと、変らず堂々としながら歩くのだが、道ゆく人々とすれ違うのではなく、正面から来る人に対しすり抜けて進んでいた。
「それやめて神」
「それとはどのことだ。歩みのことか」
「すり抜けるやつだよ。何それ神ってみんなに見えてないの?」
こんな道の真ん中で話し合いは邪魔になると思い、路地の方へ抜けようと神の手を掴もうとするが、見事に空を切る。
「私には触れないぞ」
その口調と無表情がどことなく腹が立ち「早くついて来て」と強めの口調で神を呼びつける。
人通りの少ない路地を見つけ、立ち止まると神の方から言葉が飛んできた。
「私の姿は確かに少年にしか見えていない」
「それを先に言ってよ・・」
公園でしばらく話していた姿は、あたかも樹に向かい一人で話していたのだと今になって恥ずかしくなる。
「なぜだ」
「他の人に神の姿が見えなかったら僕が一人で話しているみたいでしょ」
「それのどこに嫌がる要素がある」
「恥ずかしいじゃん」
「だが、そうしている人間はそこら辺にもたくさんいただろうに」
「確かにたまにいるけどそう言う人・・それはそう言う人なだけで、僕は違うから」
あまり上手く説明が出来ないがため言葉が曖昧になる少年。
「とにかく他の人にも神の姿を見えるようにして。別に実体化しなくても良いけど、堂々と人をすり抜けるのやめて」
「注文が多いな」
「意思がないなら文句を言わない」
ぴくりともせず頷きもせず、少年のため息を聞き棒立ちの神。
「出来たの?」と少年が急かすと「もうとっくにしてある」と返す神。
なら早く言えよと湧き出る気持ちを抑えながら、「行くよ」と、今度は二人の姿で街へと歩き出す。




