嫌いな理由①
そのふわふわと浮いている光が神らしい。
『らしい』と済ますには、あまりに大きな存在ではあるからに、少年はただ、その光の正体を探ろうと視線を送っていた。
身体が燃え上がるほど日差しが降り注いだ日々は過ぎたものの、未だ残暑という言葉が綺麗に当てはまる季節。唯一の生き甲斐といえば、この大きな樹が生み出す木陰の下で、頬を撫でる爽やかな風だけだった。
少年は落ち着いている。落ち着いてはいるが、今一度辺りを見渡す余裕が欲しかった。高所が苦手だと自覚した遊具に、服を汚した記憶のある砂場。回り続けた挙句、嘔吐した最悪の乗り物。それら全て見慣れたものが並ぶ公園に、一つだけその違和感のある存在が未だ少年の心をざわつかせる。自らを神と名乗る光が、ジャングルジムの方へ近づきじっと見つめている。
いや、目も鼻も口もない、野球ボールくらいの大きさであるただの光なのに、見つめているという表現は合っているのかは、さておき。少年は、直感でただ見つめているとその光を見て判断した。
「これはなんだ」
きっと光の方から聞こえてくるその言葉に、少年は返答する。
「ジャングルジムっていう遊具だけど」神なのに知らないんだ。と付け加えようとしたが、初対面の存在へしっかり敬意を見せる事にした。
「なんのためにある」
「子どもが遊ぶため?」
「遊ぶため。大人は遊ばないのか」
「遊んでいたら変だね」神に大人とか子どもの概念があるのかと少し考えたが、すぐさま「遊んでみる?」と聞くも「いい」と断られた。
それでも「遊具とはなんだ」とか「大人とは体が大きな人間のことか」とか少年が答えた一文に含む言葉に次々と質問が飛んでくることに思わず
「何にも知らないじゃん」と言葉が出てしまう。
神は黙ったまま、ゆっくり木陰のほうへ移動し、こちらの動きを待っているようだった。
「ごめんなさい神様」さすがに怒ったのであろうと、近付きながら素直に謝ると、言葉が返ってくる。
「この音が響く樹はなんだ」
もういいって・・・
今度は我慢した自身に賞賛を送りながら、「音はセミっていう虫の声ですよ」と引きつった口角も自覚し、答えた。
神は、その大きな樹の幹に沿ってくるくると螺旋状に上っていき、ちょうどセミのあたりで足を止めじっと見つめていた。
木漏れ日にも負けないその光。太陽と重なっても、確かに視認できる光。ただの光といえばそれまでの物体なのだが、なんだか特別な存在なのかもしれないと、その光にただ魅了される。
そして、「私は神だ」と簡潔な自己紹介をされてから四半時。居たたまれずにいた質問をようやく口に出すことにした。
「あなたは本当に神なの?」
セミに近付いては反応を見ていた神がぴたりと動きを止め、ゆっくりとこちらへ降りながら答えた。
「そうだ。厳密に言えば、お前ら人間の概念に合わせた言い方で神としているだけだがな」
「じゃあ、神ではないの?」
「神として接した方が理解しやすいだろうという意味で神と名乗った」
神と接したことないから理解も何もないのだけど。
質問には答えてはくれる神にも、煮え切らない脳内は未だモヤモヤとし続ける。とりあえず質問を繰り返すことにした。
「なんでこんなところにいるの?」
「神に目的なんてない。もっと言えば少年らに認識できるような概念ではない」
ちょっと分からなくなってきた。
少年の表情を読み取ってか、神は「認識できるよう、とりあえず光になっているだけだ」
ともう一言付け加える。
「うーん」
「そうだな、こうしたら信じるのか」
そう言った途端。神は少しだけ光を増すと、その強さに少年は、思わず瞬きをする。ほんの少しだけ瞼を閉じた時、目の前には、セーラー服を着た同い年くらいの女の子が立っていた。
「え、初めまして・・神を見ませんでしたか?」と、一旦、惚けた様子で会釈をする少年。
「私が神だ」
「・・・変身とかもできるんだ」目の前の出来事に加え、自分は意外と受け入れ体質ということにも少し驚く。
「別に形を変えた訳ではなく、簡単に言えば光の反射で見え方を変えているだけだ。擬態なんて周りにもたくさんいるだろうに」
「はぁ・・」
相変わらず説明してくれる原理はわからないけれど、こうして実際に目の当たりにすると信じざるをえない。
「本当に神っぽいんだ」
「そうだ。このように」
そう、女の子の姿からスーツを着た男性。ケーキ屋さんの女性。水色スモックの園児。と様々に姿を変化させる。
少年の少し驚いた反応が嬉しかったから続けているのか、ただ信じさせるために見せているのか。すでに見飽きている少年をよそに神はコロコロとその姿を変える。
「もういいよ。疲れるでしょ」
その言葉に神は、ラジカセを担いだラッパーの姿でピタッと止まり「そうか」と最初の女の子の姿に戻る。
「疲れはしないんだがな」
大きな樹が作り出す影が爽やかな風を呼び込んでくれる。風に靡く、透き通るような黒く長い髪の毛も。じっとこちらを見つめる黒く大きな瞳も。その口調にはとても似つかわしくない。
今日はとても寝起きが良かった。時間にしたらいつもと変わらぬ睡眠時間なのに随分とよく寝た気がした。制服ではなくお気に入りの私服に着替えたりなんかして、散歩になんか出かけたりして。辞書が示すような形の雲が青空に浮かぶ天気。こんな天気に歩くなんて気が狂っていると思いながらも、いつもと違った行動をとってみる。
いつもと違う行動をとってみたけれど、まさか見慣れた公園で神に会うや否や
「何か美しいものを見せてみろ」
と、神からお願いされるとは思いもしない。
神が放つその言葉に疑問を抱きながら少年は、背中を伝う汗も気にならないほど、心が高揚するのが自分でも理解できた。
「で、他には何か出来るの?」
「少年は話を聞いていたのか。私は美しいものを見せろと言ったんだ」その綺麗な見た目から放たられる口調に違和感を感じる少年だったが。悪くない。と特に指摘もする気もなかった。
「姿を変えられるだけの生物かもしれないじゃん。神と呼ぶには程遠いよ」
「姿を変える生物を他にも見たことがあるような口ぶりだが、そんなものがいるのか?」
「いないけど」
「なら十分だろう」
表情は変えず淡々と喋る神。
「えー・・じゃあ他には出来ないってことで」
「出来る」
「ほら。何が出来るの?」
木陰の下、神と少年は、一歩ほどの距離を空け、向かい合って話し合う。
「何かということはない。お前が望む事象はなんでも作り出せる。なんでも言ってみろ」
ボールを集めてもいないのに、こんな形で神から願いは何かと聞かれると、罪悪感の方が勝るのは人間の弱さだと悟る少年。
それでも少年は、ほんの少し考えた末、思いついた事を神に投げかけた。
「同じクラスの許せない二人を殺してよ」
「やってみよう」
神は表情を変える事なく、二言返事で願いを実施する。
「え、本当に?」
「ああ、今この瞬間二人の息は絶えた」
その神の毅然とした態度に少年もなんだが冷静になる。今確かめようもない事だけど、多分二人をいなくなったんだと思う。
そう思った時、僕が抱えていた何かがプツッと切れたような感覚が全身に染み渡った。その瞬間なんだか全てがどうでも良くなって、肺に残っていた空気を口から吐いた。
「ごめんなさい。やっぱ申し訳ないから、生き返らせてどこか転校させて」
「そうか」
神は表情を変えず、指一本も動かす事なく返事をする。
「少年の望むようにその二人は息を取り戻し、別の学校へと転校が決まった」
「ありがとう」と、少年は聞こえるかどうかの声しか出ず、思いを伝えた。
「これでいいのか」
「うん、もう十分力は分かった気がする。あ、じゃあもう一つ」
「まだやるのか」
「掌に花を咲かせてみてよ。綺麗な花」
神は、先ほどとは違い、少し考えた末、「やってみよう」と右腕を正面へと伸ばし掌を広げる。
少しだけ光り輝いた後、一輪の花が見えた。
艶のある濃い緑の葉の間から、すっと丸く整った花が咲く。
「なんて名前の花?」
「知らない。だが、私が今まで見てきて一番綺麗だと思った花だ」
僕もその花の名前は知らないけれど、見たことはあった。神が咲かせる花だから、もっと虹色に輝いて、見たこともないような形なのかと思ったけれど、この花はごく普通な白い花。それを神も同じように美しいと思っていることに少し嬉しくなる。




