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正しさの証明  作者: 虚名
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第四話 違和感


沈黙がじわりと重くなる。


「カウンター内で殴られた、ね……」


神谷はぼそりと呟いたまま、視線をゆっくりと横へと滑らせた。


その先にいるのは、久保田だった。

一瞬、視線が合う。それだけで充分だった。


「なあ、久保田さん」


「は、はい?」


神谷が声をかけると、久保田の肩が微かに揺れた。

神谷は一歩、間合いを詰める。逃げ場を塞ぐほどではない。ただ、視線を外せなくなる距離にまで、踏み込んだ。


「事件の時、あの裏手にいたんだよな」


「はい。先輩に頼まれて在庫の確認を……」


「中、確認させてくれ」


久保田が訳が分からないと目を丸めながらも頷くのと同時に、神谷は奥へと進み、裏に続く扉を開けた。


扉を押し開けた瞬間、店内とは違う温度の空気が頬に触れた。


一歩、踏み込む。


靴底がざらついた床を擦る音を立てた。


バックヤードは想像よりもずっと狭かった。

壁際には段ボールが積み上がり、無造作に貼られた納品ラベルが剥がれかけている。飲料ケース。菓子の箱。雑誌の束。身体一つ分あるかないかの通路である。


蛍光灯が一本、天井にぶら下がっている。

白い光がやけに強く、くっきりと黒い影を床に落としていた。


「狭ぇな」


神谷は低く呟きながら、更に奥へと進む。


足元の段ボールの一部が開けられていた。中のペットボトルの本数が不揃いで、手前の列だけが微妙に乱れている。

そのすぐ横にはA5版サイズのチェックリストがクリップで留められていた。数点だけボールペンで印が付けられていて、途中で止まっている。


紙と埃と、冷蔵機械の熱の臭いが鼻につく。

視線を奥へ流した瞬間、ふと足を止めた。


バックヤードの突き当たり、壁際の棚の上にモニターが置かれている。

防犯カメラの映像を映すものだろう。だが、画面は黒く沈んだまま、電源が入っている気配はない。


モニターの下、床に転がる電源プラグが目に入った。

神谷はしゃがみ込み、指先で拾い上げる。ざらりとした感触が返ってきた。


「埃、被ってんな」


独り言のように呟き、指にまとわりついた埃を親指で軽く擦る。


傍の壁際にコンセント口があった。位置的に見て、神谷が手にしている電源プラグが差し込まれていたと予測できる。


だが――。


神谷は目を細めてコンセントの差込口を見る。視線だけがプラグとコンセントを行き来した。今度はモニターが置かれている棚を注視する。


棚の上にはルーターや小型の録画機らしき機器が無造作に並べられていた。神谷は絡み合うように走るコードを一本ずつ目で追っていく。


黒いケーブルが束になり、互いに絡み合いながら床へと垂れ下がっている。

どれがどこへ繋がっているのか、一見しただけでは分からない。


だが、神谷の視線は迷わない。


モニターから伸びる一本のコード。途中で他のコードと交差して影の中へと沈み込む。


棚の奥、壁際の陰にコンセント口が見えた。


複数ある差込口のうち、いくつかは既に埋まっている。


そのうち一箇所だけが、ぽっかりと空いていた。


「……なるほどな」


神谷はプラグを持ったまま僅かに口元を歪め、視線だけを入口へ滑らせた。


開け放たれた扉の向こうに、店内の光が四角く切り取られている。

奥のレジスターは見えるが、この位置からでは、被害者が襲われた手前のレジスターは死角となり、カウンター内の様子もほとんど分からない。


人影は分かるが、何をしていたかまでは判別できない。


とはいえ、喩え扉が閉まっていたとしても、強盗に刃物を突きつけられて、金銭の要求をされ、現金を強取されるといった一連の流れを、物音ひとつ気付かないでいるのには、あまりにも無理があった。


背後でヒールの音が一つ鳴った。乾いた音が狭いバックヤードに妙に響く。振り返らなくても分かる。


「勝手に入ってくんなよ」


神谷が低く吐き捨てるように言うと、アイは構わず奥まで歩み寄ってきた。


「確認が必要ですので」


冷めきった平坦な声が神谷の神経を逆撫でするように響いた。

神谷は小さく舌打ちして、肩越しにだけ視線を遣る。アイはすでに棚の前に立っていた。


「被害状況は映ってないぞ」


「承知しています」


即答だった。


アイは棚の前に立つと、躊躇なく録画機に手を伸ばし、モニターの電源を入れた。

一瞬のノイズ。黒かった画面にざらついた映像が浮かび上がる。


画面は六分割されており、店内三箇所、店外、カウンター周辺、そしてバックヤードが映し出されていた。


アイは迷いなく、その中の一つを拡大する。


映し出されたのは、バックヤードだった。


「おい。普通、カウンターだろ」


返答はない。神谷は腕を組んだままモニターを見下ろすことにした。


アイは相変わらず無言で防犯カメラを操作した。映像が動き出す。巻き戻していくうちに人影を捉えて、アイは停止ボタンを押した。


段ボールの間で久保田が作業している。箱を開け、中身を確認し、チェックリストに視線を落とす。動きは覚束ないが、作業そのものは間違っていない。


やがて、久保田の動きが止まった。

顔を上げてモニターの方へ視線を向ける。

次の瞬間、何かに急き立てられるように足を速め、一直線にモニターへ接近した。

そして、ノイズが走ったと思えば、映像が途切れた。


一体、何なんだ。


考えている間もなく、アイは数秒前に巻き戻した。

再生。停止。また巻き戻す。

同じ数秒を何度もなぞるように繰り返している。


「歩幅、約六十センチ」


ぽつりとアイが独り言つ。


「接地時間、約〇・四秒」


映像の中の足元を指先でなぞる。


「重心は前方に移動……」


「おい。何回見りゃあ気が済むんだ」


思わず漏れた訝し気な声に反して、視線はモニターから外せない。


何を基準に、何を検証しているのかが掴めない。それでも何かが引っかかる。長年刑事をしていると培っていく違和感だけがじわりと残っていた。


アイは神谷を理解の外に置き去りにするように、更に映像を巻き戻していった。


十分――三十分前の映像まで、四倍速で遡っていく。


歪んだ早送りの中で、時間だけが圧縮されて流れる。


やがて、画面が一瞬暗転した。空だったバックヤードに人影が映り込む。停止。再生。一見して、怪しい動きはない。


――はずだった。


視線が一点へと吸い寄せられた。


「……おい」


低く、押し殺した声が出た。


今まで散りばめられていた違和感が、一本の線になって繋がった。


アイはゆっくりと頷いた。


「そういうことか」


確信に近い呟きが、静まり返ったバックヤードに落ちた。

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