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正しさの証明  作者: 虚名
3/7

第二話 無機質な相棒

数秒。いや、実際には一秒も経っていなかったのかもしれない。


「……神谷」


黒崎の声で、ようやく意識が戻る。

神谷は短く息を吐くと、女を瞰下した。


黒のパンツスーツ。無駄のない装いで肩まである黒髪はきちんと整えられており、動きに合わせて僅かに揺れた。


神谷より頭一つ低い位置にある小さな顔に、切れ長の目と通った鼻筋、血色のよい小さな唇。美人だが、整いすぎていて近寄り難い印象を受ける。


「アイ。今日から相棒となる神谷悠真だ」


黒崎が神谷を一瞥してから、彼女に視線を戻した。


アイ。彼女の名か。下の名前で呼んで馴れ馴れしい。課長の女……いや、ないな。目前の女からはそういった匂いがしないし、抑も黒崎はそんなことをするタイプではない。

何より、このツーショットはまんま美女と野獣だ。


神谷は思わず漏れた冷笑を飲み込んで、アイと呼ばれた彼女に対して顎で自席を示した。


「神谷だ。あんたの席はここ。仕事は順に説明する」


「よろしくお願いします」


アイは頭を下げて、かつて相棒だった奴の席に座ろうとする。


次の瞬間、天井のスピーカーが鳴った。


『S町三丁目にてコンビニ強盗発生。犯人は逃走中。各員、直ちに配置先へ向かえ』


一瞬で、室内の空気が切り替わった。


椅子が引かれる音。立ち上がり、鑑識セットやカメラを用意する部下。現場配置や役割を各班長に指揮する黒崎。さっきまでの雑音に緊張感が入り混じる。


「神谷、おまえたちは現場に向かえ」


黒崎の声が飛ぶ。

神谷は上着を掴んで、すでに出口方向に踵を返すアイを横目で捉えた。


「行くぞ」


「はい」


返答に迷いがなかった。

二人はそのまま刑事課を出た。


現場は閑散とした住宅街の一角にあるコンビニだった。駐車場もなく、間口の狭い店舗だ。

人通りは多くないが、数人の野次馬がパトカーや規制線に引き寄せられて遠巻きに様子を窺っている。


神谷は制服警察官に一礼し、立入禁止のテープを跨ぐ。出入口の左手にレジカウンターがあり、二台あるレジスターの奥側で二つの人影が輪郭を出した。


一人は現場に先着した制服警察官。

もう一人は、コンビニ店員だった。


カウンターに入ると、あからさまな物色痕が見受けられた。

いずれのレジスターもキャッシュドロアが開いたまま。紙幣は空っぽで手前のレジスターには血痕が数個落ちている。


床下にも血が広がっていた。


点々と落ちた血液が、途中から引きずられたように伸びている。粘りつく感触が残る。完全に乾ききってはいない。


鉄の匂いが空気の奥にこびりついていた。


散乱したフライ系の商品が踏み潰されていて、ぐしゃげたポテトに血の滲んだ足跡が薄っすらと残されている。


被害者がこの場で倒れ、無理に起き上がり、動いた。


声なき形跡が一連の動きを物語っていた。


「神谷主任。こちらが通報者の店員です」


制服警察官が神谷にメモ用紙を渡しながら、隣にいる店員に視線を遣った。


二十代前半と思しき男が神谷を見上げて、物惜しげに目を下に向けた。


預かったメモ用紙には、店員の氏名住所等の人定関係が記載されている。


久保田誠。二十歳。アルバイト。住所は店の近所で徒歩圏内。勤務歴は約三ヶ月。夜間帯を中心にシフトに入っているが、今日はパートが子の熱発で急遽休んだため、代わりに勤務したと言う。

前科前歴なし。近隣トラブルの記録も見当たらない。


「久保田くんだっけ。君も店内にいたみたいだが、状況を教えてくれ」


「はい……」


久保田は一度喉を鳴らすと視線を落とし、間を置いてから口を開いた。


「俺は裏手の倉庫で商品整理をしていました。そしたら、急に大きな物音が聞こえて、慌ててレジに戻ったら、先輩が……」


「先輩?」


「被害者です」


久保田が答えるより先に、制服警察官が一歩前に出た。


「井上健一、三十二歳。同シフトの従業員で、主にレジ対応を担当していました。勤務歴は三年ほどでレジ締めや売上管理も任されているという実質的な現場責任者です」


警察官は手元のメモを確認しながら続けた。


「レジ対応中に被害に遭ったと見られます。現在、救急車内で処置中。意識は清明で会話も可能な状態でした」


久保田が小さく頷く。


「はい。頭押さえて『強盗にやられた』って……血がかなり出てて……ビックリして、すぐに一一九番しました」


久保田は開いたままのレジスターを見て、小さく肩を落とした。


神谷は倉庫を凝視した。

奥に扉がある。久保田が状況説明した時に一瞥していたので、恐らく扉奥に倉庫があるのだろう。


一呼吸置いて、神谷は久保田に訊ねる。


「犯人は見ていないのか」


「はい。俺が来た時には、もう逃げた後で……」


「ここの防犯カメラは?」


「それが……」


歯に物が詰まった言い方だった。

その理由は制服警察官が答えてくれた。


「防カメは何も映っていませんでした。コンセントが抜けていたようで、今日午前十時過ぎからのデータが切れています」


「コンセント?」


神谷は目を細める。視線が合った久保田が萎縮したように肩を竦めて重い口を開ける。


「俺のせいです」


「というと?」


「先輩と二人で回してて、あの時間から忙しくなってきて、裏手の商品取りに行った時に躓いたんです。忙しくて、そのままにしても問題ないと思って……」


大袈裟に溜息を吐く久保田に、神谷は相槌を打ちながら指先でメモ用紙の端を軽く叩く。


何かが引っかかる。

だが、それを言葉にするにはまだ材料が足りなかった。

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