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正しさの証明  作者: 虚名
第二章 正しさの在処
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第十三話 ドブネズミ

(ぼう)半グレグループとの繋がりが確認されました。実態は、店舗を持たない闇金まがいの個人融資、及び半違法賭博の集金係、いわゆるチンピラです」

 神谷は手帳を放り出し、深い溜息をついた。

「なるほどな。前科前歴はないが、その実、真っ当な人間から搾り取るだけ搾り取り、法の下を器用に潜り抜けてきたドブネズミか」

 吐き捨てる神谷に、アイは手元の端末から視線を上げることなく、淡々と口を挟んだ。

「神谷主任、訂正を。被害者はホモ・サピエンスであり、クマネズミ属の齧歯類ではありません」

「比喩だよ。効率化を最優先するAiが、何でわざわざ言葉の揚げ足取りっつう、非効率な真似をするんだ」

「理解しました。ですが、彼の生存戦略を表現する場合、寄生虫の方が正確と考えられます」

「はいはい。どっちでもいいから話を進めろ」

 神谷が右手を振ると、アイは瞬き一つせずに「了解しました」と分析を再開した。

「犯人はあえてこのアパートを選んでいます。以上を踏まえると、犯人は被害者の職業や資産状況を詳細に知る人物に限定されます」

「だろうな。被害者の周りには金の臭いに釣られて寄ってくるドブ……いや、輩は腐るほどいたはずだ」

 神谷はわざとらしく咳をして、現場の荒れ果てたタンスの引き出しを睨みつけた。

 半グレ仲間の内ゲバか。闇金に追い詰められて逆上した債務者の凶行か。動機を持つ身内や客の顔が霧のように浮かんでは消える。

 何より、凛は父親が汚い金を扱っていた事実を知っていたのだろうか。

 地獄から救い出されたはずの彼女が再び淀んだ空気の中に身を置かなければならなかった理由。家庭への復帰という綺麗な言葉では片付けられない執着があったのか、あるいは父親からの歪な呪縛が解けていなかったのか――。

「神谷主任。犯人はなぜ高額の現金や高価な時計を残したのでしょうか」

 答えを見出せず険しい表情で室内を睨み据えている神谷に、アイは迷いのない手つきで一点を指し示した。思考の海に沈んでいた神谷は小さく息を吐いて現実に戻ると、彼女の指先が捉えた歪な違和感へ視線を移した。

「さあな。焦っていたかもしれないが、タンスを物色しておいて二重底はともかく、腕時計を放置するなんてな……」

 場違いな輝きを放つブランド物の腕時計や生々しい現金。

 神谷はそれらを一瞥し、視線を部屋の隅々まで這わせた。

 荒らされたタンスの引き出し。散乱した衣類。一見すると強盗の仕業に見えるが、刑事としての直感に似たざらつきが胸を突く。

 探し物を見つけられなかったのか、それとも、探し物はこれではなかったのか。分かりやすい財物を無視してまで、執拗に探さなければならない何かが他にあったというのか。神谷が漏らした微かな唸り声に、アイが冷徹な声で拾い上げた。

「統計的な矛盾です。引き出しを物色しておきながら、換金性の高い貴金属や現金を無視し、リスクを冒してまで滞在を続けるなんて非論理的です」

 アイは立ち上がり、静かに部屋の中央へと佇んだ。ダンスのステップのように正確な所作は血生臭い現場には不似合いなほど優雅だった。

 彼女はタブレットのカメラを水平に保ち、室内のスキャンを更新しながら、数式を解くような滑らかさで周囲の痕跡を拾い上げていく。

「犯人の主目的は金銭ではありません。情報あるいは殺害そのものが目的であり、室内を荒らしたのはただの偽装と推測します。後者の仮説が正しい場合、犯人は被害者の生活サイクルを完全に把握し、凛さんが不在の時間を正確に狙って侵入したことになります」

「つまり、佐伯の内部事情に精通している奴だな」

「あるいは――」

 アイは一度言葉を切り、窓から差し込む夕日に背を受けた。

 逆光になった彼女の表情は読み取れず、影の中に沈んだ唇が冷酷なまでに美しい弧を描いて微かに動く。

「被害者が殺されることで、最も大きな利益を得る人物の犯行となります」

 それは、暗に佐伯凛を指していた。

 神谷の心臓が不快に脈打った。アイから視線を逸らし、固く拳を握り締める。

「あの子がやったとでも言いたいのか」

「私は可能性を提示しているだけです。感情は判断を曇らせます。彼女が虐待の被害者であるという事実は、同時に殺害の動機を持つ人物であるという可能性も視野に入ります。供述の綻び、現場の違和感、それら全ての解として彼女を置いた場合、計算式が最も安定しています」

 取調室で向けられた消え入りそうな声と、怯えたように震えていた細い肩。それを計算という一言で片付けるアイの冷徹さに、神谷は激しい拒絶感を覚えた。

 アイはタブレットを閉じ、出口へと向かって歩き出した。規則正しいヒールの音が静まり返った室内で冷たく弾ける。神谷は無機質な背を苦々しい思いで見つめることしかできなかった。

「次の捜査に移ります。周辺の聞き込みだけでは不十分です。被害者の仕事関係や施設関係を並行して捜査し、もう一度、彼女の供述を精査する必要があります。彼女にはまだ解体すべき核が残っています」

 アイはドアノブに手をかけ、振り返らずに言った。

「彼女が隠匿しているのは不登校という事実だけではないと推測します。行きましょう。彼女が抱える空白のピースを埋めるために」

 現場に残された不純な金とアイの無機質な言葉が混ざり合い、事件はより深く暗い淵へと沈んでいく。アイの後ろ姿を追いながら、神谷は強く拳を握りしめた。

「正解を見つけるのが、常に正しいことだとは限らねえよ」

 神谷の絞り出すような声は、夕闇が迫るアパートの廊下の静寂へと消えていった。

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