5話
王都からの馬車が村へ来たのは、それから三日後だった。
朝から村人たちがざわついている。
「また王都の人間か?」
「今度は偉そうなの来たぞ」
窓から外を見る。
黒塗りの馬車。
見覚えがあった。
「……殿下」
エレノアは小さく呟く。
馬車の扉が開く。
降りてきたのは、アルベルト本人だった。
以前より少し痩せて見えた。
村人たちが警戒するようにエレノアの前へ立つ。
「エレノア先生、大丈夫か?」
「何かされたら俺らが——」
「大丈夫です」
エレノアは静かに首を振った。
「少し話をしてきます」
アルベルトは周囲を見回していた。
小さな村。
古い家。
干された薬草。
そして。
村人たちに囲まれているエレノア。
王都にいた頃とはまるで違う。
「……久しぶりだな」
「お久しぶりです」
短い沈黙。
アルベルトは苦しそうに目を伏せた。
「中で話せないか」
「どうぞ」
家の中は静かだった。
薬草の匂いが薄く漂っている。
アルベルトは椅子へ座り、しばらく黙っていた。
だがやがて、覚悟を決めたように口を開く。
「……すまなかった」
エレノアは何も言わない。
「再調査の結果、お前を犯人だと断定できなくなった」
「そうですか」
「お前の部屋から見つかった毒草も、不自然だったらしい」
アルベルトは苦しそうに続ける。
「私は……最初からお前を疑った」
「はい」
「お前の話を聞こうともしなかった」
静かな部屋だった。
外では子供たちの声が聞こえる。
辺境の穏やかな昼だった。
「王都へ戻ってこないか」
アルベルトが言う。
「身分も名誉も回復させる」
エレノアは少しだけ目を伏せた。
昔なら。
きっと嬉しかった。
王子に認められたかった。
婚約者として相応しいと言われたかった。
笑って欲しかった。
だが今は。
「お断りします」
アルベルトが顔を上げる。
「……なぜだ」
「今の暮らしが好きなんです」
エレノアは静かに微笑んだ。
「ここでは誰も、わたくしを笑いませんから」
アルベルトは何も言えなかった。
エレノアは少しだけ視線を落とす。
「わたくし、ずっと分からなかったんです」
「……?」
「どうして皆様、そんなに簡単に笑えるのか」
静かな声だった。
「笑った方が良いと言われれば笑いました」
「黙っていろと言われれば黙りました」
「我慢しなさいと言われれば、我慢しました」
アルベルトの表情が曇る。
「ですが、上手くできなかった」
エレノアは少し困ったように笑う。
「だから皆様に嫌われたのでしょうね」
「そんなことは——」
「ミレイア様だけは、いつも楽しそうでした」
アルベルトが言葉を止める。
「どうしてあの人は、何をしても愛されるのでしょうね」
小さな声だった。
ただの愚痴にも聞こえる。
だが。
なぜかアルベルトは、背筋に冷たいものを感じた。
エレノアはすぐに微笑みを戻す。
「申し訳ありません。困らせるつもりでは」
「……いや」
アルベルトは視線を落とした。
王都にいた頃。
自分はエレノアを見ていたつもりだった。
だが本当は、
何も見ていなかったのかもしれない。
帰り際。
アルベルトは扉の前で振り返る。
「……ミレイアは、まだ声が戻らない」
「そうですか」
「医師は、後遺症かもしれないと言っていた」
エレノアは静かに目を伏せた。
「お気の毒です」
その声音は、
本当に同情しているように聞こえた。
アルベルトは何も言えなくなる。
やがて馬車は去っていった。
夕暮れ。
エレノアは一人、薬草を整理していた。
乾燥棚へ葉を並べる。
静かな部屋。
窓から風が入る。
エレノアは小さく息を吐いた。
「……部屋に置いたままは、失敗でしたね」
棚の奥。
乾燥した毒草へ視線を向ける。
「きちんと処分するべきでした」
ぱきり、と葉が割れる。
エレノアは少しだけ考える。
「でも」
静かな声だった。
「あの程度なら、死なないと思っていましたし」
夜風が、静かに薬草を揺らした。
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