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婚約破棄されたので辺境で薬師を始めます  作者: 七七街


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4/5

4話

 辺境へ来て、二ヶ月。


 エレノアの薬師としての評判は、近くの村にまで広がっていた。


「エレノア先生!」


 最近では、そう呼ばれることも増えた。


「先生はやめてください」


「でも先生だろ!」


 少年たちが笑う。


 エレノアは少し困ったように目を細めた。


 王都では考えられない光景だった。


 昼過ぎ。


 薬草を乾燥させていると、外が妙に騒がしくなった。


「……?」


 窓を開ける。


 村人たちが入口の方を見てざわついていた。


「なんだぁ?」


「騎士様じゃねぇか?」


 土埃を上げながら、一台の馬車が村へ入ってくる。


 王都の紋章。


 エレノアは静かに目を伏せた。


「お嬢ちゃん、大丈夫か?」


 村長が心配そうに見る。


「……はい」


 馬車が止まる。


 降りてきたのは、見覚えのある男だった。


「久しぶりだな」


 王宮騎士のクラウス。


 以前、アルベルトの護衛をしていた騎士だ。


「お久しぶりです」


 エレノアは頭を下げる。


 クラウスは周囲を見回した。


 小さな家。

 干された薬草。

 集まる村人たち。


「本当に薬師をしていたのか」


「ええ」


「……そうか」


 クラウスは少しだけ言葉に詰まる。


 以前の彼なら、

 追放された令嬢をもっと冷たい目で見ていただろう。


 だが今は違った。


「中で話せますか?」


「どうぞ」


 家へ入る。


 クラウスは椅子へ座ると、小さく息を吐いた。


「結論から言う」


「はい」


「毒事件の再調査が始まった」


 エレノアは静かに瞬きをした。


「再調査、ですか」


「ああ」


 クラウスは難しい顔をする。


「お前の部屋から見つかった毒草だが、不自然な点がいくつかあった」


「……そうですか」


「それに、ミレイア様の証言も曖昧なんだ」


 あの日。


 混乱の中でミレイアは確かにエレノアを指差した。


 だが今は、声が出ない。


 筆談もまだ難しいらしい。


「殿下も……少し考え直している」


 その言葉に、エレノアは少しだけ視線を落とした。


「そうですか」


「驚かないんだな」


「もう終わったことだと思っていましたので」


 クラウスは黙る。


 普通なら怒るはずだった。


 冤罪。

 婚約破棄。

 追放。


 人生を壊されたようなものだ。


 だがエレノアは、驚くほど静かだった。


「……恨んでいないのか?」


「恨む?」


 エレノアは少し考える。


「どうでしょう」


 窓の外を見る。


 畑で子供たちが走り回っていた。


 村人たちの笑い声も聞こえる。


「ここは静かですので」


「…………」


「今の暮らし、嫌いではありません」


 クラウスは何も言えなかった。


 王都にいた頃のエレノアは、

 いつも息苦しそうだった。


 それを少し思い出す。


「……殿下は謝罪したいらしい」


「謝罪?」


「ああ」


 エレノアは小さく目を伏せた。


 しばらく沈黙。


 そして。


「お断りします」


 静かな声だった。


 クラウスが驚く。


「いいのか?」


「はい」


「冤罪が晴れるかもしれないんだぞ?」


「それでもです」


 エレノアは小さく微笑んだ。


「ようやく、静かに暮らせていますから」


 その言葉に、クラウスは何も返せなかった。


 夕方。


 クラウスが帰る頃には、村人たちがすっかり囲んでいた。


「王都のお偉いさんか!」


「エレノア先生、悪いことしたように見えねぇぞ!」


「そうだそうだ!」


 クラウスは苦笑する。


「随分慕われているんだな」


「皆さん、優しいので」


 エレノアは困ったように笑った。


 その顔を見て。


 クラウスは少しだけ違和感を覚える。


 王都では、一度も見たことのない表情だった。


 本当に。


 こちらの方が幸せそうだった。


「……また来る」


「はい」


 馬車が去っていく。


 村は再び静けさを取り戻した。


 夜。


 エレノアは一人、薬草を乾燥棚へ並べていた。


 辺境の夜風が窓から入ってくる。


 静かだった。


 エレノアは小さく息を吐く。


「……本当に」


 ここは暮らしやすい。


 王都よりずっと。

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