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婚約破棄されたので辺境で薬師を始めます  作者: 七七街


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3/5

3話

 辺境へ来て、一ヶ月が過ぎた。


 エレノアの家には、毎日のように村人が訪れるようになっていた。


「エレノアさん! 腰痛の薬あるか?」


「熱が下がらねぇんだ!」


「子供が咳しててなぁ……」


 王都では誰からも必要とされなかった。


 けれどここでは違う。


 薬師は貴重だった。


「こちらを朝と夜に」


「酒は控えてください」


「三日は安静です」


 最初は疑っていた村人たちも、今では素直に頭を下げる。


「ありがとなぁ」


「助かったよ!」


 エレノアは小さく微笑む。


「お大事に」


 その姿を、村長が感心したように見ていた。


「本当に大したもんだなぁ」


「そうでしょうか」


「王都の貴族様ってのは、もっと偉そうだと思ってた」


「……わたくしも、よく分かりません」


 エレノアは少し考える。


 王都では、

 “役に立つ”

と言われたことがなかった。


 王族の婚約者として相応しいか。


 社交界で恥ずかしくないか。


 見られていたのは、いつもそこだった。


 だから今の生活は少し不思議だった。


「姉ちゃーん!」


 勢いよく扉が開く。


 この前の少年だった。


「また擦り傷ですか?」


「違ぇよ! 見てくれ!」


 少年は得意げに薬草を差し出した。


「森で見つけた!」


 エレノアは目を丸くする。


「……よく見つけましたね」


「えへへ」


「これは解熱草です。乾燥させれば薬になります」


「マジか!」


 少年は嬉しそうに笑った。


 最近では、こうして薬草採取を手伝う子供まで出てきていた。


「姉ちゃんってすげぇよな」


「そうですか?」


「なんでも知ってる!」


 王都では聞かなかった言葉だった。


 エレノアは少しだけ視線を落とす。


 なんだか、くすぐったい。


 その日の夕方。


 酒場では珍しくエレノアの話題になっていた。


「最初は怪しいと思ったがなぁ」


「追放された貴族なんてロクでもねぇと思ってた」


「でも良い子じゃねぇか」


 酒場の主人が笑う。


「あの嬢ちゃん来てから、村の病人減ったしな」


「前の薬師なんか酒ばっか飲んでたぞ」


 どっと笑いが起きる。


 そこへ村長が入ってきた。


「エレノアさん、いるか?」


「はい」


「これ、余りもんだが持ってけ」


 渡されたのはパンと干し肉だった。


「いつも助かってるからな」


「……ありがとうございます」


 エレノアは少し驚いた。


 王都では、

 誰かから感謝されることなんてほとんどなかった。


 屋敷へ戻る。


 夕暮れの村は静かだった。


 王都みたいに眩しくない。


 けれど不思議と落ち着く。


「……静かですね」


 ぽつりと呟く。


 誰も自分を見ていない。


 誰も比べない。


 誰も失望した顔をしない。


 それだけで、こんなに息がしやすいのかと思った。


 家へ戻ると、一通の手紙が届いていた。


 差出人は、メアリ。


 王都に残った侍女だった。


 エレノアは封を開く。


『お嬢様、お元気でしょうか』


 綺麗な字だった。


『ミレイア様は一命を取り留めました』


 エレノアの手が止まる。


『ですが、まだお声が戻らないそうです』


 そこまで読んで。


 エレノアは小さく息を吐いた。


 窓の外では、夜風が静かに揺れている。


「……そうですか」


 その声は、

 どこか安心したようにも聞こえた。

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