3話
辺境へ来て、一ヶ月が過ぎた。
エレノアの家には、毎日のように村人が訪れるようになっていた。
「エレノアさん! 腰痛の薬あるか?」
「熱が下がらねぇんだ!」
「子供が咳しててなぁ……」
王都では誰からも必要とされなかった。
けれどここでは違う。
薬師は貴重だった。
「こちらを朝と夜に」
「酒は控えてください」
「三日は安静です」
最初は疑っていた村人たちも、今では素直に頭を下げる。
「ありがとなぁ」
「助かったよ!」
エレノアは小さく微笑む。
「お大事に」
その姿を、村長が感心したように見ていた。
「本当に大したもんだなぁ」
「そうでしょうか」
「王都の貴族様ってのは、もっと偉そうだと思ってた」
「……わたくしも、よく分かりません」
エレノアは少し考える。
王都では、
“役に立つ”
と言われたことがなかった。
王族の婚約者として相応しいか。
社交界で恥ずかしくないか。
見られていたのは、いつもそこだった。
だから今の生活は少し不思議だった。
「姉ちゃーん!」
勢いよく扉が開く。
この前の少年だった。
「また擦り傷ですか?」
「違ぇよ! 見てくれ!」
少年は得意げに薬草を差し出した。
「森で見つけた!」
エレノアは目を丸くする。
「……よく見つけましたね」
「えへへ」
「これは解熱草です。乾燥させれば薬になります」
「マジか!」
少年は嬉しそうに笑った。
最近では、こうして薬草採取を手伝う子供まで出てきていた。
「姉ちゃんってすげぇよな」
「そうですか?」
「なんでも知ってる!」
王都では聞かなかった言葉だった。
エレノアは少しだけ視線を落とす。
なんだか、くすぐったい。
その日の夕方。
酒場では珍しくエレノアの話題になっていた。
「最初は怪しいと思ったがなぁ」
「追放された貴族なんてロクでもねぇと思ってた」
「でも良い子じゃねぇか」
酒場の主人が笑う。
「あの嬢ちゃん来てから、村の病人減ったしな」
「前の薬師なんか酒ばっか飲んでたぞ」
どっと笑いが起きる。
そこへ村長が入ってきた。
「エレノアさん、いるか?」
「はい」
「これ、余りもんだが持ってけ」
渡されたのはパンと干し肉だった。
「いつも助かってるからな」
「……ありがとうございます」
エレノアは少し驚いた。
王都では、
誰かから感謝されることなんてほとんどなかった。
屋敷へ戻る。
夕暮れの村は静かだった。
王都みたいに眩しくない。
けれど不思議と落ち着く。
「……静かですね」
ぽつりと呟く。
誰も自分を見ていない。
誰も比べない。
誰も失望した顔をしない。
それだけで、こんなに息がしやすいのかと思った。
家へ戻ると、一通の手紙が届いていた。
差出人は、メアリ。
王都に残った侍女だった。
エレノアは封を開く。
『お嬢様、お元気でしょうか』
綺麗な字だった。
『ミレイア様は一命を取り留めました』
エレノアの手が止まる。
『ですが、まだお声が戻らないそうです』
そこまで読んで。
エレノアは小さく息を吐いた。
窓の外では、夜風が静かに揺れている。
「……そうですか」
その声は、
どこか安心したようにも聞こえた。




