第5話 稲妻VS大雷 2
架無のオートバイは、まっすぐ学園博物館へ辿りついた。
学園博物館。事故の多発により昭和59年に廃館。
博物館跡がそのまま残った廃墟である。
架無は、資料をめくりながら、内部を進んだ。
「学園七不思議、怪異・紅兜……なるほど。解体工事は皆が変死。こんな廃墟なのに、甲冑やら日本刀やら、装備までも飾っちまって。だからイタズラからの事故が多発すんだろ、馬鹿管理者がよ……。」
目当ての兜は一番奥の展示部屋、七番目のガラスケースにあった。
架無は懐中電灯で照らしながら、展示部屋を見回してゾッとした。
「オカルト七不思議がパチモンじゃなけりゃあ、と頼って来たが……やべぇな。この展示部屋は一式、甲冑や具足も紅揃いじゃねぇか。紅兜……誰かは知らねぇが、コイツの生前の品を丸ごと展示している……?」
架無は紅兜の展示の名前を、埃を手で拭き取り、資料と照らし合わせた。
「鬼柳十兵衛羽左衛門……間違いねぇ。紅兜……。被った者を支配して人斬りと化す怪異。」
架無は持ち前のレンチでガラスを叩き割った。
兜からは、異様な気配がし、風鳴りか、呻き声のように響く。
「マジモンなら末恐ろしい話だが……要するに精神支配案件なら、脳みその奪い合い。俺と紅兜のどっちが勝つか、だ。ミスリルはねぇしな……」
架無は紅兜を持ち上げた。
「やってやんぜ!待ってろよ、良夢!!」
紅兜を被った架無は、雪崩込む記憶に驚く。知らないはずの過去、知らないはずの戦。
架無は気づいた。
頭に、脳に何か刺さっていく。
針とチューブだ。
ただの幽霊兜じゃない。
からくり仕掛けがあったんだ。
「……クソ……聞いて、ねェぞ……ッ!!」
脳裏に記憶が過ぎる。
知らないはずの子供が囚われて泣いている。
泣いているのは自分もだ。
子供は、我が子らだ。
村村は、戦の最中だ。
敵陣は我らの皆殺しを辞すまい。
とと様
お逃げくだされ、とと様
我が子らは、首だけ飛んで、父の元へと帰って来た。
哀れ
哀れ
愛する我が子ら
なにゆえ、理不尽に不憫な死を遂げねばならぬ。
戦が悪いのか?
人が、悪いのか?
繰り返す憎しみの連鎖が、子らを殺めた。
誰かが止められる悲劇なのか?
否
否……
泣き疲れて、妻の居たはずの屋敷へ。
せめて、末の子らを守る為に。
子らの首を抱えて、火矢で燃え始めた屋敷を彷徨う。
妻は、死んでいた。
妻の周りには、末の子らの惨殺死体がある。
妻は死してなお何者かに犯されながら、舌を噛み切って、もう生きてはいない。
末の子らの涙は乾いてはおらぬ。
とと様。
とと様。
仇を打って。とと様。
儂がその時、悪鬼羅刹と化そうとも、一体何者が口を出せようか。
涙は血に変わり、怒髪が角と化す。
妻の死体を夢中で穢す兵を、背後から叩き斬る。何度も何度も、死んでも。
憎し
憎し
子らを斬った武者を、戻って斬り殺し。
戦の元凶の、殿もまた、恨めしい。
憎し余って、呪わしく
怨
怨
怨……
今更の平和が何となろうものぞ
我が愛しい家族は帰らぬ
恨めしい
子らの犠牲の上に成り立つ、平和の世など、呪わしい
鏖殺
怨敵
鏖殺せよ
返り血は桜、宴もたけなわ
盃傾け朧月夜に首が跳ぶ
鬼の形相、羅刹が来たるぞ
形勢不利。
まさかの、形勢不利であった。
片や日本刀一本の相楽良夢。
片や帯電稲妻体質のアスニ・サムチャイ。
サムチャイはよく戦っている。
だが、相楽良夢は止まらない。
もはや、火傷は致死率の70%を超えている。
剣術の腕を上げながら、本能的に学びながら。
痛みが無い。
人間では無い。
違う。それはただの現実逃避だ。
誰しも痛みがある。
「否!考えを投げるな!……有言実行の女なのだ。死ぬまで立ち向かうのみ……紫よ。お前が選んだ娘、覚悟だけは……尋常ではないぞッ!!」
小雨が降ってきた。
消耗の激しいサムチャイは、まさか、と、良夢に放電した。
「うっ!?うわあああッ!!」
良夢は刀を突き立て電流を地に流す。
「放電の回りが速い……そうか!雨!水はやばいッ!!」
小雨は土砂降りに変わっていく。
サムチャイは声を上げた。
「良夢ちゃん!紫さんはシールドで防衛するように説くんや!!京さんは霊子力で防衛を!!」
「承った!!」
「うぅ、言う通りです!紫さん、シールド展開してこもっててくださいッ!!」
良夢とサムチャイに、紫は叫んだ。
「もう辞めて!!良夢もアスニも、この雨では共倒れだわ!!」
京が怒鳴った。
「黙って見届けよ、紫!!お前も黒き花嫁ならば覚悟を持て!!お前の命の為にぶつかり合う、この勇ましき二人の勇姿をッ!!」
紫は、初めて実感を持って理解した。
兄も。アスニも、良夢も。
紫一人を守る為に、命をかけて戦っている。
紫は、涙ながらに自分にシールドを展開した。
自分が死んだら、皆が本末転倒なのだ。
良夢を安易に巻き込んだこと。
アスニに接して巻き込んだこと。
兄の判断に、理解が至らなかったこと。
紫は涙を拭い、覚悟を決めた。
「見届けるわ。けれど、絶対に二人とも死なせはしない。死んだってわたしが蘇生してみせる!!」
サムチャイは、生命力が尽きかけながら、明るく笑った。
「今更やけど、ワイに天候が味方しはったなぁ!死にかけでもこんだけ雨が降れば充分や!」
良夢も笑った。
「ハッハッハ!この雨は痛いけど、わたしには熱冷ましですよ!アスカニさんの電撃で、熱くて死にそうでしたからね!!」
雨天の空には、雷すら鳴り出した。
「大した玉や、さすが架無が鍛えた妹やなぁ。良夢ちゃん、死合えて、楽しかったで……次から、全体攻撃になるけど、ワイの生命力もあと少し……感電勝負やんなぁ。」
「わたしが死なせませんよ、アスカニさん。先にそのミスリルを砕きますから!感電は防ぎようが無いけど、生命力はそれ以上削らせないッ!!次の一撃、勝負をつけるッ!!」
サムチャイは優しい眼差しをした。
「まだワイも助けたいん?優しい子や……けど、生温いで。今度の放電、馬鹿にならん規模や!殺しにきぃへんと共倒れやさかいに!!」
サムチャイはアーマーリングの指を掲げた。
「ワイの隠し玉や!願うたことが性能になってたら、やけんどなぁ!!」
なんと空から稲妻がサムチャイに直撃した。
凄まじい放電が雨水を伝って走る。
京は目を剥いた。
「避雷針……!サムチャイ殿が発光している……だが、欠片でその電圧は!!」
良夢は凄まじい感電で肉体を燃やしながら、紫に叫んだ。
「後は頼みました、紫さんッ!!アスカニさんの指、くっつけてあげてくださいね!!」
「え?良夢、あなた一体何を……!?」
何をするつもりなの。
紫が言う間も無く。
相楽良夢は、日本刀を突きの構えに。
「行くぞ相楽良夢ッ!!相楽守蘇芳之定よ、わたしの魂ごとッ!!突き抜けろ!!特攻だァーーッ!!!」
良夢の突きは、本能としか言えなかった。
突きから飛んでいく、真紅の矢の如き。
彼女の、魂の特攻。
(良夢の本領は、これだわ。咄嗟にわたしを助ける為に特攻した、突きの一撃。誰から学んだでも無く、この子は……なんて子なの……!)
相楽良夢の魂の一撃は、サムチャイの指一本どころか、何本かかすめて吹っ飛ばし、相楽守蘇芳之定は、校庭の隅に落ちて行った。
相楽良夢の肉体もまた、倒れた。
抜け殻になったといえよう。
「うがあぁぁぁぁあッ!!」
ミスリルの防御膜を失ったサムチャイは、燃えだした。
人間の身で雷を帯電していたのだ。
紫が真っ先にサムチャイの胸に飛び込んだ。
「ああああああああぁぁぁッ!!!」
紫も、サムチャイごと焼けただれていく。
「あ、あかん!!紫さんッ!!離れて……ッ!!死んで……まうよ……!!」
しかし、次第にサムチャイも紫も、痛みを緩和していく。
紫によって、ジブリールの双翼が、二人を覆っていた。
腰から伸びた双翼は、全開に翼を広げて。
あたかも、治療カプセルのように。
紫もまた、覚悟で成長していたのだ。
「紫さん……これは……新しい、技なん?」
「わ、わたしだって……やる時はやるわ。良夢が後を任せた。アスニは、わたしが絶対に死なせないわ。……貴方達って、本当に困った人達よ!優しくて命懸けで!こんなの、わたしの気持ちがおさまらないじゃないの!!」
まだ、二人共感電している。
サムチャイは、紫をそっと押し退けた。
「ごめん、紫さん。感電も、紫さんの心も、痛かったやろうに。もう、雷は下へ流れとるよ。現段階の感電は、ワイのいつもの静電気やから……触ったら、いけへんよ。」
紫は少ししか離れず、悲しそうに見上げた。
「まだアスニの指の治療があるわ。だいたい貴方、だいぶ内向的だけれど、お友達だって貴方を静電気で嫌ったりしないのではなくて?自嘲するようなことじゃない、事実、貴方の特技は強かったのだから……。」
サムチャイは照れて、はにかみ、何となく後退した。
「下がらないで、わたしと指を探して、アスニ!貴方が終わらないと良夢も死にっぱなしだわ!!」
「あぁ、ほんまや!せやったね、急ぐよ!」
京は、相楽良夢が治療されるまで、あえて良夢のミスリルには触らなかった。
霊子力ある京が触れれば、所有権は変わってしまうだろう。
サムチャイの治療が終わると、サムチャイはゴム手袋をして良夢の魂の入った日本刀を運び、紫はボロボロの良夢の肉体を治療した。
良夢は日本刀を胸に収容すると、呑気に笑って起き上がった。
「何とかなるもんですね!筋肉で止まない雨は無しッ!!」
「貴方、少しは躊躇ってちょうだい。そんなに楽観的に魂を射出してはいけないわ。」
京が歩み寄った。
「なんという女だ、相楽良夢……。相打ちと言えど、それはサムチャイ殿を生かすための相打ち。敵までも助けて、命を放つ……まだ実力こそ未熟なりに、認めよう、その気概、その覚悟ッ!!」
「紫さんのお兄さん……!!押忍ッ!!わたしが紫さんを、守って見せますッ!!」
良夢に京は怒鳴った。
「気概と覚悟を認めただけだ!思い上がるなよ、相楽良夢ッ!!一々魂丸ごと射出されては、魔王に対して紫が完全にノーガードだ!!今のままではならん……成長しろ!!」
良夢は軍隊みたいに敬礼。
「は、はいいッ!!確かに今の段階では射出だけ、わたしはまだ未熟だッ!!」
そこに、血塗れの人影がやって来た。
肩を抑えた生徒会長、瀬ケ崎拓海だ。
すごい出血で、来た道に血の跡が残っている。
「京さん……!生徒会、壊滅状態……鬼が、来る……ッ!!」
瀬ケ崎拓海が倒れ、京は素早く抱えた。
「瀬ケ崎ッ!!何があった、瀬ケ崎ッ!!」
一方、学園長室では。
モニター越しに息子と娘を見ていた禍獄炎武郎が、怪訝な顔でボヤいた。
「生ぬるいわ、京よ……いまの娘には魂の射出しか手段は無し。紫が一段階成長したは良いが、まだまだ、ミスリルを相楽良夢に託すのは早い。魔王がいつ到来してもおかしくは無い現状で……!」
間先生が回線を開いた。
「申し上げます。」
「どうした!」
「瀬ケ崎拓海率いる生徒会の防衛網が突破されました。お逃げください、禍獄学園長!」
炎武郎は驚愕した。
「何ィ?わしなどを狙っても霊子力の欠片も満たされまいに。……魔王では無かろう。何が起きている?」
間先生は叫んだ。
「紅兜です……鬼が、来る!!」
紅兜は、血塗れの刀を引きずり、紅の甲冑に身を包み、じわじわと間先生の逃げたトイレに進んだ。
地縛霊の花子は、身をすくめているのか、ぶつかりはしない。
「!!」
「平和の世とて、呪わしい……」
間先生の個室の前で、紅兜は刀を一閃。
「鏖殺。怨敵、鏖殺せよ。」
ドアが空き、間先生が倒れた。
返り血は桜、宴もたけなわ
盃傾け朧月夜に首が跳ぶ
鬼の形相、羅刹が来たるぞ
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