第3話 憧憬の人
昼休み。
サムチャイは、クラスメイトの誘いを断りながら通る。
「プーチャイ!飯一緒しない?」
「ゆうても、飯時は危険なんよ。マスクを鼻まで上げるさかいに、堪忍な。」
サムチャイは不慣れな昼食に、安全で、人が来ない場所を選んだ。
そこは木々に囲まれた校舎裏で。
木から雛鳥が落ちているのに、サムチャイが気づいて、慌てて雛鳥を拾い上げ、巣を探した。
「何処から落ちた子なん?」
その時も。
バリバリッ、と、手が帯電し、雛鳥が感電してしまう。
「あぁッ!!最悪や!!死んでまう!!」
さすがにサムチャイは堪えて、泣きかけた。
「もぉ、嫌や……!!」
そこに、女生徒が駆けつけた。
「貴方、どうしたの?泣かないで。手にいるのは、雛?」
サムチャイは慌てて助けを求めた。
「雛が巣から落ちてたんよ。拾ったものの、ワイの帯電体質でもっと怪我させてもうた!」
女生徒は微笑んだ。
「優しいのね。大丈夫よ。わたしのことは、何も見なかったことにして。」
紫は、ウエストに収納した翼を広げた。
「ジブリール!」
サムチャイは瞬きした。
サムチャイの手の中で、紫は雛を包んだ。
治癒、としか言えない。
サムチャイにははっきりとは見えないが、光が雛を包んだかの、状態だと思う。
雛はしっかり元気になった。火傷ももう見られない。
「良かった……!」
「……ほら。治った。拾ってよかったのよ。踏まれてたら、さすがに即死だわ。巣は、あそこね?わたしが届けるわ。」
サムチャイは、紫を改めて見た。
「おおきにな……。それから、あんさんは、どなたはん……?」
「わたしは紫、でいいわ。禍獄学園長の家柄で、嫌でも取り巻きに囲まれてるの。昼だけは解放されたいから、この校舎裏に逃げて来るのよ。」
サムチャイは紫に見惚れているうち、自分のゴムスタイルに引け目を感じた。
「ワイ、はずそか?こんなん、一緒に飯食ってたら、紫さんの余計な汚名になるやないの。」
「何を気にしてるの?学校は皆のものだわ。それに、良かったら手伝って。うちの葛葉のお重箱は、残したら残したで葛葉が気に病むから……」
紫が重たそうにでっかい八段お重箱を運んだ。
「よいしょ」
「ふへー。紫さんちのお弁当、毎日こんな山積みなん?そら、苦労してはるわ、小さな女の子やのに。」
「日本の一般家庭で言うなら、おせち料理だわ。父も兄も葛葉も過保護で。貴方のお弁当は……あぁ、わたしったら。貴方の名前も聞かなかったなんて、申し訳無いことをしたわ。」
サムチャイは慌てて身振り手振りした。
「ええんよ、名乗るほどの生徒やあらへんし。」
「お名前を、教えてくださる?」
「……アスニ・サムチャイが、本名の略称で、ワイはタイ人や。皆からは、プーとかプーチャイとか、アスカニって呼ばれとんねんで。」
紫は瞬きした。
「わたし、てっきり日本人かと……とても日本語が流暢なのね。タイだと、アスニは確か……稲妻、かしら。貴方の体質と同じね。」
「よう知ってはりますなぁ……ワイには、皮肉な名前やねんけどな。静電気体質が名前に表れとるだなんてキッついわ。」
紫は、サムチャイの悩みに、自然と返した。
「わたしの友達にもラムって子がいるわ。彼女も、タイだと雷よね?本当に、電光石火の子だった。貴方の静電気体質だって、自分にも痛みがあるのに耐えながら穏やかなことは、誉れだわ。アスニやラムは、人一倍の特技があるのだとは、思わないかしら。」
「……えっ。」
サムチャイは驚いた。紫は、サムチャイが自身も静電気で痛みを堪えてることに、最初から着眼していた。
「……人の痛みに気づける人なんやなぁ。ワイの静電気が、特技……なれるんかなぁ。」
「確かに危険性は高いけど、停電なんかしたら野外でゴムスーツを外すだけで、貴方が灯りになる訳だし。核融合炉……みたいな、発電なのよね。貴方にしか出来ないことは、たくさんあるわ。誰しも、無意味に生まれることなんか、無いのよ。」
サムチャイは、紫の言葉に、卑屈だった自分が洗われた。
「……そんなら、ワイにもやれることが、したいわ。」
「ところで、貴方の小さなお弁当を見てもよろしい?あ、お重箱は広げておくから。」
見事なおせち料理がどんどん広がった。
「ええよ。ワイのは、友達がつこうてくれて。いつも、昼飯代集めて専門書をこうとるから、食いって。」
紫は小さなお弁当を見て目を輝かせた。
「それだったら、アスニはこのお弁当を優先しなくちゃ。わぁ……これは、カニの形のウインナーね?プーがカニだからかしら。この卵焼き不思議ね、丸いわ……小さなおにぎりは、何かしら、赤い何かで和えてあるわね。」
サムチャイは笑った。
「紫さん、箱入りお嬢様やから、気になんねんな?二個ずつあるから、分けよか。こん卵焼きは、明石焼きやで。握り飯は、カニカマ和え、中の具はツナマヨやんな。」
「いいの?」
サムチャイに渡されて紫はおにぎりを食べた。
「えっ?これカニ……?美味しい……ツナマヨ?なにか食べた事の無いスパイスも。」
「味の素やんなぁ。ワイが口に入れたら、みんな焼きおにぎりになってまうけど。」
「そうなの?口だけは、わたしの猶予で治療出来ないかしら……お友達のご好意のご飯、とても美味しいもの、治したいわ。」
猶予、というのは、飛び級でもするのか。或いは、良いとこのお嬢様だ、嫁がされるんだろうか。
サムチャイは、久しぶりに笑って食卓を囲んだ。
この優しい子が、嫁いだっていい。
幸せな家なんなら、それでいい。
鬱蒼としていた毎日が嘘のような、生きている喜びが、ここにはあった。
午後の授業は1時間だけで終わってしまった。
サムチャイは、教科書と筆記用具をしまい、呆れながらホームルームを眺めていた。
(他校はこんな季節に、授業短縮せぇへんのに。ほんまにこん学校、何がしたいんやろ……)
「以上が、放課後の立ち入り禁止エリアです。昨日の放射能事故の影響もあるらしいですから、皆さんマスクをつけていても、立ち入らないでください。」
解散すると、架無が教室の窓から手を振っていた。
サムチャイはまっすぐ架無の元に行こうとして、担任教師に阻まれた。
「へ?」
「素晴らしいぞ、アスカニッ!!」
担任の後藤先生はサムチャイの両手を掴み、静電気の痛みを物怖じせず詰め寄った。
「卒業もまだなのに面白い論文だった!!海外視点の箱館戦争!幕臣ジュール・ブリュネ!!世界史と日本史が繋がる面白い内容だ!日本史に偏ったわたしにもよく分かる書き口で、わたしも知識が明るくなったよ!!君のような熱心な生徒にエリートクラスを許可しない政府には、わたし達教員側からこの論文を突きつけてやるからな!!負けるんじゃないぞアスカニッ!!」
「え、後藤センセ……手ェ、ボロボロになってまうよ。」
「いいんだ!!お前だって痛いんだろ?生徒の痛みを分かち合えるなら教師冥利に尽きるッ!!さぁ、行きなさい!相楽架無を待たせたな!!」
サムチャイは瞬きした。
「後藤センセ、ええのん?架無はヤンキーやけど、ワイを叱らへんで。」
後藤は燃え盛る教育魂で応じた。
「理解を寄せ合う友を叱るものかッ!!相楽だって勉強のレベルの低さでグレたのみ!!それでもアイツは良き生徒だ!!アスカニを阻んだりしない優しい奴だ!!皆愛すべき教え子!!うおおおおぉッ!!わたしはこの滾る情熱で宿題を作って来るッ!!また明日会おう、アスカニッ!!」
後藤先生は怒涛の勢いで走って行った。
「こら。廊下を走るんじゃ……後藤先生?」
間先生に注意され、後藤先生は職員室に飛び込んだ。
「過ちッ!!猛る情熱故にッ!!とぅッ!!」
サムチャイが唖然と見ていると、架無が笑った。
「後藤スゲっ。大喜びじゃん。その論文俺も読みてぇわ。で?昼飯美味かったか、アスカニ?」
架無にサムチャイはモジモジした。
「昼飯……昼飯やんなぁ……あんなぁ、架無……」
そこに、長いロングヘアが風になびく。
規律正しい靴音を響かせて現れたのは。
「禍獄……」
「へっ?」
「前生徒会長禍獄フィンセント京だよ!学園長の息子で、学園創始者の家柄!頭下げとけ、お前は優等生だろ?」
架無に促されて慌ててサムチャイは頭を下げた。
(禍獄……紫さんのお兄さんや。昼のことで、なんかしてもうたやろか?)
禍獄フィンセント京は、礼儀正しく、優しく、サムチャイに対面した。
「頭を上げてください。アスニ・サムチャイ殿よ。俺は力の及ばぬ兄です。我が妹のことで、貴方に頼みあって参りました。」
サムチャイはピンと来て、心配げに顔を上げた。
「妹さんに……紫さんに、何かありはったんですか?」
架無は辞退すべきか尋ねた。
「身内の話か?サムチャイの大事な用なら、不良の俺は帰ればいい?」
京は丁寧に首を振った。
「相楽架無殿。実は、貴方も関係者です……架無殿を除いては、平等とは言えぬ。お二人揃って、俺の話を聞いていただけたら。」
架無はピンと来た。
「……まさか、生き返った良夢と、関係があるってか?」
京は至極真面目な面持ちで頷いた。
「はい。……場所を変えましょう。これは、禍獄の機密に関わります。」
Copyright(C)2026 燎 空綺羅




