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Soul VS  作者: 燎 空綺羅
プロローグ
2/14

第2話 ミスリルの在り処

 東京、禍方区、禍柳には、明治より変わらない華族の暮らしを守る禍獄家の本拠地、禍獄屋敷がある。

 洋館と日本家屋の和洋折衷で、その日本家屋に、禍獄家当主、禍獄炎武郎の間があった。

 響く張り手の音。

 禍獄ヴァイオラ紫は、頬を引っぱたかれて壁に叩きつけられた。

 手で触り、自身が鼻血を出す程叩かれたことがわかり、兄を睨む紫。

「お兄様……!暴力で言いなりになると思っていて?」

「黙れ紫!女がお前を守れるものかッ!!ミスリルとて力の荒業なのだ!死んだ女など捨てよ、俺のミスリルを返せ、紫よッ!!」

 兄、禍獄フィンセント京は高圧的な態度を崩さない。

「ミスリルは、返せません。」

「何をぉッ!?」

 紫は凛とした態度で引き下がらない。

「今、ミスリルは相楽良夢の命です!わたしは恩人の命を奪いはしないわ!」

 京は再び張り手をせんと、手を振りかぶった。

「生意気をぉッ!!」

 その張り手を掴んで止めたのは、父、禍獄炎武郎である。

「そこまでにしておけ、京よ。馬鹿者が。妹可愛さに怒り狂って、紫を守りたいあまりに、お前が紫を殺めてしまうわッ!!」

「ぐ……!!しかし!父上!!」

 炎武郎は紫の手を取り、立ち上がらせて、ハンカチを与えた。

「ここはわしに任せて、下がりなさい、紫や。京とてお前の危険な状況を伝えたいあまり、興奮しておるのだぞ。」

「お父様……」

「己のミスリルの特性は学んだな?ミスリルでしっかり己を治癒してから、風呂に行きなさい。くれぐれも、風呂場でもミスリルを手放すな。お前は、黒き花嫁なのだから。」

 紫は父に頭を下げた。

「感謝します、お父様。……おやすみなさい。」

 紫が去ると、京は不服げに壁を殴った。京のあまりのパワーに、クレーターの如く壁に跡がつく。

 炎武郎は座して、淡々と告げた。

「そう荒れるなよ。うちの長男坊は、禍獄屋敷を破壊する気か?」

「何故紫を庇われるのか!アイツの命の問題に、アイツは情けから人助けにミスリルを使ってしまっているッ!!見知らぬ死んだ女の命よりも、我が妹の命を案じる兄心の、何が間違いなものかッ!!」

 京の言い分ももっともであった。

 紫の特別な霊子力は禍獄の血筋故。女に劣るとはいえ、京にも禍獄の血筋による、充分な霊子力が備わっていた。

 紫を守る為のミスリルが、見知らぬ娘の心臓状態なのだ。

 魔王打倒作戦自体が破綻し、今は、治療特化で戦い向きではない紫のミスリルしか、紫を守る術がない。

 炎武郎は、くつくつ、と、含み笑いをした。

「焦るでないわ、未熟者めが。本当にその娘が一度魔王を撃退したならば、我らでその気概を試してやればよかろうて。なに、既に策はある。」

 京は父の出した書類に食いついた。

「この生徒は二年生でな。タイからの留学生、アスニ・サムチャイ君という。素行不良の生徒と付き合いがあるものの、勉学は勤勉ぞ。訳あってエリートクラスに入れぬが、賢くてな。日常に使う愛称はプー。カニという意味で、日本人生徒からはアスカニやらプーチャイやらと、親しまれておる。」

 京は疑問がった。

「アスニ・サムチャイ殿……留学生ながらに勤勉なことは感心だが、この男と、この場に何の関係が?」

「実はこの少年、ある危険な体質でな。政府からは、常にゴムスーツの着用、ゴム手袋の着用を義務づけられておる。彼は自然と帯電してしまう……言ってしまえば、行き過ぎた静電気体質よ。」

「……つまり。」

「ミスタリレ社の次なミスリルの完成品など、如何に我が禍獄家が特別待遇だろうが、作るだけで大仕事の貴重品ぞ。輸入されるまでに幾日かかるかわからぬものよ。だが、ミスリルの欠片ならば幾らか残っておるわ。アスニ・サムチャイ君ならば、それで充分。霊子力が僅かでも、皮膚を守るだけならば欠片で補えよう。己の身さえ守れれば、この少年こそが脅威!充分な働きが出来よう!京よ。お前は彼を説得し、紫の庇う娘を狙わせるだけで良い。わかるな?」

 京は炎武郎に感心した。

「帯電男アスニ・サムチャイ殿こそが次の策か……ッ!!父上ッ!!死んだはずの娘の生死は問わぬであろうなッ!!」

 炎武郎は声高らかに笑い出した。

「ハッハッハッハッハッハ!問わぬ、問わぬ!これを乗り越えるならば見上げた玉よ。その時は潔く認め、褒めてやればよい。だが、サムチャイ君に負けて死んだならば、そこまでの娘ということ。魔王になどかなうまじ、敗者に紫は守れやせぬ!その時は京、お前がミスリルを取り戻して、紫を守る任に戻ればよいだけのことぞッ!!」

 京は父に一礼した。

「ただちに手配致す!持つべきものは偉大な父だな。しかし、なんと言って無関係なサムチャイ殿を説得すべきか……」

 炎武郎は扇を開いてあおぐ。

「京よ。かつて生徒会選挙でお前は人心を掴む術を学んでおろうが?ただ、事実をうつくしく語るだけだ。禍獄とて悪ではない。兄心を美談に変えて、心より協力を求めよ。サムチャイ君は優しい子だ……下手な嘘より、真実のお前の心が、彼の善性に通じるというものよ。」


 紫は、双翼のミスリル、ジブリールで、我が身を治療したあと、身体にミスリルを装着したまま、入浴した。

 翼は、折りたたんで小さく待機状態にし、湯船に浸かる。

(お兄様は、確かにわたしを案じてやり過ぎた……だけど。)

 紫は良夢が魔王を怯ませた、あの時を思い出した。

「良夢は、お兄様の言うような子じゃあない……規格外の女の子だわ。」


 翌朝、相楽良夢は山崎君を追いかけた。

「押忍、山崎くーん!相楽良夢、ゾンビの経緯で生還しました!!一緒に登校しましょう!!」

 山崎君達はびっくりし、やがて喜んだ。

「心配かけやがって相楽!!」

「山崎の奴、心配し過ぎて虚空を見てたよな!」

「だって俺のツッコミで相楽が手術沙汰で!!当たり前だろぉ!?」

 良夢は真っ先に聞いた。

「昨日わたし死んでて!どうなりましたか、バスケ部の大会は!?」

 山崎君達は苦笑いだ。

「負けた負けた。大会行けただけで奇跡だって、今までの相楽のピンチヒッターのおかげ。死んでたんだから、まずは大人しく休めよー。」

 良夢は笑顔でノートの束を山崎君に預けた。

「じゃあ、はい!山崎君、宿題半分、お願いしますね!!」

「え……なんで?なにこの束?」

「昨日提出期限だったけど途中まで死んでたし……とにかく頼んだッ!!筋肉だけでは、勉強は進まないのですッ!!」

 山崎君は溜め込まれた宿題を見ながら冷や汗をかいた。

「うひぇ〜。またえらく溜め込んだな、相楽。まぁ、倒れてたのは俺のせいだし。引き受けるけどさぁ。」

 第三者が割り込んだ。

「相変わらずと言いたいところだけど。山崎さんは頑張れても、良夢姉ちゃんは残り半分もやれる訳?脳筋なのに、更に頭打った訳でしょ。」

 良夢は小さい少年に喜んだ。

雪國(ゆきぐに)君!!久しぶりだね!クラスには慣れたんですか?」

 飛び級の天才少年、春原雪國は、良夢達とは違うエリートクラスだ。

「まぁね。一応心配して会いに来たんだけど、身体はもう大丈夫そう。でも、頭打ったなら、心配だからなぁ。残りの宿題は片付けてあげる。悪化したら良夢姉ちゃん、植物人間でしょ?賑やかさが売りだから、そんなのは避けたいしね。」

 相楽良夢は雪國の輝きに目を覆った。

「ふぉぉーッ!!眩い!眩いよ雪國君ッ!!後光がさしておるわッ!!なんまんだぶ、なんまんだぶ……」

「なはは。俺は来年には大学だからさ。役に立てるうちは、拝み倒してよ。」

 山崎達はエリートクラスの雪國に怯みつつ、感心した。

「春原雪國。最年少でエリートクラスの上ベースボールの韋駄天。あんな奴まで仲間なのか、相楽のヤツは。」

「相楽はさぁ。不思議なヤツだよ。いつの間にか仲良くなっててさぁ。人当たりも良いしなァ。」

「山崎ぐらいだよ、相楽の勢いにビビらねぇの。コミュ強過ぎて引くぞ俺は。」

 相楽良夢の兄たる、孤高のヤンキー相楽架無は、妹の復帰を遠目に見届けて、フッと笑う。

「正直ゾンビだからな。どうなる事かと思ったが、大丈夫そうじゃねぇの。」

 架無と並んで登校していたアスニ・サムチャイは、ゴムスーツに頭まで覆われて、専門書を読みながらもしっかり架無の話に返事をした。

「ゾンビってどうゆう事なん?妹ちゃん、やっぱ一度、死んだん?」

「まぁな……ぶっちゃけ、遺体の時も見たしな。にしてもアスカニ、お前の頭ん中はどーなってんだよ。今度は何の専門書だぁ?」

 サムチャイは本の表紙を見せた。

「ムッシュ・ド・パリ、死刑執行人シャルル・アンリ・サンソンやで。Amazonでこうたねんな。」

 架無はため息だ。

「昨日まではエジプトの死者の書だろ?グレたわりに勤勉だねぇ。」

 サムチャイは、悔しげなため息をついた。

「科学の国。学力の国。先進国。そんなん真に受けて留学したら、これやもんな。そら、グレるで。暗記制度で中身の無い学習に、平均値を上げるだけの教育制度。大学行ったって、二つくらいしか専攻できひんのやろ?エリートクラスが羨ましいわ。ワイみたいな静電気男は、大人しく専門書を読むくらいでしか、学力を上げられへんさかいになぁ。架無だってそうやろ。」

 架無は背中を叩いてやる。バチン、と静電気が走った。

「いてっ、元気だせよアスカニ……っつっても、まぁマジな話だからな。叩いただけでゴム越しに静電気、政府が立ち入り禁止エリアまで作っちまって、まぁ。勉強したい奴に図書室まで禁じて、愚痴りたくもなるわな。」

 サムチャイはボヤいた。

「平均値上げたって、頭空っぽのまま卒業するんか……何がしたいねんな日本?」

 架無もまた、中学生まではガリ勉だった。高校に落胆したのは、架無も同じだ。

「頭が空っぽの金持ちを作るのさ。実質上、学業の研究者は安月給だからな。ま、反骨精神の集まりなら、楽しめばいいのさ。アスカニもな。集会はどうだった。」

「架無も一理あるわ。まあ、爽快やけど、バイクに触れへんかんなぁ。ワイが静電気なんぞ出したら爆発事故んなるで、ほんまに。」

「……髪は?大変なんだろ、シャワーがよ。」

 サムチャイは照れ笑いした。

「痛いしブリーチ剤は破裂したけんど、ええ感じに色は抜けたで。ま、お披露目出来へんけど、気分的には良かったわ。」

 架無はニヤついて、友の晴れた面を喜んだ。

「タイ人は顔がいいらしいからな。きっと金髪が映えるんだろうよ。」

「妙な期待せんたってー。でも、まぁ、ワイのオトンは性転換してオカンになったけど、確かに骨格とか、タイ人は浮かんなぁ……。」

「オトンのオカンが教えてくれたんだろ?プーパッポンカリーもよ。」

「せやで。ワイは下手やけどな。オトンのオカンは美人やし、料理が上手いんよ。」

 二年生達は通りすがりざま声をかけた。

「プー!遅刻すんなよ!そこのヤンキー高校生はプーを巻き込むなよなー!」

「おっはよ、プーチャイ!これ食べなよ!二つ作ったからあげるね!」

 中には、お弁当までくれる子も。

「え?そこまでしてもらってええの?」

 二年生はサムチャイを応援した。

「もらっていいと思うよ?プーは昼飯代で専門書買って勉強してんだし。」

 架無は自ら身を引いて、サムチャイを後押しした。

「俺はふけっからよ。アスカニ、きちんと飯食えよ?じゃ、放課後にな。」


 その頃、紫は身支度を終えて、登校しようと、部屋のドアに体当たりしていた。

葛葉(くずのは)!いい加減、わたしを出したらどうなの!?」

 ドアの向こうで、力士の如き家政婦、葛葉はビクともしない。

「諦めてくださいよ、紫お嬢様!京坊ちゃんのおっしゃる通り、魔王に狙われんのは、貴方様なんですから!紫お嬢様が危ないんですよ!?」

 紫はドアを睨んだ。

「わたしがミスリルで強行突破する前に、聞きたいわね。葛葉は随分お兄様に寄り添うのね?貴方、女子供がそんなに弱いと考えてらして?」

「いんや、アタシは男力士だってはっ倒します。だけど!京坊ちゃんだって間違っちゃいませんよ!!実際、霊子力ってもんは、一般人と禍獄の方じゃ、力比べにもなりゃあしません!!何故人助けなんかなさるんです!!あたしだって、紫お嬢様が死んだりしたら、そんなのは嫌だッ!!」

 紫は、葛葉の言葉を聞き、悪意では無いとよくわかり、呼びかけた。

「葛葉!少し怪我をなさい!貴方が任務を全うした証を作るわ!」

 紫は双翼のジブリールの羽根を射出し、ドアを破り、葛葉は立派な力士の如き太腿を負傷した。

「お嬢様ッ!!」

 紫もまた、覚悟を改めた。

「心配かけて悪かったわね、葛葉。わたしも、お兄様が認められるように、良夢と話し合ってきます。一度は魔王を出し抜いた子よ。彼女の強さを、お兄様に、わかっていただいたらよろしいのでしょう?」

 紫は少し遅れたが、走って登校していく。

 負傷の身の葛葉は追いかけて来て、お重箱を差し出す。

「お嬢様、お弁当!!兄妹喧嘩は金輪際お断りです、きっちり勝って、仲直りして来てくださいよ!!」

「葛葉、貴方って人は……」

 母親代わりの家政婦だ。もはや、家族同然である。


 サムチャイは授業中、授業の勉強の傍ら、ゴム手袋を何枚か重ね付けし、アイパッドで習った側から調べた。

「大政奉還。戊辰戦争の始まり。坂本龍馬も物騒やけど、安易な将軍やなぁ……」

 その時、サムチャイの指から高温が。

 バリバリッ、と、電流の痛みが走る。

「あつッ!!」

 思わず指を庇うが、それよりサムチャイは嘆いた。

 アイパッドが煙を出し、起動しない。

「あぁ、やってもうた……。」

Copyright(C)2026 燎 空綺羅

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