転章 紫の決意 3
鳥居の向こう。地下への洞穴の前に、紫は立っていた。
いざ、身投げに来て、紫は恐れていた。
「お兄様。こんなに、怖いと感じることを……わたしの為に、やったのね……?」
死ぬのは怖い。
何より、魂すら取り込まれるだなんて。
魔王の贄だなんて、怖い。
「紫さん!!ダメだァッ!!」
「良夢……!」
怖がっても、いられない。
もう、誰も犠牲にさせないって、決めたわ。
恐れるな。
お兄様だって、いるんだ。
紫は微笑んだ。
「良夢……わたしの分も、生きて、幸せに……」
幸せに、なってね。
紫は洞穴に身投げして、みなまで聞こえ無かった。
地下で、魔王が眠りながら、胎動している。
おいで
おいで
黒き花嫁、みぃつけた
人間の手が複数伸びて来て、紫を引っ張った。
引っ張る?
紫は温かい水滴を感じて、見上げた。
紫の手を掴んだ、良夢が、泣いている。
泣きながら、怒っていた。
「逃げるなッ!!!」
良夢の怒りに、悲しみに、紫もまた泣いた。
「離して……!わたしを嫌いになって、よかったのに!!良夢にも、アスニにも……生きていて、欲しいのよ!!その為ならわたし、怖くないわ!」
良夢は涙でぐしゃぐしゃになりながら、怒鳴った。
「わたしやアスカニさんが、そんなの許さないッ!!京さんが言った!紫さんに、長生きしろって!負けるなって、言ったんだッ!!」
「良夢……!離して、良夢!!」
紫は、手達が良夢にまで到達し、良夢を失うのを恐れた。
良夢は、泣きながら怒るのを、やめなかった。
「戦う前から逃げるな!!紫さん!!貴方は、運命を壊すまで、闘い抜かなきゃ、駄目だッ!!!」
「……立ち止まることは、許されないの?良夢やアスニが、死んでも……?」
「案ずるな、紫さんッ!!わたしがいる!!お兄ちゃんも、アスカニさんも!!わたし達は死なない、強くなって貴方を支えるから!!京さんの死は、無意味なんかじゃないって……わたし達で、勝ち誇って言うまでッ!!負けるなッ!!!」
良夢の涙が、あまりに溢れて。
繋いだ手は、滑ってしまいそうだったけど。
紫は、ようやく握り返した。
「そうね……待たせたわね、良夢。」
「紫さん!!もう片方の、手を!!」
紫は両手で良夢と手を繋いだ。
「皆の為に、死ぬことより。皆と一緒に戦って、戦って……皆を失っても、死んでも。魔王に一矢報いてやるわ。これは、わたしの闘いなのだから……!!」
「うん!!うん……!!」
架無、サムチャイ、後藤先生、二年生男子で、紫と良夢を力いっぱい引き上げた。
紫と良夢が助かって、架無がサムチャイに告げた。
「ぶっちゃけアスカニは引き上げに混ざったら危ねぇぞ。俺と後藤、感電してたし。まぁ、気持ち的に仕方ねぇけどな。」
「すまへんなぁ……いてもたっても、いられへんで……。」
紫がサムチャイに気まずげに告げた。
「アスニ……。わざと、傷つけることを言ったわ。ごめんなさい。嫌いなんて嘘。わたしを嫌に思ってくれたら、辛くないかと……馬鹿な浅知恵ね。」
「えっ?ええんよ……実際、余計なことしたのワイなんやし……紫さんがご飯どころやない日に、ワイがいてもたってもいられへんで」
「本当は、嬉しかったのよ。小さいお弁当をもらったのは初めてだし……授業が始まってから、保健室に行く前に、回収したの。お重箱は置いてきちゃったけど。」
サムチャイは照れ始めた。
「ほぇぇ……あ、あんなぁ。タイ料理は好き嫌い分かれると思うて、辛くない、パクチー抜き、で、作こうたから……ワイ下手くそやし……味は変やもしれへんけど……」
サムチャイのクラスメイト大勢が保護者のように見守っていた。
「いやー、うちのプーはピュアですわー。」
「むきたまごのような純度だわー。」
架無は良夢とサムチャイをかきわけて、紫に弱めの拳骨を落とした。
「架無、さん?」
「アンタも辛かったろうがな。傍から見たら、無闇に周りを傷つけて、挙句、自殺未遂だからな?京さんが今いねぇ。だから、代わりに俺から説教だ。」
紫は、初めてまともな説教を受けて、躊躇いながら、答えた。
「……ありがとう。良夢の、お兄様。」
「まぁ、アンタも金輪際やらねぇだろうし。……よく、良夢に応じたな。戦って戦って、皆が死んでも、一矢報いるってのは、今までのアンタにとって、一番避けたかった道だろうさ。……頑張りなよ、紫さん。」
「……はい!!」
間先生から連絡が来た。
「そちらは無事かね?」
「うーす。皆生きてんぜ。」
「学園長がお見えになられる。通信を切るが、大丈夫かね。」
「大丈夫大丈夫、後藤もいるし。間センセも、ありがとよ。」
「学園長と生徒を助けるのは、教師の役目だ。では。」
後藤先生は紫に涙の抱擁。
「生きるということはッ!!試練の連続だッ!!禍獄ッ!!よく頑張ったな!!」
紫は微妙に困って固まっていた。
「あの、後藤先生……わたし、女生徒……」
相楽良夢はこの光景に何を感動したか、更に後藤先生と紫を抱きしめ出した。
「うわあああああッ!!先生ッ!!紫さんッ!!生きるって、戦いなんだッ!!」
「よくぞ言った、相楽妹ッ!!命あることは、奇跡みたいなもんなんだッ!!」
紫は二人にガッチリホールドされ、出られなくなった。
「……アスニ!何か変えて!この状況を!」
サムチャイは提案した。
「後藤センセ。帰ったら放課後やし、皆で紫さんのでっかいお重箱食べて、急いで日本史の補習せえへんと。紫さんのお重箱は空っぽになると、家政婦さんが喜ぶし。勉強もせな、あかんよ。」
後藤先生と良夢はちゃっかり離れて、飯に釣られた。
「アスカニの言う通りだ!ひとつ乗り越えて腹も減ったし、クラスの皆も禍獄生還祝いをしよう!禍獄はアスカニの小さな弁当を食べるチャンスだしな!その後ハイスピードで日本史を再開ッ!!帰還しようッ!!」
神主が勘違いで怒って待っていた。
「禍獄の鎮嫁神社を何だと思っておありか!神聖な巫女の封印を邪魔立てし、京様の眠る社を……」
架無が腹を立てて睨んだ。
「あぁ!?」
サムチャイが告げた。
「心配いらへんよ、架無。後藤センセ、おるよ。」
後藤先生の鉄拳が神主をぶっ飛ばした。
「バカモン!!何故兄を失ったばかりの妹を危険地帯に通したのかッ!!我々が来なければ、今頃禍獄学園長は、子を二人共亡くしていたんだぞッ!!」
神主は怒って、逃げながら叫んだ。
「おのれ、怖いもの知らずめがッ!!見ておれよ……!!」
禍獄炎武郎は、学園長室に座り、電話先に怒鳴った。
「ぇぇい、愚か者が!所詮貴様は父の跡継ぎの木偶ではないか!世襲制などろくでもない!もういい、言い訳などは聞きたくも無いわ!!」
炎武郎は一方的に電話を切った。
「待たせたな間君。生徒会室せり上げ、揃っておるか?」
「はい。瀬ケ崎拓海、司令部にせり上げ稼働せよ!」
「はいッ!!」
生徒会室と学園長室が組み合わさり、司令部が完成する。
「瀬ケ崎君!ミスタリレ社からの商品は?」
瀬ケ崎がパネルを叩きながら解析していた。
「すごい……数も質も、圧倒的ですッ!!」
「うむ。第二次作戦遂行日程は明日!!そして間君は二階級特進!!」
「……承ります。」
炎武郎が咳払いした。
「後藤君も同時に昇進だ。」
「後藤先生……?」
「わしの娘が世話になってな。間君にもだが。無能神主にわしの分まで拳を叩き込んでくれたらしい。馬鹿神主から聞いてな。間君、生徒会の皆、良夢君達……紫を助けてくれて、おかげで知らなかったわしは円滑に作戦を進められたのだ。知らされていたら、わしは紫を追って、作戦決行など頭にも無かっただろう。京を失い、改めて人の支えでわしは立っておる。皆、礼を言おうぞ。」
瀬ケ崎拓海が、告げた。
「学園長。俺達、もう無関係じゃないです。尊敬してた京さんを奪われて、俺だって……一矢報いてやる。京さんが守った紫さんは、皆が守っていきますよ。」
翌朝は、一学期の終業式だった。
相楽良夢達は、うるさいヘリにビビりながら登校する。
「なんか、自衛隊集まりすぎでは?」
山崎君が答えた。
「放射能漏れは、夏休みの間に直るけどきっと。人体の影響とか考えたら、そりゃ自衛隊とかレスキュー隊の問題だろ?」
江差君も告げた。
「相楽はきっと知ってるけど、前生徒会長の死因だって……昨日なんか二年生の一クラスが人命救助に出てたらしいし。禍柳に、なんかあるんじゃないか?」
「……うん!山崎君達、もしおかしなことになったら、グルラに書いて。わたしが行きます!!」
付き添いの保護者達も、異変を感じ始めた。
「え?……は、はい。ですがなんでいきなり。赤ちゃんを生んだわけでもありませんけど……はい。」
相楽お母さんが電話を切ると、相楽お父さんが尋ねた。
「どうしたの?会社?」
「わたし、三ヶ月有給休暇だって。本来、有給絶対消費させてくれない会社よ、変なの。」
山崎君お母さんが、聞こえたのか、駆けつけた。
「相楽さん、うち自営業なんだけど、国からいきなり給付金が……給付金なんて、禍柳以外、もらってないわよね?」
山崎君お母さんと相楽お母さんを見て、相楽お父さんはボヤいた。
「変なの。この三ヶ月に何かあるのか?……良夢達含め、参観日に来た親までも?」
終業式では、いつも通り進み、やがて朝礼台に間先生が炎武郎の車椅子を押した。
「生徒諸君!まずは一学期の終わりに、教室で成績表をもらってきなさい!終業式は、まだ解散ではないので!再び会う時、全校生徒揃っていることを、期待しているッ!!」
「山崎拓斗ー」
「はいー」
「お前、運動部ピンチヒッター組なのに、宿題もテストもしっかりしてるよ。皆に見せたいぐらいだ。」
「いやいや。」
成績表を受け取りながら、生徒達は席についた。
「相楽良夢ー」
「見参ッ!!満を持してッ!!」
「お前バカ、一学期宿題ノータッチ!しかも山崎と春原の筆跡だった!テストもひどい!どうやってこの高校へ?」
「よくぞ聞きましたねッ!!わたしは、スポーツ進学生ですッ!!」
その頃、架無は無理やり教室に連れてこられ、渋々成績表を受け取った。
「相楽ー。お前きちんと受験すればいい大学行けるぞ。」
「へいへい。気が向いたらってことで。」
「ヤンキーしてるのがもったいない!……いや?相楽は、腕っぷしが強いのか?ヤンキー的に。」
架無は瞬きした。
「まぁ、そこそこ?」
「そーかぁ……全てが無駄にはならんものだな……あ!相楽、ふけるんじゃない!席について!」
「?」
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