転章 紫の決意 2
サムチャイは校舎裏に駆けつけて、お重箱に手をつけずに、座り込んでいた紫を見て、躊躇い、なんとか思い切って踏み出した。
「……紫さん。京さん亡くなって、きっと、ご飯どころやないと、思うたんやけど……」
「……アスニ。」
「あたッ!」
サムチャイはラップに巻いた、小さな編みかごを落とした。
指を痛がって、どれだけ失敗したのか。
ラップに巻かれた小さな編みかごには、鶏ひき肉のバジル炒めと目玉焼きを挟んだサンドイッチが、一枚ずつラップに包まれていて、二個。小さめのエビ野菜揚げ春巻きが添えられ、汁気を抑えた青パパイヤのサラダが、小さい分け紙に入っていた。
「アスニ」
サムチャイは慌てて拾って、差し出した。
「紫さんの辛さは、ワイにはどうにも出来ひんけど……せめて、小さいおべんとなら、力になれるんちゃうかと思て……」
紫は、流石に涙ぐんだ。
良夢を突き放したのだって辛かったのに、アスニは……
来てしまう。
自分の指を犠牲に、こんなものまで。
サムチャイは紫が涙ぐんで、必死に支えようとして、慌てて手を引っ込めた。
「ごめん。感電せぇへんように、置いとく。ワイ、おらん方がええよね……こんなことしか出来ひん。京さんのことは、紫さんにしか、わからん辛さが、あるんやし……。」
「アスニ!」
紫は立ち上がった。
涙ながらに、声を張り上げた。
「わたし、貴方のこと、嫌いよ……!!」
そのまま、紫は走り去った。
サムチャイは、座り込む。
「余計なことして、泣かせてしもうた……。京さん。帰ってきてあげて……。ワイらは、余りに、無力や……。」
架無は昼飯を終えて、サムチャイをからかいに行くと、紫が泣きながら走り去って行き、サムチャイのしょぼくれた背中を見つけた。
架無は紫の言動から、確信し、生徒会室に向かう。
「あ。相楽さん……」
瀬ケ崎拓海も覇気がないが、言ってもいられない。
「瀬ケ崎さんよ。学園長に通さずに、話してくれ。禍獄に、小さい女の子の親戚がいたり……魔王って、鎮められてる間、何処にいる?」
「え。……紫さんに何か、ありましたか?」
「まぁな。こんなのダブルで来たら学園長参っちまうから、生徒側でどーにかするけどよ。」
瀬ケ崎拓海は真っ青になり、自分の付けていた腕時計型通信機を、架無に渡した。
「京さんに聞いております。京さんのおばさんの息子さんに、女の子が。魔王は眠りの時は、鎮嫁神社に……鎮嫁神社の社、鳥居の奥の内部は、地下への空洞なんだとか。今から紫さんの動向を追います。相楽さんはこれを付けてください。」
架無は通信機をつけて、ボヤいた。
「あの子、結構バレバレな行動で、自覚はあんだろうよ。きちんと放課後までいるかは読めねぇと思うぜ。」
瀬ケ崎拓海は頷いた。
「この後は古典がないから、授業中は間先生に頼みますよ。」
架無は鼻をかいた。間先生といえば、学食でいつも一人で隅っこで食べている。
「根暗の間ね。アンタら、仲良いね。」
「良い先生ですよ、間先生は。」
案の定だった。
午後の授業の最中、紫は保健室から退室。
保健の先生が追いかけてきた。
「待ちなさい禍獄さん!学園長先生にも知らせなきゃだし、保護者代わりの家政婦さんに迎えに来てもらわないと。」
紫は振り向いた。
「家族に知らせないでください。皆、お兄様のことで参ってます。わたしはいつもの生理痛ですから。たまたま薬を忘れただけです。帰って薬を飲んで休むので、大丈夫です。」
「貴方だって精神的なものが……禍獄さん!」
保健の先生は、紫が立ち去ってしまい、狼狽えた。そこに、通信機からモニターが展開された。
「大丈夫です、奥久先生。」
「間先生!」
「学園長には内密に。禍獄ヴァイオラ紫の、ピンチヒッターに任せましょう。」
まず、架無の通信機に間先生の連絡が行った。
「相楽架無。紫君が早退、行き場はわかるだろうが、一応のナビゲートをわたしが行う。」
架無は本を閉じてスマホを出した。
「余り時間的な猶予は無いが……」
「待てって。肝心な命綱は、必要だろ?」
紫に動向あり
思いつめて、鎮嫁神社の魔王の洞に、身投げする気配
良夢とアスカニは門に来い
良夢とサムチャイはメールを見て、各自立ち上がった。
「相楽良夢!?どうした!」
はた、と良夢は考えた。
嘘自体に慣れてないのに、どうしたら。
慌ててそれらしく腹を抑えて強ばってみた。
「先生!この相楽良夢!朝から腹をくだしておりました!朝礼の時から京さんの不幸あり、不謹慎だと思い……くっ!今、まさに猛烈にトイレに行きたくッ!!」
仁宮先生はウンウン頷いた。
生徒たちも頷いている。
「相楽良夢、お前は本当に義理堅いとこあるから。トイレぐらいは、もう少し柔軟に考えなさい。」
「相楽らしいけどな。」
「持久戦か?誰か、相楽のノートとってやりなさいよ。」
秀才、天寺さんが請け負った。
「わたしがノートとるわ。はい、痛み止め。がんばって、相楽さん。」
「天寺さん、ありがとう!行ってきます!!」
「頑張りなさい。さて、授業を再開する。」
一方、二年生の優等生サムチャイは、またしても嘘には慣れていなかった。
しかも、授業は日本史、後藤先生だ。
「どうした、アスカニッ!!」
「プー、なんかあったのー?」
サムチャイはあれこれ考えて、不誠実はやめて、真っ向勝負に出た。少なくとも、クラスメイト達や後藤先生は信頼できる。
「後藤センセ。ワ、ワイの幸せになって欲しい人が、今、兄の後を追おうとしとんのや。死なせとうない。ワイは助けに行く……日本史は後で補習できるけど、京さんも紫さんも、人命は、一度きりやさかい!!」
無論、生徒たちはザワついたが、怯んではいなかった。
「禍獄さん!?確かに、昼休みに泣きながら走ってた!!」
「そうだよ!お兄さんが死んだ翌日なんだ!」
「先生!みんな行くべきじゃない!?」
後藤先生は仁王立ちして頷いた。
「その通りッ!!人命は一度きりだッ!!この場の皆で後から補習ッ!!アスカニッ!!案内してくれッ!!皆で行くぞ!!俺がお前達の責任者だ!!」
生徒たちも立ち上がった。
「行こ、プーチャイ!!」
「う……うん!ほな、行こか!!」
架無は良夢が来てから、サムチャイがクラスメイトごと来たのに驚いた。
「あー、間先生!アスカニのクラス誤魔化しといてくんない。教室空っぽじゃ、さすがに学園長にバレるぜ。」
「大丈夫だ。後藤先生の挙動は知っているつもりでね。カメラの回線を壊してある。」
「アスカニ……お前?」
「なんや皆来てしもた。けど、一刻を争う事態やろ、かまへんよ。」
後藤先生が叫んだ。
「相楽架無ッ!!間先生のナビはあるか!?」
「禍柳の鎮嫁神社、車出すよか、走った方がはえーよ。」
「行きましょうお兄ちゃん、アスカニさん、後藤先生!!二年生の皆さん!!相楽良夢、脚には自信があります!先行して参るッ!!」
良夢の猛ダッシュに二年生達が沸いた。
「頑張れー!!相楽妹ー!!」
慌てて架無が追いかけた。
「あの馬鹿妹ッ!!おーい、止まれーッ!!」
サムチャイも走った。
「架無、どしたん?」
「アイツ!鎮嫁神社の場所を知らねぇのに、もう見えなくなっちまった!!」
さっそく迷子一名。
後藤先生、ピンと来た。
「む!俺も一度行ったことがある気がしてきた!日本史の教師故にッ!!先に行く、近道は相楽妹のルートを通るから、妹も回収して行こうッ!!あくまでうろ覚え!皆は正規のルートで行きなさいッ!!とぅッ!!」
「すまねぇな後藤!妹を頼むぜ!!」
しばらく走りながら、サムチャイが言い出した。
「良夢ちゃん、たぶん、道は合っとるよ。」
「……なんで?」
サムチャイは、言い慣れないが、なんとか言語化した。
「なんか、感じるんよ。魔王の気配も、紫さんの気配も、僅かな糸みたいやけんど、引っ張られるみたいに、感じとる……ワイが一度ミスリルに触ったり、したからなら……良夢ちゃんはもっと、紫さんを感じるはずやで。」
架無は何となくだが、わかった。
「俺もちょっとわかるぜ。霊子力かもな。さて、見えてきたぞ!お前ら!車に轢かれたりすんなよ!行くぜ!!」
「青信号逃すなよー!!」
二年生達は走り込んだ。
良夢と後藤先生は、社の中を走って、怒った神主に追いかけられていた。
「おやめなされ!お国の為に魔性を鎮めた者らの社を、荒らすなどと!有るまじきことですぞ!!」
「生徒を探しているッ!!」
「魔王がここに眠ってるなら、絶対に来てるはずだッ!!」
「?京様が鎮められた。封印を強固にすべく、今、紫様が……」
二年生が雪崩込むように合流す。
「神主はほっとけ!良夢!後藤!こっちだ!」
架無が社の奥に走って行く。
良夢は振り向いた。
「……紫さんが、いる!!」
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