転章 紫の決意 1
「行ってきまーす!!」
相楽良夢がいつものように家を出た。
「俺も行くわ。」
相楽架無が出ようとすると、お母さんとお父さんに捕まった。
「待って。昨晩の話だけど。良夢学校行って大丈夫なの?」
「……なんで俺だよ。良夢に聞けっての。」
「テロリストだか妖怪だか、どの道良夢が守り切れなくて、禍獄のお兄さんが亡くなってるんだろ。戦うのは、そりゃあ良夢だから、いずれは、なんて思ってたが、死なせたのは、あいつ背負ってるよね?」
「親父は仕事行かずに何やってんの?」
「勤務時間ずらしただけっ!とにかく良夢大丈夫なのか?だいたい校舎だって崩壊したはずなのに休み無し!禍獄学園どうなってんの!?」
架無はなんだか親バカに呆れて耳の穴をいじった。
「知らねーよ。親バカも極まるしよ。だいたい良夢の奴真っ正直に話したからなぁ……。」
「架無は特に!悪霊の兜禁止だからね!!学園長の禍獄炎武郎先生、車椅子だっていうじゃないか!」
「でも紅兜がいなきゃ良夢も死んでたぜ?アンタら、良夢の話全部わかってる訳?」
お父さんは歯を光らせてグッドサイン。
「話し半ばッ!!プロレスラー兼会社員だぞ!!どうやって高校大学いけたのか、よく分からないッ!!元祖脳筋ッ!!教えてくれ架無ッ!!」
「俺が知りてぇよ。」
お母さんは不思議がった。
「それに、良夢ったらお弁当ふたつ作ってほしいって……こんな時にお友達?」
架無は目を細めた。
「京さんのお供えもんとしか思えねぇけどな。」
お母さんとお父さんは慌てた。
「やっぱり!休ませてあげた方が」
「良夢が休みたがったらな!今は、アイツは前進してぇんだ。邪魔すんなよ!じゃあ俺行くから。」
相楽良夢は真っ先に、山崎君に走って行く。
「押忍!山崎君、朝から相談です!!」
「え?おはよ相楽ァ。また宿題?」
「古武術!剣術道場、ありませんか!?」
「えっ……なぁ、江差?」
山崎君に応じて、江差が答えた。
「なんか、あるにはあるよな。なんせ江戸だった場所が都内だから。えーと、確か俺小さい頃に、北辰一刀流通うために、めちゃめちゃ電車の乗り換えしながら……あと、多摩市の方には確か天然理心流道場が……」
相楽良夢は一回頭が爆発した。
「うわ!相楽!?」
「すみません!ほくしんいっとうりゅう、てんねんりしんしゅう、わたしには漢字がわからずッ!江差君、グルラに書いといてください!」
「待て待て、相楽。そんな旅に出て合宿しなくても、確か学園長先生免許皆伝で、同好会で教えてたと思う。」
「学園長先生……。」
相楽良夢が凹みだし、山崎君と江差君達は瞬きした。
「ん?どした、相楽……?」
相変わらず校舎は何事も無かったように直されていた。
朝礼で、間英一先生が、朝礼台に立った。
「生徒諸君。昨晩、わたし達の学園の三年生、禍獄フィンセント京君が、亡くなりました。傷心の学園長、そして教頭先生に代わり、現場を見ていた、不肖、間英一が、皆さんにお知らせ致します。」
山崎君や江差君達は、察して、離れた列で落ち込んでいる相楽良夢を見た。
(相楽、きっとこのこと……)
(何か、背負ってるよな)
学園長、禍獄炎武郎は、朝礼台の後ろで車椅子に乗り、虚空を眺めている有様だった。
妻から生まれた赤子の紫が、病院の赤子のケースの中で、よじよじと身体を捻るのを、京はまだ二歳でありながら、炎武郎の腕から紫に手を伸ばして、あやしていた。
「いいこ、いいこ。」
「貴方……京に、近づけていいものかしら。赤子は女の子だわ。この先を生きて行く京にとって、妹と親しくなるほど……辛いだけよ。わたしのことだって、忘れさせた方が、京の為だわ。」
炎武郎はタカをくくっていた。
「自衛隊もついていて、お前を死なせるものかよ。それに、見よ京を。禍々しい話だとわかって、紫を庇っておるぞ。」
京はちっちゃい眉間をシワシワにして、妹を守っていた。
「きょうが、あかちゃんはさしだしません!ちちうえも、そうでしょ!?」
炎武郎は京を高く持ち上げた。
「偉いぞ、京!それでこそ兄よ!!」
兄。
京の生まれついた、災いだったのか?
妻を失い、炎武郎にとって京は、切り札となった。
兄たらん。
紫を守るためだけの教育が、京の人生だった。
「生徒諸君。これより、十分間の黙祷を行う。」
サムチャイは、昨晩学校で我慢した分、自宅で充分泣き明かした。
架無は、涙こそ出さないものの。
良夢は、落ち込みから、己を奮い立たせた。
京さんが見ている。
わたしに、託したのだ。
「もう……泣かない……!!」
炎武郎は、サムチャイや架無、良夢を見た。彼らは目が合うと、頷いてくれた。
「……!わしだけ、塞ぎ込んでいられるものかよ。」
京や。
お前の意思は、皆が受け継いでくれたぞ。
わしも、負けてはいられんな。
紫が長生きする未来は、相楽良夢次第。
そして、彼女の成長は、わし次第なのだ。
サムチャイが教室に入ると、クラスメイト達がゴムスーツに着替えていた。
「んぁ……なんなん?大量のゴムスーツ、支給されたん?」
「間先生が、学園長先生が買ってくれたって言ってたよー!」
「俺たちがこれ着てたら、プーチャイ少しは顔とか出せる訳だし!」
サムチャイが控えめに遠慮した。
「そんなん、ワイに合わせへんで、ええんよ?」
クラスメイト達は次々に着替え終わってサムチャイに近寄った。
「そんなこと言わずに顔見せろよ、友達の素顔も見ずに卒業が出来るかあい!」
「教室だけでも、プーのままでいいじゃん!今まで我慢したんだしさ。」
サムチャイがたじろぎながらゴムマスクを脱ぐと、クラスメイト達が騒然。
「かっけぇ……!」
「しかも光ってる!これが静電気体質なの?」
サムチャイが照れて後ずさると、クラスメイトに捕まった。
「逃がさんぞ、プー!!」
「堪忍してぇ……褒め言葉に、慣れてへんのやし……」
架無が窓から笑いながら見ていた。
「へ。律儀な奴だよ、学園長も!」
後藤先生が走り込んでスライディング。
「スラーッシュ!!授業開始一分前ッ!!相楽架無か!どうだ、隣のクラスが落ち着かないなら、俺の授業を受けていくか!?」
「へっ。生憎、高校じゃ習いたいもんねーよ。屋上で昼寝でもするわ。」
後藤先生は鞄から本を出した。
「ならこいつを貸してやる!神道無念流の書籍でな、だいぶ大人なお値段でなかなか手が出まい!!お前だって高校じゃ満足出来ないエリートだろ?アスカニのように蓄えてしっかり専門書を買えばいい。今は不良でも、未来は学者やもしれんな!ハッハッハ!」
架無は受け取って苦笑。
「先生方に叱られるぜ、アンタ?でも、ま、サンキュ。読んでみるよ。」
クラスから委員長が出て来た。
「先生!日本史遅刻です!!」
「過ちッ!!滾る情熱、故に!!とぅッ!!」
紫は、胸に秘めたる覚悟で歩いていた。
昼休み。相楽良夢が駆けつけると、珍しく取り巻きの女子達が、遠巻きに紫を見ていた。
「紫様……」
「励ましすら、出来ないなんて……」
「おいたわしい……」
彼女らなりに、自らの無力感を感じていた。
「紫さーん!お昼一緒にどうですか?京さんのお供えも、持ってきましたよ。」
良夢に紫は表情を陰らせた。
紫は、今から良夢を突き放す覚悟でいたのに。
優しそうな顔をしないで。
決意が、揺らいでしまう。
「……貴方、わたしに何を言われるかも知らないで……」
「どうしました?一人で背負わないで、紫さん。」
「ええ。二人の問題だわ。……わたしが貴方を選んだから、お兄様は死んだんじゃない!!」
良夢は笑顔が消えた。
紫を案じて、支えようとした。
「紫さん。わたしが強くなるよ。紫さんを守るって、あの時京さんに、わたしは」
良夢の差し出した手を、紫は打ち払った。
「触らないでッ!!」
「紫さん」
「貴方は、元々無関係な人間だわ。自分の暮らしに戻ってちょうだい。二度と、わたしの前に、現れないで……。」
「でも!わたしが生きてるのは」
紫は顔を背けた。
「良夢。不快なの……消えて。わたしの前から。」
「!!」
良夢はしょぼくれて、歩きさって行く。
屋上への階段を登った。
架無が、一人で来た良夢に瞬きした。
「んだ、どした良夢。紫さんは?」
良夢は座り込み、顔をぐしゃぐしゃにしながら、紫の気持ちをわかろうと苦心していた。
「今は、紫さんが辛い時だから、わたしを見るのが苦しいみたいなんだ。お兄ちゃん、お弁当にしよう。」
どうやら、紫は良夢を凹ませたらしい。
架無は何となく紫がしようとしていることが過ぎり、良夢に告げた。
「逆にそりゃ、紫さんの危険信号だな。放課後、尾行沙汰かもしれねぇよ。」
「えっ?」
「ま、今はほっといてやりな。良夢、お前、京さんのお供えの風呂敷、デカすぎん……?腐るぞー?」
良夢は風呂敷を開けると、フルーツセットとお弁当が一つ。
良夢のお弁当は既にある。
相楽家のお弁当はビッグサイズで、ボリュームたっぷり。良夢やお父さん(会社員兼プロレスラー)のバイタリティの元である。
「京さんのお供えは、果物なら、後々食べちゃえますよ。それから、紅兜さんの供養に、お母さんの特製揚げ物特盛お弁当!」
「え。おま……アイツに?」
ハッピーワードは怨敵鏖殺、のような怨霊に、うちの妹はまた何を思ったやら。
「当たり前です!わたしは紅兜さんに、何回も命を助けられたんですから!お兄ちゃんの焼きそばパン一個じゃ、紅兜さん、安寧の世の味わからないでしょう?だから、わたしやお父さんと同じ献立のお弁当を、お母さんにお願いしました!えへん!」
架無は苦笑いである。
「お前、弁当の為にアイツ呼び起こして、紅兜が生徒を斬りに走り出したら?きちんと考えたのか、非常時の対応はよ。」
「その時は、わたしが情けを捨てて、きちんと討ち取りますよ!さらば紅兜さん、さらばお兄ちゃん!!」
架無は苦い顔で紅兜を出した。
「さらばかよ。殺られんの俺なんだがな……ったく。」
架無が紅兜を被ると、紅兜はすかさず立ち上がって抜刀。
「怨敵!余りに多し!!あたかも城の規模よ……!!」
そういえば、紅兜は人払いした後の校舎しか、知らなかったのだ。
昼飯時の生徒達に驚いてしまっている。
「待ってください、紅兜さんッ!!」
「ぉぉお……志乃……?」
「供養とお弁当の時間ですよ!復讐は栄養をとってから!食べることも武者の役目!ですよね?」
紅兜に過ぎったのは、良志乃の不器用な握り飯だった。
鬼柳の生家では、裕福とはいえ農家で、粟粥や野菜くらいしか、食べさせてはやれず。
志乃を嫁がせて、羽左衛門は末妹の心配が冷めらやぬ頃。
武家に嫁いだ良志乃は、米に感動し、お米を兄に食べさせたいと、不器用な握り飯にして、笹に巻いて持って来た。
変わらない、良志乃か。
「怖いもの知らずの末妹よ。その飯の為に儂を?ははははは。儂が、かつての兄と違う悪鬼羅刹と知っての所業か?安寧の世を憎み、お前の友を斬り捨てても、儂を兄と言えるか、良志乃よ。」
「……危険なのは、わかってるつもりです。でも紅兜さん、わたしの為に戦ってくれたじゃないですか。お礼ぐらい食べてください!えーと、お箸を使うお家か分からなかったから、爪楊枝で刺してもらいました!これ美味しいですよ!アスパラチーズ豚巻きフライ!!」
紅兜は良夢がお手本のように齧るのを見て、真似して爪楊枝は食わずに指でつまみ、アスパラチーズ豚巻きフライを食らった。
「?……??日の本には無かろう。外敵の、飯か?これは、なんと旨い……外敵の戦に勝ち、手に入れたのか……?」
「ハッハッハー!わたしは馬鹿なんで、脳内でお兄ちゃんサポートを頼みますよ!昔って、海外が敵だった的な話ですよね。あれこれあって今は仲良し、美味しいご飯も分かち合ってます!」
架無が脳内で補佐してやる。
(海外から軍艦が来て、日本人同士で意見が対立して、国内は戦したぜ。でも友好的に開国。そっから明治の世だな。まぁ、その先は海外と戦も色々したけど。)
「……こうも、器用な飯は、志乃には作れまいな?第二の生のかか様でも作こうてくれたか。……我が子らを、呼んでよいか。」
「紅兜さんの、子ら?……うん!!」
紅兜は子らの人魂を呼び出し、子らが囁くのを、どことなく優しそうに見ていた。
美味しい。
とと様、美味しい。
(良いお父さんだー……)
良夢が惚けて見ていると、紅兜の弁当箱は空っぽになり、紅兜は告げた。
「良志乃。儂にとって、この世のすべては怨敵に変わりはせぬ……」
「うん。」
「鏖殺の時もいずれ来たろうて。しかし、志乃よ。お前が取り持った供養の時を、子らの喜びを、台無しにするほど、儂は愚かでは無い。」
「知ってます。貴方、優しい人だ。」
「良志乃よ。買いかぶっていては、お前の大事な人を、儂が斬ろうぞ。ゆめゆめ、忘れるな。兄は既に羅刹なのだ。」
「はい。気をつけます。」
「……子らが喜んでいた。礼を言おうぞ。さらば、良志乃。」
架無が紅兜を外し、焼きそばパンの袋を開けた。
「おい良夢。弁当ほとんど子供たちが食ったんだが。」
「いいお父さんじゃないですかー。あ、お兄ちゃん、果物いっぱいありますよ。」
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