後日談②
秋の夜風に吹かれて、俺たちは海岸線を歩いていた。
「……」
海って見慣れてるけどさ。月の光を浴びていて、煌めいていて――隣にはリアムさんがいるからかな。
彼の銀の髪は下ろされたままだ。寝る前はいつもそうだから。ああ、風になびいていてさ。
――すげぇ綺麗だなって。シンプルに思ったんだ。
「寒くないか、ユーマ?」
「全然。アンタがくれたヤツ、すげー高性能だし」
「そうか。揃いで買った甲斐があったな」
「お、おう……」
そうだよ……俺たち、お揃いのコートなんだよ。このヤンキーと堅物が着てもおかしくないもののハーフ案として、ミリタリー風のコートがチョイスされたんだ。
等身がバグっているような男と並ぶのもその……羞恥の極みなんだけど。でもまあ、ペアの嬉しさの方が勝ってるから。俺も大概だわ……。
「よく馴染んでいるのは――ピアスもだな」
「……まあな」
例のオレンジパールのピアスもそうだ。輝きを放ったまま、二人の耳元で揺れている。
「ほら、写真。写真撮るから」
そうだ、俺はやり直しに来たんだ。アンタがドン引くくらい、写真撮ってやる。カメラももちろん高性能だ。光度も自動調節。すっげ。
「わかった。希望のポーズはあるだろうか」
「あー、適当でいいから。適当に動き回っていて」
「適当……うむ」
「あ」
リアムさんにはかえって難しかったかも。といってもな、俺もフィーリングでやりたいというか。
「自然体でいいって。アンタ、何してても様になるから」
俺は思ったままに口にした。カメラも構え始めると――。
「……あ」
レンズの向こうにいたのは……真顔の男だった。俺は学習したんだ。この人が急に真顔になる時は――。
「ユーマ。私が一番自然体でいられるのは――君と一緒にいる時だ」
「わっ」
俺のカメラがいつの間にか取り上げられていた!? ――それだけじゃなかった。
「!?」
近づくのは、互いの顔。重なった視線も、閉じられていく。
唇が触れ合った瞬間に――シャッター音が鳴った。
「や、やりやがった……」
今回は軽い触れ合い、すぐに唇が離れた。俺はもう……睨み上げていた。それはもう、顔を真っ赤にしながら。
「うむ。実物に勝ることはないと思っていたがな。レンズ越しというのも、やはり悪くないものだ」
「ちょっ……」
止まないシャッター音。ゆで上がった俺を、この人は撮り続けていた……!
「――む。フィルム切れか。今、交換するから待っていてくれたまえ」
「……もう俺を撮るなよ。俺が、アンタを、撮るんだからな」
よくぞ切れてくれたものだ。そうでなければ、いつまでも撮りそうだったな……。
「……そういえば、そういう話だったな」
リアムさんは無表情ながらも、こう、渋々感が隠しきれてなかった。まあ、いい。言質はとった。
「――待たせたな。このカメラは君のものだ」
「おうよ」
俺はリアムさんからカメラを受け取った。さあ、撮るとするか。
「ははっ」
「何故笑う……」
自由に動いてほしいと、リクエストしてみた。それに応えてくれたのがリアムさんなんだけど。なんともまあ、ぎこちないというか。新鮮だから、撮り続けていた。
「……ははは」
「何故だ、ユーマ。何故、そんなにも乾いた笑いを……?」
「何故、ときたか……」
しかしまあ……そのぎこちなさすら、絵になるというか? 黙っているだけでも、佇んでいるだけでも。つか、存在するだけで決まっているというか……!
まあ、思う存分、リアムさんを撮りつつも。
「――よっと」
俺が向けたのは――夜の海だ。うん、輝いているよなぁ。
「……ユーマ?」
あ。リアムさんがしょぼんとしている。
「別にアンタを撮るのに飽きたわけじゃなくて。ほら、一緒に見た景色もさ、収めておきたかったんだ」
あのさ、リアムさん。一緒にこられてよかったよ。アンタと同じ景色、見られたから。
「アンタと一緒だと……より、綺麗だったから。思い出に残しておきたかったんだ」
見慣れた景色だって――格別になる。なんて、そこまでは口にはしないけどな。そんなキザな言い回し、俺じゃ恰好つかない。なんか、笑えてきてしまった。
「そうだな――私も収めたくなった……風景ごと」
――パシャリ、と。シャッター音?
「……?」
俺、カメラを持ったままだよな? ……って!
「アンタも持ってたんかい……」
ちゃっかりリアムさんもカメラを手に持っていた……隠し持っていたとは。
「ああ」
「ああって……」
って、俺が唖然としている間にも、リアムさんは撮るわ撮るわ……!
「いや、俺も撮るし……!」
「ああ、ユーマ。これでは奇怪だ……互いがカメラを構えた姿を撮るなど」
「じゃ、アンタがやめてくれよ」
「すまない。私も撮り足りないんだ……」
「うっ……仕方ねぇな……」
目にみえて落ち込んでいるものだから……そんな殊勝なアンタに弱いんだよな……。
「……お互い、フィルムが尽きるまでな」
「ああ、素晴らしい折衷案だ」
「……ったく」
俺たち、夜の海で何やってるんだろうな。互いにカメラを構えて。
――で、笑い合ってさ?
撮り終えると、繋ぎ合わされたのは互いの手。自然とだった。
寄せては返す波の音。ぽつりぽつりと、話す声がして。
「……」
「……」
互いに見つめては。
キス、するんだ。
「……堪え性のない旦那様だな、おい」
長いキスの合間に、俺は悪態をついた。
「すまない……」
と、申し訳なさそうにしつつも。ちゃっかりキスを再開するのは旦那様だ。
……まあ、ルールが新たに設けられたから。キスは一日一回、それ以上は――俺が拒否しなければ、だった。
「……そんなのさ?」
――もう、無いも同然だろ?
「――わんわんっ」
……ん? わんわん?
「す、すみません……ほら、行くよっ」
「わふっ」
犬の鳴き声と散歩中の人……はっ!
「こ、こっちがすみません……ここまでだっ!」
「むっ……」
俺から顔をそらし、彼を押しのけた――人前は……無理だった!
翌日の夜もまた、ソファで並んで写真を眺めていた。昨日の写真はもう現像されていた……早すぎだろ。
「うわー……」
俺のブレブレじゃねーか……リアムさんのは相変わらず綺麗だし。自分の腕前に意気消沈し、彼の腕前には感心していたところだったのに――。
「なっ……」
出てきやがったのは……あの、不意打ちの写真! 俺は体をわなわなと震わせていた……!
「……おい、リアムさんよぉ。この写真は処分、な?」
「すまないが、断る。よく撮れてはいないか? それに縁起も良くない気がしてな……」
「それは……まあ」
俺だけじゃなく、リアムさんも映ってるからな……この人、ガチで言ってそうだしなぁ?
「案ずるな、ユーマ。このアルバムは私達だけのものだ。誰にも見せない」
「いやー、存在するだけで居たたまれなくなるんだわ……ま、しゃーねーな」
俺は仕方なく、その写真を風景写真の下にしまいこんだ。数少ない成功した写真だし、いいよな。『あっ!』ってリアムさんが声を上げているけど、知らんし。
「ま、アンタがどこまでも分厚くしたいっていうなら、俺も手伝うよ。撮りまくってやるからな」
とか言いながら、俺はリアムさんに寄りかかった。
「多忙なアンタには限度はあるけどさ……出掛けような?」
「ああ、そうだな――」
リアムさんもアルバムを置くと、包み込むように抱きしめてくれた。ほっとするぬくもりだった。
出掛けるのもいいし、邸でゆっくりするのもいい。
俺、アンタと一緒にいられれば、いいんだ。
日々は続いていく。思い出だって増えていくんだ。
またさ、分厚くなったアルバムを一緒に見てさ? 一緒に笑っていこうな――。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。
完結となります。
またお目にかかれる日を楽しみにしております。




