旦那様は頑張った
本日はリアムさんの休日だった。心配かけた邸の人たちへの詫びとして、邸の大掃除をって。俺も手伝った。改めて考える。この邸、すげぇ広いなぁ……。
「……」
一緒に掃除をしつつも、俺は振り返っていた。
俺の呪い……魔力。それもまだ有用だと思ってのことか。悪用とか、そういうのではないと願いたいところだ。リアムさんやアダムの一族でもあるし。信じたいところ。
「……ユーマ、考え事か?」
リアムさんが俺に話しかけていた。張り切って隅々まで掃除していた彼。窓ガラス拭きを中断して、俺の近くまでやってきてくれた。すげぇピカピカ……。
「……まあ、婚約破棄されなくて良かったなって」
ウソじゃない。
「ああ、本当にそうだな。こうして共にいられるな」
リアムさんは微笑んでいた。俺も少し顔を赤くして頷いた。
「うむ。他に憂い事はあるのか? 遠慮なく話してくれないか」
「いや、そっちは特に」
『アンタのおかげで』。それは口には出来ない。両思いと判明してもだ。それは俺が照れてしまうからだ……情けねぇな。
「頼みたいことならある。アンタに迷惑をかけないようにもするから」
「そんな。君の頼みならいくらでも力になりたい。気を遣うこともない」
「そりゃ良かった。あのさ、ダチを招待したいんだ」
友人フィクトルと約束してたもんな。、アイツに会えないの寂しかったりするし。
「……果たして『ダチ』なのだろうか」
「え」
なに、ダチとか言ったりすんの? ……いや、茶化せる状況じゃなさそうだわ。なにせ、片方の眉が上がっているから。彼の機嫌はよくない。俺にはわかる。
「……よく存じている。学友のフィクトル殿だろう?」
声もどこか怒気まじりだ。怒る要素、あるのか?
「……」
まあ、怒るというか……不安なのか?
「……あのさ、アイツはまじでダチだから。俺みたいなのと友達でいてくれる、気のいいヤツなんだよ」
「……そうだな。君の支えにもなってくれていたと……うむ」
なんだろな、複雑そうにしていた。
「……わかった。ただ、いくつか。私の休日に合わせてくれないか。同席するのも許してほしい」
「それは、もちろん。アンタや邸の人たちを紹介したいから。ありがとう、リアムさん」
「……大人げなくてすまない。フィクトル殿相手ともなると、尚更だ」
「いや、いいって……うん」
不安、だよな。
「――あのさ、リアムさん?」
フィクトルはダチ、それは俺はよくわかっていても。リアムさんからしてみれば、だろうな。
「……俺が好きなのはアンタだから。昔から、ずっとだ」
「……!」
俺は上擦る声で伝えた。恥ずかしがってる場合じゃないんだ。ちゃんと言葉にしないとな。
「……ちゃんと自粛するからな、ユーマ」
「え……自粛? 急にどうした?」
リアムさんの声は深刻なものになっていた。自粛? そういや、前も自制だかなんだか。
「急ではない。そもそも、私は成婚前は手を出さないと誓いを立てていた。成人している者として、そこは踏まえておかねばならぬと」
「まじで」
いや、そうか。俺たちの年の差はおいといて、コッチが未成年ってこともあるからか。この人のことだ、本気で誓ってたんだろうな。
「いや、非常事態だったんだし。『アレ』、ノーカンでいくない?」
「それはあくまでも、君からの場合だ。抑えがきかなくなったのは、この私だ」
ノーカウントにはしないようだった。誓いを破ったことには変わりないと。この人、堅物だから。一回破ってしまったからには、今度こそはガチで守りにいくと思う。
「……自粛しなくてもいいだろ。コッチは別にいいのに」
口づけと接吻、言葉だけで動揺する俺が言うのもだけど。
「俺だってそうだ。好きな人と触れたいんだ。それに……」
――『人前じゃないだろ?』と。
声が掠れてしまった。聞こえなかったらそれはそれで。むしろ、聞こえてなくても何も問題無くて――。
「……ユーマ、煽らないでくれ。早速、誓いを破りたくなる」
わー……しっかりと聞こえてしまっていた。それどころか――。
「ユーマ」
「!?」
いつの間にか――俺は壁際に追い詰められていた……またかよ。それも、気配もなく……!
「……私は耐えた」
「……は? なにを?」
リアムさんの声が震えていた。わけがわからなかった。え、急に説教かなにか?
「そうだ、充分に耐えたんだ。もう誓いを破ってもいいだろう? ――なあ、ユーマ?」
「……」
顔を上げた俺は……戦慄した。いつぞやを彷彿させる……獣のような瞳が。
「……いやいや! 秒じゃねぇか、充分もなにもないだろ……!?」
「秒ではない、三分だ。三分も耐えたんだ。よくやったものだ……!」
「よくやってねぇよ……!」
と、呆れていた同時にだった――リアムさんの顔が迫る。
「ユーマ。人前ではない。君も同意してくれている。触れ合いたいんだろう?」
「いや、言ったけどさ……言いましたけど」
「なら、問題はない。私はなんて誓いを立てていたんだ。破棄してもよかろう」
「いや、問題は……」
リアムさんは理屈を並べて『そういう流れ』にもっていこうとしている。でも、アンタの言う通りと受け入れるには――。
「……目、バキバキじゃねぇか。こっわ……」
問題、あり過ぎた。俺だってアンタには触れたいけど、アンタが怖いというか、ヤバいというか……!
コレ、どこまでも突っ走りそうで――それこそ最後の一線を越えるまで。
……それは、俺の方こそマズイんだ。今でさえ、マズイのに。これ以上、アンタに溺れてしまったら――。
「――させるかっつの!」
「!」
リアムさんが抱きしめようとするも、俺は機を狙って抜け出した! 完全に危なかった。拘束されたら簡単には逃れられなかったから……俺の気持ち的にも。
それからは決死の攻防が繰り広げられた。俺も必死だし、彼も必死だ。シャレにならないからな……!
……あのさ、リアムさん。アンタは確かに成人しているけど、普通に若いんだよな。年相応だって思えたんだ。
「はあはあ……」
「……致し方ない、か。君の気持ちを尊重せねばな。気が急いてしまった。すまなかった。」
どれだけやり合ってたんだ。俺たちはなんなんだ。つか、こっちはすげぇ息切れしてんのに、この人は涼しい顔だわ喋る余裕あるわで……。
「……そうだ、自重せねば。掃除を再開するとしよう」
リアムさんは窓ガラスを拭いていた。徹底的だ。さっきよりもさらに磨き上げられていた。なんか、情念が込められてそうだ。
「――それと、これも言っておかねばならないな。よく頭を撫でるとも伺っている。控えてもらえるだろうか」
誰情報だ。いや、有名話か。ソレ、頭わし掴んでいるって広まってるからな。リアムさんには正確な情報で伝わっていたみたいだけど。いや……だからこそ面白くないか。
「うん……はい。控える」
「……すまない。余裕がないんだ」
「それは俺だって……あ」
小さくなったリアムさんを見て、俺は考える。そう、俺がその立場だったら。
俺たちの想いは確か。それでも不安になるのは、リアムさんに限ったことじゃなくて。
「……そっか」
リアムさんの友人とか、あの婚約祝いをくれた人とか訪れたりしたら。同僚だってわかってはいても……仲が良い様子を見てしまったりしたら。
ただでさえ、この人モテるから。アダムの存在もあるしな……俺、いつも妬いていたから。俺こそ不安で仕方ないんだ……。
だから、言葉にしよう――態度で示そう。
「なあ、リアムさん――今晩、時間ある?」




