私が傍にいる
すっかり昼も過ぎていた。まともに寝てないということで、眠ることにしていた。
用意されていたのは、揃いの寝間着だった。肌ざわりのような素材のもの。互いに着替え済みだった。そうだな、もう寝るだけだ。
「リアムさん、おやすみ。あとでな?」
うん……まあ、キス? それで俺だけが恥ずかしいのもある。それだけじゃないんだ。
呪い、もう取り込まないことはわかってるんだ。だけど、気持ちの問題だった。わかっていてもだった。少なくとも、今日は一緒に眠るのに抵抗があった。
「ユーマ……」
「それじゃ」
俺は扉を閉めた。
客室の一室を使わせてもらうことにした。結構離れた位置だ。
「……」
一人だ。さっきまでのぬくもりが消えたみたいだ。いくら冷房が効いているとはいえ、こんなにも冷えた感覚がするものか。
「はあはあ……」
底冷えする。寒い。胸が詰まって、呼吸がうまく出来ない。
苦しい。まるで水の中にいるようだ――水底に引きずり込まれるような。
俺の目に映るのは、深海の世界。おぞましい異形たちが闊歩している。奴らは一斉に俺に寄ってきた――来る。
「くっ……」
異形たちから這い出た触手が俺を拘束する。滑っとした感触が気持ち悪い。体に執拗にまとわりついてくる。
「くそ、なんだってんだよ……! やめろって……!」
俺は声を絞り出した。体をねじって抵抗する。
どれだけ暴れても。もがいても。俺は逃れられはしない。
「がはっ……」
叫ぼうとする喉も潰れてしまう。声が泡となってしまう。
深い海の底。異形たちのけたたましい声だけしか聞こえない。
見える世界は、深淵があるだけなのか。ここにあるのは、それだけなのか。
俺はこのまま、闇へ落ちていくのか――。
「……」
しっかりしろよ、俺。
惑わされるな。正気を保て――これは幻覚だ。
「もう、屈したりなんてしないんだよ……!」
思いが、声になってくれた。
恐怖は消えてくれない。けどな、俺には――リアムさんがいる。
この恐怖に打ち勝てば、リアムさんが待っていてくれてる。あの人が――。
――『ユーマ』。
声がした。俺を慈しむような、心から安心できる声だ。
世界に、光が差した。
背中にぬくもりを感じた。俺は今、リアムさんに後ろから抱きしめられていた。
「――大丈夫……大丈夫だユーマ。私が傍にいる」
「……リアム、さん?」
リアムさん自身も焦ってはいるようだった。それでいて、俺に伝えてきてくれていた。
……ああ、ここは客室だ。俺、戻ってきたんだ……。
俺の心はこんなにも穏やかだ。呪いの感覚も治まって――。
「……っ!」
いや、まずいだろ? これってつまり、リアムさんに呪いがいってんじゃ!? 俺は慌てて距離をとろうとするけど。
「ユーマ。私に問題はない」
「そんなことないだろ――」
「問題ないんだ。お願いだ、信じてくれ」
「……そうかよ」
俺は抱きしめている彼の腕を見た。確かに紋様は浮かんでない。それに、何よりも彼の言葉だ。俺は素直に受けることにした。
「……不思議だな」
俺はこんなにも静まっている。かつて、彼に呪いを移していた時のように。不思議に思っていたところで、リアムさんは語りかけてきた。それは――。
「私は思うんだ――体質が変わったと」
「ガチの体質改善きたか……」
驚きはするも、心当たりはあるんだ。『あの時』、アンタと触れ合った時だ。満たされたし、感覚が変わったんだ。そう、それだ――。
「愛がもたらした奇跡といえよう」
「!?」
真面目な顔つきで言われた。言われてしまった。リアムさんは一切の照れはないようだけど……コッチは照れる一方なんだけど。
「……いや、アンタの体質が変わったから。それだって」
まだその方がわかる、と。俺はそういうことにしようとしていたが。
「そうか。なら、接吻をしたからか。確かにな、奇跡とも違うのかもな。二人の愛ある行為がもたらしたのだと」
「ちょ……行為いうなっ!」
『そういうことだろう?』と、理解ある顔しているけどさ……!? より、恥ずかしくなっただけだ……奇跡の方がまだマシだ!
「あと、せ、接吻とか……」
「どうしたんだ? 人前じゃないだろう?」
「いや、そうだけど……」
一応、こっちの言い分は聞いてくれてるとはいえ……。
「では、休むとしようか」
優雅な所作で俺をベッドに横にするまで、なんとも様になっているというか。リアムさんもベッドに潜り込んでいた。
「えっと、ここで寝る感じ? ……一緒に?」
「そうだ。体質も変わったようだからな」
「そっか……うん」
もう、アンタに被害がいくことはないんだよな? でもって、俺の呪いも和らぐのなら。なんだそれ、いいこと尽くしじゃないか。
「あることはあるもんだな……神展開ってのも」
それじゃ、いいよな? ――アンタに近づいても。
「もう、背中向けんなよ? アンタはこっち向いてて」
「……ユーマ?」
――と。リアムさんが動く前に、俺から体を寄せてみた。ムカつくくらい逞しい胸だ。まあ、体温が心地いいからいっか――。
「……」
「リアムさん、どした? つか、いい加減眠いし。アンタの体温、ちょうどいいし?」
急に黙り込んだ。寝る時も節度を持てって感じか? 堅物だからなぁ、この人は。
「……自制を、自制をするのだ」
本当にどうしたんだ……?
「……ま、このまま大人しく寝るんで」
色々あり過ぎて疲れたからな。俺は安心出来る腕の中、寝るとすっか――。
大事をとって、リアムさんは休養をとっていた。本人は『問題ない』と頑なだったけど、負担は相当デカかったと思ったから。そこは邸の皆さんと力合わせて休んでもらっていた。
俺はだらけつつも、色々と学んだりもしていた。将来のことを考えると、今のうちにって思ったんだ。
それと、実家からも手紙が来てたんだ。今回のこと、すごく心配かけてしまったから。二人でまた訪れようって話してたんだ。まーた、騒々しく迎えてくれるんだろうな。
俺たちの婚約が破棄にならなかったのもそうだ。続いたままだ。
破棄される覚悟もあったんだ。俺の呪いがリアムさんに危険をもたらした。呪詛返しをもって報復、そうとれるものだ。
アダムも力になってくれたのかもな……アイツに頭が上がらなくなった。
……うん、改めて伯爵家にも挨拶しに行かないとな。緊張する。けど、俺たちの未来の為にも必要なことだ。
そう、未来があるからさ。




