祭りのあと
レースが終わって3日目。
すべての片付けが終わった後、F1マシンが各地に貸与されていたピットごと消えた。当然、ピットの奥にあったオーバルトラックへの道もなくなった。こっそり部品を自宅へ持ち帰った者もいたが、保管先の倉庫や宝物庫ごと消えてしまい、その苦情が光治郎の元に寄せられた。
その中の一人、クレモテス村の村長がゾンバを伴って、わざわざ抗議するためにアルトト村にやってきた。単身で乗り込んでこなかった理由は、押しの強いゾンバを利用するためなのだろう。
「無断で消し去るとはどういうことだ。保管庫には村の宝もあったのだぞ」
「そんなもん俺のせいじゃないですよ。第一、まるごと消すなんて俺にできると思いますか?」
その一言でクレモテス村の村長は怯んだが、ゾンバは違った。
「わかるものか。ここには魔法が達者なパレッタもいるだろう。コクピットをあんなスライムみたいなもので埋めやがって」
「あれがなきゃ、お前大怪我したところだったんだぞ」
「そりゃ……そうかも知れねぇけど……」
パレッタがお茶を持って部屋に入ってくる。
「面白そうな話をしているわね」
「車を消したのもお前の仕業じゃないか、って言ってるんだよ」
「できませんよ、そんなこと」
パレッタは客人にニヤリと笑いかける。
「信用できないなら陛下に頼んで神前裁判してもいいですけど」
「い、いや……そこまでは」
「パレッタ。前の神前裁判でピートに罪をなすりつけようとした貴族はどうなったっけ」
「知らないわ。確か、もう爵位はなくなったことぐらいしか」
「うっ……。か、帰る!」
二人は逃げるように部屋から出ていく。
「全く、いちゃもんをつけてる相手が違うだろうに」
「仕方ないじゃないの。本当に消した相手に抗議なんてできるわけないし」
もちろん、全てを消したのは神様である。
今回のレースは光治郎との間で交わしていた約束から逸脱していた。
この異世界の文明にあってはならないものをあくまで期間限定で許していただけだったのだ。
さすがにトロフィーや副賞などは手元に残っているが、あとはあのスーズケインの記憶だけしか残らなかった。
サーキットにしてもコースや観客席はそのままだが、ピットは箱だけが残り、さまざまな装置は無くなっていた。
電光掲示板もLED照明も、その他異世界ではあり得なかったものはすべて。
「ねぇ。もったいないと思う?」
「いや、はっきり言ってこりごりだ。この後、大変だろうし」
光治郎はため息をついた。
ガレージの誰もが、車の注文書の山を見てため息をついていた。
空前の自動車ブーム到来である。
すでに個人でコントロールできる範疇を超えており、すべての発注、製造、納期のコントロールは王宮で取り仕切ることが決まっていた。
レストア工場は四つ。
光治郎のいるアルトト村のガレージ。
錬金術師と陛下の部下がいる王都のガレージ。
バーミリア高原のバルレイズ男爵のいる町のガレージ。
最後に新しく作られたドワーフたちの新ガレージである。
問題は注文をどうするかである。
光治郎が飛び回ってレストアする車を神様に頼んでいては流石に間に合わない。
そこで神様に頼んで、それぞれの責任者に注文書を神様に”お供え”する権限を与えてもらった。
ここに、初めて異世界での自動車量産が可能になったのだ。
ちなみにアルトト村のガレージのノルマは月産10台である。
浩史がそれを見て怪訝な顔をしている。
「社長。いいんですか。ウチで作る台数が1番少ないんですよ」
「かまいやしないよ。簡単なものならともかく、面倒や修理はウチでしかできないし、車種にしたってほかは二、三車種のみしか扱えないんだから」
「わかりました。アレク! 今日はそのタイプ2バンを仕上げたら上がっていいぞ」
今はまだ午後三時。
恐らく、五時を待たずに今日の仕事は終わるはずだ。
「どうしちゃったんだろうね。うちの社長は」
浩史はガレージの裏でタバコを吸いながら、そうひとりごちた。
それから三ヶ月。
四つのガレージで自動車のレストアが進み、順調に貴族、商人、そして農村へと納車されていった。
F1レースが始まる前までに光治郎が作った車は200台未満。
それが、月産100台以上作れるようになったおかげで、今や500台近い車が王国のあちこちで活躍している。
今や、車を持っていない町はなく、農村でさえも、3割以上が作物の出荷に利用していた。商人の間でも自動車を持っていないものは肩身の狭い思いをするほどである。
これが、光治郎が頑張っていた成果なのだ。
だが、その幕引きは彼自身がしなければならない。
ある日、光治郎は王宮に陛下を訪ねていた。
すでに堅苦しい挨拶をすることもなく、通されたのは謁見の間ではなく、陛下の私室の一つである。
「おう、コージロー。どうした?」
「陛下。ひとつお願いがあります。いや、お願いというよりお断りみたいなものですが……」
「なんなのだ。深刻な話か?」
それまでの朗らかな雰囲気が一転。
部屋には数人の騎士や文官が同席していたが、陛下は人払いをした。
「実は、この国を出ることになりまして」
「なんだと。行き先はどこだ」
「それが……わからないんです。決まっているのかどうかも。とにかく、ここにいられる時間は限られています。そこで、この自動車産業について陛下におまかせしたくて」
「わかった」
“光治郎が国を出る” という意味を陛下は正確に理解していた。
それは他の国へ行くということではない。この者を連れていくのは神。
すなわち、行き先は別の世界であるということ。
阻止することも罰することも不可能である。
「しかし、コージローがいなくなると自動車を作り続けることは難しくなるのではないか?」
「はい。車の新しいレストアは、あと半年で終わることになります」
「あのF1マシンのように消えてなくなるのか?」
「いえ、そうではありません。今走っている車はそのまま使っていただいて構いません」
それから、光治郎は陛下にこれからの自動車産業の縮小計画を話した。
新規で車を作りはしないものの、修理は今ある四つのガレージで継続する。
神様とのやりとりはできなくなるものの、部品については十分な量を用意する。
具体的にはガレージ横に倉庫を作り、これまで販売した車の部品を満載。
「それはいつまでなのだ」
「そうですね。平均して15年。最後の車が動かなくなるのは30年後ではないか、と」
「そのあとは、我が国はまた馬車の世界に戻るのか……」
この一年の大きな繁栄は消え去るだろう。
流通は古い時代に逆戻り。日持ちしない遠くの産地の農産物を味わうことはできなくなる。
距離的に不利な立場にある農村は立ち行かなくなるかもしれない。
「そこで陛下にはお願いがあります」
「なんだ?」
「ドワーフたちを補佐してやってください」
言われなくとも陛下はそのつもりであった。
これまで馬車を作っていたドワーフの多くが職にあぶれたのだ。
一部は光治郎のガレージで働いているが、全員というわけにはいかない。
彼らは技術職。国の宝である。
だが、補佐とは一体なんなのか。
「教えてくれ、コージロー。ワシはドワーフの何を補佐すればいいのだ」
「それは、魔道車の開発です。自動車がなくなる前に、徹底して構造を理解し、ガソリンの代わりに魔石を使った車を作って欲しいのです」
「なんと!」
神様はこの世界において自動車は歪な存在であると言った。
光治郎はだからと言って、ここに住む人たちから自動車を取り上げるのは違うと思ったのだ。
考えに考え、悩みに悩んだ末思いついたのは “この世界において歪ではない車があればいい”
「その開発にどれくらいかかる?」
「ドワーフたちだけでやるなら50年」
「それでは自動車がなくなるまでに間に合わぬ」
「ならば魔法使いや他のものたちも研究に携われるようにしてください」
「どれくらい短縮できる」
「本当に多くの人々が種族の壁をこえて協力できれば30年。いや、20年で可能になるのではないか、と」
「わかった。国の威信をかけて、研究を進めよう」
二人は握手をして、別れた。
光治郎はアルトト村へ。
陛下は配下のものを集め、これからの王国の行く末を左右する大きなプロジェクトを進めるのだった。




