決着!
光治郎が管制室のドアを開けた。
オフィシャルとして協力している王国の文官が声を掛けた。
「どこ行くんですか? 裁定と表彰台どうするんです?」
「ちょっと奥の間に行くだけだ。すぐ戻るから」
部屋を出た後、廊下の一番奥にある小部屋に入ると光治郎はカギをかけた。
これから ”お供え” をして、神様に相談するところなのだ。
しかし、その必要はなかった。
部屋はその雰囲気を変え、正面が白いモヤに包まれ、やがて人影が現れた。
「神様、直々にいらっしゃるとは」
「相談したいことがあったからの」
「あまり、時間は取れないのですが……」
「ああ、それなら気にすることはない。この扉を閉じた時から何時間話をしても時は進まぬ」
「わかりました」
光治郎はそれから、今行われているF1の表彰台が用意されていないこと。
そして、正聖と翼竜の二台の裁定で迷っていることを神様に告白した。
「ふむ。表彰台の件はこちらでなんとかしよう。なに、あのブルーシートを剥がすだけで良い。バックボード、安全手すり、シャンパンテーブル、トロフィー、アクセス階段にレッドカーペットを用意しておく」
「助かります。裁定はどうしましょう」
「それはワシの預かり知らぬところだ。お前の好きなようにするが良い。……それより光治郎。問題はこのレースの後だ。この国は大きく車社会へと舵を切ることになるだろう。当然、お前の立場も大きくなる。小さなガレージにこもって車を直している暇はなくなるはずだ」
この熱狂を見れば当然である。
レースを見たものは車の有用性だけでなく、その娯楽性、先進性に魅せられるに違いない。それに比べて馬車はみすぼらしく、前時代的でひどく効率が悪いものに見えるはずだ。
「わかっています。しばらくは仕方がないでしょう。でも、王国を完全に車社会にするつもりはないのです」
「それはワシも同じだ。このやり方には歪みがある。彼らは確かにレストアの技術を身につけつつあるが、その仕組みを完全に理解したものはいない。そして、何より車を生み出す力がない」
「そうですね」
一瞬、間が空いた。
横にある小さな机には地図が丸めてあった。
光治郎はそれを広げてみる。
王国は南北に長く、西には山脈がありその向こうに何があるかはわからない。東には森があり、その向こうは海だ。
「他の国に行こうかと考えています」
「それは厳しいぞ。ワシも王国以外ではガレージを与えてやることはできん。第一、この時代の船では隣国に渡る前に沈む可能性は高い」
「ですが、このままここにいるのは」
「王国のためにならないというのか」
神様は声を遮り、その続きを述べた。
光治郎は苦笑する。
「その通りです」
「…………わかった。では、あと一年我慢するが良い。その後、お前をどうするか決める。心配するな。悪いようにはせんよ」
「ありがとうございます」
頭を下げた後、前を向いた時、すでに神様はいなかった。
部屋は元の通り、時を刻み始めており、いつの間にか鍵も開いていた。
光治郎は小部屋を出て管制室に戻る。
「待たせたな。表彰台の件は片がついた」
「片がついたとは?」
「ブルーシートをとってみればわかる」
「……了解しました。裁定はどうします」
「それは俺が発表する。混乱を避けるため、レース後になるがな」
51周目。西ストレートでフェリスティンはERSを解放した。
「おおっと、RB19が翼竜のMP4/4をパス。前の正聖も射程圏内にとらえているぞ!」
「騎士団の二台は激闘のダメージがありますにゃ。最高速が伸びていません」
130R。立ち上がり加速が違う。
RB19は正聖をパス。トップへ躍り出た。
シケインを超えて52周目。
誰もがフェリスティンの優勝を疑わなかった。
ところが、RB19はメインストレートでMP4/4の2台を突き放すことができない。
「どういうことでしょう。サティさん」
「ERSの使いすぎです。マシン性能はすでに互角。あとはドライバーに委ねられましたにゃ。決着は最終ラップまでもつれます」
観衆は湧き上がっていた。
勝負がついたと思ったトップの3台の差は僅差である。
必死に耐えるフェリスティン、かろうじてメインストレートを持ち堪え、コーナーワークで、デグナーカーブまで先行を許さない。しかし、ヘアピンで横に並びかけられ、200Rを超える頃には抜かれるのは時間の問題に。
「ヘアピンから200Rで、先頭3台がテールトゥノーズ! 次のカーブ正聖が行くぞ!!」
「『スプーンを制すものは鈴鹿を制す』ですにゃ」
フェリスティンは、正聖に抜き返された。
バックストレートではダメと分かっていながらもERSに頼るしかないRB19。スリップストリームから飛び出した翼竜が並びかけ、ついにオーバーテイク。
最強マシンRB19がまさかの3位。
最終周。
すでにエネルギーは空。130Rではさらに差が開き、最後のシケインで逆転を狙うだけの力はRB19には残っていなかった。
正聖、翼竜、フェリスティンの順でゴールライン通過。
だが、その瞬間。
電光掲示板にトップでチェッカーを受けた正聖に失格の裁定が。
ざわめく観衆。
喜びを爆発させる翼竜のピット。対照的にオフィシャルに食ってかかる正聖の面々。
そこに光治郎が。
「お前たちもあの過去の映像を夢の中で見ただろう? 順番は逆になったが、歴史的なあの判定自体に間違いはない。それが全てさ」
正聖のピットクルーはみな、うなだれ、裁定を受け入れた。
ブルーシートが剥がされ、表彰台があらわれ観衆のボルテージは最高潮。
バックボードには、サーキット名、大会ロゴ、スポンサーはいないので、王国の印章と最高神を崇める宗教の印、さらにはこの領地の主である三峰家のマークがデザインされていた。
チェッカーフラッグが振られ、ウイニングランを終えたマシンがパドックに戻り、場内スピーカーから高らかに表彰式の開始が宣言される。
「サーキットにお集まりの皆様、大変お待たせいたしました! これより、第一回スーズケインサーキット開幕レースの表彰式を行います! 今日の激戦を制したトップ3のドライバーたちが、いま表彰台へと向かいます!」
観衆がサーキット内になだれ込んできており、ドライバーたちは急いで階段を登っていく。
光治郎はマーシャル全員に「怪我さえなければ、いい」と告げていた。
「魔法師、前へ。手筈通りに」
「はい」
一斉に魔法を唱えると、観客はふんわりと押し返される。
その隙にロープが張り巡らされ、皆が落ち着きをとり戻した。
事故を抑えるための工夫が最後にもう一度、功を奏したのである。
その様子を見計らったアレクがアナウンスを再開した。
「まずは見事、3位表彰台を獲得!バーミルズ・ブルー、バルレイズ男爵!」
先頭に絡めはしなかったが、粘りの甲斐があり表彰台に。
「続いて、激しいバトルの中、惜しくも2位!しかし、その活躍は間違いなく本レースの主役でした。 グレース・レーシング、フェリスティン選手!」
あの村長の強烈な追撃に手を焼きERSの無理な使用。
さしもの最強マシンも最後は伸びを欠いた。
「そして! 今日の栄光のウィナー! 見事な逆転勝利を挙げたナイツ・ユニオン・レーシング、翼竜騎士団長です!」
プレゼンターはなんと陛下自らが、トロフィーを贈り、翼竜騎士団団長は恐縮していた。
「さあ! お待ちかねの瞬間です! ドライバーの皆さん、シャンパンをお持ちください! ……『シャンパンスプラッシュ』、スタート!!!」
こうして初めてのレースは幕を閉じた。
最終結果は以下の通りである。
| 順位 | Pos| ドライバー | マシン | 最終結果 / タイム |
|---|---|---|---|---|
| *1|↑ 1 | ナイツ・ユニオン・レーシング/翼竜騎士団長 (セナ) | MP4/4 | Winner |
| *2|↑1 | グレース・レーシング/フェリスティン (フェルスタッペン) | RB19 | +1.1s |
| *3|↑1 | バーミルズ・ブルー/バルレイズ男爵 (アロンソ) | R25 | +6.2s |
| *4|↑2 | アイアン・スピリッツ/ドワーフ長 (シューマッハ) | B194 | +29.3s |
| *5| ±0 | レスキュー・レーシング/エミリア (シェクター) | P34 | +29.9s |
| *6|↑1 | マグス・ミラージュ/マゼンタ (アンドレッティ) | ロータス79 | +1 Lap |
| *7| ↓1 | ノブレス・オラージュ/パットリア伯爵 (ラウダ)| 312T2 | + 2 Lap |
|DSQ |±0 | ナイツ・ユニオン・レーシング/正聖騎士団長 (プロスト) | MP4/4 |失格|
| RT |—| チーム・アルトト/ロンダーク村長 (マンセル) | FW14B |Crash |
| RT |—| クレモテス・スピード/ゾンバ (ハント) | M23 | Crash |
「終わったな」
「ええ、なんとか。よくやったんじゃないんですか」
「ああ、関わったすべての人に感謝だよ。陛下や王宮の文官、非番の騎士団の人たちまで総動員してくれたからな。特にあちこちの補修やら、事故対応やらで働き詰めだったドワーフたちにはボーナスを弾まないと。もちろん、浩史、そしてパレッタ。実況のアレクやサティだって」
すでに観客も全員が引き上げ、今や数人が残るのみ。
「明日からが大変ですね」
「ああ、だがあと一年だ」
「一年?」
思わず浩史が振り返る。
「ああ、恐らく王国で車のレストアや修理をしていられるのは、それくらいになるはずだ」
「そのあとは、またどこかに行くんですね」
「浩史は残ったっていいんだぞ」
「いえ、お供します」
二人の会話を誰も聞いていなかった。
たった一人パレッタを除いては。




