旅の終わり、そしてもう一つの旅へ
最終話です。
この世界にいられるのはあと三ヶ月となった。
レストア中止令が陛下の名前で発令され、車を求める者たちが再開を求め王都に詰めかけているという。
「コージロー、修理依頼の車、こっちでやっちゃっていいですか」
「悪いな、アレク。頼むわ」
アルトト村のガレージも暇な時間が増えてきた。
光治郎と浩史は全て引き払うことになるのでそれなりにやることはあるのだが。
問題はいくつもある。
一つは、単にレストアが中止になっただけでなく、二人がこの異世界からいなくなることをまだ誰にも話していないことだ。
光治郎は無責任とはほど遠い性格だ。当然、きちんとみんなに説明してから立ち去るはずだ。
もう一つは、すでに広がった自動車という文明にどうケリをつけるかである。
そのための話し合いが今日から始まるのだ。
「社長。ドワーフ長が面会に来てますが」
「わかった。応接室で待っててもらってくれ」
浩史がドワーフ長を案内しているうちに、光治郎は大量の資料を事務室から持ち出していた。
パレッタはお茶の用意。本来のガレージの仕事をしているのはアレクだけである。
「コージロー、本当に車のレストアを辞めるつもりか?」
「ああ、この国を出ることになったんでな。そこで約束通り、自動車の知識をすべて伝えておこうと思ってな」
「そいつは……。俺たちが欲しかったのは馬車の改良に必要な技術だけだったんだけどな」
光治郎が打ち明けたのはこれが初めてである。
ドワーフ長は面食らっていた。
今回のレストア中止も一時的なもので、そのうち再開されるものだと思っていたのだ。
「とにかく、これから俺がいなくなる三ヶ月先までここでみっちり車についてレクチャーしようと思う。時間は取れそうか?」
「それはこちらにとってありがたい話だ。何を差し置いても受けたいと思う。しかしなぜだ」
光治郎はこの世界に来たいきさつを話した。
ここで自動車を作り始めたのは、神様の協力あってのものであること。本来、自動車というものが、この世界では過ぎた技術であること。そのために文明の進化に歪みが生じていることなども。
「なるほどな。だが、その技術を教えてくれるのはなぜだ。今の話だと神様は全ての自動車をなしにしそうなもんじゃないか」
「そんなことはしないよ。大混乱になる。立ち行かなくなる農家だってあるだろう」
光治郎は段階的に自動車から馬車主導の世界への回帰計画について話し始めた。
まず、自動車の供給を止める。ただし、修理は請け負う。自動車が寿命で動かなくなるのは仕方がないが、それまで平均して15年はある。
「それで、最後の車が動かなくなるのは三十年後、ってわけか。寂しくなるな」
「ああ、だからさ。ドワーフ長にはこの技術をしっかり押さえて欲しいのさ」
「どういうことだ?」
神様の話によると、自動車がこの異世界で文明の歪みとなっているのは、大きく分けて二つの理由がある。
一つは理解できないこと、もう一つは新しく作ることができないこと。
「そいつは分かった。だが、理解はともかく自動車を作るのは俺たちドワーフの技術じゃ無理だぞ」
「わかってる。電気の力で爆発を起こすガソリンエンジンの自動車を作るのは確かに無理だろう。でも、この世界には魔法がある」
ドワーフ長の目が大きく開かれる。
「お、お前……それって」
「そう、魔法の自動車を作って欲しいんだ。きっと魔石を使ったものになると思う。そういうの魔導って言うんだっけ? うん、となると魔導自動車だな。名前は魔動車なんてどうだ?」
「たまげたぜ」
光治郎は自動車が減っていく時期には、その技術を使って改良された馬車の普及をして欲しいこと。そして、自動車が完全になくなるまでに魔動車の基礎研究を終えて目処を立てて欲しいことを話した。
「これはかなりの大仕事になる。悪いとは思ってるよ」
「うむむむ。確かにな。だが、やりがいはある」
「やってくれるか」
「引き受けよう」
ここに、密かに新しい異世界の車の誕生の為の密約がなったのである。
ドワーフ長は額に汗を浮かべていたが、光治郎は心配していない。すでに、アスファルトの舗装道路を作ってもらった時に、リーフスプリングの改良方法を伝えたことがあるのだ。あの理解力があれば、きっとできるはずである。
早速、光治郎は自動車の構造についての講義を始めたが、初日ということもあり午後四時過ぎに終わることにした。
ドワーフ長が帰ったあと、パレッタが部屋の片付けに入ってきた。
「コージロー、いなくなってしまうのね」
「聞いてたのか……。まあ、仕方ないよ。神様も俺も焦りすぎたんだ。もう少しゆっくり自動車を広めていればよかったんだけどな」
「……わかったわ」
手早く湯呑みとお茶請けのお皿を片付けてパレッタは給湯室に戻って行った。
光治郎は案外簡単に引き下がってくれたな、と思い、それをちょっと寂しく感じてもいた。
「俺、どこに行くんですか。やっぱり地獄行きですかね。結構アコギなことやってましたから」
夜遅く、神棚がある部屋に光治郎はいた。
目の前には神様が降臨しており、結界が張られている。鍵がかけてあるが、開けようとしても誰も入ることはできない。
神様はホッホと笑いながら「そんなことはせんよ」と言った。
今日は、この異世界から一体どこに行くのかという話だった。
「実はな。日本に帰ってもらおうかと思っている」
「えっ、ガレージごと隕石に潰されたはずですよね?」
実は光治郎には死んだ時の記憶がない。
気がつけば天界にいて、神様から顛末を聞かされたからだ。
「ああ、だから三峰光治郎として戻ることはできぬ」
「別人として生きるということですか。まあ、いいですけど……。浩史はどうなるんです?」
「もちろん、あやつにも戻ってもらうつもりさ。だが、元の時代に帰ってもあまり暮らしやすい世の中とはいえないのではないか?」
「それはそうですけど……。でも俺も浩史も自動車以外の仕事なんてやれませんよ?」
「分かっておる」
そう言って、神様は日本の古い新聞を取り出した。
一面全部を使った自動車の広告が目に入った。まだ、今ほど外国では日本車が受け入れられていなかった時代。
だが、一番日本車が元気な時代だったかも知れない。新聞の日付は1980年。
「お主が生きた時代は車のレストアには少々厳しいのではないか」
その言葉は光治郎にとって重い言葉だった。2026年の日本は確かに中古車にとって優しい時代ではない。
「それで1980年代、ってわけですか。でもあの時代にはコネもありませんし、修理業で生計を立てるのは厳しいです」
「ああ、元は修理専門じゃったな。だが、ここでは多くの車をレストアした。流石にコネは作ってやれんが、今まで関わった多くの時代の車については部品だけでもたんまり用意してやろう。そこで、別の人間として小さなガレージを経営するのではどうじゃ」
「浩史もですか」
「ああ、当人が希望すればな」
魅力的な提案だった。
自動車修理の仕事を続けられる。ここで知ったレストアの楽しさも味わえる。
「やります!」
どうしようか迷いもあったはずなのに、光治郎の答えは先に口からこぼれ出ていた。
光治郎と浩史が去った後、王国の自動車産業は徐々に衰退していった。
移動手段はまた、馬車が中心になった。自動車に比べて不便だと不満を述べるものも多かったが、それでもまた人々の間に浸透していくことができたのはドワーフたちの地道な改良があったからである。
そして、その十五年後。
「やっと動いたぞ。魔石エンジンの完成だ」
苦節十五年。ドワーフたちは光治郎の想像を超えて成し遂げたのだ。時速10kmにも満たず、航続距離は500m。
それでも彼らにとって大きな一歩なのだ。
「うむ、よくやった。今後も頼むぞ。今後も王国の支援を約束する」
「陛下。ありがとうございます」
異世界は自動車に変わる魔法の車を光治郎の予想より十年以上早く成し遂げたのだ。
「あやつは今頃、どうしているだろうな」
そして光治郎は――
1980年代の半ば、東京は立川の南8kmのところに小さなガレージがオープンした。
周りにはまだ田畑が残るそんな場所で、ロクに宣伝もしないそのガレージは静かに口コミで広がっていく。
”東京の西にどんな車でもレストアしてくれる小さな店がある”
店主は気難しいと評判で、自動車好きの客しか取り合わず、車も大事にしない者は門前払い。そして、隣には美人の奥さんがいつも帽子をかぶってお茶を出してくれているという。
「この車を治して欲しいのだが。最近調子が悪くて」
「TR6か。悪い車じゃないんだが……。ちょっと下を見せてもらうよ。あーあーあー、錆だらけじゃないか。オイルは、と。すでに床が濡れてる…………これ、高くつくぞ」
「ちょちょっと直すわけにはいきませんか」
「帰ってくれ」
「えっ!」
「半端な仕事はしたくねぇ。確かにルーカスの燃料噴射だけどうにかすりゃあ、走りはするだろうよ。だけどな。三ヶ月後、このガレージで直した車がどうにもなんねぇ所なんてみたくねぇんだよ」
横柄な態度はこのところ不躾な客が続いた結果である。
難しい旧車を3台ばかり修理したところ、変な口コミが広がったためか、気軽になんでも直ると勘違いした輩が続いていたのである。
「まあまあ、あなた。そんなに凄んではいけませんよ」
「だけどよ」
「お客様だって、本当はきちんとした修理をお望みだと思いますよ。ねぇ」
「あっ、はい。そりゃ、長く乗りたいと……。ええ」
口コミで広がったのは修理の腕だけではない。
店長の奥さんが大変な美人であるという噂は間違いでなかったとこのTR6のオーナーも感じていた。
それを見て、紙にさらさらと筆を走らせる。
修理の概算を出しているのだ。
「これだけかかる。多少増減はあるが、そう違いはないはずだ。走りゃいいなんて修理は受けられん。毎日走れる車にする。それがこの店のポリシーだからな」
その金額は大手で見積もりをしてもらった三分の一だった。
ここに来たのは、その金額が払えないから走るだけでもと一縷の望みをかけてきたのである。
「わ、わかりました。完全な修理で」
客は何度もお辞儀をして帰っていった。
「よかったわね。あのTR6が廃車にならないで」
「冗談じゃないよ。板金に塗装、オイル漏れにインジェクターまで。とんだ大赤字だぜ」
「それじゃあ浩史さんに手伝ってもらう?」
「そいつぁダメだ。あいつはもう立派なグループAのワークスメカニック様だからな」
「出世したものね。うらやましい?」
「バカ言え。俺はこれが一番さ」
帰り道。そのオーナーはこうひとりごちた。
「噂は本当だったな。どこよりも安く、きちんと走る車にしてくれるってのは」
そしてもう一つの噂も。
店主にはいつも帽子をかぶっているえらい美人の奥さんがいる、ということ。
一説には、あれは長い耳を隠しているのではないかとまで言われているが、それは確かめようもなかったが。
(完)
お読みいただきありがとうございました。
この作品は、テレビ番組「名車再生!クラシックカーディーラーズ」という番組を見ている時にふと頭に浮かんだアイデアから始めたものでした。
当初の予定では20話ぐらい、せいぜい10万字程度で終わるつもりでいたのですが、終わってみると70話超、30万字の長編になってしまいました。
最近はガソリンエンジンも少なくなり、電気自動車が多くなってきました。
環境やエコの立場から考えればいいことなのでしょうが、旧車という趣味の世界にとってちょっと厳しすぎる世の中になったな、とも思います。
この作品に関しては、難しいことを考えず読んで楽しんでいただければありがたいのですが。
また、次の作品でお会いしましょう。




