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雨のスーズケイン

 ついに雨が。

 バックストレートから降り始め、コースは一気にウェット。


 この時間が一番危ない。

 埃が水に浮き始め、通常のスリックが一気にグリップを失うことが少なくないのだ。

 各車レインタイヤへの換装を急いでいた。


 ピットインのタイミングで大混乱する中、騎士団勢が一気にトップへ。ピット作業の優位性もあり、MP4/4は水を得た魚のように咆哮。

 フェリスティンがまさかの3位転落。現代の超複雑な空力マシン(RB19)も、路面変化にERSの制御が狂い始め、ペースダウンしたのだ。

 だが、5位までのタイム差は依然30秒以内。周回ラップタイムが安定せず、大きく上下する今日のレースでは、まだまだ大逆転もあり得る。


「サティさん。ここで特筆すべきはやはり翼竜騎士団長ですか」

「ええ、元のドライバーの魂が彼に反映されてますにゃ」

「『雨のセナ』ですね」

「はい、その通りです!」


「それにしても、天気の変化でここまで順位が変わるとは思っていませんでした。今後の展開は」

「この雨が一過性のものか、降り続くのかによって決まると言っていいと思います。FW14Bのアクティブサスにはウェットモードが備えられています。このまま雨が降り続くようなら、走行会で毎日のように走ったロンダーク村長に1日の長があると思いますにゃ」

「バルレイズ男爵、エミリアも頑張ってますね」

「ええ、R25には安定したV10のトラクションで雨をサバイブする能力があります。また、6輪のP34もハイドロプレーニングを起こしにくいという利点があるんですにゃ」

「今後も目が離せません」


  30周経過時点の順位は以下の通り。


| 順位 | Pos| チーム / ドライバー | マシン | タイム差 |

|---|---|---|---|---|

| *1| ↑3 | ナイツ・ユニオン・レーシング/翼竜騎士団長 (セナ) | MP4/4 | Leader |

| *2 |↑3 | ナイツ・ユニオン・レーシング/正聖騎士団長 (プロスト) | MP4/4 | +1.5s | 翼竜に負けじと鬼の形相で追従。他車を完全に置き去りに。 |

| *3 | ↓2| グレース・レーシング/フェリスティン (フェルスタッペン) | RB19 | +12.0s |

| *4 | ↓2 | チーム・アルトト/ロンダーク村長 (マンセル) | FW14B | +15.8s |

| *5 | ↑1 | バーミルズ・ブルー/バルレイズ男爵 (アロンソ) | R25 | +24.5s |

| *6 | ↑2 | レスキュー・レーシング/エミリア (シェクター) | P34 | +38.0s |

| *7 | ↓4 | ノブレス・オラージュ/パットリア伯爵 (ラウダ) | 312T2 | +42.0s |

| *8 | ↑1| アイアン・スピリッツ/ドワーフ長 (シューマッハ) | B194 | +55.0s |

| *9 | ↓2| マグス・ミラージュ/マゼンタ(アンドレッティ) | ロータス79 | +1m10s |

| 10 | ±0 | クレモテス・スピード/ゾンバ(ハント) | M23 | +1m30s |


 貴族たちは逃げるように退避し、観客席は空席が目立つようになっている。

 ただし、どこも一人だけ使用人を残しているのは、場所の確保のためなのだろう。


 陛下お付きの武官も移動を促しているが、本人はどっかりと腰を下ろしたままだ。


「後方の屋根のあるエリアに移動しましょう」

「構うな。ここで良い」


 武官が光治郎を睨んでいる。

 恐らく『なんで屋根のついた観客席を用意していないんだ』という抗議なのだろう。


「よせ。コージローに文句を言っても仕方がないだろう」

「……はい」


 見かねた光治郎は、会場整理の係員に何事かをことづける。

 すると、奥の控え室に走っていった係員が折りたたんだビニールを持って戻ってきた。


「陛下。これを」

「なんだ。これは」

「レインコートと言います。簡単なものですが、雨を濡れるのを防ぐことができます。数が用意できなかったので、スタッフの分しかないのですが、よろしければ」

「おお、助かる。ところで、車というものは雨でタイヤを変えるものなのか? ロールスは雨でも平気で走っていたぞ」

「普通は全天候型なんですよ。一応、雪に強いタイプはありますが、一般の車が雨程度で履き替えることはありません。サーキットの場合は特殊で、晴天用のタイヤには――スリックというんですが――溝がありません。水が膜になり、逃げ道がなくなると一気に滑ってとても危険なんです。それに、タイヤの温度も重要で晴天用のスリックタイヤだとグリップしなくなります」

「難しいものなのだな」


 陛下はずいぶん熱心に見ているようだ。

 それに、贈ったロールスも飾り物ではなく普段から乗っていると知り、光治郎はちょっと嬉しくも思っていた。


「少々の雨では時間のロスを惜しんで交換しないこともありますが、今日はポツポツ降り始めたな、と思ったらいきなりザーっときましたからね。交換しないチームはありません。問題は止んだ時なんです」

「また、タイヤを晴天用に戻すのか」

「そこが、判断の難しいところです。コースに乾いたところと濡れているところが混在していると特に。一つ間違えると事故につながりますからね」

「車の事故は見たことがある、一般の道でだが。あれは見たくない」

「私もそう思っています」


 “雨が降るなら、そのままがいい”


 スピードのレンジも落ちるし、レース展開も膠着することがあるが、光治郎は今日の初レースが何事もなく終わるのが一番だと考えていた。


 だが、35周目。雨は上がり、路面は「乾きかけ(ダンプコンディション)」という一番難しい状態に。

 いくつかのチームがタイヤ交換に入り、残るチームはレインタイヤのまま続行していた。



 徐々に各車のスピードが上がる中、39周目。


 キィィィ、ドォオオン

 大きなタイヤが軋む音、そして激突音。


「おおっと、FCYです。事故ですか?」

「はい。スクリーンに今、リプレイが表示されていますにゃ」

「M23。ゾンバですね。場所は?」

「デグナーですにゃ」


 下位に沈んでいたゾンバは、焦りオーバースピードでグリップを失いそのままバリアに突っ込んだのだ。


 フルコースイエロー。全車80km/h規制である。

 光治郎は急いで管制塔に戻り指示を出している。すでにパレッタは現場に直行していた。


「どうなってる。ドライバーは無事か」

「ええ、スライムまみれになってるけど怪我はないわ」


 無線の報告を聞いて光治郎はホッとしていた。

 走行会の事故の教訓からパレッタはMaloを改良していたのだ。


 単に飛んでくる異物から守るだけでなく、車内での打撲を防ぐエアバックに似た機構がゾンバを救った。

 名付けてマジックスライムバック。コクピットをゼリー状の物質で満たし、ドライバーを全ての激突から守っていた。


 幸い、巻き込まれた車はおらず、マシンの回収を待つ間、タイヤの熱管理バトルが裏で勃発していた。


 40周経過時点で、順位は以下の通り。


| 順位 | Pos| チーム / ドライバー | マシン | タイム差 |

|---|---|---|---|---|

| *1| ±0 | ナイツ・ユニオン・レーシング/翼竜騎士団長 (セナ) | MP4/4 | Leader |

| *2 | ±0 | ナイツ・ユニオン・レーシング/正聖騎士団長 (プロスト) | MP4/4 | +1.5s |

| *3| ↑1 | チーム・アルトト/ロンダーク村長 (マンセル) | FW14B | +4.2s |

| *4| ↓1| グレース・レーシング/フェリスティン (フェルスタッペン) | RB19 | +5.5s |

| *5 | ±0 | バーミルズ・ブルー/バルレイズ男爵 (アロンソ) | R25 | +12.0s |

| *6 | ±0 | レスキュー・レーシング/エミリア (シェクター) | P34 | +22.0s |

| *7 | ±0 | ノブレス・オラージュ/パットリア伯爵 (ラウダ) | 312T2 | +35.0s |

| *8 | ±0 | アイアン・スピリッツ/ドワーフ長 (シューマッハ) | B194 | +44.0s |

| *9 | ±0 | マグス・ミラージュ/マゼンタ(アンドレッティ) | ロータス79 | +1 Lap |

| RT | —| クレモテス・スピード/ゾンバ (ハント) | M23 | Crash |


 

 オフィシャルの心配とは裏腹に、レースの行方は混沌としていた。

 トップの翼竜騎士団 (MP4/4) は、FCYによりマージン消失。後続との差が縮まっていた。さらに、FCY解除直後、乾きかけの路面を爆走。ラップタイム全車中1位を記録したのはFW14Bのロンダーク村長だった。

 そのほか、バルレイズ男爵、エミリアが虎視眈々と上位を狙っている。


「社長。現場を見てきました」

「ああ、浩史。どうだった?」

「本人はピンピンしてます。ピットに戻ってから、クルーに文句言ってました」

「あれはどう見ても本人のミスだと思うんだが」

「無理をせざるを得なかったのは、マシンが仕上がっていなかったから、なんて言ってました」

「あの時と同じか」


 二人はやれやれと首を振っていた。

 クレモテス村のゾンバ。無茶な運転でトラックを壊したのに、無償修理をゴリ押ししてきた過去がある。


「でも逆に考えれば、これで心配事はなくなったということでしょう」

「そう……だな」


 光治郎は浩史の楽観論に素直にうなづく気にはなれなかった。

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