GRAND-PRIX!
いよいよ、開催日。
まだ朝9時だというのに、馬車が長蛇の列となっていた。
「まずいな。席が足りない」
「やたらだだっ広い駐車場はどうかと思いましたが、作っといてよかったですね」
すでに10万人を超えている。
本物の鈴鹿では、客席だけで10万人分はあるし、芝生席まで含めるとイベントによっては30万人に達することもあるが、ここではそんなことはできない。
ほとんどの客は馬車で来場している。自動車が増えたと言ってもこの会場には200台程度。
それに引き換え、数万台にも及ぶ馬車が停車しているのは壮観を通り越して怖いぐらいである。
当初の予定では観客のために開放するエリアは、メインスタンドとバックストレートの芝生エリアだけのつもりだった。
予選以降、走行会にも客が詰めかけるようになり、観客席は増設を続けてきたが本戦が近づくにつれて王都での人気はうなぎのぼり。
陛下が過剰な反応を抑えようと王国全土におふれを出したが、逆にレースを知らない者たちの興味を煽る結果になってしまった。
商人たちが観戦ツアーまがいの馬車を大量に出したこともあり、想定を大幅に上回る人手ですでに会場はごった返していた。
「ドワーフたちに頼んで、スプーンカーブとヘアピンの臨時席を作ってもらおう」
「でも、社長。本格的なものは無理ですよ」
「わかってる。簡単な整地をした後、少し固めてくれればいい。あっ、動線の確保だけは念入りにな」
詰めかける馬車の列を見れば、観客席の整備は急務。
だが、作ればいいというものでもない。どうしたっていい場所は取り合いになるし、移動距離が長ければ億劫に感じるものが多くなるのも仕方がない。
急遽、アレクとサティに場内放送をお願いすることにした。
観客の誘導と馬車の停車場の案内について、繰り返し告知することにしたのだ。
あとはどうやってこの観衆を落ち着かせるか。
「社長。陛下に頼んでみては?」
「ああ、お願いしてきたよ。交通課以外の文官たちにも連絡と案内をお願いしているからこれで数は足りる。あとは、騎士団の団員でレースに関わらない人たちに警備を担当してもらったから騒ぐ連中もいなくなるだろう」
光治郎も本当は頭ごなしのやり方は好きではないが、自分の利益ばかりを主張する連中に対しては、王国の力を借りるしかない。
決勝レースの開始時間は14時。あと1時間である。
会場周辺の大混乱とは逆で、コース、ピット共に落ち着いている。午前中に最後のテスト走行が行われ、全車のラップタイムが5秒以内に収まっていた。
「これでどうにかレースにはなるな」
「ええ、ドライバーの力量が開いていると思わぬ事故がありますからね」
マーシャルが忙しそうにコースの最終チェックをしている。
今日は風が強い。吹きっさらしのところにいる係員は大変である。
「風の影響はありますかね」
「少なくはないだろう。だが、問題は強さだけじゃない」
光治郎が指差した先には西の山があった。
笠雲がかかっている。地元の連中は「これはひと雨くるで」と言っていた。通り雨ならいいのだが、本格的に降るとなると事故が心配だ。
練習走行で雨を経験したものはそれほど多くはない。
いよいよ、スタート間近。
グリッドにはマシンが並び、全車にメカニックが群がっている。女の子がドライバーに傘をさしているが風に煽られて大変そうだ。
「神様はあんなところまで、夢で見せたんですね」
「用意周到というか」
最終アナウンスが入り、メカニックたちが引き上げていく。
「Drivers, Start your Engines」
今では使われなくなったこのフレーズも取り入れたのだ。
轟音が響き渡り、五つの赤灯が点灯していく。
全部のライトが灯り、それが一斉に消えた。
スタートした。
フライングギリギリで飛び出したのは、正聖騎士団のMP4/4。
ポールの翼竜騎士団のマシンが負けじとアクセルを蒸す。そのままもつれるように第一コーナーまで並走。
そこで両車はコントロールを失う。
実況のアレクが絶叫している。
「ダブルスピンだぁぁぁ。コースアウトでナイツ・ユニオン・レーシングの2台がいきなり最後尾に。サティさん、今のはどう見ますか」
「意地の張り合いでしたにゃ。この出遅れは大きいですが、車体にダメージはありません。レースはこれからです」
この混乱に乗じ、トップに立ったのはフェリスティンのRB19。
二番手には、エミリアのP34。
神様のGoPがあるとはいえRB19の実力はピカイチである。
それを追うP34は上位の混乱に乗じてのジャンプアップ。消防団団長のエミリアだけに混乱には強いか。
「3位、4位が意外なのですが」
「タイヤに熱を入れた2台が上位に来ました。バルレイズ男爵のR25はタイヤウォーマーの威力。そして、特筆すべきはマゼンタのロータス79ですにゃ。錬金術師の魔法技術によるタイヤの暖気は正直ルール違反ギリギリです」
今回、入場の際に観客が入り口で小冊子をもらっている。
実況の説明を受けて、観客が慌ててそれをめくっている。
この特殊なF1は決まり事も独特なのだ。不公平感を抱かないように、その辺については小冊子にも記載されているのだ。
ルールではあくまで『その車の時代にタイヤに熱を入れる機器が禁止されていたら使用不可』というもの。
各チームで有利不利が出ることになるが、それはGoPで調節すると記載されている。
神様の采配に文句を言うものはいない。
錬金術師チームは「機器の使用禁止」という一文を逆手に取り、魔法師が直接暖気の魔法を使うことでルールをクリアしたのだ。
3周経過時点での順位は以下の通り。
| 順位 | Pos| チーム / ドライバー | マシン | タイム差 |
|---|---|---|---|---|
| *1 | ↑3 | グレース・レーシング/フェリスティン (フェルスタッペン) | RB19 |Leader |
| *2 | ↑1| レスキュー・レーシング/エミリア (シェクター) | P34 | +1.2s |
| *3 | ↑3| マグス・ミラージュ/マゼンタ (アンドレッティ) | ロータス79 | +2.8s |
| *4 | ↑4| バーミルズ・ブルー/バルレイズ男爵 (アロンソ) | R25 | +4.5s |
| *5 | ±0 | チーム・アルトト/ロンダーク村長 (マンセル) | FW14B | +5.2s |
| *6 | ↑1| アイアン・スピリッツ/ドワーフ長 (シューマッハ) | B194 | +7.0s |
| *7 | ↑2 | クレモテス・スピード/ゾンバ (ハント) | M23 | +8.5s |
| *8 | ↑2 | ノブレス・オラージュ/パットリア伯爵 (ラウダ) | 312T2 | +11.0s |
| *9 | ↓7 | ナイツ・ユニオン・レーシング/正聖騎士団長 (プロスト) | MP4/4 | +13.6s |
| 10 | ↓9 | ナイツ・ユニオン・レーシング/翼竜騎士団長 (セナ) | MP4/4 | +14.3s |
いきなりのスピンに肝を冷やした光治郎であったが、とにもかくにも全車が走行を続けているのを見てホッとしていた。
「社長、村長が意外に大人しいですな」
「このままで済むとは思わないけどな」
レースはまだ始まったばかり。
予選で最も多くの時間を費やした村長が5位に甘んじているのが不気味である。ドワーフ長のB194も虎視眈々と上位を伺っている。スピンした2台も取り返すチャンスはまだまだあるだろう。
他のマシンに乗るドライバーだって同じだ。ピットで戦略を立てているものもいる。
「ああ、パレッタ」
「始まったわね。パットリア伯爵も参加できてよかったわ」
「タイムは今ひとつだけどな」
あれだけの事故があったのだ。
万全と言えないのは仕方がないところである。
「いい展開じゃないか。まあ、どこが勝ってもいいけど取り返しのつかない事故だけは起こってくれるなよ」
「本当にね」
想定外の大観衆。
強い風と迫る雲、雨の予感。
オープニングラップでポールの二台がスピン。
不穏なことはいつだって起きる。
この二人にとってレース展開は二の次である。一番の願いは全員無事に済んでくれ、という想いなのだ。




