神様の本音と走行会での事故
予選が終了したその日の夜。
管制塔の奥の部屋に鍵がかかっている。
ここは光治郎しか入れない部屋。神棚があり、そこにはお供えした”要望書”があった。
静かに手を合わせる光治郎。
部屋の空気が変わり、静かな光を纏い神が降臨した。
「久しぶりだな。三峰光治郎」
「ええ、サーキット造成の時以来ですね」
神棚や車のダッシュボードに置かれた手紙や要望書を通して毎日のようにやり取りはしているが、実際に神様と話すのはこれで三度目である。
「聞きたいことがあるのですが」
「わかっておる。サーキットの設備のことであろう?」
「ええ、それもですが今回のF1についてもです」
光治郎が聞きたいのは、最初の約束からここまで譲歩してくれているのはなぜか、ということ。
最初の約束では電気やガスが使えるのはガレージのみとなっていたはずだ。ところがスーズケインでF1が開かれることになって以来、電光掲示板は用意されているし、メインスタンドの目の前には大きなLEDディスプレイまであるのだ。カメラとマイクを通してコースのどこからでも画像を映し出すことができるし、サティとアレクが実況をできることになったのも地球の技術あってのことなのである。
今までも神様には随分よくしてもらっているが、今回のは破格すぎる。
「それはワシのせいでもあるし、光治郎のせい……というかおかげでもある」
「どういうことなのでしょう」
訝しげに尋ねる光治郎に対し、神様は当初の目論見と思惑、それがどのようにずれてしまったかを語った。
最初に光治郎に出した条件は村を救うことだった。
だが、光治郎はパレッタとサティを救い、火事を消し止めるため消防車をレストアした。王国の悲願である海への道を開拓し、南部バーミルズ高原の豊富な作物は、今では王国全土で食べることができる。
「まずかったですか」
「いや、感謝しておる。特に自動車の普及に気を遣い、馬車のためにもなる休憩所の設置は素晴らしいものじゃった。だが、それゆえ今のお前を罰することができるものがいなくなってしまったのだ」
「…………」
何が言いたいのかよくわからない。
光治郎は罰せられることがないように頑張ってきたのだ。それができないことの何がまずいのだろうか。
「わからんか。実はお前を恨んでいるものは意外に多い。馬車を既得権益としていたものが大半だが、貴族の中には交通ルールこそがこの王国を腐らせる原因と考えているものまでおる」
「ですが、あれがなければ」
「わかっておる。平民の権利が踏み躙られていいわけがない。それは道理だ。だが、世の中が道理だけで動くものではないことは知っておるだろう?」
もちろん光治郎にはわかっている。だが、神様が、これ以上自分に何を求めているのかがわからない。
交通ルールが貴族平民関係なく平等なのは当たり前であり、そこを曲げて法案を作ることはできない。自動車の普及にしても、わざわざ農民向けの荷運び専用車に限定して普及させたのも、馬車中心社会を圧迫しないための方策なのだった。
だとすると今回のF1開催は解せない。
今や王国中が熱狂し、明らかに自動車を求める声が大きくなっているのだ。社会のバランスはかなり自動車に傾いている。
「そうしなければ、馬車擁護派が暴発しかねなかったのでな」
「俺が襲われてた、ってことですか」
「違う。彼らは農村を叩くつもりだったのだ。お前が安価で与えた2CVやタイプ2バンを持つ者たちをな」
「そんな」
逆恨みもいいところである。
光治郎にはパレッタもいるし、元開拓民の村人たちも味方だ。彼らの力があれば貴族の私設騎士団程度なら対抗できるのだ。だが、売った先の農村はいずれも貧しいところだ。
喧嘩慣れした男が十人もいれば、装備がなくとも制圧は容易いだろう。
だが、それがF1とどういう関係がある。
これだけの人気があれば、彼らはさらに激昂するのではなかろうか。
誰に対し?
農民か。いや、今や町民たちも同じ車を利用し始めている。
その数はF1開催が決まってから、どんどん増えていて――
「あっ!」
「わかったようじゃな。出る杭は打たれる。だが周りが杭だらけになれば、それも不可能なのじゃ」
神様の意図をようやく光治郎は悟った。
自動車の利用者が加速度的に増え、農民町民関係なく同じ車が普及した社会が誕生すれば彼らの矛先をどう決めればいいかがわからなくなるのだ。
アルトト村と関係の深い村や町を中心に襲うことは考えられるが、そういうところは最近、翼竜騎士団と懇意にしているところが多く、おいそれとは手が出せないのだ。
「でも、今の熱気は異常です。F1が成功すれば自動車を求める者は激増するでしょう。俺はそれに応えないわけにはいかない」
「そうじゃろうな。だが、どうする」
「責任は取ります。最悪、自動車を全部撤廃して、完全に馬車のみの社会に戻してもいい」
「そう思い詰めるな。ワシもこうなった責任をお主に押し付けるつもりはない。だが、ある程度覚悟をしておいてくれ」
「わかっています」
「ああ、今はレースのことに注力するが良い」
部屋が霧に包まれた。それが晴れた時、神様はすでに立ち去っていた。
空気は元に戻り、いつの間にか部屋の鍵は開いていた。
翌日から走行会が再開された。
朝から全チームがピットにマシンを並べ、所狭しと陣取っている。
気合いが入ってるのは、成績の悪かったドワーフ長(B194)、バルレイズ男爵(R25)、ゾンバ(M23)、パットリア伯爵(312T2)の面々である。
彼らは上位6位から5秒以上離され、自分たちの「サーキットで走る必要などない」という主張が如何に間違っていたかを身にしみて感じていた。
だが、同時にあの予選があった1日の間にどれだけタイムが伸びたかも実感していたのだ。
“練習すれば取り返せる”
彼らの頭にあるのはそれだけだ。
朝一番にコースに出て、夕方終了のアナウンスまで、何十周、何百周と走り続けた。
「せいが出るねぇ」
「全くですにゃ。でも、だんだん下位のチームの走りも変わってきてます」
寝坊をした光治郎の代わりに、コースを視察しているのは浩史だ。アレクは前日の予選の実況で声を枯らして宿に寝ているが、サティは各チームのチェックに余念がない。
午後には光治郎とパレッタもやってきた。
「悪りぃな、浩史。代わりをさせて」
「構いませんよ」
「サンドイッチ持ってきたの。ヒロフミとサティも食べない?」
「いただきます」
「私もにゃ」
観客席はまばら。
それでも予選の前とは違い、何軒かの出店は充分やっていけるだけの客がいるそうだ。
「社長。ちょっと気になることがあるんですが」
「ん? なんだ」
「どうも、ライバル関係がヒートアップしすぎではないか、と」
「ああ、騎士団のところか」
「いえ、そこだけじゃなくて。ゾンバとパットリア伯爵とか」
「どういう組み合わせ……って、あっ! そうか」
「そういうことです」
今回乗るドライバーには、オリジナルを運転していたドライバーの魂の一部が宿っている。
当然、ライバル関係も維持されるのである。本当なら農民と伯爵の間に確執などあるはずもないが、ここではスピードとタイムだけがものを言う世界。
伯爵も貴族の権威で威圧したりはしない。彼の頭にあるのは、”勝つならドライビングの腕で” なのである。
「何もないといいわね」
「大丈夫だろ。パレッタがインストールしてくれたMaloがあるし、さ」
「そうなんだけど……」
来る日も来る日も走行会は行われた。
全てのマシンのタイムが向上していたが、マシン性能がGoPで均質化している以上、下位のチームが追いついてくるという図式になるのは当然である。
事件は、本戦まであと5日と迫った時に発生した。
赤旗が上がる。
場所はデグナー。
全ての走行が中止され、救急隊が駆けつける。
管制塔の一室で会議中だった光治郎は、すぐに現場に急行した。
報告によれば、雨の中、パットリア伯爵を追っていたゾンバは、デグナーの手前でコントロールを失ったらしい。
フロントが逃げコースアウト。マシンは雨のせいで想定より速いスピードでバリアに激突したらしい。
雨の中、救助隊と共にドライバーの安否を確認しに行っていたアレクが戻ってきた。
「コージロー、事故だ」
「誰がやった。ドライバーは無事か?」
「ゾンバです。Maloのおかけで助かりましたが、胸をハンドルに強打しており重症です」
映像が大型ビジョンに映し出される。
明らかにレイトブレーキが原因だ。コースのせいではなかったとわかってホッとするスタッフ。
光治郎はそれを「顔に出すな」と戒めている。
パレッタの顔が真っ青になっていた。
「お前のせいじゃないよ。Maloのせいで助かったと救助した連中も言ってたし」
「でも……」
「大丈夫だ。王都の魔法師が詰めている。本戦には絶対間に合わせると言ってるし」
「改修が必要よ」
「ああ、でも五日間しかない。無理はするな」
「ううん。絶対なんとかする。それで……光治郎にお願いがあるの」
パレッタが希望したのは、なるべく新しい乗用車を一台見せてくれ、というものだった。
光治郎は早速神様にお願いし、最新のカローラを一台、レストア用に用意してもらう。
「これ、直さなくてもいいわ。中を見てもいい?」
「いいけど」
パレッタは運転席側のドアを開け、ハンドルをガンガンと叩き始めた。
「壊れちゃうよ」
「これ、ボン、って膨らむんでしょ? それがみたいの」
見たかったのは、エアバックとようだ。
光治郎はこちゃこちゃとハンドル周りを弄り「あんまりお試しでやっていいもんじゃないんだけどな」と言った。
マネキンを運転席に座らせ、ロックを外す。
ボン
エアバッグが作動し、マネキンは座席と空気バックに挟み込まれた。
「これでいいのか」
「うん、充分よ。これが見たかったの。あとはせっかく作るんだから、前だけじゃなく全身を守りたいわよね」
「パレッタ?」
その後、光治郎が声をかけても彼女はその場から動かなかった。
その2日後――
「できたわ。これを全車にインストールし直したいんだけど」
「わかった」
光治郎は午前の走行会終了後、Maloの一斉バージョンアップを敢行。
午後の走行会は1時間遅れとなり、文句を言うドライバーもいたがなんとか終了。
立ち合いは浩史である。
「ゾンバの様子はどうなの」
「ああ、なんとか間に合うそうだ。ただ、最後の五日間は練習できないからぶっつけ本番はやむを得ないがな」
「申し訳ないことをしたわ」
そこに本戦の打ち合わせをしていた光治郎がやってきた。
「どうした」
「パレッタが落ち込んでて」
「なんでだよ。インストールに失敗したとか?」
「ううん。それは大丈夫。だけど練習できなくなったゾンバに悪いことをしたな、って」
「それは、神様のせいだから」
「なんで?」
パレッタはわけがわからなかった。
今回の事故の原因は過度なライバル関係の発露にあったと考えられる。
受け継いだ魂の一部が、彼らを苛烈な戦いに導いたとなれば、仕掛け人は神様その人に違いない。
“だってハントとラウダだもの”
光治郎と浩史がニヤリと笑う。
これで準備は整ったと言っていいだろう。
本線でもいくつものライバル関係が火花を散らすことになる。
それを光治郎は止めようとは思わない。
本戦前日15時、ゾンバの快癒が報告された。
治療時間は4日と2時間。
「奇跡の復活ふたたび、ってわけか」
「いいんじゃないですか。明日が楽しみです」
全ての準備が整い、明日、異世界初のF1レースが開催される。
今回のお話はF1の歴史の中で特に有名な事件を元にしています。
ちょっと長いですが、それについて記載しておきます。
1976年8月1日、ニュルブルクリンク北コース(約23km)、雨が降ったり止んだりの非常に難しいコンディションでした。
ハントとチャンピオンを競っていたラウダは、乾き始めていたコースを見て「このままじゃレインタイヤでは遅い」と考え、1周終了後にピットインしてスリックタイヤへ交換しました。
事故はベルクヴェルク(Bergwerk)コーナー付近、高速左コーナーで起きました。
フェラーリ312T2はコントロールを失い、ガードレールに激突、跳ね返ってコース中央へ、そして炎上。
さらに後続車が避けきれず、数台が巻き込まれます。事故そのものはラウダの単独クラッシュでしたが、結果的には多重事故となったのです。
ここからが伝説なのですが、当時はマーシャルの数も少なく、最初に助けたのは
他のドライバーたちでした。
彼らは炎の中へ飛び込み、ラウダをコクピットから引きずり出しました。
ラウダは医師から「助からない」とまで言われ、神父まで呼ばれるほど、絶望的な容体だったのです。
なんとか、その後回復が伝えられましたが、その年の優勝争いはそこで決着したと誰もが思いました。
しかし、42日後、イタリアGPでラウダは奇跡の復帰を遂げます。
結局その年のタイトル争いは、最終戦・富士スピードウェイまで続き、雨の富士でラウダは「命の方が大事だ」としてリタイア。
ハントが3位に入り、わずか1ポイント差で世界王者になりました。
今回のゾンバとパットリア伯爵のライバル関係は、魂の一部を引き継いだ2人の戦いであるという一種のオマージュとして作りました。
どうだったでしょうか。




