予選
数日前から続々と大型トラックがやってきた。
日野・レンジャー、いすゞ・フォワード、三菱ふそう・ザ・グレード。
搭載しているのはいずれもF1マシン。いわゆるトランポというやつだ。
特徴的なのは各チームが、車体の側面に大胆なペインティングを施していることだ。
王宮チームであるグレース・レーシングには、光り輝く王家の紋章が。
ドワーフチームのアイアン・スピリッツは、彼らの象徴である大きな槌と炉の炎が。
まあ、チームアルトトの野菜と家畜のグラフィックには苦笑するしかないが……。
「でも、社長。あの絵上手いですよね。誰が描いたんでしょう」
「うん、まあそれもそうなんでけどさ。もっと気になるのは、その隣にかいてあるコピーだよ」
”おいしい野菜はアルトトで”
これでF1マシンを運んできたと思うとため息が出る光治郎だった。
北部とはいえ、それほど時間がかかるはずのないクレモテス・スピード が、前日ギリギリの到着となったが、なんとか予選当日の朝、全チームが揃ったのを見て、光治郎たちはホッとしていた。
もっとも何もなかったわけではない。
到着早々、ゾンバがオフィシャルに「こんなに違うならなんではっきり言わない」に食ってかかる一幕があった。ロンダーク村長のFW14Bが鬼神のような走りを見たことで、サーキットでの練習がいかに大事かがわかったのだろうが、自分勝手もいいところだと光治郎は思う。
予選当日、本物のピットと戸惑うチームも多い中、真っ先に飛び出したのはやはりロンダーク村長だった。続いて、騎士団チームの二台、消防署チームのエミリアが続く。
その後にようやく、各チームがコースに車を走らせ始めたが、早くも第一コーナーでオーバーラン。バックストレートでブレーキを踏むタイミングが分からず失速するなど不慣れによるヒヤリハット案件が続出。
一番まずいのは、走行経験済みの組とそれ以外の差がありすぎて追突の危険があること。だが、ほとんどは勢いに押されて道を譲ってしまうようで、上位陣がタイムアタックを行う上では問題が少なかったと言える。
そんな中、スーズケインサーキットに実況の声が響いた。
今回、この役を買って出たのはアレクである。
「おおっと。すごいタイムが出たぁぁ!」
「さすがの走りですにゃ。連日のプラクティスの賜物です」
チーム・アルトト/ロンダーク村長 | FW14B | 1:27.412
なんと、鈴鹿のレコードタイムまで、あと0.6秒である。
しかも隣の解説役はサティ。何を隠そう今王国で彼女ほど、F1に詳しいものはいない。
最初はピートの助手席に座っていただけで車のことなど何も知らなかったのに、パレッタについて光治郎のガレージに入り浸っているうちに興味を持つようになり、神様のみた夢で完全に火が付いてからは、事務所の資料を読みまくったのである。
「今後の展開はどうなりますか。解説のサティさん」
「各チームの目の色が変わりましたですにゃ。これからはこのタイムが基準になるのは間違いありませんにゃ」
メインスタンドからどよめきが起こっていた。
今日は陛下も配下を大勢引き連れての観戦である。取り巻きの貴族も詰めかけていて、さっそく売店の食べ物などを頬張っている。
「こんなもの何がいいんでしょうな」
「そうそう。うるさいし、貧相な食事しかないし……。おっ、意外にロータス速いな」
「えっ、今なんとと」
「ああ、なんでもありません。おおっ、このソースはいける。美味いじゃないですか。いや、田舎にしてはですが」
文句を言いながらも、食事に満足。
視線もコースに釘付けである。
ところが、この様子を見ていた光治郎の顔色は冴えなかった。
「どうしたんです。社長」
「速すぎる」
「ええ、村長は随分練習してましたから」
「いや、そうだとしても、だ」
「……もしかしてGoPですか」
「たぶんな」
浩史も気付いたようだ。
いくらロンダーク村長がマンセルの魂の一部を引き継いでいると言っても、二ヶ月で鈴鹿のコースレコード近くまでタイムを伸ばしているのはおかしい。
マシン性能は、レッドブルRB19を基準として、神様により引き上げられている。
光治郎が言っているのは、その設定が甘すぎたのではないか、ということなのである。
その後の各チームの対応は、慌ててマシンを走らせるもの。
ピットに戻り、方針の見直しを図るものなどさまざまであった。
そんな中、ロンダーク村長が今日の予選を切り上げると言い出したのだ。
「どうしたんですか」
「ああ、コージローか。どうじゃ。なかなかのタイムじゃろう」
「確かにそうですが、午後も走ればもっと縮められるんじゃ……」
そういう光治郎に、村長は指を左右に振って違うと答える。
「もし、このままワシが午後も全力走行すれば、コースレコードも更新可能かも知れん。だがな、そのまま本戦でポールトゥウィンを決めても一つも面白くないわい」
「そりゃまたどうして」
「抜きつ抜かれつするのがレースだからよ」
うーん、かっけえ。
村長がカッコ良すぎる。
それにしてもそんな理由だったとは。
光治郎はてっきりほかのチームが走行の邪魔になり、やる気を無くしたのではないかとまで疑っていたのだ。
「わかりました。何か不満があってのことでないなら構いません。ですが、このタイム。更新されるかもしれませんよ」
「望むところじゃ」
午前の予選走行が終了。
昼の休憩を挟んで午後もがっつり予選は継続される。
光治郎と浩史はまだ建設中のところが多いバックヤードの様子を見たあと、バックストレートの芝生にやってきた。
メインスタンドには陛下や貴族がいるため、平民たちはここに集まってきていたのだ。
「安いよ安いよ。ビールに特製サンドイッチ」
「一つくれ」
「毎度あり」
これでは、下町の祭りみたいである。
だが、光治郎はニコニコしながら通り過ぎるのみ。とにかく今は興味を持ってもらえればそれでいい。
仮設のトイレとか、まだ工事中で動線が限られていることとか、気を配るべき点は多い。
「悪くないじゃないですか。子供連れもいましたし」
「ああ、あの轟音をどう思うか心配だったんだけど、問題ないみたいだ」
「ええ。……でも、そろそろ戻りませんと」
王宮の文官たちと領民たちがほとんどを取り仕切ってくれているが、曲がりなりにも最高責任者である。
やはり、予選の間は何かあった時のために所定の場所に詰めているべきである。
光治郎と浩史はドワーフたちに一声かけて、工事中のエリアを使ってショートカット。
午後の予選が始まるまでに管制塔に戻っていた。
午後の予選は順位が目まぐるしく変わる展開となった。
フェリスティンが最強マシンRB19の本領を発揮し、ロンダーク村長のタイムを更新。追い縋るのはエミリアのP34と騎士団のMP4/4の2台。
「サティさん。どうやら予選タイムは二つのグループに分かれてきたようですね」
「はい。事前の走行会参加のアドバンテージは大きいです。でも、タイムの伸びからすると彼らも侮れませんよ」
ドワーフ長のB194が自己レコードを3秒更新。バルレイズ男爵のR25がそれに続く。残念ながらゾンバのM23と312T2は、下位に甘んじてはいるが、朝から考えるとその走りには雲泥の差があった。
午後五時、予選は終了した。
午前中のロンダーク村長のタイムにどれだけ迫れるかが注目されたが、結果として4台が更新。特に同チーム同士ながら熾烈な争いを演じた騎士団チームがスターティンググリッドの先頭を確保することに。
◆◇◆◇◆ 予選結果 ◆◇◆◇◆
| 順位 | No | チーム / ドライバー | マシン | タイム差 |
|---|---|---|---|---|
| *1 | 06 | ナイツ・ユニオン・レーシング/翼竜騎士団長 | MP4/4 | 1:26.800 |
| *2 | 05 | ナイツ・ユニオン・レーシング/正聖騎士団長 | MP4/4 | +0.019 |
| *3 | 02 | レスキュー・レーシング/エミリア(ジョディ・シェクター) | P34 | +0.184 |
| *4 | 04 | グレース・レーシング/フェリスティン(マックス・フェルスタッペン) | RB19 | +0.326 |
| *5 | 01 | チーム・アルトト/ロンダーク村長 | FW14B | +0.612 |
| *6 | 07 | マグス・ミラージュ/マゼンタ(マリオ・アンドレッティ) | ロータス79 | +0.931 |
| *7 | 09 | アイアン・スピリッツ/ドワーフ長 | B194 | +5.147 |
| *8 | 08 | バーミルズ・ブルー/バルレイズ男爵 | R25 | +5.624 |
| *9 | 03 | クレモテス・スピード/ゾンバ(ジェームス・ハント) | M23 | +6.381 |
| 10 | 10 | ノブレス・オラージュ/パットリア伯爵 | 312T2 | +7.094 |
「解説のサティさん。今日の総括をお願いします」
「はい。まずは午前はロンダーク村長の爆走がカギでしたね。あれで各チームに火がつきました」
「そして、午後はそれを全チームが追いかける展開になりました。しかし、6位までとそれ以下には差があります」
「ええ、やはり今日の予選までにこのコースを走ったどうかがはっきり結果に出ました」
一見、悪いことのように思えるこのタイム差はそれほど悪いことではない。
むしろ、それを各チームに認識させることこそが予選をこの時期に開いた理由でもあった。
光治郎は事前にそのことをサティに話していたのである。
「今後の展開は」
「このレースの特殊性が焦点になりますね」
「というと?」
「コージローから聞いたのですが、普通は予選は本選の前日に行われるのだそうです。ところが、今はまだ三ヶ月前。つまり、全チームに取り返すチャンスがあるということです」
「なるほど」
「今後も各チームに期待ですね」
観客も大いに満足したようで、予選は大成功だった。
翌日から王国では王都を中心にレースの話題で持ちきりとなった。
そして、もう一つ――
「自動車を売ってくれ」
「おらの村が注文したバンがまだ届かないけんども」
「我が伯爵家に相応しい一台をなんとか」
空前の自動車ブームが起こったのである。
人々はアルトトだけでなく、王都で働いている錬金術師の元にも、そして南部のバーミルズ高原に残してきたトラック修繕用のガレージにも押し寄せたのである。
“自動車が必要だ。馬車に乗っていては時代に取り残される”
そんな声があちらこちらから聞こえてくる。
まるで熱病のように誰も彼もが自動車を求めてくるのだ。
予選は思惑通り。
そして沸き起こった自動車ブーム。
だが、それを喜ぶはずの光治郎の顔色は冴えなかった。
「神様、どうにもまずいよ。これは」
ガレージの一番奥にある部屋に篭り、光治郎は鍵をかけた。
要望書にはたった一言 ”直接話がしたい” と書かれていた。




