参加しようよ。走行会
本レース開催日が決定。
同時に全チームにマシンとピット、さらにはトランスポータートラックが支給された。それからきっちり2週間後、スーズケインサーキットのフリー走行会が開始。レースまでの6ヶ月間、コースが開放されるのだ。
走行会までの時間を空けた理由は、南部バーミルズ高原から参戦するバルレイズ男爵が不利にならないための措置である。
ところがいざ始まってみると問題続出。
管制塔やメインスタンド、そのほかバックヤードは本開催までに作ればいいと考えていたが、よく考えればドライバーだけじゃなくメカニックが大挙してくるのだ。
ここは町からも遠く、泊まるところもない。慌ててトランスポーター用の駐車場とチーム滞在用の宿舎の建設を優先することにしたものの、当面はテント暮らしをお願いするしかない有様である。
しかし、そんなことは大したことではなかった。
こないのだ。このサーキットに。
走行開始、一週間。
コース上にいる車は3台のみ。
「どうしてこうなった」
「遠いからなかなか準備ができないんじゃないですか」
「そのために2週間空けただろう」
「……そうなんですけどね。もう少し様子を見ないと」
光治郎がここでF1を開く際に一番気にしていたのは、事故が発生するか否かなのだ。いくら ”過去の名ドライバーの魂を引き継ぐ” とは言っても、それは与えられた時点では知識に偏っている。実際にコースで走ることで彼ら自身の力量に反映されていくのだ。練習もしないで過去の栄光を偉そうに語っているだけでは、理屈をこねて峠を走っている小僧ドライバーと変わりがない。
さらに、まずいのはマシン自体の安全度を上げることができないことだ。
走行会に参加するマシンは光治郎たちがチェックを行い、Maloのインストールを行う予定だった。神様のことだから、彼ら専用のオーバルトラックでの事故についてはケアをしてくれているとは思うが、パレッタが苦心して完成させた安全装置を一刻も早く導入したいである。
「社長。焦っても仕方がないですよ。こっちも安全面じゃあ褒められたもんじゃないですから」
「それはそうなんだけどな」
コース上の安全面についても問題は残っている。
ドワーフたちが頑張ってくれているがFIAキャッチフェンスが間に合っていない。神様には報告済みで、ハイテン鋼ワイヤーネットと支柱を手配してもらっているので、二ヶ月後には万全になるだろう。今はまだ、未だに廃タイヤを山積みにしているところもあり、参加者には本格的走行時は十分に注意してもらうほかはない。
しかし、ドワーフたちは頑張った。
なんと走行会開始から一ヶ月でキャッチフェンスを完成させたのだ。こんなことができたのも参加する車両が少なかったことにある。たった3台しか走っていない以上、昼休みを合同で取ってもらうことが可能。早朝と深夜に予定されていた安全対策を日中に進めることで二ヶ月の予定を大幅に短縮することができたのである。
“これで安全にコースを走ってもらうことができる”
光治郎は安全性が強化されたこと。本番サーキットで練習することがいかに重要かを書き記した手紙を各チームに送った。いつ頃参加するか、まだ参加していない理由を教えてほしいと最後に書き添えて。
そして、その翌週。
走行している車は5台。まだ半分の車が一度もサーキットを走っていない。
光治郎が出した手紙に対してはいくつかのチームから返信があり、参加していない理由が明らかになった。
”オーバルトラックで十分である”
“宿泊施設が整っていない。サーキットに来た場合、戻るのが面倒”
“マシンの戦闘力を増強している。ほかのチームに対する漏洩が心配である”
「どう思うよ。浩史」
「これはあれですね」
「どれよ」
「神様の夢ですよ。どいつもこいつもいっぱしのドライバーや技術者の気になってるんです」
「あー『魂の一部を受け継ぐ』ってやつか」
「そうです。まあ、ここにきて村長の走りでも見れば考えも変わると思うんですけどね」
目の前をチーム・アルトト ロンダーク村長のFW14Bがフルスロットルで駆け抜けていった。
全チーム中、ただ一人の皆勤賞。毎日のようにラップタイムを更新している。ついで、ナイツ・ユニオン・レーシングの2台。ここはタイムとしてはまだまだだが、チーム内での反目が激しく意地の張り合いになっている。
あとは、消防団長エミリアのティレルP34が先週から、3日前に初めて顔を出した王宮チームのフェリスティンのRB19がようやくコースになれ始めた程度だ。
「凄えな村長」
「ええ、時々本当にマンセルが走ってるのか、と思いますもんね」
「うーん、どうすれば参加してくれんだろう。この走りを目の前で見れば気持ちも変わると思うんだけどなぁ」
「無理ですよ。手紙を返信したきた連中は自分こそがNo.1だと思ってますから。いいじゃないですか。今のうちに鉄砲水の対策を進めましょう」
「それがあったんだっけ」
実は先週、工事中に切り崩した崖から鉄砲水が発生していたのだ。
チーム滞在用の宿舎造成予定地は、変更を余儀なくされた。幸いなことに土地は余っているので、場所を変更することは可能なのだが、問題は工期の遅れとこの水をどうするか、である。
「宿舎の建設は遅れますよ」
「仕方ないだろう。今、来ている連中だけならどうにでもなる。代替地を探してくれないか」
「わかりました」
こんなことができるのも走行会に参加しているチームが少ないからこそである。
そこに領地内手伝いに来ていた農夫たちがやってきた。光治郎は痩せた土地で思うように収穫ができず、実入りが少ない彼らを雇い、給金を出すことでほかの土地への流出を防ごうと考えていたのだ。
今は、ドワーフの傘下で、建設中の建物の工事を手伝っているものの慣れないせいか、あまり成果が上がっていない。
「コージロー様。おらたち、あまり仕事もできてないですが……」
「それは気にしなくていいと言っただろう? 何か言いたいことがあるのか」
「実は、お願いがあるだ。おらたちの村にあの水さ、分けてはもらえないかの」
「あの鉄砲水をか?」
「はい」
領内の土地が痩せている原因の一つが干ばつなのだ。確かにこの水に使って用水路をつくれば問題は解決する。
彼らも農民なら、畑の周りに堀ぐらいは作ったことがあるだろう。
「わかった。それじゃあ、簡易的なダムを作って、灌漑用水路を整備してくれ」
「宿舎はどうするべ」
「ああ、後で構わないさ。見てみろ。4チーム5台しか走ってないんだ。今のうちなら大丈夫だ」
こわばっていた農民たちの顔が、ほころんでいく。
領地の農業に期待していなかった光治郎であるが、彼らの生活がかかっているとなると放ってはおけない。光治郎は経営者なのだ。監修は実家が農家だった浩史がやってくれるらしい。
重機の扱いはドワーフがいるので問題なし。
あとは走行会がどうなるか、だが………
結局、始まって2ヶ月間。それ以上、コースを走る車は増えなかった。
光治郎はついに業を煮やし、大胆な計画を実行することに。
「えーい。こうなったら本番環境で走ることがどれだけ重要か、身をもって知ってもらうしかない」
「どうするんです」
「一ヶ月後、予選を行う」
「ええっ、本番の三ヶ月前に予選なんて聞いたことがありませんよ」
「俺もだ。でも、予選なら来るしかないだろう? そこで実力差がわかればここで走らざるを得ない」
光治郎は陛下に相談し、了承を得た。
決定した予選の日取りは、自由走行会開始から三ヶ月後。
ここで決まった順位で本戦の出走順が決まる。
本当のF1と違うのは午前中3時間、午後4時間とべらぼうにタイムアタックできる時間が長いことである。
「それって、初めてきた連中にも少しは練習させてやろう、って腹ですよね」
「そういうことだ。奴ら焦るだろうな。シメシメ」
「社長、悪い顔になってますよ」
少しはいいタイムを出させてやろうという親心半分、口を酸っぱくして言ったのにコースに一度も来なかった連中に思い知らせてやりたい気持ち半分である。
こうして、前代未聞の予選会が全チームに告知されたのである。




