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領地視察

 王都から少し離れたところにある農村は最近元気がない。


「そろそろ、この土地もおしまいだなぁ」

「んだなや。北からも南からもじょうさん野菜や果物が入ってくるからの。こげな痩せた土地の萎びた野菜さ誰も見向きもしないだよ」

「おまけに最近は東の海から魚まで入ってくるだで。豚や牛さ出荷しても値が下がって商売になんねぇ」


 ここいら辺では、そんな会話があちこちで聞こえてくる。


 最近は車の普及により遠くから食料が届くようになり、食糧事情は大きく改善された。もはや供給過多になっているのだ。それまでは王国中央部の食糧供給源として重要な役割を担っていたのだが、豊かな土地で育った大規模農法に適うはずもない。品質も良くなく、目新しい作物もないとすれば、苦境に陥るのも当然である。



 そんな寂れた農村の広がる道をランドクルーザーが走っていた。

 陛下から貰った土地を見に行く。要するに自分の領地視察の一環なのだ。この先の丘陵地帯に異世界初の高速サーキットを作るつもりなのである。

 北のアルトト村から離れるつもりはないから、自分の領地は飛び地として存在することになる。しかし、ちゃんと収めるつもりはなく、管理のために人を雇って作ったサーキットの施設維持のために働いてもらうつもりだ。

 つまり光治郎は農民からの税収入には全く期待していない。王国から得られる交通規則関連の収入だけで、毎年使い切れないほど金が溜まっていくのである。ここが丸々赤字でも税金などポケットマネーから払えばよいとまで考えている。


「寂れたところだなあ。温泉でもあればいいんだがな」

「観光にきているわけじゃないですよ」


 目的地までの途中の景色などどうでも良かった。

 完全に物見遊山のつもりできたわけだし、相変わらずここが自分の領土だと言われてもピンとこない。


 だが、いけどもいけども廃村や荒んだ風景が続けば事情が変わってくる。

 あまりに連続する寂れた風景がだんだん気になってきた。


「浩史。ここそんなに王都から離れているわけじゃないよな」

「ええ、以前はこの地方の農家が王都一帯の台所を支えていたと聞いてます」

「なんか、悪いことしちゃったかなあ」


 こうなった理由の一端は自分にあると思う。

 光治郎にも罪悪感はあるのだ。


「そうですねぇ。私たちの責任とまではいかなくても、影響はあると思います」


 一旦車を降り荒れた畑に足を踏み入れてみる。

 土のことはよくわからないが、付近にある小屋はまだ使えそうだ。つまり、この村がなくなって長い年月が経っているわけではない。


「ちゃんと耕せばまだ使えそうな畑に見えるけどな」

「いえ、かなり無理をしてきたようですね。完全に土が死んでます。こんなんじゃ何も育ちません」

「浩史、わかるのか?」

「ええ、実家は農家なんで」


 浩史にはこの村を取り巻く状況が手に取るようにわかった。


 以前は、とにかく作って王都や近隣の町に持っていけば売れたのだろう。より多くの金が欲しければ、もっと利率の高い作物に植え替える。そうやって、畑の疲弊も考えずに続けていけば、土壌がどんどん痛んでいく。しかし、そんな場合でも少し我慢すれば土地は再生した。十分とは言えなくてもそれなりの作物を植えればまた稼ぐこともできたはずだ。


 そこに車というとんでもないものが現れたのだ。

 野菜や果物が遠くから運ばれてくるようになった。北部一帯の村ではたくさんのトラックやバンが普及しており、天候の良し悪しにかかわらず新鮮な農作物が届けられた。遠い南部のバーミルズ高原からは巨大なトラックでそれまでになかった芋類などが安価で普及するようになると、味も大したことがなく目新しさもないこの近隣で取れる高い野菜など見向きもされなくなったのである。


「とどめは海産物でしたねぇ」

「それかあ。多くの人が喜んでくれると思ったんだけどなぁ」


 王国は東の海を手に入れた。

 貴族や商人が資本を投じ、船がたくさん沖合に出るようになると港からフォレストラインを通じて新鮮な魚が届けられるようになった。王都の人々は皆この新しい味と栄養に飛びついた。

 中には、不利を悟って土を入れ替えたり、負担の少ないもの、特色のある作物に植え替えたりして努力した農村もあった。しかし、この圧倒的な供給量と需要の低下には耐え切れなかったところがほとんどである。

 彼らにとって海の幸は収入源を断ち切る悪魔であったと言っていい。


「なんとかならんかなあ」

「この辺はまだ領地ではないんですよねぇ」

「いや、この辺も一部含まれているはずだ。さっき渡った川からこの先の山に近いところまで」

「それじゃあ、建て直しも考えないといけませんね」


 幸いにも村を逃げ出した人たちも別の少しはマシな村に移り住んだだけのはずだ。

 彼らに返ってきて貰えば、この風景も変わる。



「大丈夫だ。金はある」


 光治郎はムンと胸を張ったが、浩史は怪訝な顔でそれを見ている。


「……社長。貴族だからって成金趣味にならないで下さいよ」

「そうじゃねぇよ。とにかくこの辺の村に人を集めないとどうしようもないだろ」

「確かに。でも、流石にこのままでは」

「……まあ、そうだけどよ」


 サーキットの管理をして貰えば、給料を払うことができる。彼らの懐に金が入れば、ここに居てもらう理由ができるわけだ。しかし、農民たちにとってここは故郷であることも確か。荒れ果てたままでは彼らも辛かろうとは思う。

 浩史の指摘は光治郎にとって耳の痛い話なのであった。



 数日後、ドワーフたちがやってきた。これから約一年かけてサーキットを作ることになるのだ。


 とりあえず丘陵地帯で寝泊まりする小屋をいくつか建ててもらう。

 近隣の農民たちにかなりいい金を払って、ドワーフたちの世話をしてもらうことにした。食料は王都から運び入れてはいるが、彼らが売りたいと思っているものがあれば、相場にいくらか色をつけて買い取ってやった。

 さらに、農民たちには少なくともこの工事が一年続くので、それまで賃金を払い続けることを約束し、さらに希望すれば三年後まで仕事を与えることを約束した。


 光治郎の頭の中にはすでに造成するサーキットの青写真がある。

 それを大きな模造紙に何枚も描いて行き、浩史やパレッタ、村長やアレクやエミリア。とにかく周りにいる全員に見てもらって、詳細を詰めていく。当然、ある程度固まったところで、ドワーフたちにも感想を聞いたのだが――


「意味がわからねぇ」

「えっ!」

「こんな曲がりくねった道がどうして必要なんです」

「そりゃ、レースだからな」

「おまけに道の外側をこんなに刈り込んで、どうして壊れやすい素材を山ほど積むんですかい?」

「そこは緩衝帯だよ。高速で突っ込んだ時のためさ」

「…………」


 朝から始めた説明と指示の繰り返し。

 気がつけばすでに日は西に傾き、ドワーフたちの額にも疲労が見て取れる。


 質問は何度も繰り返された。

 だが、どんなに詳細な説明も納得してはもらえないようだ。

 確かに彼らが作ったのは、アルトト村のテストコースとフォレストライン、シーラインの高速道路。本格的なサーキットとはスピードのレンジが違う。

 そして、決定的に彼らの反感を買ったのは、アスファルトと砂利についてである。


「我慢ならねぇのは、この道路の素材でさぁ。あっしらをバカにしてるんですか」

「違うよ。これは必要でやっていることだ。サーキットを走る時はスリックタイヤという特別なものが必要になるからな」

「スリック? それが何かはわかりやせんが、こんなガサガサの路面で走らせたらあっという間にタイヤがダメになるじゃありませんか」

「それでいいんだよ。そうじゃないとここでは走れない」

「わかるように説明してもらえませんかね」


 時速300kmに達するサーキットで行われるレースの世界など彼らの想像の外側にあるものである。溝のないスリックタイヤが必要なこと。そのタイヤが、やすりのような路面の上で消しゴムを転がすように弾け飛ぶことで得られるスピードの秘密。

 光治郎とて、町の自動車修理屋だ。本格的レースの現場で何をすべきかについて全部知っているわけではない。説明不足は疑心暗鬼を呼ぶ。


「あれっ、社長。まだブリーフィング中ですか」

「どうした。浩史」

「農民たちが空いた時間で畑を耕させて欲しいといってるんですが」

「やらせてやればいいじゃないか」

「いえ、あの土地では無理ですよ。まず土壌改良が必要です。肥料を何とかしなくちゃいけないんですが」


 そんなことを言われても光治郎にはまるでわからない。

 かといって、お前の方が詳しいだろ、と浩史に丸投げするわけにもいかない。


「ちょっと待ってくれるか」

「コージロー。俺たちドワーフとの話はまだ終わってねーぞ。明日からブルドーザを入れるんだ。説明をきっちりしてもらわねーと始まらねーんだよ」

「……社長。私の方は後にしましょうか」

「わかった。二人とも。少しでいい。時間をくれるか」


 ようやく始まったサーキット造成は第一歩目でつまづいてしまった。

 一時間後に答えると返事をしたものの、光治郎は一人で外に出て丘陵地帯を眺めていた。そこに一人の人物が近づいてくる。一度も会ったことがないその男に不思議と見覚えがあった。


 確かに人の姿をしてはいるもののその周りには隠し切れないオーラが漂っている。

 朧げな記憶の底からその見覚えのある物腰が浮かび上がってきた。


「か、神様!?」

「シッ、大きな声を出すでない」


 この転生する前に天界で一度会い、異世界に降り立ってからは顕現したことはなかった。

 神棚にお供えする要望書という形での手紙のやり取りのみ。


 それが何故――


「うまくいっておらんようだな」

「ええ、彼らにレースがどういうものであるかを伝えることができなくて」


 確かにガレージにはパソコンがある。

 その画面に過去のレースのシーンを映すことができればドワーフたちに伝えることはできるかも知れない。


 しかし、この世界の魔法を中心とした技術で画像や動画を実現するならともかく、車以外に地球の先に進みすぎた技術を使うことを神は禁じていたのだ。


「光治郎。このサーキットに賭ける意気込みが並々ならぬものであることはわかる。それはなぜだ」

「私のガレージが『三峰モータース』なんて名前なのはなぜか、って話ですよ」

「お前の祖父のことか」

「……そうです」


 ガレージの創業は50年も前のことだ。先祖は付近の山を持っていたが、すでに利用してはおらず、曽祖父はそれを持て余していたらしい。それを売り、自動車の修理を始めたのが光治郎の祖父である。彼は単なる地方の整備屋をやるつもりはさらさらなく、日常の自動車修理の合間に、プライベーターとしてチームを主宰してレースをしていたのだ。

 最盛期は日本の二番目のカテゴリにも参戦したと言われるが、地方のガレージにその資金を継続して注ぎ込む力はなく、やがて三峰は借金に追われることになる。それを立て直したのが光治郎の父であり、レースをすっぱりとやめて地道な自動車修理屋として細々と食い繋いできたのであった。


「お主は祖父のためにレースをもう一度やりたい、と」

「そうですね……。でも、そうじゃない部分もある。この異世界の連中に車の全部を教えてやりたいんです。最初は村を助けるためのトラックだった。パレッタの薬を山にとりに行くためにパジェロを直し、火事を消すために消防車まで作った。そして、やっとシーラインを作って、車は何かの道具であるだけじゃなく、単に『走りを楽しむ物』であることをわかってもらったんです」

「その色々な自動車の要素の最後の楽しみがレースであると」

「いけませんか」


 光治郎はしまったと思った。

 目の前の神は何の表情も浮かべていない。自分の言ったことを何の感慨もなく聴いていたとすれば、その答えはノーである公算が高い。


「構わんよ」

「えっ」

「構わん。好きにすれば良い。だが、一つだけお前がどうしてここまでこだわるのかが知りたい。今まではドワーフたちの意見も聞いていたはずだ。合理的な意見だけでなく最適ではない答えもあったが、お前は譲歩していただろう? それが、今回はどうだ。何一つ譲らない。レイアウトやコースのちょっとした路面調整まで、図面に書いたものを忠実に守ることを強要しているじゃないか」

「…………」

「お前には何が見えている」


 光治郎は何も答えず、空を見上げた。

 神様が最後に尋ねた一言にこう答えた。


 鈴鹿だよ、と。


「そうか。お前は日本人だったな……。わかった。ドワーフたちをはじめ、このサーキットに携わるすべての者に見せてやろう。かつて日本で開催された歴代F1のレースを全て繰り返し繰り返し彼らは今晩夢で体験することになる。彼らは知るはずだ。そのレースの先に何があるかを」

「ありがとうございます」


 星が瞬いていた。

 もう夜になっていたんだな、と光治郎が呟いた時、すでに神様の姿はなかった。

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