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叙爵

「い〜や〜だぁ〜〜」

「ダダ捏ねたって仕方ないでしょ。王宮に行きなさいよ」

「いやなもんはイヤ!」

「もう……コージローはもう少し聞き分けのいい人だと思ってたのに」



 床に転がる陛下からの招待状。

 光治郎に対する呼び出しである。


 いつもならもう少し下の位の使者であるはずが、今日は陛下直属の騎士フェルスティンが来ていることを考えても無視できる話ではない。

 送迎用の馬車まで用意してきているのだ。


 だが、当の本人は机にしがみついて動こうとしない。

 それをひっぺがそうとしているパレッタ。


「ヒロフミも手伝ってよ」

「そうは言ってもですね」

「じゃあ、アレク」

「はっ、はい」


 すると光治郎はウーッと唸って「それ以上近づいたらクビだからな」などと脅しているが、パレッタが言うなら靴でも舐めるアレクが聞くわけがない。

 哀れ獣人の怪力に引き剥がされてしまう。


 その後も「馬車なんかイヤだ」とゴネまくり、結局ピートの運転でボルボに乗って王都に行くことになったのである。

 隣にはサティ。二列目には光治郎とフェリスティン、三列目にはアレクとパレッタ。

 さらに、村長のパンダに浩史が同乗することになり、合計八名の大所帯である。


「ったく、なんで欲しくもない褒美をもらうために王宮くんだりまでいかなくちゃなんないんだよ」

「理由は陛下からの書状に書いてあったはずですよ」

「そんなもん知らん」


 本来、フェリスティンほどの騎士であれば光治郎が無礼な口の利き方はできないはずなのだが、そうもいかない理由はその書状に書かれている内容にあった。


 “三峰光治郎殿に対する叙爵の儀を行う。王宮に来られたし”


 たったそれだけが書かれていた。

 今回、叙爵されるのは一人だけであり、そのために王宮で儀式が行われるとなると少なくとも子爵以上であるはずである。すなわち、フェリスティンより光治郎の方が格上ということになるのである。

 もっとも光治郎が相手によって態度を変えることはないので、格下であるかどうかなど考えてもいないのであるが。



「何だよ。馬車で行くんじゃなかったのか」

「コージローが嫌だっていったんでしょ!」

「村にあんな金ピカの馬車置きっぱなしにして、みんな迷惑してるぞ」

「いい加減にしなさい」


 悪態をつく光治郎にパレッタがキレている。

 それなのになぜかフェリスティンには車内がギスギスした雰囲気には思えなかった。


「皆さん、仲がいいですよね」

「えっ!」


 光治郎は「何でだよ」と言うが、ピートとサティはケラケラ笑っているし、浩史はボリポリと頬を掻いている。

 パレッタが「200歳ぐらい老け込んだわよ」と愚痴をこぼしたが、アレクの「200年経ってもパレッタ様はお綺麗です」などという訳のわからない礼讃に車内は微妙な雰囲気になった。

 ともあれ、明日は王都、途中で一泊する予定の小さな町ではそれなりのディナーも用意されているらしい。


 今回、光治郎は賓客として招かれているのである。




 その頃、王宮では光治郎を迎える準備に追われていた。

 いつもの側近と陛下に近しいあるいは取り入ろうとする貴族たちだけでなく、今回は主だった王国内の貴族が勢揃いすることになっているのだ。


 何せ、光治郎に対する褒賞が溜まりに溜まっているのだ。

 王国交通規則の制定とその運用により、車だけでなく馬車の事故に対するいざこざが随分減っていた。平民が泣き寝入りすることもなくなり、横暴な貴族は法の元罰せられるようになった。

 さらに、街道沿いに作られた休憩所は車用のガソリンスタンドだけでなく、馬車用の水場も完備されており、その設置間隔の絶妙さにより馬に無理な負担を与えることがなくなった。

 当然、車の普及は北部を中心に流通の革命を起こしつつあり、また南部のバーミルズ高原産の農作物がトラックで大量に輸送され始めてからは王都を中心に食文化の広がりが見られるようになったのである。


 そして極め付けが、念願であった東の森の通行が可能になり王国が海を手に入れたことである。王族のために東の森の最深部に向かった遠征部隊も救われ、陛下にとって憂慮すべき事態がほとんどなくなってしまったのである。

 その全てが光治郎に関わっているのに、何も与えないとなれば信賞必罰を旨とする王国の立つところがない。


「陛下。光治郎にはどの爵位を贈るおつもりですか。その働きからすると伯爵でも足りないぐらいですが、貴族としての教育も受けておりませんし、反対する貴族も少なくありません」

「心配するな。ちゃんと考えてある」

「ですが、コージロー殿はあまり貴族に興味はなさそうですし、土地を欲するとも思えません。かといってその全てを報奨金にするとなるとあまりに莫大なものになりますし」


 陛下もアルトト村のガレージとテストコースを見ているだけに、光治郎がそこから離れるとは考えていない。

 中古車の販売もその機能とスピードにしては異常な安価であると言える。つまり、金に執着してはいないはずなのだ。


「ふむ。まあ、あの男が農地を耕すとも思えん。飛び地で構わないなら、中部の丘陵地帯でやれば良かろう」

「あの荒地をですか? 嫌がらせだと思われますぞ」

「ああ、だから領地からの税金は収めなくていいということにする。すでにヤツの交通規則によって国の流通が改善されておる。逆に王家があの男に税金を払わなければならないぐらいだ」

「ですが、いらないと言われたら」

「その時は海辺の町の権利でもやればよかろう。あの男なら次は港と船も作りかねないからな」


 買い被りである。

 確かに剣と魔法の世界の住人にとって光治郎のやってきたことは、魔法以上の技術ばかりに見える。

 だが、当人にとって全ては中古車の修理業を営むためのもの。レストアして車を販売するのはそのための最低限の普及活動にほかならないのだ。



 三日後、王宮に光治郎たちは招かれた。

 村を出て途中一泊はしたものの、その後は王都にあるガレージに到着。問題はそこに待ち構えていたのが、荷物の山だったことだ。今までは謁見の間に普段着で出入りしていたのだが、今回は貴族の衣装一式が人数分届けられたのである。


「これ着るのかよ」

「ええ、今回はどうしても、と」

「だいたい、褒美なんていらないんだけれどなぁ」

「そう申されましても……。さあ、着替えたら、最低限の作法も覚えてもらいますよ」

「まじかぁ」


 なんと、謁見の間においての作法の先生までも派遣されていた。

 とにかく、それから二日間、付け焼き刃もいいところの貴族修行であった。




「コージロー・ミツミネ。前へ」


 陛下の前に歩き出す光治郎。

 浩史、パレッタ、村長もそれに続く。


「社長、それじゃあロボットみたいですよ」

「うるさい。あんな作法覚え切れるか」

「ほらそこで止まって」

「おっ、ちょっと行きすぎたか」


 もう少しで陛下の脇にいる近衛兵が剣を抜く寸前であった。

 流石に叙爵の儀で切り捨てられたら前代未聞もいいところである。


「それではこれより叙爵の儀を行う。コージローに与える爵位は車爵(カウル)である」

「「「「「えっ!」」」」」


 言われた光治郎本人、周りの貴族一同が唖然としている。

 当然である。車の爵位なんて聞いたことがない。どのような権利があり、何をする義務があるのか。何よりどれくらいの偉さなのかさっぱりわからない。


 公爵家の一人が挙手をして、説明を求めた。


「陛下。カウルとは?」

(Car)伯爵(Earl)からカウルと名付けたものだ。最初は男爵(Baron)からカロンとする案もあったがな。侮られてはいかんというところから前者になった」


 下級貴族たちが騒ぎ始めた。

 新しく貴族位を得るばかりか、自分たちより階級が上であることに動揺している。


 それを慮ってか公爵が食い下がる。


「なるほど、名前についてはわかりました。そのほかの詳細についてもお願いします」

「うむ。今回、コージローに叙爵することだけは決まったものの、宰相と話し合った結果、既存の爵位ではどうしてもうまくいかない。働きからすれば伯爵以上、しかし、平民から男爵以上の爵位を贈ったことなど長い王国の歴史でも一度もないのも事実。そこで、全く他の爵位とは違う尺度の貴族階級が必要であるということになった」

「具体的には」

「基本的には法衣貴族と同じで、領地から税を納める必要はない。かといって宮廷で仕事をするわけではない。しかし、交通規則の運営については彼は金をもらう立場にある。したがって、流通に関する黒字の中からある程度の割合で報酬を支払うこととする。税もその中から収めれば良い」

「階位は」

「ない。車爵は他のどの爵位より上でも下でもない。あえていえば、交通規則に関する裁定をコージローが行う場合、権限はワシを除くすべての貴族より権限は上だ」


 謁見の間の貴族たちはザワザワし始めた。

 納得は言ったが、これから光治郎とどう携わっていくべきかに困惑しているのだ。

 今まで平民として侮っていた連中もこれからは嘲るわけにはいかない。どの爵位よりも上ではないというが、下でもないという。すなわち同等と考えよということである。



「それと領地についてであるが、こちらをコージローに贈ろうと思う」


 大きな地図が掲げられ、王都からほど近い、ただしほとんどが荒地の丘陵地帯が赤い枠で囲まれている。

 今度は光治郎と浩史が困惑する番である。


「あんなもの貰っても仕方ないよな」

「ええ、畑を作っても意味ないです。希望者は来るでしょうが」


 ヒソヒソと相談した結果、どう転んでもいいことはないという結論である。


 おそらく開発するとなれば、多くの平民が集まってくるだろう。

 新進貴族に興味を持つものは多いし、金があることがわかっているので長いものに巻かれたい、あるいはおこぼれに預かりたいという者は多いはずである。

 だが、貰った土地を耕せと言われても平地が少ないし光治郎にノウハウはない。やったところで結果は見えている。


 それに、荒地で畑が作れないからこその税の免除である。

 農作物を作るのであれば、話は変わってくる。


「税金、って作付け面積あたりで計算されるよな」

「ええ、あの荒地では数年は赤字ですね」

「やっぱもらうの辞めるか。使い道ないもんな」

「まあ、道を作って丘の上から眺めたら気持ちいいかも知れませんけどね。まあ、観光の目玉でもあれば別ですが、温泉も出ないんじゃ無理ですね」

「何? ちょっと待てよ。観光か。人が集まってみんなで楽しめる場所」


 考えこむ光治郎。

 浩史を呼んで耳元で何事がしゃべるとその顔色が変わる。


「社長、できますよ。それ」

「陛下、その土地、私にいただけますか」

「ああ、好きに使ってくれ。ただ、あまり農地には向かないとは思うが」

「ええ、農地にする気はありません。王国に一大レジャーランドを作ってみせます」


 それを聞いたほとんどの貴族は、世迷言だと思った。

 ただし、一度でも光治郎に携わった貴族やそのお付きのものたちは、何が始まるのかと期待半分、心配も半分。


「さあ、忙しくなるぞ」


 浩史は頭を掻き、村長は胸を張った。

 パレッタは「レジャーランド、って何?」と聞こうとしたが、光治郎が貴族の付き添いで来ていたドワーフ職人と話をしているのを見て何かに気づいたらしい。

 肩をツンツンと叩き「さっき話してたのテストコースを作った人たちでしょう。次に作るのも、自動車関係?」と言った。


「当たりだよ。自動車用の道を作る、ってのはテストコースと同じさ。ただ、今までと規模が違う。”サーキット”、っていうんだけどな。あの丘陵地帯を自動車の聖地にするのさ」

「どうせ、そんなことだろうと思ったわ。私。また巻き込まれるのよね」


 パレッタは愚痴を言いながらも、ニコニコしている。

 今まで光治郎の面倒ごとで嫌な気持ちになったことはない。


 多くの人が楽しめる何かができるのならそれでいいと思っただけだった。


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