サーキット造成中
朝、ガレージを開けると村長が立っていた。
喫緊の用事は何もないはずだ。サーキットはドワーフ頼みだし、安全面ではまたパレッタに世話になるかも知れないが、少なくとも村長には関係がない。
「どうしました? ファアット・パンダの修理ですか」
「いや、車は快調じゃ。それより……ワシは、ウィリアムズ FW14Bに乗りたいんじゃが」
「へっ」
何を言っているのか光治郎には最初わからなかった。
FW14Bという型番には確かに聞き覚えがある……って、マンセルが乗ってたマシンじゃないか!
なんで、異世界辺境の村長がそんなこと知ってるんだ?
「レースは来年かの。こっちも準備はしておる。車の用意は頼むぞ。楽しみだの」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ」
村長は、光治郎が止める間もなくすたすたと歩いていってしまう。
「朝食ができたわよ」
「えっ、あー。はい」
今朝はフレイヤが来てくれている。
サーキット造成が始まり、これからはそっちに注力することになる。当然、浩史の力も借りなければいけないのだが、そうすると残るのはアレクだけ。技術面については最近一人で何でもできるようにはなってきているが、何せ接客に問題があるし、彼女がいると何かと助かるのだ。
朝食を食べた後、ランドクルーザーで村を出発。
こいつを駆り出さなきゃならない理由は、人数が多いのと途中の道があまり整備されていないから。
ちなみにメンバーは光治郎のほか、浩史、パレッタ、ピートの四人である。
「やっぱり、セナとプロストですよね」
「あら、ラウダとジェームス・ハントじゃないですかね」
「いや、俺はハミルトンの世代が好きだなあ」
話が盛り上がっている。
サーキット造成がうまくいかず、イライラする光治郎は突如ブレーキを踏んだ。
キッキーーー
「うわっ、何です」
「道に穴でも開いてるんですか」
「そうじゃねーよ」
今の話、どう考えたってF1の話である。
浩史はいいとして、ピートとパレッタ。それに朝の村長もだ。
「どうしてF1のこと、知ってるんだ」
「夢で見たんですよ」
「私もよ」
「浩史もか」
「ええ、社長は?」
「俺は……」
珍しく夕べ、酒を飲んで寝てしまった光治郎は夢を見ていない。
朝の目覚めは悪くなかったが、これからのことを考えると暗澹たる気持ちになった。
その予感は3時間後、的中する。
造成地では、ドワーフたちが張り切って作業を進めていた。
「昨日はきっちりわかるように説明するまでは仕事はしない、って言ってたのに」
ブルドーザーを運転し、土を掘り、地面を固め、図面通りに作業を始めている。昨日までは文句タラタラで、やる気もなく、作業内容に首を捻っていたが、今日は正反対。
まるで、生きがいでも見つけたかのように溌剌として、サーキット造成に勤しんでいる。
「親方、どうなってるんだ」
「ああ、コージロー、俺たちが間違ってたよ。成功させような、F1」
光治郎は「ああ。いや、レースはやるんだが」と曖昧に答えた。
確かに鈴鹿をデッドコピーしたサーキットを作ってやろうとは考えていたが、最初にやるレースはせいぜい国内GT戦の下位カテゴリぐらいを考えていたのだ。
それが、どいつもこいつもF1、F1と連呼している。
こうなった理由ははっきりしている。
神様がみんなにF1の夢を見せたのだ。
しかも話の内容からして、過去の名シーンばかりを。
鈴鹿をセナが走る。当然、プロストも。
マンセルが、ハミルトンが、ヴィルヌーブが、マリオ・アンドレッティが、ニキ・ラウダが、ジェームス・ハントが……
S字やディグナーでのデッドヒート。立体交差のロマン。シケインやストレート直後のブレーキ減速合戦など、数々の名シーンが夢の中で繰り返された。すなわち、”サーキットのなぜ” は彼らの中でレースの醍醐味に変わって言ったのである。
「130Rなんて何が面白いかわかんなかったが、確かにスピードだけじゃつまんねぇな。抜くか抜かないかを演出するにはコーナーが必要だ」
「シケインも重要だ。いきなり低速レンジでギアチェンジにミスったやつが負ける、脱出速度勝負も面白い」
「緩衝帯も手が抜けねぇ。セナの悲劇を繰り返しちゃ何ねぇ」
光治郎は全員から話を聞くことにした。
すると面白いことに、ドワーフたちとピートのみた夢は少し異なるらしい。パレッタの見た夢は曖昧で、浩史はさらにその全部のダイジェスト版だったそうだ。
「どうせなら、丸々一レース見せて欲しかったですよ」
「贅沢言うな。俺は見てないんだぞ」
メモをとりながら、それぞれが見た夢をまとめていくと、ドワーフたちにはコースの特性についてフォーカスした内容。ピートにはスポーツ番組としてのエンターテイメント性の高い内容だったらしい。
そしてパレッタは誰とも違う夢を見たようだが、その内容についてはあまり話したがらなかった。
昼が過ぎ、オーバーペースのドワーフたちを諌めつつ、作業工程を確認。
呆れたことにここ三日の遅れを今日の午前中に全部取り返している。
「親方、今日は早めに終わろうと思う」
「なんでですか。皆、やる気になってるんですぜ」
「今日は、夢のせいで熱くなりすぎてるんだよ。一気に冷めたりするとことだし、夕方には撤収してくれないか」
「うーん……。わかりやした。コージローがそういうんなら」
「ありがたい。これで、酒でも飲んでくれ」
親方には少し多めに金を渡し、彼らを労ってもらうことにする。
最悪、明日の朝使い物にならない者も出てくるだろうが、今日の進捗分だけでずいぶん前倒しになるはずなのだ。
午後五時。
ドワーフたちが引き上げた後、光治郎は造成途中のコースを歩いていた。
「あれっ?」
「ああ、コージロー」
そこにいたのはパレッタ。
苦手の巨大な鉄製重機が多い中、彼女がいるのは謎だ。
「どうしたんだ」
「ここでF1をやるの?」
「いや、レースをするつもりではあったけど、F1は考えてなかったよ。最初は今まで作ってきた車かその延長線上にあるものにしようと思ってたんだ」
「そう……もし、ここでレースをしたら危険よね」
「ああ、そうだな。特にF1をやるとなればスピードのレンジが全然違う。最悪、人の命が危険にさらされることになる」
実は光治郎はF1開催には反対なのだ。
この世界でレースが開かれ、民衆に浸透し、スタッフの理解が深まった数年後であれば別だが、のっけから地球の最高峰のレースは危険すぎる。
「私、考えてみたの。私なりのHaloを導入できないか、と」
「へっ?」
どうやら、パレッタが見た夢は事故のシーンが多かったらしい。
死亡事故、再起不能になったドライバー。
「神様もひどいな。パレッタにそんなものを見せてたなんて」
「ううん、いいのよ。これは私にしかできないことだから」
「わかったよ。それで、考えたのはどういうシステムなんだ」
パレッタの見た夢は、他の誰より最近のレースを含んでいた。
そこで知ったのは、安全のためのシステム。
わざわざ壊れて衝撃を吸収するシャーシ。
金網やコンクリではなく、タイヤバリヤが用意されるようになった歴史。さらに時代が進んで、もっと性能の良い緩衝材が増えてきたこと。
そういうさまざまな安全対策の中で、1番気になったのがHaloであるという。
「俺もあれを入れるのはいいと思うよ。でもさ、みんなが見た夢は古いF1のレースばかりなんだ。きっと彼らが欲しがる車には取り付けられないと思うんだよ」
「わかってる。だから ”私なりのHalo” なの」
パレッタはフロントガラスにT型のラインを入れたいと言った。視界の邪魔にならないように中央は細く、フロントガラスの上端から左右に広がる線は少しだけ太くする。
それはハンドルの裏に仕込んだ魔法陣と連動していて、危険を察知すると自動起動。まずはハンドルから緩衝結界が瞬時に展開、正面から衝撃を防ぐ。続いて、T型のラインからは、全身にまとわりついて火災からドライバーを守り、飛来する部品などもブロックするという。
「T型にしたのって、Haloを真似て?」
「ええ」
「じゃあ、もしかして最初にハンドルから緩衝結界が展開するの、って」
「……エアバックなの。安直すぎたかしら」
「いや、いいよ。素晴らしい」
光治郎の中で無理だと思ったF1開催が形をなしていくように思えた。
安全にできるなら、ぜひこの異世界の人たちに見てもらいたい。
「名前は決めてるの?」
「 Malo。Magic Haloの略のつもりなんだけど」
「決まりだ」
そこからは、バカ話をしながらコースを一周し、二人は臨時の宿舎に戻って行った。
光治郎はみなが寝静まったころ、一枚の要望書を書いた。
“神様、みんなに夢を見せてくれてありがとう。
とても無理だと思ったが、どうやら本当に異世界初のレースをF1にしなくちゃならないみたいだ。
でも、そんな車どうやって見つけてくるんだ?
中古車販売店やスクラップヤードを探しても見つかるもんでもないでしょう”
神棚にそれを置き、パンパンと柏手を打つ。
すると、ハラリと一枚の紙が舞い光治郎の手に。
“夢の件は必要だと思ったから見せたまでじゃ。安全性は大事じゃからな。
車のことも心配しなくて良い。どんな時代の車も用意する。ちゃんと競えるように性能も調整しておく”
それを読んだ光治郎はニヤリと笑う。
(やるな、神様)
あとは片付けて寝るだけ、神棚を閉じようとしたところに、もう一枚紙が。
“レースをするなら、多くのチームが必要じゃろ? 王都の連中、各貴族や騎士団、車を売った村民連中にも夢を見せてやったぞ。
ピートに見せたのと同じ鈴鹿を中心とした歴代F1の名レースを”
光治郎は天を仰いだ。
これは大変なことになる。これは予想というのもバカらしいぐらいの確定事項だ。
「これ、かなりやばいんじゃないか」
間違いなく、アルトト村はパニックになる。
一体どれくらいの連中が押し寄せてくるのか見当もつかない。
「あー、すべてなかったことにして、どっかに逃げ出したいぐらいだよ」
部屋の電気を落とし、寝室へ。
どうせ、今日は眠れない。
願わくば明日から悪夢の日々にならなければいいと光治郎は思った。




