フォレストライン
王都の東の森に巨大な重機の音が響いていた。
悲願である海を目指しての道の造成が異常なペースで進行中である。
普通なら斧では歯が立たない魔木が次々に薙ぎ倒されていた。働いているのはドワーフ二十名と翼竜騎士団の団員たちである。
瘴気を避けるためにマスクが配られているが、ドワーフたちは邪魔くさいと三日でつけるのをやめてしまった。
「大丈夫なのか? 二週間で4kmだぞ」
「基本的な体力が違いますからね。ドワーフたちが慣れてきた、ってのもありますがね」
「まあ、瘴気にやられてたら、こんなペースで道路ができないだろうしな」
最初は、光治郎と浩史は地図を確認しつつあれこれ指示をしていたが、途中からドワーフの親方に任せることに決めた。
それなのにこうして時々視察に訪れるのは、あり得ない仕事の早さが一つ。
もう一つは。
「まあ、仕事の基本だしな」
「黄川田自動車のことは思い出したくありません」
丸投げした仕事がうまくいかず、三日間完徹は二度と味わいたくはない。
「あれっ、コージロー殿とヒロフミ殿じゃないですか。今日も視察ですか。順調ですよ。地図見ますか」
翼竜騎士団の団員たちも時々作業を手伝ってくれているが、カイウェルだけはここで毎日働いている。
遠征部隊を助けに行った時に赤ペンを入れた地図には、完成した道路の実績とこれからの予定がびっしりと書き込まれていた。
「ここ、まずいな。赤いペンの線とズレてる」
「あっ、本当だ。ドワーフの親方呼んできます」
光治郎が上空から確認して地図に記していった赤いペンの後は、かつて王国が作った道を辿ったものである。蛇行しているのは強力な魔物の生息地域を避けるためであり、安易に直線化していいものではない。
「おお、コージローの旦那。どうした」
「ここのところ、どうしてズレてるんだ」
「ああ、それか。あそこはパイル・スタッグが棲んでたんだけどよ。ウチの気の短い連中が寄ってたかってアスファルトを投げつけたら、逃げちまったんだよ」
「うっわ。それ3mもある鹿の化け物だよな」
「そうだ。危ないからやめろと言ったんだが……。結局、移動した先が元の赤いペンの道のど真ん中でよ。もう一度追っ払うのも業腹だ。道もまっすぐになっていいことづくめじゃねぇか。それで、許可したんだがまずかったか?」
ここは自動車専用道路として使われる予定である。スピードが出せる直線はありがたいが、流石にドワーフたちの行動がフリーダムすぎる。
逃げたからいいものの、襲ってきたら怪我じゃすまなかったかもしれない。
やはり、任せっぱなしはダメだろうか。
「魔物に手を出すのはやめて欲しい」
「でも、逃げてちゃ仕事にならないときもあるぜ」
「うーん……小物はいいけど、デカい奴は」
「ああ、流石に今回はどやしつけた。ただ、奴ら道をまっすぐにして何が悪いとか言いやがるんだ」
抑えつければ、やる気をそぐことになりかねない。
それはわかるが……。
何か変じゃないか?
そんなに躍起になる理由がわからない。
「あのさ、ドワーフの中にこの工事を早く終わらせたいと思っているヤツはいるかな」
「……いる。遠征部隊に知り合いが参加しているからな。一刻も早く救ってやりたいんだろう。気持ちはわかるがここで焦っていいことなんかないからな。無茶させないための言い訳はねーかな」
そこで、光治郎は道はまっすぐであればいいと言うものではない、という話をした。
車を長時間運転すると言うことは結構退屈である。特に、ここのように森の中、変わらない景色が続く場合、眠くなってもおかしくない。適度なカーブがあった方がいいのだ、と。
「ああ、そいつはよくわかる。俺たち鍛治の仕事でも駆け出しの頃は、単調な作業の繰り返しで居眠りするやつはいるからな」
「それで、説得できるか」
「おうよ。任せてくれ」
(もう、この現場は親方は任せていいな)
ドワーフたちを集めて話をするつもりらしい。
頭ごなしではなく、落とし所を探す男は信用できる。
丸投げはダメだがこれで視察の頻度は落とせるな、と光治郎はほくそ笑んだ。
「話は済んだみたいですね。それじゃあ、私は先行部隊としてアスファルト撒いてきますから」
カイウェルは、今回のために特別に用意したユニック車で、森の奥に進んでいく先行部隊を務めている。
フックがショベルに付け替えられていて、徐行しながら後ろに積まれているアスファルトを少しずつ道にばら撒くようになっている。これが魔物避けになり、魔木を枯らすことにも寄与する。
ドワーフたちがノーマスクで作業を続けているのも、この作業のおかげなのである。
「それにしてもカイウェル頑張ってますね」
「ああ、めげずにな。もう、あれから二週間も経ったんだよな」
光治郎は王都での出来事を思い出していた。
翼竜で遠征部隊に支援物資を届けてから一週間後。
翼竜部隊の隊長を罰することだけを目的に開かれていた弾劾裁判。
勝手に貴重な翼竜を危険にさらした。陛下の許可なく、王国の中央部を横断し、国民を混乱させた。海を取り戻す最後の希望である遠征部隊を救ったことに関しては、証拠がないという理由でなかったことにされていた。
それが気に入らない。
自分たちは遠征部隊を救うために何もしなかったくせに、翼竜で救助に向かった隊長たちをどうして攻められるんだか。だから、それを覆すために海を見せてやろうと言い出したのである。
問題はどうしてそれが隊長の名誉を回復することになるのか、誰もわからなかったことである。
「お前は何を言っているんだ」
「元々、王国は海を目指していたんでしょう? それを実現させよう、って言ってるんですよ。だいたい、おかしいじゃないですか。遠征部隊を助けたことをなかったことにすると言うのは。本当なら表彰されるべきことだと思うんですけどねぇ」
「証拠がないと言っているだろう。例え、確認できたとしても数年後になるはずだ。それまで翼竜騎士団を放置するわけにはいかん」
「それが一年でわかると言ったら」
「…………」
「静粛に。コージロー殿の発言は無効である。傍聴席からの意見は認められていない」
原告側にいる貴族と正聖騎士団の代表は返答に屈している。
裁判官は彼らの味方なのだろう。光治郎の話を打ち切ろうと躍起になっている。
遥か昔、王国には海があったという。
もちろん、海は今でもそこにある。だが、今は東の森に強力な魔物がおり、密集した魔木が生えている。瘴気に馬は生き絶え、人が行き来することができなくなった。
王都から活気が失われた。海産物を得られなくなったこともあるが、それ以上に貿易が閉ざされたのが大きかった。海の向こうでは王国はもう滅んだと思っている人たちもいるらしい。
「悲願か……」
「陛下?」
代々の王が挑み、ついに諦めた東の森の向こう側。
そもそも今回の一件もその残滓である遠征部隊を送らなければ、起きなかった事件なのだ。
であれば、わずかでも報いるべきなのかもしれない。
「裁判長。確かにコージローには発言権はないが、彼の言ったことが本当なら王国にとってこれほどありがたいことはないのも事実」
「ですが」
「わかっておる。だから、一年の猶予を与えるというのはどうだろう。本当に海への道が開け、東の森の奥の民と遠征部隊が無事であることが確認できたなら無罪放免だ。その時は翼竜部隊は国をあげて感謝を贈ることになる。だが、もしできなかったときは、単に隊長、副隊長の処罰だけでは済まないと思うが良い。コージローも同類だ」
「即座には判断できません」
「うむ、納得いくまで考えるがよい」
裁判長は陪審員とともに何事か話し合うフリを続けた。
彼に言わせればこんな裁判無理筋もいいところである。懇意にしている貴族が持ち込んだ話だから受けたが、証拠は少ないし、罪状も隊長を辞任させるほどのものではない。せいぜいわずかな叱責で済む話だ。
袖の下の金子に目が眩み、弾劾裁判の開廷を許可したが今では後悔していた。
彼らに決めてもらおう。こんなことで責任を負わされるのはまっぴらである。
どうやら腹は決まったらしい。
原告団のトップがうなづく。
彼らの結論は『どうせ海への道を開くことなど不可能』と言うことに落ち着いたようだ。
裁判が再開された。
「コホン、極めて異例であるが、翼竜騎士団に一年間の猶予を与えることとする。ただし、無断で翼竜を運用したことに対して、隊長には戒告と二週間の謹慎。副隊長も訓告と一週間の謹慎とする。なお、上司の許しも得ず翼竜を使って今回の一連の事件を起こしたカイウェルは、騎士団の資格を剥奪するものとする」
「ちょっと待ってください」
「いえ、いいんです。それは覚悟してましたから」
それから程なく裁判は閉廷。
カイウェルは騎士の証である剣を没収された。
退団決定である。
「道路ができて遠征部隊の人たちとまた会えるのは楽しみですね」
「ああ、森林道路が完成したら、一緒に行こうじゃないか。それでなんだけどさ」
気丈に笑顔で話すカイウェルが無理をしていることはわかっている。
光治郎はこの時、舗装道路の先行部隊の仕事を与えたのだ。
そして、五ヶ月後。
森の最深部の村への自動車専用道路フォレストラインは完成する。
隊長と副隊長の嫌疑は晴れ、翼竜騎士団は名誉を回復したのだ。
「今なら陛下に言えば、騎士団に戻れるんじゃないか」
「いえ、もういいんです。それよりこの仕事、もう少し続けられませんか」
光治郎は思う。
カイウェルはもう吹っ切れたのだ、と。
「お前のおかげでいい道ができた。それでだな。次は海沿いの道を作ることを陛下と話してるんだ。手伝ってくれるか」
「是非。自分はこの仕事向いていると思うんで」
彼が騎士団に戻ることはない。
彼にしてやれることは、次の仕事を任せること……。
光治郎は海辺の高速自動車専用道路、シーラインの総監督にカイウェルを指名したのである。
「ありがとうございます。空を舞うだけが人生じゃないです。俺は自動車も好きですよ」
「言うようになったじゃないか。海を走る車は格別だぞ」
それには答えず、ペコリとお辞儀をするとカイウェルは走り去っていった。
浩史が光治郎をトントンと叩く。
「あいつに車を贈ってやるつもりですか」
「ああ、何もかも吹っ切れたあいつに似合いの車をな」
光治郎は思う。
空を飛ぶより爽快な気分を味わせてやろうと――




