弾劾裁判
光治郎たちが王宮に到着した。
物々しい警戒感がある。
門番の数はいつもの倍。入る者を厳しくチェックしておりその横には看板が立っている。
”本日、翼竜騎士団の団員は王宮に入ることを禁ず”
「カイウェルはここで待つか」
「いえ、何としても裁判所まで行きます」
「そうは言っても押し通ることはできそうにないぞ」
ここは王宮の正門、剣を抜いたらそれだけで重罪、打首は確定だろう。
「一応、変化のローブはあるわよ。でも、これで中に入ることも罪に問われるはず。特に裁判所の中で身分を偽った場合は死罪でしょうね」
「それじゃあ、この門を入ったところまでだったら?」
「うーん、おそらくそれほどの罪にはならないとは思うわ。何らかの罰を受けるとは思うけど」
「お願いです。それを貸してください。私が持ってきたことにすれば……」
「ダメだな。この上、偽証を重ねたらどうなる? 俺とパレッタも危ないし翼竜騎士団自体にも迷惑がかかるぞ」
「…………」
カイウェルが隊長を助けたい一心なのはわかる。
だが、ここを抜けられたとしてもその後のビジョンがない。
「それじゃあ、ここは仕方がないからローブを使うとして中で脱いだらどお?」
そこでエミリアが妥協案を出してきた。
「まあ、それなら行けるか……。でも、ローブを貸したパレッタが罪に問われる可能性はあるぞ」
「いいわよ、別に。私は元々王国の人間じゃないし」
このままパレッタに甘えていいものかどうか光治郎は迷う。
「わかった。入るまではその作戦で行こう。ローブを脱いでから裁判所に入る。ただし、入り口で止められたら、カイウェルは諦めて帰る、それでいいか」
「……わかりました。従います」
車を降りて正門から中に入ろうとすると門番に止められた。
光治郎とパレッタは顔パスだが、エミリアとカイウェルはそうはいかない。
「あとの二人はなんだ」
「ラクタルの消防団長エミリアとパレッタの友人のカエサルです」
「友人だと?」
「ええ、わざわざ王都からアルトト村の私のガレージまで来てくれたぐらいですから」
「ここでの嘘は罪が重いぞ」
「本当ですよ」
確かに嘘は言ってない。
光治郎のガレージに来たのは本当である。まあ、友人としてかどうかは別として。
あとは、名前の違いについてだが、言い間違えたことにして押し切れば良い。パレッタの友人なのでうろ覚えであったことにでもしておく。
「よし、いいだろう。今日は大事な裁判が開かれているからな。関係ないなら近づくんじゃないぞ」
「そうですよね。関係ないなら近づいちゃまずいですよね」
「ん?」
「はいはい。行きますね。時間を取らせちゃまずいですし。門番ご苦労様です」
「お、おう」
中に入ると王宮の中はガランとしていた。
正門があの厳しいチェックなので近づくものもいないのかも知れない。
左、中央、右と三つの通りの入り口には騎士が立っているが、顔がよく見えない。
カイウェルは少しだけ躊躇したが、約束通りローブを脱ごうとする。
それをエミリアが止めた。
「待って」
「どうしたの?」
「あの騎士連中に翼竜騎士団メンバーの顔が割れてるって可能性はない?」
「そうだな。もう少し進んでからにしよう」
光治郎もパレッタも「なぜ、そんなことに気が付かなかったんだ」とは言わなかった。
カイウェルは恐らく気がついていたはずだ。
その上で、ローブを脱ごうとしたのだ。
ここで捕まったとしても約束を守ることを優先したのだ。
その生真面目な態度を好ましいと二人は思っていた。
訝しげに視線を無視して右通路に向かう。
裁判が行われているのは事務室が並ぶこの通路の突き当たり。
そこには文官が立ちはだかっていた。
ここは物腰の柔らかいパレッタが対応した方が良さそうだ。
「ここから先は簡単に通すわけにはいきませんよ」
「あなたは裁判の関係者なの」
「いえ、非番なのに駆り出されたんですよ。おかしな命令を受けてね。騎士団の関係者か貴族以外通すな、ってことですので、パレッタ様でも通すわけにはいきませんよ」
彼の言う騎士団とは翼竜騎士団以外のものを指すのだろう。
つまり、この妨害は敵対する騎士団の仕業ということになる。
裁判の内容が自分たちに関係あることを説明したがダメ。
パレッタの必殺技『エルフの誓い』を使ってみても、首を縦には降らなかった。
そこで、カイウェルが前に進み出る。
ローブを脱いで剣を掲げた。
「き、斬るつもりですか」
一瞬怯むが、それには屈しないと手を広げる。
「違う。この柄にある紋章を見てもらおう」
「それを出されては私には止められません。でも、いいですか。騎士団の紋章を出した以上、何があってもあなたの責任ですからね」
「元よりそのつもり。さあ、みなさん。行きましょう」
文官は道を譲った。
四人は通路を急ぐ。
だが、エミリアは訝しげだ。
「どういうこと。連中は翼竜騎士団を締め出したいんじゃないの?」
「ええ、そうよ。でもあの文官はやる気がなさそうだった。そして、受けた命令は “騎士関係者以外”」
「あっ!」
正門の門番は翼竜騎士団員を中に入れるはずがなかった。
恐らく文官に命令を授けたものは、あとは” 騎士団以外の邪魔者を排除すればいい” と考えたはず。
カイウェルはそこに賭けたのだ。
ついに裁判所の前に四人はたどり着いた。
流石に警備は厳重で証人側のエリアには入れそうもない。
大人しく傍聴席のドアを開け、空いている席に座る。
裁判はすでに始まっていた。
被告席の隊長と副隊長が尋問されている。
「翼竜隊隊長。その方は陛下の赦しも得ず、王都東の森に向かい作戦行動を行った。相違ないか」
「ありません」
「翼竜隊副隊長。その方は隊長を止めることもせず、作戦に付き従った。相違ないか」
「ありません」
ここまでは仕方がない。
無断で作戦行動に出たことは確かなのだ。
「しかも、その作戦は東の森に向かった遠征部隊の救助であったにも関わらず、成し遂げられなかった。この失敗の責任は重いぞ」
「いえ、作戦自体は成功しました。今回は連れ帰ることは不可能と考え、彼らを救う手立てを考えたのです」
「救うだと。どうやって。第一彼らが消息をたった原因もわからないのに。それが強力な魔物のせいだとしたら、どうにもならないではないか」
「……………」
隊長は何も答えなかった。
恐らく傍聴席に光治郎とパレッタがいることに気がついていない。いや、気がついていたとしても二人が同行したことを言うつもりがないのであろう。
そして、この作戦のもとになったのが、カイウェルの北部への独断専行であることも。
「異議あり。隊長は三体の翼竜にてホロウ・ドレイクを撃破し、救援物資を投下。これで来年まで彼らは生きることができます。部隊は成功しているのです」
「静かに。傍聴席からの発言は許可していない」
「ですが……隊長。なぜ、真実を話さないのですか。今回全ての始まりは私が原因です。私が北部に飛び、パレッタ殿に助力を……」
「静かに!! これ以上、許可のない発言を続けるなら、退廷の上、厳重な処分となりますぞ」
光治郎がカイウェルを抑える。
すでに裁判長が係の者を呼び寄せている。
このまま強引に何か言っても、聞いてもらえるどころか、ここからつまみ出されてしまうだろう。
だが。
「待て」
陛下が裁判長を制した。
「裁判長。この一件、隊長の独断で始まったと聞いているが」
「はい。正聖騎士団からそのような報告が上がっていると聞いています」
「なぜ、正聖からそのような話が上がる。第一、隊長が独断で事を起こすなら、わざわざ北部から事を起こした」
「王都の基地からでは、反対するものが多いからではないかと」
「それは確認したのか」
「……………」
陛下の発言で風向きが変わった。
どうやら裁判長は相手の陣営に丸め込まれていたようだ。傍聴席では、すでに隊長が全て悪いという空気ではなくなっている。彼らも気づいたのだ。東の森に飛ぶのなら、300kmも離れた北部基地から飛ぶ理由がないと。
そんな中、カイウェルが傍聴席の中に見知った顔を見つけた。
翼竜騎士団のものとは違う制服の一段で一人だけローブを頭から被っている。
「あの野郎、なんであんなところに」
「誰なんです」
「同僚……だった男です。そうは思いたくもないですが」
事情がわからない光治郎にパレッタが説明を始めた。
王国には三つの騎士団がある。
一つ目は王宮騎士団。陛下直属ではあるが規模は小さい。いわゆる近衛兵の集まりである。
もう一つは、翼竜騎士団。歴史は浅く、有事にも活躍するが、平時には通信を担っている。
最後は、正聖騎士団。騎馬を中心とする王国で一番大きく古い騎士団である。
「頭の硬そうな連中だな」
「聞こえるわよ」
言い得て妙なのだろう。
パレッタは吹き出しそうになりながらも、辛辣な光治郎の物言いを咎めている。
「実際、あいつらは酷いんですよ。『王国で正当な騎士団と言えるのは自分たちだけ』と豪語して憚らないですから」
「そうね。確かに王国一番の戦力であるのは確かよ。でも、王国の最も最近の戦争で活躍したのは翼竜騎士団だった」
「ええ、だから俺たち翼竜騎士団を目の敵にしてるんです」
ありがちな話だ。
普段だったら関わり合いになりたくないと思う光治郎だが、世話になった知人が巻き込まれたとなると放っては置けない。
いつものパターンだとパレッタの『エルフの誓い』の出番である。
だが、それはさっき失敗しているし、そう何度も伝家の宝刀を抜いては、効果が薄れると言うもんである。
(何かないか。要はちっぽけな騎士団同士の争いを上書きできるほどのものがあればいいわけだ。王国の利益、王国の悲願)
それはポケットの中にあった。
救援で使った東の森の地図。希望は一筋の赤ペンで書かれた道。
光治郎は立ち上がり手を上げた。
「コウジロー、たとえお主といえどもこの裁判では、優遇することなどできんぞ。それでも何かあるのなら言うが良い」
陛下はどうしようか迷った挙句。発言を許した。
「陛下、海を見たいと思いませんか」
その一言に裁判所にいる全員が固まっていた。
この男は何を言っているのか。どうせロクじゃないだろう。
そう思ったとしても口にはできなかった。
今まで何回も王国の常識を覆した男のことを無視できるものはいない。
誰もが光治郎の次のセリフを待っていた。




