帰投と報告
翼竜は王都の西にある基地に帰投中である。
長時間にわたる飛行と戦闘により、疲労はピークに達していた。
東の森の深部から、すでに1時間。
パレッタの翼竜は飛行力が低下、トップスピードが出せず、風の結界もほとんどなくなっていた。エミリアが魔力を補填する形で何とか高度を保っている。
隊長の翼竜も似たようなものである。光治郎を後ろに乗せて飛んでいたこと。陰ながら支えていた飛行魔力補助機能がある鞄は戦闘中のパレッタに渡してしまったこと。その二つが大きく、飛行姿勢が崩れては立て直しを繰り返していた。
唯一、遠征部隊に救援資材を投下した副隊長の翼竜だけが、安定した飛行を続けていた。
「大丈夫ですか。隊長」
「ああ、何としても基地までは辿り着くさ。それよりパレッタ様の方を見てやってくれ。あれだけの戦闘をした後だ。彼女が一番しんどいはずだ」
「ええ、本当はエミリア殿は、私の後ろに移ってもらえたら良かったんですが……」
そうしたいのは山々だが、できない理由が二つある。
まず、一つは東の森は翼竜が着地するに適していないこと。空中で乗り替わるのは不可能ではないが、かなり危険である。翼竜騎士団の隊員は日頃からそういう訓練をしているが、今日初めて翼竜に乗ったエミリアにそれを求めるのは酷というものである。もう一つは、パレッタの状態だ。確かに一人で飛ぶ方が楽には違いないが、今の彼女は魔力の使いすぎで出力が安定していないのだ。翼竜自身にも疲労が溜まっており、魔力のサポートが切れると墜落の危険がある。少ないながらも魔力の補助が可能なエミリアがいる方がまだ安全なのである。
「コージロー殿。お急ぎの用事があれば部下に送らせますが、今日これ以上のフライトはやめた方が無難だと思います。狭いところですが、こんばんは基地の宿舎でお過ごし下さい」
「ありがとうございます。流石に疲れました。そうさせていただきます。パレッタもそれでいいよね」
「ええ、空は好きだけど、今日は勘弁ね。隊長さん、お世話になります」
それから20分後、王都西の山にある翼竜騎士団本部に到着したとき、基地は大騒ぎになった。
しかも、北部に飛び出して行ったカイウェルの姿はなく、その代わりに北部所属の翼竜を操縦しているのはパレッタである。
三体の翼竜はボロボロ。途中で隣国からの襲撃でも受けたと勘違いしたのも当然と言える。
こうなったのは、北部の基地を出発する時、隊員たちに『王都の本部に知らせるか』と聞かれた時に、隊長が止めたからである。今回の作戦はチャンスが今しかない。
時間的に計画を阻止することは難しいだろうが、それでも王都がどう動くかわからない以上、後顧の憂いは絶っておく必要があったのだ。
「隊長。この有り様は……どういうことなのでしょう?」
「東の森に支援物資を届けた。遠征部隊の無事も確認済みだ」
「本当ですか。それでは……」
一瞬、団員たちに喜色が浮かぶが、隊長がすぐにそれを制す。
「話はあとだ。この話もここにいる人間以外には、他言無用だ。団員たちには私から詳しく話す」
「わかりました」
「まずは客人を応接室に、その間に宿舎を整えてくれ」
「すぐに用意します」
応接室に通され、お茶が運ばれてくる。
黙って給仕する様子はぶしつけではないものの、明らかに事情を聞きたがっているのが光治郎にもわかる。
給仕した団員が退出した後、どうにも居た堪れなくなった光治郎は口を挟むことにした。
「隊長。説明された方が良いのでは?」
「そうだな……。このままとはいかんか。流石に王宮への報告は明日にさせてもらうとしても、基地の幹部には話を通しておくとしよう。コージロー殿たちは、ここでしばらくゆるりとされるがよかろう。もし、宿舎に用意ができたならば、そちらに移られても構わない。高級なものとはいかないが食事もある」
隊長は副隊長を伴って応接室を出た。
残されたのは、光治郎、パレッタ、エミリアの三人である。
「パレッタもコージローもどうして何も言わないのよ。もっと喜んでいいはずよ。あの団員たち、一瞬喜んだけどそのあとすぐに何もなかったみたいな顔して戻っていったわ」
「エミリア。それは、仕方がないわ。今回の作戦はカイウェルの独断専行に始まり、コージローの閃きで急遽決まった作戦だもの。時間がなかったとはいえ、陛下の許可も得ていない。翼竜でほぼ国の中央を横断してしまったんだもの」
「俺、余計なこと言ったのか?」
「それは違うと思う。コージローの作戦がなかったらあの遠征部隊は助からなかった。何をおいても感謝していると思うわ。少なくともあの三人はね」
光治郎とエミリアは無力感を感じていた。
今回、ドレイクと戦ったのはパレッタ一人である。多少の手助けはしたが、彼女の働きに比べれば何ほどのものでもない。遠征部隊を救ったことは
それなりに大きなことだとは思っているが、許可なくやったと言う面ではカイウェルと同じである。
隊長たちは全部、罪を被るつもりでいるに違いない。
「流石に隊長さんも今日、王都に報告に行かないわよね」
「ああ、今は一刻を争うわけじゃないからね。陛下に謁見を願い出るには時間が遅すぎるし」
「じゃあさ、明日隊長たちが報告に行く時に一緒に行かない」
「そう……だな……」
エミリアの提案は光治郎も考えていたことだった。
当然、パレッタも来るだろう。彼女の口添えがあれば陛下も隊長たちに酷い罰を下すことはない……と信じたい。
「宿の用意もできました。宿舎においで下さい。簡素な食堂ですが食事も用意してあります」
「ありがとうございます」
応接室のある事務管理棟から宿舎に案内され、まずはそれぞれの個室に荷物を置き、食堂で夕食をいただくことに。
「「「いただきます」」」
「うまそうだな」
「豪華ね。ずいぶん気を使ってくれたんだと思うわ。こんな山の中でこれだけの食材を揃えているんだもの」
「そうなの? パレッタは魔法で調味料でも何でも作れるんだから、村では贅沢してるんじゃないの?」
「あのね、エミリア。そんなことあるわけないでしょ。肉も野菜もあるけど、種類は限られているわ。調味料も作れはするけど、日中は治療薬を作るだけで精一杯よ」
そこまで話をしたところで、他の団員が食堂に入ってきた。
何人かが興味深そうにこちらの様子を伺ってくるが、軽く会釈すると何も言わずに去っていく。
「落ち着かないわ。明日の話もしたかったのに」
「仕方がないわよ」
「まあ、いいじゃないか。とにかく明日は隊長に同行する。パレッタもエミリアもそれでいいよな」
「「うん」」
そのあと三人は、黙って食事をいただいた後、それぞれの部屋に戻る。
翌朝は、一番に起きてなんと言われようが隊長たちと共に王都に向かうと決めた。
だが。
「おはようございます」
「ああ、コージロー殿、早いですね。朝食の用意はまだなのですが」
「隊長は」
「朝、早くに出かけられました」
「えっ?」
慌てて廊下に飛び出すとパレッタとエミリアがいる。
二人も同じことを団員たちに聞いたらしい。
「すぐに追いかけないと」
「そうだな。馬車を手配してもらおう」
すぐに事務棟に行こうとする三人を団員が阻む。
「お待ち下さい。隊長よりコージロー殿たちには、こちらでお待ちいただくように申しつかっております」
「それでいいのか」
「はっ?」
「そんな流暢なことをしている暇があるのか、って聞いてるんだよ。なぜ、行かせた。もう、戻らないかもしれないんだぞ」
「……でも、『おそらく罰せせらることはない。褒美の一つも貰ってくる』って隊長が……」
「そんなもん、鵜呑みにしたのかよ」
光治郎たちは走り出した。
あとを追ってくる団員たちは捕まえようとするが、パレッタの魔法ですぐにへたり込む。
宿舎を出た。
隣の事務棟の前には団員たちが整列している。
「待ち伏せまでしてやがったのか」
「コージロー殿ですね。部屋にお戻り下さい。手荒なことはしたくないので」
このままでは埒が明かない。
何かないかと思ったところで、パレッタが前に進み出る。
懐から首飾りを取り出すと団員からどよめきが起こった。
「おい、あれって」
「何なんだろう」
「知らないのかよ。あれは……」
光治郎にも見覚えのあるものだ。
陛下も貴族たちも見た途端、ひれ伏した『エルフの誓い』である。
だが、思ったより反応が薄い。
「裁判の時に使ったやつだよな」
「ええ、そう何度も振りかざすものじゃないんだけど」
気は進まないが隊長を助けたいという一心で使った切り札だった。
しかし、てっきり怯むと思った団員たちは困惑の表情を浮かべるのみ。
それを振り払うようにパレッタは、毅然として次の言葉を言い放つ。
「馬車を用意して下さい」
答える声はない。
何人かは動揺している。だが、ほとんどはそのまま見守っているだけ。
「これでもダメなの?」
「いや、あいつら知らないんだ」
パレッタは見誤ったのだ。
エルフ種族と王国の関係を知っているものなら、これが掲げられた以上、要求は最大限叶えられるべきと考えるはずである。
だが、騎士団の団員の構成メンバーには、そこまでの地位のものはいないのだ。
首飾りの価値を知っているのは、貴族の当主以上。
貴族の次男、三男か平民で構成される団員たちは『伝説的な凄い権力の証』であることを知識として知っているが、ピンときてはいない。
隊長の厳命を守ること以上の価値があるのかが、彼らにはわからないのだ。
となれば、光治郎が行くしかない。
首飾りで何割かの動揺は誘えたのだ。ここで畳み掛ければ、事態は動く。
そう信じて――
「いいのか。あの隊長が部下の失態を正直に報告すると思うか。このままだと間違いなく辞めさせられぞ」
「そうはならないと聞いています」
「それを信じるのか。心配をかけないようにそう言ってるだけなのがわからないのか」
「…………………」
三分、五分とそのまま時間が経過。このままでは間に合わなくなる。
どうするか。強引に馬車を奪うか。だが、他勢に無勢、うまくいくとは思えない。
万事窮すか。
そう思った時、空から翼竜が舞い降りてきた。
「あれって」
「カイウェルよね」
光治郎とパレッタがうなづきあう。
もう、彼にかけるしかないだろう。
団員たちが集まっていく。
「今までどうしていたんだ」
「北部の連中が帰らせてくれなかったんだ。振り切って飛んできたんだよ。あっ、コージローさん。作戦は」
「成功した。でも、それどころじゃないんだ。隊長が王都に報告に行った。どうせ罪を自分でかぶるつもりだろう。このままだと独断専行で罰を受けるはずだ。止められるのは俺とパレッタだけ。こいつらに馬車を用意するように言ってくれないか」
「わかりました。……聞いてくれ。今回、僕が飛び出したことで、みんなに迷惑をかけた。その罪を隊長が全部被ったら隊長も副隊長も翼竜騎士団からいなくなると思う」
「本当なのか」
「ああ、間違いない。だから、馬車を。早く」
目の前に並んだ団員たちが、厩舎と倉庫に走っていく。
どうやら手配をしてくれるようだ。
「コージロー殿、僕も連れて行って下さい」
「いいのか。隊長は北部に飛び出したことを話さないつもりでいるはずだ。それが陛下に知れたら、さらに重い罰がかかるかもしれないんだぞ」
「構いません。翼竜騎士団をクビになる覚悟はできています。まあ、両親が悲しむので死刑にだけはなりたくありませんが」
「大丈夫よ。そんなことは私がさせない」
パレッタが請け負うなら大丈夫だろう。
馬車の用意もできたようだ。
「王都に行くぞ。俺たちは弁明をしにいくわけじゃない。あの控えめな隊長に変わって ”正確な報告”をするだけだ。絶対助けるぞ」
「「「「おう」」」」
山を転げ落ちるように馬車は進む。
何もしなければ隊長たちは一方的に弾劾裁判のような仕打ちを受けるはずだ。
光治郎たちは一路、王都を目指す。




