ホロウ・ドレイク
王都までは300km。
翼竜で飛べば約2時間。今回は東の森の入り口から捜索することになっているのでもう少しかかる。
北部の翼竜騎士団基地から南に飛び、人里が少ない地域で東に進路を取る。
地方の町やあまり外部と関わりを持たない農村の上を飛ばないようにしているのは、家畜が驚いたり、魔物の襲撃と勘違いするものが出たりしないようにである。
「気持ちいいですね。もっと風当たりが強いと思ってました」
「それは風の結界が張ってあるからですよ。魔石と魔法陣の恩恵を受けてるんです。私たちだけじゃなく翼竜にもですけどね」
言われてみれば当たり前である。
時速150kmで飛んでいるのだ。そのまま風を受けていたら息もできないはずだ。
今回、光治郎は自分が参加するのは申し訳ないような気がしていた。
話を持ってきたカイウェルが参加できずに、思いつきの作戦が採用された自分が行くことになったからである。おまけに、地理に詳しいわけでも魔法が得意なわけでもない。
まさに足手まとい。
それを気にしているのを副隊長に悟られていたらしい。
「あなたが行ったほうがいいと言ったのは隊長です。気にすることありませんよ。もし、気になるようでしたら、これを持っていってくれませんか」
渡されたのは革の鞄だった。
「何です。これは」
「空の旅がうんと楽になる魔道具です。翼竜の航続距離と姿勢制御に効果があります。これがあれば、一人で乗るときより楽になるんですが、隊長は使いたがらないんですよ。今回、途中でまずいと思ったら底にあるスイッチを入れて下さい。ああ、本人には内緒ですよ。余計なことをするな、って怒られてしまいますから」
「ありがとうございます。
今日の捜索は一発勝負だ。何時になろうが、今日中にケリをつけなければいけない。この鞄があれば翼竜とそれを操る隊長がピンチになった時、自分が救いの一手を打つことができる。そう思うことで、光治郎は少し気持ちが楽になったような気がした。
遠方に大きな森が見えてきた。
ここから、南北に走る街道沿いに進めば、遠征部隊が森に入った地点に辿り着くはずだ。
「森の入り口付近でスピードを落とします。高度は最初50m程度で行きましょう」
「わかりました」
副隊長がくれた革の鞄を膝の上に置く。
これにはもう一つ機能があり、折り畳んだ地図をはめ込めるようになっているのだ。
あまり正確とは言えないが、森の中を走る川と特徴のある魔木のおかげで、場所を認識することができる。
遠征軍の進んだはずの経路の向こう側に道が見える。
わざわざ深い森を突っ切っていく理由があるのだろうか。
「あそこに道みたいなものがありますよね。なんで使わないんですか」
「作ったはいいが、長すぎて使えなかったんです。辿っていくと森の奥の村まで二週間以上かかるので、食料が持ちません。遠征軍が森の奥に着いたのに、現地で施しを受けるのでは意味がありませんから」
そういえば、パレッタに聞いたことがある。この国の王は代々、海を見ようと多くの人を犠牲にしてきたんだっけ。
開通後に使えないと気づいた時、その王はどう思ったんだろうか。
(『歴代の王の夢の跡』ってわけか。何とか残す方法はないかな)
光治郎は、鞄に挟む地図を全体図に付け替え、ツナギに挿しっぱなしになっている赤ペンを取り出す。
「この地図にあの道を書き込んでもいいですか」
「構わんが、何に使うんだ」
「私にもわからないんです。でも、この国の歴史の一つだし、記録だけはしておこうと思いまして」
「いいだろう。まだ、時間はある。それに沿って飛んでみよう」
パレッタと副隊長にコースを変更することを手で合図する。
蛇行する道を見失わない程度の高さを維持しながら約15分。隊長は昔話をしてくれた。
「私はこの国の歴史を学んだ。確かに歴代の王は多くの犠牲を払った挙句、使えない道を作った。史学者は過去の王を愚者と呼ぶ者も多い。だが、このまま埋もれさせるにはもったいないと思うのだ。結局使えないとわかったが、何らかの方法で残したいと思っていたのだ」
「こんな頼りない赤ペンでなぞった跡でもですか」
「ああ、何もないよりいいだろう」
少し高度を上げて中速で翼竜は蛇行する道を追うように、飛び続けていた。
それから十五分後、副隊長から報告が入るまで。
「隊長、そろそろ捜索に戻りませんか。遠征部隊の生存確率が気になります」
「そうだな。コージロー殿。そろそろ捜索に戻ろうと思う。最後まで辿ることができなかったのは残念だが」
「構いません。こちらこそ、私のわがままを聞いていただき、ありがとうございます。一応、半分ぐらいは書き込めましたし」
「おお、それは素晴らしい。あとで書き写させてくれるか」
「はい」
すでに3時間近く経過している。
あまり猶予はない。
計画では、ここから森の入り口まで戻り遠征部隊の通った道に沿って捜索する予定だった。
だが、パレッタの翼竜が近づいてきた。
「エミリアに案があるらしいの。聞いてくれる」
「ああ、建設的な案は歓迎だ。どうするんだ」
「ここから最初の地点に戻らず、遠征部隊の最後の三日間だけトレースしたらどうかなあ」
「いいだろう。この後どれくらい飛び続けられるかわからないからな」
結果から言うと、この判断は正しいかった。
遠征軍は魔獣に襲われ、翼竜部隊が間に合わなければ全滅していたはずなのだから。
本格的な捜索活動が始まった。
森の木のわずか10mという超低空飛行。三体の翼竜から目を皿のようにして地上を観察していく。この飛び方はかなり危険である。高い木には激突の危険があるし、地上から遠隔攻撃をしてくる魔物もいる。風の結界が防いでくれるとは言っても、敵の射程圏内に入るのはゾッとしない。
ギャアァァァ
ドォォォン
後方から、魔獣の叫び声が上がった。
振り返ると土煙が上がっているのが見える。
十本を超える木々が倒されているが、燃えてはいないところを見ると腕力で倒したのだろうか。
だとすると相当大きな魔獣がいることになる。
「隊長、おかしいです。通過した時は何でもなかったはずです。あれだけの数をいっぺんに薙ぎ倒すのは成竜でも無理だと思います」
「わかった。調査を頼む。くれぐれも注意してくれ」
「了解」
しんがりの副隊長が反転し、ジグザグ飛行をしながら確認に向かう。
まずは、見つからないように。あくまでも遠征部隊の救援が目的である。もし、単に魔獣が暴れているだけなら、戦わないという選択肢もあるののだ。
突然、森が光に包まれた。副隊長の翼竜が急上昇。
その後すぐに、木々が力を失ったようにバタバタと倒れていく。
ドォォォン
これが単に魔獣が腕力に任せて暴れた結果ではないことは、光治郎にもわかる。
森の魔木は10mを超えるものもあるが、それほど多くはない。とすれば、今暴れている物の大きさはそれ以下なのだ。いかに腕力が強くてもいっぺんに大量の木を倒せるはずがない。
「何なんです、あれは」
「恐らくはカース・ブレス。呪いの光だ。あの倒れた木を見てみろ。一瞬で全ての葉が枯れ落ちている。倒れた木はまるで長い年月が経ったかのようではないか」
「それで、副隊長が急上昇したんですね」
「ああ、危なかった。もしブレスの直線上にいたら……」
「ただでは済まなかった、と」
硬い表情で隊長はうなづいた。
上空の副隊長の翼竜が手で合図をしながら急降下してくる。
このサインは、遠征部隊発見、である。
それを見たパレッタの翼竜が急旋回して迎撃体制に入る。
一旦急上昇し、土煙の地点にキリモミで突っ込んでいく。
もう一度、ブレスが空に放たれた。
光治郎は気が気でない。
だが、隊長は「そう心配するな」と言う。
「このタイミングなら大丈夫だ。ブレスにはインターバルがある」
「じゃあ、パレッタはそこを突いて攻撃を?」
「ああ、見ているがいい」
敵の姿をすでに捉えているパレッタは、火炎の魔法を立て続けに叩き込んでいる。
ドドドドド
ギャギャ、アァァァ
「凄いですね」
「あれは戦い方を知っている動きだ。パレッタ殿、さすがだな」
怒りの咆哮とともに、無理矢理ブレスを吐いたようだが、極端に射程が短くなっている。
悠々とパレッタは空に舞い戻る。
魔獣は首を振りながらブレスを振りまいたため、周囲の木々が一掃される。
光治郎の位置からでも魔獣の姿が確認できる。
「あれって、もしかしてアンデッドですか」
「そうだ。ホロウ・ドレイク。この東の森の魔獣の中でも最強だ。まずいことになった」
隊長の表情は硬い。
心配のしすぎなのではないか、と光治郎は思う。
ブレスのタイミングを掴めば、比較的安全に攻撃が可能だ。しかも、魔獣の肌は半分溶け落ちているのだ。
「もう一度、攻撃すればいけそうですね」
「いや、そうは行かんだろうな。奴は腐肉に包まれた凶悪な亜竜。あの程度ではほとんどダメージを受けてはいないだろう」
隊長が言うには、あれは皮膚ではないのだそうだ。
ブレスで溶かした自分より大きな肉食獣を内部から食い破る。その時にこびりついた血肉が、自らを守る鎧のような役目をしているのだとか。
隊長は一旦、パレッタにも上空で待機を指示した。
副隊長が戻ってきた。一旦停止、森に閃光が閃いたところで散開。
ブレスを無駄撃ちさせて時間を稼ぐ。
ここで即席の打ち合わせをするつもりらしい。
「今のうちに状況を教えてくれ。まずは副隊長」
「ここから200m先に遠征部隊を発見しました。彼らはホロウ・ドレイクから逃げていたようです」
「こちらには気づいているか」
「はい。ハンドサインには反応がありました。指示も出せると思います」
「よし。それでは、一旦上空で待機。ドレイクが遠征部隊に向かうようなら、牽制と誘導」
「わかりました。厳しいですが、やってみます」
次はパレッタである。
「攻撃してみてどうでしたか」
「あの程度では、どうしようもありません。火力を上げようと思います」
「近くに遠征部隊がいます。森林火事になると危険なのですが」
それには、エミリアが答える。
「大丈夫さ。水魔法の準備は万端さね。燃え広がらないように消火しつつドレイクにも、一当てしてやるよ」
「そ、そうか。無理をせぬように……。散開!!」
突然、邪悪な気配が下から湧き上がる。
三体の翼竜が飛び去った後の虚空にブレスが吹き上がっていく。
「攻撃を再開する」
「「はい」」
ホロウ・ドレイクとの第二ラウンドが開始された。
パレッタは翼竜を操りながら、器用に鞄を開け、用意していた攻撃用の魔石を交換した。
魔法陣を展開、フルチャージ状態の魔力を指輪型の魔道具に収束していく。
「ファイヤー・ジャベリン」
さっきより数段太い火の槍が、ドレイクに殺到していく。
しかもヒットアンドアウェイではなく、旋回しつつ連続攻撃を仕掛けていく。
「これでもダメか」
パレッタは完全に相手の間合いに入ったまま攻撃を続けている。
矢継ぎ早の火魔法で一瞬怯みはしたものの、相手には傷ひとつついていない。
タイミングを見計らって、ブレスを吐かれたら避けようがない。
「パレッタ殿、無理です。一旦下がって下さい」
「いえ、まだ行けます。火力も上げられますし、敵の攻撃にはワンランク上の結界で対抗します。至近距離から受けない限り、問題ありません」
「しかし……」
隊長は迷っていた。
本当ならこれは騎士団が矢面に立つべき状況なのだ。
戦況は膠着している。これ以上パレッタ一人に頼っていいものだとは思えない。
ここは撤退すべきか。
一方、光治郎も自分がお荷物であることを自覚していた。
隊長がパレッタの援護をできれば、戦況は違っていたはずだ。
それができないのは、自分の重量が機動性を奪っているから。
「隊長。すいません。私がついてきたのが間違いだったんです」
「いや、コージロー殿のせいではありません。仮に私がパレッタ殿の補佐をしたとしても、戦況は変わらなかったでしょう。もっと団員を連れてくるべきだった。私のミスです」
どうする。何か方法があるか。
すると。
そのやりとりを聞いていたエミリアが叫んだ。
「何をごちゃごちゃ言ってるんだ。パレッタが大丈夫という以上、問題なんかあるはずがない。こいつには広域の火炎魔法が山ほどあるんだ」
「ダメだ。広域火炎魔法には、森林火災の危険がある。例えドレイクを倒すことができても遠征軍が火に巻かれては元々子もない」
隊長として容認できない提案だ。
だが、どうもおかしい。エミリアが見ているのは隊長ではない。
その瞳に宿る力強い力を光治郎は受け取った。
「隊長、遠征軍を避難させて下さい。パレッタとエミリアに賭けましょう」
「行けるのか」
「行けます」
パレッタの魔力が膨れ上がる。
火力を強化された魔法は凄まじかった。
流石のホロウ・ドレイクも顔を背ける。飛び火も一瞬で木を燃え上がらせる。
ここで想定外の事態が起きていた。
大規模森林火災を防ぐため、パレッタの魔法の後は、エミリアが放水して回っているのだがそれが牽制になっているのだ。ドレイクは何度か躊躇し、放水後に散らばる木々を攻撃したりと意味のないことを数度繰り返していた。
「エミリア。これ、いつまで続くかな」
「さすがにもう騙されてはくれないと思う」
「わかった。もっと大きいのを叩き込むわ」
ダメージはまだ浅い。
さらに、魔力を練り一段攻撃の威力を引き上げるため、一旦上空に退避。
上昇中の追撃を避けるため、エミリアは放水から牽制のアイス・ブリッドに切り替えた。
ばら撒いた氷の弾丸がわずかに相手の皮膚を削る。
ところが、こちらが体制を整えている間に、ホロー・ドレイクの体が光った。
傷跡が修復されているのだ。
「ああ、そんな……」
「自己再生持ちなのかよ」
折れそうな心を奮い立たせ、パレッタは攻撃を続けるが、ドレイクに致命傷を与えることはできなかった。
その都度焼いた皮膚は再生し、どんな大きな傷も塞がっていく。
何度かの急降下魔法攻撃の後、パレッタの翼竜が一瞬バランスを崩す。
「危ない」
何とか姿勢だけは立て直せたが、スピードを失ってしまう。
コースを変えることも、上昇することも不可能である。
光治郎には、表情のないドレイクの顔が笑っているように見える。
即座に隊長がリカバリに入る。
矢継ぎ早にニードル・ショットを繰り出すが、ドレイクはパレッタを見据えたままだ。
この距離でブレスを吐かれたら、ひとたまりもない。
パレッタは翼竜の制御で手一杯。エミリアがアイス・ブリットに切り替え、必死に応戦しているが、焼石に水。
隊長が一人で乗っていたら、身代わりに飛び込んでいたかも知れない。
副隊長は重い荷物が邪魔で、急降下しても間に合わない。
なすすべがなかった。
そんな中、光治郎も何かないかとポケットを探すと、小さな小瓶が入っている。
何だこんなものとは思ったが、よくみるとこれには見覚えがある。
これは……聖水だ。サティに感謝だな。
不死の相手にこれ以上のものはない。
「あれ、アンデッドですよね!」
「そうだが」
「パレッタを救えます。一回でいいのでドレイクに寄せて下さい」
「わかった。それに賭けてみよう」
失速するパレッタとクロスする隊長の翼竜。
ドレイクの正面で光治郎が振りかぶる。
「これでも食らえ、邪竜野郎」
今、まさにブレスを吐こうとしたドレイクの口に、投げた小瓶が狙い通りすっぽりと収まる。
誰もが、無謀だと思った。
パレッタを助けたい一心でやった悪あがき。隊長と光治郎はブレスの餌食になるだろう、と。
当のホロウ・ドレイクでさえも勝利を確信していたに違いない。
――だが。
一瞬の静けさのあと轟いたのは、今まで誰も聞いたことのないドレイクの悲鳴だった。
グェエェェェェェ
いきなりドレイクは体勢を崩す。
転げ回りのたうち回り、手足をバタバタさせたまま起き上がることができない。
牙の間からシューシューと音を立てる。多くのブレス出力孔が潰れているのだ。
すべての攻撃を無効化していた身体中の腐肉がボトボトと剥がれ落ち、骨が露出している。
この瞬間、ドレイクはブレスと再生機能の七割を失ったのだ。
「コージロー殿、一体何を投げたんだ」
「聖水です」
「ここまで効くものなのか?」
「ええ、これをくれた人は信心深いですから」
神の思し召しの一つである教会の聖水は誰に施されたかで、その効果が変わるのだ。
毎日のように教会に祈りを捧げている敬虔な信徒であるサティのそれは最上級である。
(また、神様に助けられたな)
そうひとりごちている光治郎の隣に、パレッタが戻ってきた。
その顔には疲労の色が見える。
「大丈夫か」
「はい。あれ、ありがとうございます。サティのやつよね」
「ああ、出がけに貰ったの忘れてたんだ」
「いいタイミングだったわ。今がチャンスよ」
強がっているのかも知れない。
それに気づいた隊長が声をかける。
「ふらついていたようだが」
「一瞬魔力の供給が途切れただけです。まだ、行けます」
「だが、このままでは厳しい」
ドレイクは弱っているし、パレッタの魔力も尽きた訳でもない。
だが、攻撃に集中すると翼竜に回す魔力が滞る。
これ以上、攻撃に比重を置くのは危険すぎる。
皆が何かないかと考える中、光治郎も自分なりに考えていた。
要するに、二つの用途にエネルギーを大量に使うと供給が間に合わなくなると言うことだ。
バッテリーを使いすぎてヘッドライトが一瞬暗くなるようなもの。
自動車ならよくあることじゃないか。
それならば取れる方法はある。
「パレッタの魔力は魔石から補充を受けているけれど、攻撃に消費しすぎると翼竜の制御が遅れるんですよね」
「そうよ」
「攻撃用と飛行用で魔石を分ければいいんですよね」
「ええ」
「それなら、これを使って下さい」
光治郎は副隊長からもらった鞄を放り投げた。
エミリアがキャッチしてパレッタに渡す。
訝しげにその中を覗き込んでいるパレッタの目が大きく見開かれる。
「こ、これは!」
「攻撃に集中できるんじゃないかと思って」
パレッタが天を仰ぐ。
感謝をしているのか、何かを決意しているのか。
「これがあれば、おそらく勝てると思います。とっておきの魔法があるんです。ただ……」
「火災が心配? 大丈夫。この指輪は水圧をあと二段上げることができる」
あれだけの放水をさらに二段上げる?
光治郎には信じられなかった。
かつてラクタルの火事を消そうと水魔法を使いすぎ、昏倒した挙句、結局多くの家を守れなかったエミリア。
だからこそ消防車をレストアしたのだ。
「そんなの無理だろう。あの時だって……」
「そう、あの時の悔しさを私は忘れない。確かに消防車があれば多くの町の家を火事から守れただろう。だからこそ私は消防団長を引き受けた。だが、あの車がなければ私には何もできないのは嫌だった」
「容量は? 放水能力は水圧だけじゃないんだぞ」
「私と消防団の研究成果を舐めんなよ。ちょっと控えめだが5000リットルはある」
何という執念。
エミリアは、消防車で近隣の町や村を守るだけで満足することなく、自分のみの能力を更新することも怠っていなかったのだ。
「じゅっ、十分だ……。何にしても頼む!」
「任せとき」
これで、心配は要らない。
……とはいえ、あの山火事を消し止めた放水魔術具がそんなに小さくなるのだろうか。
確か40cm立方の大型魔道具で200kgはあったはずである。
パレッタの全力攻撃の前、彼女は隊長も副隊長も自分に近づくな、と言った。
その理由は彼女が、魔法を撃ち始めると明らかになる。
炎の色が違う、輝きが違う。
攻撃を受けたドレイクの肌は、焼けると言うより削ぎ取られていくかのようだ。
必死に応戦はするが、全身傷だらけである。欠損部位もある。ブレスを立て続けに放ってはいるが、すでにパレッタに狙いを定めて撃つ余裕がない。
あたりは地獄絵図だった。
パレッタの火魔法を浴びた木は、物凄い炎をあげ、次々に炭化。その炎が燃え広がるのを阻止すべく、エミリアの放水で膨大な水蒸気が上がっている。さらに、ドレイクのブレスで、そこら中の動植物が半溶けのスプラッタ状態である。
流石に光治郎は心配になってきた。
ドレイクはまだ死んでいないし、何より戦闘区域が広がりすぎている。
「これ、遠征軍の人たち、大丈夫なんですかねぇ」
「たぶんな。500mは離れているはずなのだが、私もここまでになるとは思っていなかった」
隊長も予測してはいなかったと言う。
「大丈夫よ。今、終わらせるから」
その瞳には戦闘も終わらせようとする強い意志を感じる。
戦闘開始から30分を経過しようとしていたその時。
「インフェルノ・デッドエンド」
静かに唱えた魔法は、青い火柱を地上に突き立てる。
見えないはずの光治郎にも恐ろしい勢いで膨れ上がる魔力を肌で感じることができるほど。
右腕は一瞬で蒸発し、顔半分が焼け爛れたまま倒れ伏した。
あまりの凄まじい火力に、バタンと倒れた音が小さく感じたほど。
叫び声を上げることもできず、這いつくばるドレイクの瞳から光が消えた。
「やったんですか」
「ええ、間違いありません」
隊長が力強くうなづく。
パレッタが微笑み、エミリアが両手を突き上げている。
「大勝利だぁ」
「コージロー、これありがとう」
副隊長にもらった鞄が最後に役に立ってくれた。
あとは……というか、こちらが本来の目的なのだが、救援部隊としての仕事が残っていた。
しばらくすると遠くから歩いてくる一団が見えた。
遠征軍だ。
怪我をしている者、足を引きずっている者もいるが、全員無事だ。
副隊長が、手で指示を送ると手でマルを作って応じてくる。
救援資材を投下。
駆け寄る人達がその包みを開けた。救急医療品、食料、そして一通の手紙。
「やりましたね」
「ああ、この状態はいささかやりすぎではあるが……」
「これで彼らが救われてくれればいいのですが」
「きっと大丈夫だ」
なんと半径50m以上の森が焼かれてしまったのだ。
土までも影響を受けたこの地は、数年は魔木が生える心配がない。
手紙を読んだ者たち。
ある者は喜び、ある者は手をあげていた。
ある者は膝をつき、ある者は泣いていた。
だが、空中を周回する翼竜を見ていた遠征軍に、最後は全員揃って頭を下げた。
翼竜は着陸することができない。
彼らを連れ帰ることはできない。
光治郎が立てた作戦は、救援物資を届け、彼らをこの辛い森の奥で生き長らえさせること。
ただ、それだけ。
彼らはそれを受け入れたのだ。
「帰りたかったでしょうねぇ」
「最初からわかっていたことだ。私はあなたに感謝している。コージロー殿」
もう、残り時間は少ない。
さしもの翼竜も体力の限界である。
「さあ、帰ろう」
ここは魔の森である。いずれ再生する。
そして彼らの村も。
翼竜が飛び去るまで、遠征軍はいつまでも手を振っていた。
それを光治郎は、後ろを何度も振り返り眺めていた。
とうに見えなくなってからもずっと。
更新が遅くなり、申し訳ありません。
ちょっと長くなってしまいました。




