奇策
二柱リフトに堂々たる威容を誇る車が鎮座していた。
今でこそ、もっと大きなモデルが存在するが、当時の日本の大型アウトドア最高峰と言える。
「でかいなあ」
トヨタ ランドクルーザー ワゴン VX (FJ62G)
同じアウトドアの雄であるパジェロにはこのサイズは存在しない。
だが、それだけではない。これは、同じ車種でも最高グレードなのだ。
「どうだ、この高級感。角目4灯にハイルーフ。内装はベロワだぞ」
「社長、それはこの際、どうでも良いのでは?」
「まーな。時間もないことだし、ちゃっちゃとやっつけるか。神様に事情は伝えたから面倒な修理で時間を取られることはないはずだけど……」
リフトを上げて、まずはオイル漏れとサスの確認。
「まずまずですね。時間があるんなら調整したいところもあるにはありますが」
「やめとこう。降ろしてエンジンかけてくれ」
要望書には『すぐに乗れる状態の良いものを』と書いたのだが、さすがの神様とてすべて万全の車とは行かない。
「細かなところは仕方ないか。車を下すぞ」
ブーンとリフトを下げる音が重々しい。
4リッター、直6のエンジンを積んだ総重量2トン超えの大物らしい重量感がある。
「中はどうだ。計器類や装備は全部動くか」
「一応正常です。シフトのブーツが破れてますが」
「仕方ねぇなあ。交換品を注文してる暇もないし、後にするしかないな」
これで二箇所目。
「エンジンかけてくれ。それとライトもチェックするから順番につけてくれるか」
これ以上は、何もあってくれるなよ、と思いつつ、車をぐるりと回って確認すると少しレンズに曇りが。
「ここもか」
交換をするほどではない。
普段なら耐水サンドペーパーで磨いてからポリッシュ仕上げで万全にするところだ。
光治郎は、ツールボックスの方に歩きかけて、立ち止まり「あー」と声を上げると頭を掻きむしった。
「うーー、イライラする」
「時間がないんでしょ。今は我慢ですよ、社長」
「わかってるよ!」
様子を見にきたパレッタが目を丸くしている。
「どうしたの?」
「放っておいていいです、いつもの発作ですから。修理するかどうかギリギリの場所をそのままにするのが大嫌いなんです。うちの社長」
「他はズボラなのに、車だけはこだわるのね」
浩史はエンジンをチェック。問題なし。
アレクに頼んでガソリン満タンにしてもらっている間、光治郎は未練がましくファイバークロスでウィンカーを拭いてまわっている。
「コージロー、行くわよ。これ以上待たせるとカイウェルさん、心配で倒れちゃうから」
「うーん、仕方ねぇ。行くか。こんな中途半端な仕上げで車を出すことになるとはなぁ」
ぶつぶつ言いながら、村を出発する。
カイウェルは馬を飛ばしてきたのだが、村長が預かってくれることになった。
町までは光治郎が運転し、助手席にパレッタ。
後部座席に浩史とカイウェルである。
光治郎は飛ばしていた。
急ぐ必要がある状況なのは確かだが、少々入れ込みすぎだ。
だが、車内にはもう一人、これでも遅いと感じている者がいる。
「もっとスピードが出ませんか」
「カイウェルさん。これが限界ですよ、むしろ、少しペースを落とさないと」
「そ、そうなんですか」
ここまでアクセルを踏み込む光治郎を見たことがない。
このままでは危ないと思った浩史は、パレッタの肩をちょんちょんと叩く。
「社長、どうにかなりませんか」
「そうね……。少し鎮静の魔法をかけておくわ。眠らない程度に」
「お願いします」
魔法の効果がどれくらいあったのかはわからないが、何とか無事にラクタルの町に到着。
何とか、光治郎は平静を取り戻したようだ。
ピートと町長が走ってくる。
荷物を持った獣人たちも一緒である。そして、その背後にはカイウェルと同じ制服を着た騎士が二人。
「隊長、副隊長。どうしたんです」
「『どうしたんです』じゃないだろう。許可も取らずいきなりパレッタ殿を訪ねるとはどういう了見だ。このピートさんに状況を聞けたからこの町で待つことができたものの、危うく行き違いになるところだったぞ」
ピートは幸次郎たちよりも一足早くこの町に到着していた。
すぐに『遠征軍を助けるための資材を集めてくれ』と町長に伝えた時、一緒にいたのがこの二人だったのだ。
事情もわからず、止めるべきかどうか迷っていたらしい。
「民間の者を巻き込んでいい問題じゃないぞ」
「こんな王都から離れた町で救援物資を揃えてどうするつもりだ」
「申し訳ありません! いてもたってもいられなくて」
どうやらガレージに飛んできたのは、カイウェルの独断だったらしい。
救助計画を話すことが先決なのに、叱責にすっかり凹んでしまい頭からすっ飛んでいる。
「お待ちください。実は聞いて欲しいことがあるのです」
「ああ、すいません。みっともないところをお見せして……。それで、パレッタ殿。聞いて欲しいこととは?」
「翼竜で直接王都の東の森に行ってはどうか、と」
「無理だ!」
「いや、待て副長……。私もにわかにはうまく行くとは思えないが」
二人は戸惑っていた。
彼らを何とかしてやりたいとは思っている。
だが、その方法がわからない。
森に降りることができなのに、どうやって助けるというのだろう?
そこに浩史が助け舟を出した。
「詳しいことは、落ち着ける場所で話したらいかがですか」
「あっ、ああ。そうだな……。すまん、町長。部屋をお貸し願えるかな」
「すぐに用意します」
すでに夜七時を回っており、町役場には数えるほどしか人が残っていなかった。
町長は会議室を開け、全員が着席。
カイウェルが、王都東の森の地図を机の上に広げる。
「これで遠征部隊は救われますよ。隊長、副隊長」
「待て、まだやると決めたわけじゃない」
「そうだ。全ては納得できる説明を聞いてからだ」
全員がパレッタに注目していた。
彼女が説明すると誰もが思っていたはずだ。
ところが。
「これは私の考えた作戦ではありません」
光治郎に話を振ると「少し席を外します」と言って、会議室の外へ出て行ってしまう。
あっけに取られる一同。
「どういうことだ」
「私が説明しますよ。まず、こちらをご覧ください」
周りの困惑には取り合わず、光治郎は説明を開始する。
「まず、この森の厄介なところは、遠征部隊のいる場所まで行くのに時間がかかるということです」
「確かにそれが一番の問題だ。だから翼竜を使うと言うのはわかる。だが……」
「待って下さい。隊長、まずはコージローの案を聞いて下さい」
「そ、そうか」
カイウェルもだいぶ落ち着いてきたらしい。
隊長の反論を一旦止めて、光治郎に話の続きをうながす。
「結論から言うと遠征部隊を連れ帰ることを目的としていません」
「どうするつもりだ」
光治郎は地図上の仮想の遭難地点に、半径20mぐらいの円を書いた。
「パレッタに火魔法で森を焼き払ってもらい、このくらいの大きさの広場を作ってもらいます。そして支援物資を投下すれば、彼らが生き延びることができると思うのです」
「無茶だ。森林火災になったらどうする。遠征部隊を巻き込まない保証があるのか?」
副隊長が反論したところで、バタン、とドアを開けて二人の女性が入ってくる。
一人はパレッタ、もう一人は……。
「私が受け持つよ。ああ、失礼。私はこの町で消防団隊長をやってるエミリア、よろしく」
「パレッタ殿が森を焼きすぎるのを水魔法で消し止めてくれるというのか」
「ええ、そんなところです」
エミリアは誤魔化した。
かつてこの町の火事消し止められず、昏倒したことがある。だが、あの時とは違う。消防団を率いるようになってからは、秘中の秘と言える消火方法があるのだ。
だが、それを言うつもりもないし、細かく説明している暇もない。
「可能なのか」
「はい。私が保証します」
「わかった。パレッタ殿がそういうなら、信用しよう」
隊長が立ち上がり、光治郎と握手する。
翼竜による救援作戦がここに決定したのだ。
カイウェルが小躍りして喜んでいる。
副隊長は深く礼をしたまま動かない。
「失礼なことを言って済まなかった。遠征部隊を助けたいのは私も一緒だ。実は遠征部隊の隊長は私の同期でな」
「そうなんですね。絶対、助けましょう……とは、言っても私はこんな奇策を考えるのがせいぜいで、実際に現場で頑張ってくれるのはパレッタとエミリアなんですけどね」
作戦に参加するつもりはない。出番はここまでである。
光治郎が行っても、翼竜の上でできることなど何もないのだ。
一度、休憩を挟み、ピートに状況を確認すると資材の積み込みはあと30分ぐらいとのこと。
その間に詳細を詰めようという話になった。
「実は相談があるのだが」
「わかってますよ。救援資材ですよね。あの車で西の山まできっちり運びますから」
「いや、コージロー殿には東の森まで同行をお願いしたい。あの発想と判断力がきっと必要になる」
「えっ!」
光治郎の目が泳いでいる。
副隊長もカイウェルも、そして関係ないのに町長までがうなづいている。
どうやら逃げ場はないらしい。
異世界に来てからというものいろいろ経験はしてきたが、まさか翼竜に乗って空を飛ぶことになるとは。
「良かったわね、コージロー。なかなか翼竜なんて乗れるものじゃないわ」
「嬉しかねーよ。だいたいパレッタ。よく平気だな」
「あら、私。翼竜には一人でも乗れるもの。後ろにエミリアを乗せなきゃ作戦が成り立たないじゃないの」
「そうかよ……」
作戦決行は翌朝と決まった。
すでに、支援物資の積み込みは終了。
こんな作戦立てるんじゃなかったと思いながら、西の山へランクルを走らせる光治郎であった。
王都東の山が西の山と間違っていました。
その修正とともにタイトルも前話と微妙にかぶっていたので変更しました。




